2004年1月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年1月元旦
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。
日記は明日から再開いたします。
2004年1月2日
皆様新年はいかがお過ごしですか、あらためて新年のお慶びを申し上げます。
本年最初の日記、何を書こうか色々考えていました。
考えてみると、僕と女房が一緒に日本を出てイギリスに住みに行ったのが1974年の4月でした。
いよいよ今年が海外生活30周年になるんですよね。
当時のパスポートを久し振りに引っ張り出したら、いやはやなんとも「恥ずかしい」若き日の自分(パスポート写真)がいきなり見えて、絶句してしまいました。
当時はしっかり肩までかかる長髪(今はロンゲと言うのか)で、その上すでに生やしているヒゲもみっともなく、顔は少年のように若いです。
そう、つくづく若かったんですな。 当時の僕はかなりの童顔だった(と、自分では思っていた)ので、少々それをごまかすためにヒゲを生やしたんです。
当時僕が大変お世話になっていた写真家の先生がヒゲを生やしていたのがきっかけではありますが。
と、書いたら「そうだあの先生(写真家)今はどうされているのだろう」と、この日記の途中で「GOOGLE」検索を始めてしまった。
で、いくら検索しても「K先生」の名前が出てきません。 う〜ん、もう引退されてしまったのか。
たった一つだけ出てきたのは、当時僕と一緒にお世話になっていた、写真家の「半沢克夫」さんの履歴紹介で「K先生」の名前が出てくるだけ、ちょっと寂しいですな。
「半沢克夫」さんと書きましたが僕にとってはいつまでたっても当時の呼び名「ハンチャン」で、彼はかなり活躍しているようでまことに嬉しいかぎり。
話が飛んでしまいました。
今年2004年で海外生活30年を過ぎるって、全く実感無いんですよね。
よく自分の事を「浦島太郎」と書きますが、いやホント、30年間があっという間に過ぎてしまったという感じです。
それだけ僕にとって海外生活は「ストレス」が無いのでしょう。
さて、1974年にロンドンに移ったと書きましたが、これはもう少し正確に書く必要があります。
僕と女房は1971年に知り合ってから間もなく、一緒に住み始めました。 いわゆる同棲です。
で、当時僕らは結婚する気は毛頭有りませんでした。
女房は早稲田大学大学院を卒業したばかり、さてこれからどうしようと考えていたようですが、オーストラリアに帰って大学で東洋演劇を教えるというプランを持っていました。
実は1969年に日本に留学に来た女房ですが、まだヨーロッパには行った事が無かったのです。
で女房は、オーストラリアに帰ろうか、日本に残って研究を続けようかと言う時に僕が「日本を出てイギリスに住みに行く」と言い出したものだから、それならまだ見た事の無い「ヨーロッパ」に付いて来るということになったのです。
ですから、当時一緒に暮らしていた六本木3丁目のアパートは僕の荷物だけをイギリスに送り、彼女はまだ引き払わず家賃を払い続けている状態で彼女はイギリスまで僕に付いて来たのです。
一緒にロンドン観光をし、また僕がロンドンに住むためにアパート探しなど手伝ってくれて、すぐに運良くとても良いアパートが見つかり、生活が始まりました。
さて、そこで彼女は日本に帰る事になったのです。
つまり、彼女は日本に戻り六本木のアパートをすっかり整理し、すべての荷物はオーストラリアに向けて送り出し、母国に戻って大学に勤めるといいう計画だったのです。
という事は、それが我々「最後のお別れ」になる予定でした。
そう、別に喧嘩をしたわけでもなく、ただ仲良く一緒に暮らしていたのですが、それぞれ自分達のやりたい事がある、自分たちの進む道があるということで、同棲解消のはずだったんです。
でもいざその時が来たら、そんなに簡単に解消できるほどの関係ではない事に気がついた。
たった3年間ほどの関係でしたが、彼女にとっても非常に悩んだようです。
つまり自分の(オーストラリアでの)今から築こうとしているキャリアを捨ててイギリスで僕と同棲を続けるかという判断でしたから。
勿論僕もそのときになって「別れ」が現実の物になる直前になってやっと「別れの辛さを実感」したのです。 鈍かったんですね自分は。
で、結局一旦東京に戻った彼女はすべての荷物をまとめコンテナーに入れ、送り先を「オーストラリア」ではなく「イギリス」にして僕の元に戻って来ました。
あれ以来30年、永く続いたものです。
僕の人生だけでなく彼女の人生も変えてしまった1974年、遠い昔の話です。
2004年1月3日
昨日の日記に女房の事を書きました。
一緒に住み始めて33年になります。 昨年の暮れに先生業を引退したので、今は一番「ストレス」の無い生活が始まったはずです。
「はず」ですと書いたのは妙な現象が起きたからです。
ちょうど暮れも押し迫った一週間ほど前に、朝女房が僕のところに来て「ねえちょっと背中を見て」と言うのです。
見てみると背骨の左側に虫に刺されたように赤くなっています。
ほんのちょっぴり腫れていて、大きさは1.5センチ四方。
その赤くなっているところをよく見ると四箇所程刺されたようになっています。
我が家に犬がいた頃は、このような暑い季節が来ると「ノミ」とかもたまにいてよくスプレーで駆除したものです。
刺され方を見ると四箇所が非常に近いので、カーペットにダニでもいて刺されたのかと、考え早速殺虫スプレーを撒きました。
しかし蚊やダニに刺されたのと違い痒くないと言うのです。
何か妙な痛みが伴うと言うのです。 最初に塗った痒み止め(虫刺され)クリームも全然効果がないと言うのです。
痛みが伴うし、翌日になっても全く良くならないと言うので薬屋に行って「コータゾン・クリーム」とかいうのを勧められて塗り始めました。
しかしちっとも良くならないのです。
大晦日のパーティー(これについては下で詳細を書きます)に行っても、途中でトイレに入って何度もその軟膏を塗っていたようです。
で、昨日の朝に一緒に散歩に出たのですが何と疲れてこれ以上歩けないと言い出し途中で家に戻ってしまいました。
多分大晦日から新年に掛けてかなり酒を飲んだので疲れてしまったのだろうと思ったのですが、どうもその虫刺されのように腫れた背中から脇の下まで痛みが広がっていると言うのです。
痛みに弱いのは女房の特徴なので、何だあの程度で随分オーバーだと思っていたのですが、ひょっとしたらクモにでも刺されて多少の毒が体内に入ってしまったのかとも思い始め、医者に行くように勧めました。
散歩を途中で切り上げて家に帰りすぐに医者に行かせました。
医者に診断してもらったところ僕が全く考えもしなかった診断結果でした。
病名は「Shingles」日本名「帯状疱疹」だったのです。
僕は全く知らなかったのだが、この帯状保身は子供の時に水疱瘡(みずぼうそう)にかかった人はそれが治っても体の中の神経節の中に住み続けて、歳を取ってくると「疲れ」や「ストレス」などで体の抵抗力が落ちてきた時にこの「ウイルス」が再び暴れだし、帯状疱疹として発症するのだそうです。
で、この赤い発疹や水ぶくれは神経に沿って帯状に現れ、神経を刺激するとの事。
で、医者はすぐに「Valtrex」という薬を処方してくれました。
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オーストラリアに住んでいる方には非常に大事なことを書きます。
この「Valtrex」という薬は非常に高価です。 しかし発症から(たった)3日以内に医者に治療してもらった場合のみ、この薬代は22ドルほどで済みます。 もし放っておいて、悪化してから医者に行った場合この薬の全額が患者負担になります。 で、この額が240ドル以上なのです。
そうたった1週間分の錠剤が異常なまでに高価なのです。 お忘れなく。
日本の医薬制度ではどうなっているかはわかりません。
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で、最初の話に戻ります。
彼女は今が一番「ストレス」も無く、体力的にも落ちている時ではないのに、初めてこの「Shingles」が発症したのが非常に不思議です。
確かに子供の時に「水ぼうそう」にかかった人は皆可能性を持ってはいるのですが。
不思議ですな。 仕事辞めていつも僕と一緒にいるのが「ストレス」になるのか?。(笑
さて大晦日は上で書いたように友人の家に招待を受け恒例のハーバーブリッジの花火大会を見に行ってきました。
「例の彼女」の前の持ち主がウォルシュベイのアパート(ウォーフの上に建てられている)を購入したので、今年はこの花火大会真下で見えると大いに期待して出かけました。
と言っても、オーストラリア花火はたった30分(9時から15分程、年越しの12時にまた15分程度)くらいなんですけどね。
で、行きはタクシーで彼のアパートのすぐそばまで行けたのですが、いやはや帰りは参りました。
すっかり交通が止められていたので、結局タクシーもバスも無く歩いてマーティンプレースの地下鉄の駅まで歩きはじめたのが夜中の2時過ぎ。
やっと駅にたどり着いたら今まで見た事の無いような混雑。
これが真夜中のマーティンプレースかと驚いてしまった。
で、ほとんどの人間が酔っ払っているので、切符売り場に繋がっている長い列がちっとも進まないのです。
やっと切符を購入してキングスクロスの駅まで行き、そこからまた徒歩で娘の家にたどり着き、そこに置いておいた車で帰って来たのですが、家に着いたのは3時過ぎていました。
大晦日の朝は散歩で4キロは歩いていたので、多分大晦日から新年にかけて10キロは歩いてしまったのではないかと。
いやはや疲れました。
↓このURLにウォルシュベイのアパートについて出ています。
http://www.arup.com/insite/feature.cfm?featureid=36
2004年1月5日
毎日毎日青空が続くのは良いけれど、このまま雨が降らなかったらシドニーの「上水」は危機的な状態になってしまうのではないか、心配しております。
前の日記にも書いたように地球の温暖化なのか一昨年から始まったこの給水制限は恒久的になっています。
さて、僕はクリスマスイヴから日記をお休みしていたので、書けなかった事を少々。
前の日記に女房への誕生日(12月19日)プレゼントと、クリスマスプレゼントを何にしようか悩んでいると書きました。
結局誕生日プレゼントはスキャナーにしたのですが、その機種選びの時に思った事を書きます。
機種選びには大いに迷ったのですが、最終的には日本語の文書もワードなどに取り込めるキャノンの製品にしようと決めていました。
しかし最後の最後になって思わぬどんでん返しが有り、結局hp(ヒューレット・パッカード)のスキャンジェットScabjet4670にしました。
この最後の「どんでん返し」について少々説明します。
というのも内容が今の日本企業の問題を象徴しているように感じるからです。
僕が最後までキャノンの商品にこだわっていたのは実は「日本語」の問題でした。 今のスキャナーは写真だけでなくネガやポジフィルム何でもスキャンしてしまえるだけでなく、取り込んだ文書は文字を認識して、そのまま「ワード」等のソフトを使って編集も出来てしまうので、僕としては是非その機能は生かしたかったのです。
当然日本語の先生をしていた女房にとっても、手持ちの日本語の文書は沢山有っていくつかはPCに取り込んで残しておきたいと考えています。
で、機種選びの段階で、オーストラリアの掲示板以外にも日本の「価格ドットコム」等のユーザーの掲示板なども調べていました。
で、なぜか日本ではhpの商品の中でもスキャナーは販売されていない事を発見。
それに引き換え日本のメーカーであるキャノンの製品は当然日本語認識ができる(勿論それ専用にバンドルされているソフトをインストする)ものと考えていた。
僕も女房も日本語にこだわるので、日本で発売されていないhpの製品は諦めて、日本製のキャノンでと考えたわけです。
ところが、最終確認の意味でキャノンオーストラリアに電話を入れたら応対に出た日本人の方が(非常に丁寧な対応でした)日本で売られているキャノンのスキャナーなら文書をスキャンした場合、当然日本語は認識するが、オーストラリアで販売されているスキャナーにはそのソフトがついていないつまり日本語は判別できないと言われてしまったのです。
で、僕としてはそのソフトだけでも販売してくれないかとキャノンオーストラリアに交渉したのですが、無理であると言われてしまったのです。
と言うのもこのソフト自体はキャノンが独自に製作したものではなく、どこかのソフトの会社から購入しているらしい。
で、どうしても日本語認識させたい僕としてはそれならそのスキャナーを日本から買ってくることも考えた。
ところが母は来年まで帰ってこないし、もし日本で購入したらオーストラリアでは補償は受けられないしで迷っていたのです。
そもそも最近発売になったこのhpの4670のデザインを女房は大いに気に入っていて(とても普通のスキャナーのイメージではない。 下につけた写真参照ください)どっちかと言えばキャノンよりもこのヒューレット・パッカード(hp)のを欲しがっていたのです。
迷っているうちにダメ元でもと思い、hpにも日本語が認識できるのかを問い合わせたのです。
だいたいヒューレット・パッカードはスキャナ製品は一切日本の市場には出していないので、どうせ「出来ません」と言われてしまうだろうと思いながら。
で、オーストラリアのhpのサポートに電話を掛けると何とそこはオーストラリアではなくシンガポールに自動的に飛ばされていました。
当然無料ダイアルだからそこが海外だろうがオーストラリアだろうが一向に構わないのだが、最近はこういうの多いですよね。
確かIBMの日本語サポートセンターはブリスベンにあるはずで、日本にいるIBMの客が電話サポートを受けようとダイヤルするとそこはブリスベン。
当然日本語でサポートを受けられるので、客はまさかブリスベンにいる日本人のサポートと話しているなんて思いもよらない。
Dellコンピュータなどサポセンでは無く新たに購入するためにセールスに電話をしてもオーストラリアではないし。
さて話は飛んでしまいましたが、そのシンガポールのサポートのオニーサンはこれまた非常に親切で僕の「日本語が使えますか?」という質問にも少々お待ちくださいと言って社内の専門の部署に問い合わせて数分後に「ハイ日本語も認識いたします。 ほとんどあらゆる言語に対応しております。で、日本語を認識させるソフトの使用方法などを今から電子メールでお送りいたしますからメールアドレスを頂けますか?」との事!!!。
諦めかけていた日本語認識がそれほどすんなりと可能と言われて、半信半疑。
結局数分後に送られて来た電子メールには非常に詳細な説明文書があって納得。
即その場で例のPC屋のジョンに注文したのは言うまでも有りません。
で、何が「日本企業の問題か」と言うとまさにこの部分なのです。
方や日本ではどんなタイプのスキャナーでも一切販売さえしていないアメリカの企業の製品が「日本語認識できて」、キャノンのように日本企業で全くの同型のスキャナーで日本で販売しているのは日本語が認識出来、海外で販売している物は出来ないという不思議。
当然海外にも僕のように日本人はいるはずだし、我が女房のように日本語を教えている人や日本語を勉強している人は多くいるはず。
つまり日本語の文書に係わる人も多いはず。
だからこそアメリカ製のスキャナーではダメだけど日本製のだから認識できると言うのが普通のはずなのに、まさにその逆なんです。
なぜか日本の企業は「この手の戦略」があたりまえと考えているふしがあって、スキャナーにかかわらずヴィデオデッキでも何でも、必ずと言って良いほど国内向けと海外向けで必要の無い仕様変更を「わざわざ」している事が多く見受けられます。
非常に「せこい」というか。
DVDプレーヤーにしてもずっと日本のメーカーのはリージョンコードと言うのを設定してアメリカや日本のDVD、またヨーロッパのDVDはオーストラリアでは観賞(再生)できないようにしていた。
ところが他のアジア製のDVDプレーヤーが「マルチ・リージョン」としてどこの国のDVDでも再生できる機器を発売し始め、今や日本製も含めてマルチが当たり前。
これって本当に不思議ですよね。
日本の企業はこういうやり方の方が企業にとっては得という考えなのでしょうか。
結局今回の事で言えばキャノンは買ってもらえずに、hpが儲かったと言う結果になっているのですが、その辺の事を日本の企業はどう考えるのか非常に興味あるところです。
さて注文した製品もすぐに届き、僕と女房はPCにソフトもインストールし色々試験的にやってみたら本当に簡単に使えて、hpの製品にして良かったと思っています。
使用していない時には折りたためて場所も取らないし、本棚の本の間にさえしまって置けるし、またデスクの上に置いてあってもデザインが非常にモダンでシンプルなので機械が置いてあるなんてイメージも無く、これはお勧めです。
↑クリックすると大きくなります。 見てもらえると判りますが、今までのスキャナーのイメージと大分違うでしょ。 非常に薄くてスクリーン(ガラス)を通して向こうが見えます。 つまりPCの筐体の下のほうが見えていると思います。 写真を撮る位置の関係でかなり大きく見えますが縦30cm横40cmととてもコンパクト。 本棚に本と一緒に重ねて置く事もできる。
またスキャンする時には手で持ってどんな場所でもスキャン出来てしまう。 ちなみに人間の体(背中とか)だろうが、壁の一部だろうがどこでも手が届くところはスキャン出来てしまうのです。
非常にすぐれ物です。
2004年1月6日
昨日の日記に女房へのプレゼントについて書いたので、今日は女房からのクリスマス・プレゼントについて。
僕の持病になってしまった腰痛、「椎間板ヘルニア」。
アーチェリーは少なくとも直立で矢を射るから、元々非常に姿勢の悪い僕には矯正になるし、少なくとも練習している時にはPCのモニターの前に座ってしまう時間を減らせるしと始めたのですが、アーチェリーって結構腰に負担になるんですよね。
集中して38ポンド(この重量は決して多い方ではない)の弦を引いている時には背中の筋肉もかなり使うようで、腰にまで多少の影響があるようです。
アーチェリーの先生に言わせると、「僕のフォームがまだまだパーフェクトではないからだ」との事ですが。
で、女房から僕へのクリスマスプレゼントは椅子でした。
ある時PC関係のインターネット掲示板で、「PCを長時間使う人にとって最高の椅子は」という話で盛り上がっていて、その椅子の話が出たのです。
僕も前からその椅子の名前は聞いた事は有ったのですが、実際に見た事は無くその掲示板で皆が賞賛するので、興味を持ってオーストラリアの輸入元に電話を入れたら、ショールームに見に来てくださいと言われ出かけたのです。
そしたら偶然その日が輸入元の在庫整理か何かの日で安く売ってくれると言う。
このメーカーの椅子は数種類有るのですが、とっかえひっかえそれらの椅子に座ってみて、その中のひとつを特に気に入ってしまい、「欲しい」と言ったら女房が「それならそれをクリスマスプレゼントにする」と言い出したのです。
で、クリスマスまで待てないので1っ化月も前から使い始めたのですが、これが中々良い椅子なんです。
とにかく調整機能が一杯ついているので、自分の好みに仕立てることができる。
ほぼ90点の椅子なのですが、一つだけ気に入らないのは座面が結構硬いのです。 実は座面は特殊な繊維で出来たネット状のものが張ってあるだけなので、座った瞬間はとても心地良いのですが、なぜか僕の場合お尻の肉が非常に少ないので長時間座っているとちょっと痛くなってくる。
で、家に有ったムートンのマットを敷いて見たらこれが非常にぴったり。 今はとても気に入っております。
この椅子のメーカは「Herman Miller」と言います。
で、僕の気に入ったのは以下のホームページに出ている「Aeron
chair」といいます。
http://www2.hermanmiller.com/global/japan/product/aeron.html
庭に引っ張り出して撮影したのですが、沢山ある調整用のノブなどがこの写真では見にくいかもしれません。
2004年1月7日
午前中に多少パラパラと降ってきたので、待望の雨が来てくれるかと期待したのですが、すぐに上がってしまい午後からは強烈な暑さが。
湿気もかなり高くなっています。
何しろ天気予報では本日は摂氏37度とのことだったらしい。
さて、もう少し昨年の年末に起きた事を書きます。
暮れも押し詰まったある日、久し振りにNHKのニュースでも見ようかとNHK衛星放送のチューナーのスイッチを入れたらうんともスンとも言わない。
NHKテレビ衛星放送を庭に建てたパラボラアンテナで視聴していることは何度か日記でも書きました。
我が家には英語が全く出来ない母がいるので日本語放送はどうしても必要。
昔はオーストラリアのケーブルテレビ会社がNHKを放送していたのですが、NHKへ払う放映権が高騰し、その上日本人の視聴者が減ってしまったために採算が取れないとNHKのチャンネルをカットしてしまったのです。
で、慌てて庭にアンテナを建て、NHKの衛星放送用受像装置(テレビに接続するデジタルチューナー)を買おうと思い、シドニーにあるNHKの代理店に連絡をしたらチューナーは品切れだと言われてしまった。
で、このチューナーはカナダ製とかでいつオーストラリアに入ってくるかわからないという話でした。
だいたいこのNHK専用チューナーは、地上波デジタルチューナーがオーストラリアでは300ドル以下で買える時に確か1800ドルもするのです。
たった一社しか作っていないので、他のメーカーのを買うわけにも行かない、チョイスは全く無いのです。
つまりNHKが指定しているこのチューナーしか使えない。
で、どうにかならないのかと言ったら、中古がもうすぐ日本から来ますからそれでも良ければと言われたのです。
母がどうしても見たいというので、その中古を購入したのですが、人の足元を見るというのか、中古なのに1350ドルもしたのです。
話はちょっと違いますが、友人が言うのには、日本では最近始まったNHKの地上波デジタルも視聴料を払っていないと映らないとか。
「うちはテレビありません」とか「うちはNHK見ませんから」とか言って視聴料を払わないという「手」はデジタルになると使えなくなるようです。
我が家に来たこのチューナーも毎月NHKに料金を払わないと、NHKの方から我が家のチューナーに向けてスクランブルを掛けて、放送が見えないようになるのです。
つまり我が家のチューナーだけが使用不可能になるのです。
僕はべつに視聴料を払いたくないと言っているわけではないが、もう少し現実的な料金にしてもらいたいと思っている。
つまりこのチューナーにしても本当に非現実的な価格で販売されているわけで、この価格自体がネックになってNHKの放送を諦めている人もいるのではないか。
毎月の視聴料が収入の支えなら、まずは加入してもらうのが大事なのではないかと。
この辺が全く官僚体質丸出しなんですな。
で、中古なのにもかかわらず馬鹿高い料金で買わされたチューナーがやはりというか壊れてしまったのです。
母も日本に行っていて四六時中使用しているわけではないのに、買ってから10ヶ月目です。
友人が言っていたように、この日本から輸入されてきた中古品、一応マルチ・ボルテージ対応だが、日本用に販売された基本的には100ボルト用のパワーサプライをオーストラリアで(240ボルト)使用するとかなりオーバーヒート気味になり早く壊れるかもと。
その予想は見事に当たってしまったわけです。
で、購入したテレヴィジョン・オセアニア(NHKの代理店)に連絡をして事情を説明。
勿論中古だから補償はたった3ヶ月で修理もしてくれない。
結局このチューナーを専門に扱う修理屋さんを紹介されたのだが、これがまたメチャクチャ遠いところに有る。
その上、だいたいの料金を聞いたらメチャクチャ高い上に、修理にも非常に時間が掛かり、数週間待つ覚悟でと言われてしまった。
で、その修理屋に電話を入れた後に考えた。
どうせ母がいない時には見る必要も無いし急がないから、日本人の修理屋さんに相談してみる事にしたのです。
シドニーには電化製品の修理をしてくれる何人かの日本人がいらっしゃる。 日本語新聞の「日豪プレス」などを見ると宣伝を出しています。
どうせこれはビデオデッキ等と似たような電化製品なのだから、いつも修理をお願いしている日本人のMさんでも修理できるのではないかと僕は考えたのです。
早速電話を入れるとMさんは「今まで扱ったことは無いけど見てみましょう」と言い、その週にすぐに取りに来て翌週にはもう直してしまった。
「早い、安い、美味い」ではないが、料金はその会社が指定したオーストラリアではたった一軒しかないというチューナー修理屋の半額以下!。
日本の道路公団ではないけれど、つくづく今回の事でもNHKという官僚的体質の商売というのはと、考えさせられてしまいました。
2003年1月8日
先日の日記に女房が「Shingles 帯状疱疹」になってしまったと書きました。
子供の時にかかった「水ぼうそう」が年齢を重ね、体力が落ちてきた時に帯状疱疹として体の一部に出てくるものです。
実はこれは「ヘルペス」の一種なので、完治することはありません。
女房の場合も薬を飲み始めてから結構経つのに相変わらず調子が戻らず、今日もまた医者に相談に行っていました。
毎朝の散歩には一緒に行くようにはなったのですが、歩く速度が随分鈍いので、聞いたら「すぐに息が上がってしまう」と。
背中に出来ている疱疹はかなり治まってきているのですが、どうやら神経を刺激しているようです。
何しろ痛みにえらく敏感な性質なので、少々オーバーに反応しているとは思うのですが。
さて、昨日母から電話があり2月28日にオーストラリアに戻って来る予定を早めて1月の終わりに帰る事にしたと。
理由を聞いたら「何もやる事が無くてもう飽きた」との事。
歳とともに幼児化が進行しているようで、毎日毎日何かしていないと気がすまないらしい。
10年程前なら時間を持て余していても読書などでおとなしくしていたのですが。
今回の日本行きでも、一通りやりたい事をやってしまったら暇を持て余し毎日用も無いのにデパートなどに出かけてうろうろしているらしい。
その上多少の金を持っているので、必要の無い物をどんどん買っていると僕の妹からも連絡がありました。
日本の年金支給の将来に大いに危機感があるらしいですが、今支給してもらっている老人達の中には金の使い道が無くて、必要も無い物を買ったり、孫やひ孫達にどんどんおもちゃ等を買ってやったりして、大いに甘やかして困ると日本にいる友人がこぼしていましたが、まさに我が母も似たような事をしているわけです。。
じつはオーストラリアでは「国民年金」というのは国民全員に支払われるわけでは有りません。
「アセット・テスト」と言って支給を申請する老人達の所得や、財産を審査し、所得が無いまたは一定額以下、また持ち家等の財産の額によってしか支給を受けられません。
ですから老後の年金は自分で積み立てた「プライベートの年金」を除くと
本当に必要な人しか国民年金が支給されないので、老人の無駄遣いは日本よりは少ないかもしれません。
と、ここまで書いてオーストラリアの国民年金というのは結構不公平なものなのではないかと少々疑問が。
若い時から定職にもつかず、ほとんど所得税を払っていなかった人は、だいたいの場合「プライベート年金」の積み立てもしていなかったわけで、そういう人達が国民年金の支給を受け、方や一生懸命に働いて税金も払い、プライベート年金も積み立てていた人は、引退後そのライベート年金支給があるから国民年金はもらえないということになっているのです。かなり不公平に感じるかもしれません。
この不公平を是正する意味で、プライベート保険の積み立てには、かなり税制上の優遇処置があるのです。
で、今度はこの優遇処置を利用して給料はそれほどでもないのに、年収以上の額を「プライベート年金」に積み立てている人もいます。
もっともオーストラリアの国民年金の額というのはたいした額ではなく、それだけで生活していくというのはかなり苦しいはず。
オーストラリアでは国民年金だけでなく、国民医療保険にしても、また失業保険にしてもアメリカほど弱者を切り捨てられないところが、ある意味でオーストラリアの良いところでもあり、また弱さでもあると感じます。
さて話は変わって、国際テロ活動対策としてオーストラリアは入国管理手続きの改正を始める模様。
この中にはパスポートにコンピューターで判別可能なデジタル処理の「指紋捺印」も含まれているとか。
これは米国政府のテロ対策の動きに合わせているようです。
また米国政府はオーストラリアと米国間の飛行規程の見直しを要請しているようで、その中には随分無理なものも含まれているとか。
その例の一つが
「航行中の飛行機の中で乗客はトイレの前に並んではいけない」というもの。
つまりトイレに行きたくなって席を立ったがすでに使用中、そこでトイレの前で先客の終わるのを待つというのがいけないということらしい。
どうしてかというとハイジャックを企てるテロリストがトイレに並んでいるふりをして、乗っ取りの「相談」をするチャンスを与えるからというもの。
まったく、「冗談ではないか」というほど米国政府はナーバスになっているようです。
上述のパスポートに指紋を入れるという案にしても、これが嵩じてそのうち「国民背番号」制度が導入されてしまうのではないかと少々危機感も感じてしまいます。
2004年1月9日
クリスマスの翌日12月26日からニュージーランドへ行っていた娘が本日朝8時に帰ってくるというので空港へ迎えに行きました。
今オーストラリアは夏休みの最中なので、道路は比較的空いていて出勤時間のラッシュアワーなのに30分で空港に到着。
娘は高校時代の同級生とニュージランドへホリデーに出かけて、その同級生の親戚(オークランドの近くとか)にお世話になっていたようです。
で、その同級生は仕事が始まるからと1月早々にはオーストラリアに戻ったのですが、我が娘はニュージーをもっと良く知りたいと、レンタカーを借り一人でオークランドから一週間近くかけて島(North
Island)を一周していたとの事。
ニュージーから時よりシドニーへ電話を入れていたので、車で旅行しているのは知っていたのですが、たった一人で回っていたのは知りませんでした。
てっきりその同級生と回っていたものだと思っていたので。
何しろ娘の運転はあまり信用していないので、トータル1000キロ以上走ったと聞いたときにはぞっとしました。
いやはや事故が無くって良かったです。 (案の定途中でスピード違反で捕まっていたようです。 トホホでしょ)
大いにエンジョウイしたという娘の話を聞いていると、女房も僕もニュージには行った事は無いので大いに興味をそそられました。
次のホリデーはニュージーにしようかな。
さて話題は変わって、
先日の日記にNHKの衛星放送の事を書きました。
友人のT(日本人)さんはダーリングポイントのアパートに住んでいるのだが、庭にパラボラアンテナを建てるわけにもいかず、日本からのニュースはインターネットに頼っている。
そこで彼は産経新聞のインターネット・デジタル配信というのに加入したそうである。
これは月々2000円弱で、朝刊と夕刊を毎日ネットを通して読む事ができる。
で、その料金はPC二台まで受信できるのだが彼自身PCは1台しか所有していないので、僕にもどうぞといってくれた。
早速その新聞をダウンロードして読むためのソフトをインストールし、読んでみました。
内容は普通の新聞と全く同じで広告まで入っています。
ダウンロードをして読むという作業は結構思っていたよりも重いもののようで、ブロードバンド接続ではないとかなり時間が掛かってしまうようです。
「Tさん」はこの新聞を読むためにADSLに切り替えたのですが、オーストラリアのADSLは日本と比べると極端に遅いです。
幸い我が家はオプタスのケーブル接続なので1.5メガは出ているのでストレス無くダウンロードはできるが、Tさんの場合はたった256Kbsしか出ていないので、この新聞を読むという作業でもページをめくる度に待ち時間が有る。
しかしせっかくのTさんの好意だがほとんど読んでません。
勿論我が家ではNHKのテレビ放送が見えるからという理由もあるのでしょうが、もし僕が日本に住んでいても毎日新聞は読まないかもしれない。
だいたい今や必要なニュースはインターネットで(無料)いくらでも読めるし、気になったニュースが有ればそれに対して検索を掛ければいくらでも詳細がわかるわけで、わざわざ金を払ってまでネットで毎日新聞を取るという行為もしないと思う。
Tさんには申し訳ないがそんなわけで最初の数日は一応朝刊と夕刊読んでみたのだが、その後はほとんど見ていない。
新聞(紙に印刷されて毎朝配達される新聞という意味)の将来性って僕には随分悲観的に見えます。
追記。
本日妙に僕のPCが鈍く感じるので色々調べていたら、どうやらアンティウイルスソフトの「ノートン」が悪さをしているようです。
ノートンの販売元シマンテック社のホームページにもそのことに触れられているのですが、原因が特定できていないようです。
1月7日のアップデートをしてからだと思うのですが、なぜか僕のPCに入っている「ノートン・インターネット・セキュリティー」の状態が特に悪く、このまま治らなければ、一旦アンインストールする必要があるかもしれません。
僕がいつも見に行くPC関連の掲示板にはノートンのアップデートによる種々の不具合が報告されています。
2004年1月12日
まず先週金曜日の日記に書いたアンチウイルスソフト「ノートン」の不具合は結局ノートンを発売するシマンテック社のサーバーを担当するVERISIGN社が「中間CA局証明書」を要求する時に、その証明書の有効期限が切れている場合に不具合が出ていたようです。
もし皆様の中でノートンのアップデートが出来ない場合や、右クリックなどで非常にシステムが遅くなったりする場合には、ウインドウズのアップデートの中にこの「中間CA局証明書」のアップデートがありますから、是非ダウンロードしてアップデートすると良いでしょう。(僕のも期限切れだったことが判り早速更新しました)
さて、
毎年この時季、オーストラリアはテニスシーズン真っ盛り。
シーズンの到来を告げるパースでのホップマンカップが終わる頃にはアデレイドのATPツアーの終盤を迎え、いよいよ昨日からはアディダス・インターナショナル(シドニー・オープンのようなものです)が始まりました。 オリンピック会場だったホームブッシュベイのテニスセンターで開催されています。
早速本日(月曜日)観戦に行ってきました。
このところ暑さがかなりの物なので、観戦に行く日にちを選ばなければと思っていたら今日はうす曇、気温もそれほど上がりそうに無いので出かけたのです。
そして本日を選んだもう一つの理由は、オーストラリアの新鋭「トッド・リード」の応援でした。
昔の日記にちょっと彼の事について書いたと思いますが、我が娘のジュニア・テニス時代ライバルだった同期生の弟さんです。
2002年ウインブルドンジュニアチャンピオンに輝いた彼は、プロデビュー後怪我をしてしまい、中々ランクを上げられませんでした。
しかしやっと怪我も完治し、今年の全豪では大いに活躍してくれるのではないかと期待しています。
本日の対戦相手はシード7位のチリの選手「マスー」。
第一セットを簡単に取ったのですが2セット目から崩れだし、最終セットの第3セットに入っても第一ゲームから自分のサーブゲームをキープできず、気がついたら4-0に追い込まれていて、皆もう席を立って帰ろうかという状況の中、驚異的なカムバックでなんと6ゲーム連続取得で結局6-4で今日の試合をものにしてしまいました。
99%の観客だけでなく観戦していたトッドの親や彼の姉さんまでが完全に負けたと思っていた試合を大逆転で勝ったので、試合が終わった時には拍手が鳴り止みませんでした。
やはり自分が真剣に応援する選手が出ている試合を観戦するのはゾクゾクしますな。
試合が終わってコートの外に出てきたら「トッド・リード」の親以外にも友人達が集まっていてまるで同窓会のようでした。
たまたま本日娘も仕事は休みだったので、一緒に付いてきたのですが、娘がジュニアでやっていた頃の友人達やまたその両親達も観戦に来ていて、懐かしい顔が多く昔話に花が咲いていました。
今日勝ったトッド・リードがまだよちよち歩きの頃からラケット握って我が娘達がコートで練習をしていると「僕も打ちたい」と駄々をこねてコートの入ってきていた当時がつい最近の事のように感じます。
彼の叔母は日本の北海道に住んでいた(ご主人が宣教師)事もあり、割と親しくしていました。
さて、アディダスインターナショナルが終わるといよいよテニスグランドスラムの第一戦オーストラリア・オープン(全豪)が始まります。
トッド・リードにはこの全豪でぜひとも良い成績を残してもらいたいものだと願っています。
元世界ナンバーワンのレイトン・ヒューイットも大分調子を戻しては来ているようですが、今や彼くらいの早い動きをする選手はどっと増えてきているので(というか多くの選手がレイトンのフットワークを目標にレベルアップしてきた)、サーブやボレーにいまいち伸び悩んでいるレイトンは今年も結構苦しいのではないかと思っています。
毎年1月の後半からは車でメルボルンに出かけ、義理の姉夫婦の家に厄介になり、全豪を楽しんでいた僕らですが、今年は女房もメルボルン行きは諦めました。
義理の姉の家の事情だけでなく僕も母を一人置いて行くわけには行かないので。
時代と共に環境の変化を最近は特に顕著に感じます。
毎年のメルボルン行きにくっついて来ていた我が娘も社会人となり独立してテニスどころではなくなっているし。
今年はテレビ観戦で我慢しなければなりません。
さて話は変わってアメリカで狂牛病が見つかったためにオーストラリアからの牛肉輸入が増えそうだ。との事。
昨年の2003年7月28日の日記にオーストラリアの牛肉「WAGYU」の事を書きましたが、せっかくオーストラリアでも日本向けの美味しい牛肉が手に入るようになっていたのに、この分では輸出用に向けられて、たとえ手に入っても非常に高くなってしまうのではないかと心配です。
食品の価格高騰が起きる場合、かなりの確率で日本市場が関係しています。
昔僕がオーストラリアに来た当時は刺身用のマグロの切り身なんて1キロ2ドルとか3ドルだったのに、今やその10倍もしてしまい、しかもそれだけの金額を払っても日本に送られる美味い脂の乗ったマグロはオーストラリアではまずお目にかかることが出来ないという現実があるのです。
形の良い(大きな)海老などもそうですが、良い物は皆輸出用に向けられてしまうわけです。
この分では霜降りの「WAGYU和牛」だけでなくハンバーガー用の牛肉にしてもオーストラリアでの値段はうんと上がってしまうでしょうな。
2004年1月13日
本日もまたテニスのアディダスインターナショナルに出かけてしまい、二日連続の暑さの中で少々バテ気味。
何しろ炎天下で朝から夜6時過ぎまで観戦。
疲れたので帰りにハバーフィールドで食事をして帰って来たのですが、なぜか頭がボ〜ッとして何も書く気になれないので、明日まとめてアップします。
写真も撮って来たのでそれもお見せする予定です。
ではまた明日。
2004年1月14日
いやはや昨日は疲れました。 暑かったせいもありますが何しろ昨日最後に見た試合にかなり熱が入ってしまったので。
昨日はセンターコート以外にも良いカードが有ったのでほとんど外のコートで見ていました。
で、一日中見ていて少々疲れてきたので、もうそろそろ帰ろうかと考えた夕方5時を回った頃に、今大会シードナンバーワンのスペインの「カルロス・フェレーロ」対オーストラリアの若手「クリス・グッチオネ」の試合が残っている事に気がついた。
その試合はまだ始まったばかりなので少々見ていこうかとセンターコートに入ったのです。
このオーストラリアの若手はまだ18歳、昨年のジュニアウインブルドンで決勝まで進んだ選手です。
しかし相手は世界ランク第3位、昨年の全仏を制した「カルロス・フェレーロ」ではどうせ歯が立つまいと全く期待もせず、僕が見たいカードの予定にも入っていなかったのです。
センターコートに入ってみるとまだ第一セットの3ゲームが終わったばかりで、フェレーロ2-1のリード。
つまり僕らは4ゲーム目の開始から見始めたのですが、その後の展開はいやはや驚きの連続でした。
実は僕はこのメルボルン出身の若手、まだ若干18歳の選手を良く知らなかったのです。
一昨日の日記にも書いた「トッド・リード」が一昨年にジュニア・ウインブルドンで優勝しているので、昨年決勝まで進んだといっても大して大きなニュースにもならず、ほとんどの人が注目していなかった。
僕も名前は聞いたことは有るくらいで、どんな選手か全く知らず。
さて僕らが会場に入ってすぐにグッチオネのサーブから始まったのですが、まさにビックリして顎が外れるかと思った。
というのもこの18歳の繰り出すサーブに度肝を抜かれてしまったからです。
何しろ連続で200Km/h以上のサーブ、それも217キロのサーブが3回も連続でたたき出され、相手のフェレーロのラケットなんて「かすり」もしないのです。
かすらないどころか、ラケットをボールに向けて動かす前にすでにボールは通り抜けているという状況すらありました。
野球の場合ピッチャーの投げる最高速度というのはどんなに速くとも確か160キロは大きく超えないと思います。
いくらラケットの方がバットよりも当てる面が大きいといっても、テニスの場合はストライクゾーンというのは無くて、サーブを受ける選手の左でも右にでも玉が飛んでくるわけです。
これをストライクゾーンというのなら異常なまでに広いストライクゾーンに220キロ近い玉が向かってくるわけです。
「何だコリャ???」って僕はビックリして横にいた女房に「この子、いつもこんなサーブするんだろか?」と聞いても、女房も初めてで口をアングリ状態。
何しろ背も高く(本日の新聞で見たら198.5cmと出ていました)その上、サウスポーなので、もう最強のサーブなのです。
テニスではサウスポーのサーブは右利きよりもアドバンテージがあるといわれています。
で、その超弩級のサーブで簡単にサーブをキープ第一セットを6-4で取ってしまったのです。
第2セットに入ってもそのサーブは衰える事を知らず、しかしさすが第一シードのフェレーロ、自らのサーブもがっちりキープしてタイブレークに持ち込まれました。
もう久し振りに本当に手に汗握る試合を見ました。
このタイブレークを物にしたらつまり試合に勝つということ。
だいたいこのようなシチュエーションでは試合の経験が物を言うというか特に彼のような強烈なサーブを武器にしているような選手は、ちょっとした精神的プレッシャーでサーブが決まりにくくなりやすいのです。
ところがこの18歳全く落ち着いていてまるでプレッシャーを感じさせないのです。
いよいよタイブレーク、6-3でマッチポイントを迎えました。 それも彼のサーブポイントで。 つまり3マッチポイントもある上、彼は2度もその強烈なサーブで試合を決めるチャンスが有るのです。
しかしやはりというか、そこに至ってやっと彼にもプレッシャーがかかっていることが見え始めました。
最初のサーブが決まらず、6-4に。 次のサーブではさすがフェレーロ何とかラケットを合わせたらフラフラと上がったリターンがまさにベースラインオーバー、試合が決まったと思ったら、ミスヒットだったためにボールに勢いが無く何とベースライン上に落ちたのです。
ラリーが始まり結局フェレーロが取って6-5に。
その時に僕は考えました。
もしこれでグッチオネが試合を落とすような事があったら、精神的なダメージは相当大きく第3セットで簡単に負けて試合を落としてしまうだろうなと。
似たような試合を多く見てきた経験から本当に99.999%試合を物にしたはずなのに、相手の打球がネットに当たって普通ならその玉は手前に落ち試合が決まっているはずが、なぜか反対側に落ちてポイントを取れずなんて事を思い出してしまった。(何度このような状況を見た事か)
で、6-5になってフェレーロのサーブに移り、しかしまだマッチポイントではあります。
最初のサーブはフォルトで、セカンドサーブでラリーが始まり、何と今上で書いたようにフェレーロの打球がネットに当たって「試合が決まった」と思わせたのですが、なぜか打球は変にバウンスしてグッチオネのコート上に落ちたのです。
何でこういう場面ではこういうドラマティックな事が起きるのかと思わせられるほど。
7-5で試合が決まるところが、6-6になってサイドチェンジです。(タイブレークの場合は6ポイントごとにサイドチェンジ)
この時になってフェレーロにもかなりのプレッシャーがかかっていることに気がつきました。
何しろ彼の第一サーブも決まらないのです。
で、何と彼はそのサーブをダブルフォルトしてしまい、またまたグッチオネのサーブに移ってマッチポイント。
で、ここでも彼の第一サーブは決まらずセカンドサーブへ。
しかし彼は落ち着きを取り戻し、素晴らしいセカンドサーブを放ち、フェレーロの打球はアウト。 そう8-6で彼は勝ったのです。
センターコートにいた観客の全員が狂喜していました。
僕も気がついたら立ち上がって拍手喝采していました。
手のひらは汗がべっとり。
試合後、会場から駐車場に歩きながら、「本当に試合を落とさないでよかった」と考えていました。
このような試合で99%勝っていた試合を落とした選手って本当にリカバリーが難しいんですよね。 特に彼のようにジュニアから上がってきたばかりの選手は、トラウマが残りやすい。
ですから僕は彼、グチオーネが試合に勝って良かったという思いよりも、このような試合で試合を落とさなくて良かったと思いの方が強かったです。
レイトンヒューイット以来、トッド・リードやこのクリス・グッチオネと楽しみな選手が出てきて嬉しいです。
さて昨日撮影した写真を少々。
昨年の暮れにオーストラリアが獲得した「デイビス・カップ」が誇らしく会場の一部に飾られていました。
あまりにも永い伝統のある「杯」なので台座が次々と増やされ、今やこんなに大きくなっています。
これなら簡単に盗まれないので警備員も一人だけ。
もう一つの写真はそのセンターコートの写真。
手前がフェレーロで向こう側の選手がクリス・グッチオネです。
彼の大きさなどがあまり良く見え無いのが残念です。
上記の写真をクリックすると大きくなります。
2004年1月15日
米国の狂牛病問題で、日本での肉の価格が高騰する(その影響でオーストラリアの価格もですが)のではという心配をしていたら、今度は我が母の郷里山口県で鶏のインフルエンザが見つかったとの事。
何しろ輸入牛肉が高騰するために日本の牛丼チェーン等は豚や鶏のメニュー等を増やしたりしてやり繰りしようとしていた矢先のようです。
今回の鶏のインフルエンザは狂牛病ほど恐ろしい物ではないようですが、しかし人間にも感染する可能性もあり、昨年も韓国やベトナムなどアジア諸国で何人かがこのインフルエンザで命を落としているとか。
鶏の卵や肉を食べても感染する可能性が少ないとか書いてありますが、僕はふと「日本人は生卵を食べる」事を思い出しました。
日本の記事を見ていると人間に感染する可能性は鶏舎近くで働いていたり、また鶏糞からも感染する可能性が有るという。
僕は日本の卵の事はあまりおぼえていないのですが、オーストラリアでは料理しようと卵を手にとると、うっすら汚れている事があります。
鶏糞なのかどうかわかりませんが、確かに産み落とす卵には鶏糞の着く可能性は非常に大きいと思います。
それをすべて完璧に洗浄して市場に出すシステムになっているのか知りませんが、オーストラリアでは何度かこの汚れた卵は目にしています。
しかし日本を除いてほとんどの国では、通常「生卵」は食べない、つまり料理する(過熱する)事によってインフルエンザのウイルスは死滅するはずですから危険度はかなり低いと思います。
オーストラリアでは全く生卵は食べないと書きましたが、映画「ロッキー」のように筋肉増強のために生卵を何個も飲む人がいないとも限りませんが。
しかし日本のように朝食に生卵を食べたり、スキヤキで生卵を使うという習慣は有りません。
鶏のインフルエンザはもう70年以上も日本では見つかっていなかったから、人間への被害が日本ではなかったのか、はたまた生卵を食べても危険度がそれほど上がるわけではないのか僕にはわかりません。
しかし生で食べると、可能性は絶対に増えるのではと。
考えてみると我が家では「スキヤキ」というメニューがほとんど食卓に乗らない事に気がつきました。
牛肉の値段の安いオーストラリアに住んでいても、「スキヤキ」にそれほど食指が動かないのと、我々が生卵を好まないからだと思います。
特に我が女房は生卵は絶対に食べないので、いきおい我が家ではスキヤキは食べないわけです。
本日この日記を書きながら女房に確認したら、生卵の感触が好きでないだけでなく勿論「バード・フルー」つまり鶏インフルエンザ等の怖さがあるからとの事。
「随分前からそう言っていたじゃない」と言われてしまいました。
僕は鶏のインフルエンザなんてほとんど聞いたこと無かったので、全然気にしていませんでした。
日本では生卵を食べる習慣というのは昔(僕が日本に住んでいた当時)と比べて変わりが無いのでしょうか。 何となく気になることでは有ります。
狂牛病や今回の鶏のインフルエンザ、またSARSにしても中国では野生動物(ハクビシンなど)を食用にしているからではないかという説もあり、ほとんどが「ウイルス」が問題を引き起こしているわけです。
こういう世の中になってきているのに、アメリカの牛肉など本当に管理がずさんらしい。
昨年の日記にも書いたように、アメリカの牛肉品質管理は「100年前」と大して変わっていないという問題提議をしたドキュメンタリー番組を半年ほど前に見たばかり。
その時にはまだアメリカでは狂牛病は発見されていなかったのですが、万が一アメリカで狂牛病が発生したらあまりにもずさんな管理体制なので、人間の口にどんどん入ってしまう可能性が大いに有ると警告しているような番組だったのです。(確かアメリカのドキュメンタリー番組です)
だいたい病気の牛や歩き方がおかしい牛をどんどん「屠殺」して食用にしている事自体「気持ち悪い」話です。
それらの牛のほとんどは挽肉にされてハンバーガーなどになるらしいが、米国の場合ハンバーガー用の挽肉を作る工場の規模というのは想像を絶するほどの大きさで、世界中(南米やアジア諸国)から集められた牛肉を一緒くたにして「挽肉」にしている。
つまり肉の品質管理など不可能なんですな。
で、一応アメリカでは歩き方等に異常のある牛の場合に検査をするらしいがそれさえもすべて検査はしていないとの事。
病気の牛や歩き方に異常のある牛を食べる事自体からして僕には信じられないが、それらの牛でもすべて検査しないなんてのなら、やはり日本政府が即座に米国からの輸入を停止したというのは当たり前の事だと思います。
しかし米国はその検査体制の見直しにも腰が重いそうで、輸入禁止は長く続くと思います。
米国政府の圧力に日本政府が弱いのが気がかりですが。
面白い事に、日本の牛丼チェーンで使われている牛肉はほとんどアメリカからで、マクドナルド(本社アメリカ)のハンバーガー用の肉はオーストラリアから輸入されていたとの事。
運良くオーストラリアではこれらの問題はまだ起きていませんが、検疫体制が厳しい国なので多少は安心ではあります。