2002年7月前半の日記
2002年7月1日
海外で見るNHKの番組には(日本でもやっているのかどうかは不明)海外安全情報というのが有ります。
多分日本政府が流しているニュースで、海外に出掛ける人や生活している人の安全のためらしい。
たった5分ほどの番組で、一日に数回流しているようです。 僕はほとんどNHKを見ないので、詳細は不明。
たまたま昨日母と話していたら、その番組やっていました。
まずはスペインでバスク地方独立運動組織の爆弾テロで、観光地やホリデー客の集まるところが狙われているとの事。
次はタイで日本人の男性旅行者が殺されていた事件、一人旅の人を狙っていたとか。
一緒に見ている母にオーストラリアは安全で良かったねと言った途端に、アナウンサーが「次はオーストラリアで、、、」って始まったので、「あれっ」て感じ耳を傾けました。
オーストラリアの最初の注意報は「スリ、置き引き、ひったくり」の被害者が増えているので注意してくださいとのこと。
「スリ、置き引き、ひったくり」なんて、何もオーストラリアばかりにいるわけではないし、ヨーロッパにもいくらでもいそうなのにと思うのですが、日本からのオーストラリアへ来る観光客の量が多いからなのか。
で、次の注意報を聞いて突然昔やっていた仕事を思い出してしまいました。
内容は「シンガポールから来た中国系と名乗る男性に、金を騙し取られる日本人の女性が増えています」というものです。
「え〜、まだいるんだ!この手の詐欺師!」と思わず母に今から10年前当時の僕の経験を話しました。
これはある意味「非常にしらける」のですが、なぜか被害者はほとんどが日本人の女性です。 オーストラリア人の女性や他の国の女性の被害者がいるというのは聞いた事がありません。
街で話し掛けられて付き合いが始まるのですが、プロの詐欺師なので非常に言葉は巧みです。
一見日本人のような顔をした、シンガポールから来たと言う男性は英語も流暢でとてもやさしく、交際を申し込みます。
で、何度かデートするうち、または中には一緒に住み始めると、お決まりの「急に金が必要になった」という話が出てきます。
シンガポールからの送金が遅れていて、どうしても今日までに支払わなければならないものがあるというように、話の内容はいつも一緒ではないのですが、ほとんどが非常に単純なものです。
本当に不思議なのは、このような話に「日本人の女性」が「簡単に」騙されてしまうことです。
これはどうしてなのか僕には分かりません。
もちろん昔僕がお世話していたワーキングホリデーの女性の中にも被害者はいました。 たった一人ですけど。
その彼女が騙されたと相談に来た時に僕はすぐに彼女を同伴して警察に出向きました。
騙された額もワーキングホリデーの若い人には深刻な額でしたが、警察は話は聞いてくれましたが、全く何もしてくれませんでした。
正確に言うと、全く何もする気は無いようです。
なぜなら、一端交際を始めてしまったら男と女の事(問題)で、貸した貸さないなんて水掛け論に終わってしまうような内容(事件)にはまるで興味は有りませんという事なのです。
実は僕が同伴した彼女以外にも被害者は何人かいて、それぞれが被害届を出しているのです。 つまり警察はプロの詐欺師がやっているというのは百も承知なのですが、警察としても手も足も出ないほど愚かに騙されているという事なのです。
中には、途中で不信感を抱きながらも、何度も何度も金を貸し、全くの無一文になってしまった女性も何人かいます。
日本人の女性ってとってもナイーブなのでしょうか。
人を疑うなんてのは「はしたない」と思うのでしょうか。
幸い、僕のお世話していた人達は最初の被害者が出てすぐに、オーストラリアに到着した途端に行なうレクチャーにその事件の事も必ず織り込んで話していましたので、それ以降被害に遭う人はいませんでした。
しかし、その後も他の被害者は増えていたのですが、ある時を境にその話を聞かなくなったので、てっきり海外に逃げたと思っていたのですが。
またこいつ暗躍を始めたのかなと考えたのですが、まてよ僕が警察に行ったのはかれこれ10年近くも前になるのに、同じヤツがやっているとしたら、歳も喰ってしまっただろうし、若い女性を騙すには無理な年齢になっているのではないか、つまりその弟子がまたまた始めてるのかなと考えます。
「シンガポールから来たという中国系の男性」ってのは全くその当時と同じフレーズなんですよね。
オーストラリアではこのようなのに騙されるのは「バカ」で片付けられてしまいますが、同じ日本人として僕にはどうにも不思議で、いろいろ考えさせられます。
2002年7月2日
日曜日に女房と粗大ゴミを捨てに行きました。
前の日記にも書いたこのゴミ捨て場、わずかばかりの料金を払って、自分の車で持ち込んだゴミを投棄するのです。
場所は我が家から車で30分足らず、ロックデールというところに有ります。 といってもそこは一時的な粗大ゴミの集積場で、我々が10メートルほどの深さのピットに投げ込み、そこで一端(油圧か何かで)ある程度押しつぶしコンパクトにして、横で待ち構えるゴミ用大型ダンプに搭載されどこかに運ばれているようです。
父が死んでから、彼の残した膨大なゴミ(領収書やカタログなどの紙類。日曜大工が好きだったので、木工関係の屑。 これも好きだったガーデニング関係、等など)は一週間に一度しか来ない生ゴミの日に出せるわけは無く、何度かこの粗大ゴミを引き取ってくれる集積所に行かなければならないと覚悟はしていました。
ついでに永年捨てるに忍びないと持ち続けていた物も気分一新のために捨てに行きました。
我々の年齢は日本の終戦直後の貧しい時代を知っているので、捨てなければと思いつつも踏ん切りのつかない物が結構出てきてしまいます。
日曜日に捨てた物の中には、テレビ(まだちゃんと映るんですけど、どうにも型が古い)やストーブ、衛星放送を見ていた当時のデコーダー、最初に我が家で使い始めたFAX、そして本当にお世話になったポータブルタイプのワープロ。
特にこのポータブル(ノ−ト型の)ワープロは思い出が一杯詰まっていて、それより後に買った、もっと機能的にも優れたのよりもなぜか捨て難く、ずっと手元に残しておいたのです。
それら思い出が一杯詰まった物を投棄用の深いプールのようなところへ投げ込もうとする時には、一瞬躊躇してしまうものです。
それほど感情的になる必要ないんですけどね。
その日は他にも古いカバン、靴、カートのレースでたまに使ったテントなど等、本当に投げ込む時に手に取って「思い出を感じていました。
皆さんにもどうしても捨てられない物って有りませんか?
我が家には比較的収納場所が沢山有るために、まだまだ捨てなければならない物が山のようにあるのです。
物置に置きっぱなしになっている、日本から持ってきた古い机なんてとっくに捨ててなければと女房も言うのですが、実は僕にとってこの机が最後まで守りたい思い出の物なのです。
場所さえ確保できれば多分一生持っていると思います。
それは僕が中学生の頃父から受け継いだ書斎に有った机で、今や見かけはアンティークそのものです。
しかし骨董価値の出るほどの上等品ではないが、今も物置に置いてあるこの机を見るたびに昔を思い出してしまいます。
あれだけは絶対に捨てたくないと言うと、女房は「実は私にも昔を思い出させてくれる物が二つ有る」と言うのです。
一つは亡き義母が大事に使っていたクス(の木)で出来た大きな服を入れる箱(ツヅラというのか)です。
英語でGlory Box
といいます。 下に写真をつけましたが、長さ約1メートル、幅と高さが約50センチ強の箱です。
僕はこの箱が彼女の捨てたくない一品だと言うので、理由を聞いてちょっとビックリしました。
オーストラリアでは昔、嫁入り前の女性がこのような箱を購入し、中に自分で作ったテーブルクロスやナプキンなどを入れて嫁入りの時に持ってくる習慣があったというのです。
え〜!オーストラリアにそんな習慣があるなんて。 (何か東洋っぽい)
この写真の箱は、女房の母が嫁いだ時に持参してきたものです。
日本の「嫁入り道具」のようなものがオーストラリアにも有ったのですな。
女房にとっては物心ついた時からいつも家に有ったこの箱が子供時代を思い出させてくれるという。
そしてもう一つは青春時代の思い出、オリベッティーの赤いバケツと呼ばれたポータブル・タイプライターです。
彼女はこれを抱えてオーストラリアから日本にやって来ました。
30年も前、彼女と住み始めた僕にもこの真っ赤なタイプライターは良くおぼえています。
手紙などを書く時に彼女はいつもキッチンのテーブルの上に置いてカタカタ打っていましたっけ。
で、女房のこの2品、そして僕の机だけは捨てずに取っておこうと決め、それ以外は心を鬼にして出来る限り捨てる事に。 多分最初の試練は女房が初めて買ったコンピューターになるはずです。
下の写真が物置に置いてあるクス材でできた箱。 そして上に乗っているのが、オリベッティーのタイプライター「赤いバケツ」です。
当時は世界的なヒット商品でした。 クリックすると大きくなります。
物置なので回りの汚さ勘弁してください。
2002年7月3日
まずはアメリカン・エクスプレス・カードのお話。
本日来た郵便物をチェックしていたら、アメックスから「あなたのカードはキャンセルされました、、、、。」ってメールが。
てっきり死んだオヤジのカードのキャンセルの分だと思ったのですが、そこは間違いだらけのオーストラリア、本日届いたメールにあるカードナンバーをチェックすると、やはりと言うか僕のカード番号になっています。
つまり僕のカードが失効されているのです。
父が死んだ時にすぐにカードをキャンセルするためにアメックスに電話をしました。
そしたら死亡の場合は親父の死亡証明書を添えて、FAXで正式にキャンセルする必要があると言われました。
何しろアメックスも合理化なのか、電話を掛けてもコンピューターのテクニカルサポート並に延々と待たされ、やっと通じたと思ったら、電話では駄目でFAXをと言われてしらけたのですがとりあえずFAXで通知を出しておきました。
それから2週間後に父宛てに生命保険の勧誘のダイレクトメールがアメックスから届きました。
「あれっ」と思ったのですが、送ったFAXが全く処理されていないと分かったので、すぐにまた電話をしました。
また延々と待たされた後、出てきた女性は、先日僕が送ったFAXの番号は同じアメックスのオフィスではあるが違う部署の番号だったらしく、「なんでそんな番号を教えてしまったのかしら」なんてのんきな事を言っています。
アメックスってこりゃ〜どうしようもないところだと感じた僕は、すぐにその女性のフルネイムを聞きました。
オーストラリアのようにしょっちゅう間違いの多いところでは、後で電話を掛けて文句を言おうにも、ギブンネーム(ジョンとかルーシーだとかの)だと「ジョンは何人もいますのでどのジョンかしら」なんて(わざと)とぼけられてしまう。
つまり責任の所在をごまかすのです。 ですから例えあなたが名前を聞いてもほとんどの場合、(わざと)ギブンネームしか言いません。
しつこくフルネームが必要だと言ってはじめて貰えます。
で、その二度目に文句の電話をかけた時はフルネームをもらっておいた。 名前は「Vanessa Jackson」
彼女は「私宛に送ってもらえば、今度は私が責任を持って処理をするから」と言いました。
で再び彼女宛にFAXをタイプして、死亡証明書を付けて送っておいたのです。
ところが、今度は処理はしたけど間違ってて、僕のカードがキャンセルになりオヤジのカードはまだ生きているというなんとも間抜けな状態になってしまったのです。
その上非常に不愉快な事に、本日届いた手紙には「あなたのカードはキャンセルされました」から始まって、未払い分(僕が先月使った分)を早急に払わなければ、借金取立て会社の方に書類が回りますなんて脅かしの文面なのです。
カードメンバーの死亡に伴う処理とはとても思えない、まるで死んでしまった人間が未払いのまま逃げてしまったというような文面なのです。
だいたい、いつも支払いは銀行自動引き落としで、取りっぱくれが無い筈なのに。
この英文のアメックスからの手紙、僕が見ても非常に失礼だと思ったのでネイティブである女房にも見せたら、彼女開いた口が塞がらない状態で、絶対にマネジャー宛てに抗議の手紙を書くと息巻いております。
いや〜、アメックスの今回の間違いに次ぐ間違いもさることながら、今日来た手紙の内容、本当にビックリでした。
父が加入していたもう一つのクレジットカードであるダイナース・カードの方は彼が日本で加入していたので、日本のダイナースに連絡をしたら弔文の手紙が入っていて、「永年メンバーとして本社をお引き立ていただきました事を感謝いたします」なんて書かれてある。
アメックスとは月とスッポンで、この違いは両社の違いなのか、オーストラリアと日本の違いなのかとても興味有るところです。
2002年7月4日
昨日はアメックスから来た不愉快な手紙に付いて書きました。
ちょうど日記を書こうとPCの前に座った時に女房がその手紙を持って来たので、「頭に来たまま」昨日の日記を書いてしまいました。
で、丸一日経って少しは気持ちがおさまったかって言うと逆にもっと頭に来ています。
昨日の日記を書いた後に、アメックスからの僕宛に自動引き落としの確認書が届いているのを発見してしまったのです。
つまり、僕が死んだとアメックスが勘違いして、僕のカードをキャンセルしたと言う通知の中に書かれていた、「約590ドル(僕が先月使った分)を即刻支払わないと、借金回収会社及びその弁護士から連絡が行きます」という、何とも不愉快にさせる内容ですが、もうその分は支払われていたのです。
百歩譲って、もし僕が本当に死んだとしても、すでに払われてある分をまた請求してきているのです。
もう間違いに次ぐ間違いのまた間違い。 どうなってしまっているのでしょう。 アメックスってあまりにも大きくなってビュウロクラティックな会社になってしまっているのでしょうか?
昨日の日記を読んだよと、日本にいる友人がアメックスカードについてメールをくれました。
彼女の旦那さん宛てに「ある日突然」アメックスのプラチナカードのお誘いの手紙が来たのだそうです。
その手紙はメチャクチャ豪華な紙に印刷されているのもだそうです。
「まるで結婚式の招待状よりも質の良い紙だという事が分かるほど立派でした。」 との事です。
書いてある内容もかなりそそられる(上昇志向を焚きつけると言うのかな)との事ですが、年会費を見て躊躇したそうです。
何と!年会費消費税込みで約10万円なのだそうです。
僕はその数字100000円に目がくぎ付けになりました。
一瞬間違いかとも思った。
しかし多分日本のこの10万円が世界で一番高いのではないか。
日本ではこの手のものは高いほど良い、高くなければ「イケない」のでしょう。
いや〜何とも馬鹿馬鹿しいというか、何か根本的に間違ってないかって考えました。
僕がアメックスのカードを手に入れたのはロンドン時代1978年のことです。 理由は簡単、ロンドンから何度かニューヨークへ仕事で行ってレンタカーを借りようとしたら、カードが無いととても面倒くさい事に気が付いたからです。
つまり旅行などの時に便利だから、ただそれだけです。
当時クレジットカードといえば、ダイナースとアメックスくらいしかなく、どちらでも良かったのですが、なぜかアメックスにしました。
だから当然年会費の一番安い「グリーン色」のカードです。
その後何度もゴールドカードへのお誘いがあったのですが、全く僕にとってゴールドは必要が無いのに年会費が高いだけという事で「グリーン党」を続けていました。
ここまで書いて、またまた怒りが込み上げてきました。
良く考えたら軽く20年以上も会員というのかアカウントを持っている人間、一度として支払いを遅らせたりした事の無い(自動引き落とし)人間が死んだ時に送ってくる手紙とはとても思えない内容をまた思い出してしまったからです。
実はここ十年以上(いやもっと前から)さまざまなカードが出現し、オーストラリアでは(多分日本でも)銀行に口座を開けばほぼ自動的にクレジット・カードもついてきます。
マスターやヴィザカードなどで、それらも充分アメックスカードの役割を果たしています。
つまりアメックスにしなければならない理由がほとんど無い。
ですから今回の件で僕はアメックス止めてしまおうかなと思ったのですが、万が一の時にという事で、一応思いとどまっています。
十万円の会費を取るプラチナカード、多分日本人の「ミエ心」を大いにくすぐるのでしょうな。
僕には全く興味は有りません。 というかそういうカードを喜んで取得する人間に不快感さえ覚えます。
人によってはそういう「ミエ」が必要なのでしょうが、少なくともプラグマティックに生きようと思っている僕には関係の無いお話で。
と、ここまで書いてまたまた思い出した事が。
昔僕がアメックスを取得した頃やはり女房も旅行に便利だと僕がアメックスなら「私はダイナースを」と取得したはずだった。
で、そばにいる女房に聞いたら、「何言ってるのよ、マスターカードとかヴィザで十分な時代なのに。 とっくにダイナースカードはキャンセルしたわよ、止めてからもう10年は経ってるかも」との事。
僕より彼女はもっとプラグマティックなのを思い出しました。
確かに今我々の場合はマスターカードは年会費無料です。
毎年高い会費を払って、ダイレクトメールの標的にされてしまう、クレジットカード、何の意味があるのでしょう。
今日カードの事でメールを送ってくれた「Eさん」、プラチナカード申し込まなくて正解ですよ!
なんか二日連続でアメックスの事を書いてしまいました。
本当は「例の彼女」の事を書くつもりだったのですが。
日本の友人から「彼女のプラモ」をプレゼントされたのです。
日本からの小包を郵便屋さんが配達してきて、最近は父の死で日本から物が届く事があるので、母宛かと思ったら、日本の親友が送ってくれたタミヤのプラモデル24分の1スケールのフラットノーズが入っていました。
思わず嬉しさに笑みが。 で、早速作ろうかと思ったのですが良く見ると、何と1987年製なのです。 てっきり復刻版かと思ったのですが、彼女と同じようにその当時のものなのです。
友人は、ヤフーオークションで見つけてくれたらしい。
「何でも鑑定団」だと、中を開けて作ってしまったら、価値が無くなってしまうと良く見るので、躊躇してしまいました。
いやしかし、箱に入ったままでは面白くありません、ゆっくり時間をかけて作る予定です。
本当にいつもの心遣い、感謝いたします。
2002年7月5日
テニスのウインブルドン真っ最中です。
と書いても、今年はW杯のためか、いや元々日本ではテニスは盛り上がらないのでほとんどの人が関心ないと思いますが。
テニス大好きな女房と僕は、全仏の時にはオヤジの葬式真っ只中って感じだったので、久し振りにゆっくり観戦しています。
僕はその横でテレビで観戦したり、PCのモニターを見たりしていると、ちょうどミックスダブルス(混合ダブルス)をやっていました。
で、画面の方を見ないでいたら、実況のアナウンサーが「マルティナ」って言っています。
対戦相手の女子の一方が、テニス界のピンナップガール、クロニコワなので、当たり前のようにマルティナ・ヒンギスだと思って聞いていたら何と「本物のマルティナ」であるナブラチロワがやってるんですよね。
また彼女がテニスを始めたとは聞いていたけど、すごいです!!!。
なにしろ彼女45歳。 今のテニス界なら10代でもどんどんチャンピオンになっている時代に45歳ですよ。
マルティナ・ヒンギスももう20歳を超えたのですが、彼女の母親がマルティナ・ナブラチロワのファンだったので、生まれてくる娘にその名前をつけた。
そして名前どおり大活躍で数々の栄冠を手に入れているのは皆さんもご承知の事です。
その娘「マルティナ・ヒンギス」が成長してチャンピオンになった時代に、本家のナブラチロワがまたウインブルドンに出ているなんて!
ゴルフと違って45歳なんてまず不可能な年齢なのですが。
いや〜素晴らしい。
と、これを書きつつ観戦していました。 ナブラチロワのパートナーはオーストラリアのダブルススペシャリストであるトッド・ウッドブリッジ。
対戦相手は女子が上で書いたアナ・クロニコワそしてパートナーがスエーデンのヨーナス・ビヨークマン。 みなバリバリの一流選手です。
試合は第一セット、簡単にナブラチロワ組が取って「すごい!」って思ったのですが、第三セットまでもつれこんで、結局落としてしまいました。
いや〜残念! パートナーのウッドブリッジのサーブがもう少しまともだったら勝てていたと思うんですけどね。
それにしてもこの試合楽しかったです。
さて、相変わらずウイルス付きのメールがバンバン飛んできます。
ほとんどがKlezウイルスです。 僕の場合はノートンのアンチウイルスソフトにインターネットセキュリティーも入れているので、全く問題は無いのですが、ウイルス付きのメールが到着すると、いちいちどうするかノートンが聞いてきて最初は「ドキッ」としていたのですが、あまりにも沢山来るので、うざったくなってしまうほど。
多分ほとんどの人が自分のパソコンからウイルスが発信され続けているのも知らないのが問題なのです。
ぜひ、アンチウイルス系ソフトは使いましょう。
と、上記の日記を書いておいたのにUPし忘れてしまっていました。
で、追加です。
オーストラリアの若きテニスプレーヤー、レイトン・ヒューヒットが英国の期待の星、ティム・ヘンマンを破って決勝進出が決まりました。
バンザイ!!!。
2002年7月6日
女房が休みに入ってから、一緒にセンテニアル・パークという公園へ散歩に行く事が多くなり、体を良く動かすせいか心地良い疲労感で、夜眠くなるのが早い事と言ったら。
この公園は外周が約4キロ弱、我々はたった一周しか歩かないのですが、両手に女房も僕もダンベル(オモリ)を持ってかなりな速度で歩くのでとても良い運動になります。
僕が持つのは一つが3キロで両手に6キロ、女房がその半分で、両方で3キロです。
ここのところ運動不足を痛感していたので、久し振りにこの公園を歩いた後の気持ちの良さと言ったら。
しかし夜眠くなるので、今も日記を書き始めたのにまるで朦朧(もうろう)としていて、ちっとも書けません。
その上今日はお掃除のオバサン「ファティマ」の家に夕方から呼ばれていて、ポルトガル料理を堪能して先日度帰ってきたのです。
彼女の家は初めて行きました。 彼女の亭主がポルトガルに4ヶ月も出掛けてしまい、ちょうど良い機会だと我々を呼んでくれたのです。
3時過ぎに我が家を出発して彼女の家まで小一時間かかりました。 いつもより混んでいたからなのでしょうが、彼女はこんな距離を我が家へ通って来ていたのだと知って、少々ショックでした。(ウイークデーはもっと混んでいるはずです)
働き者の彼女は(共働きで)、掃除婦として我が家以外にも3件の家を掛け持ちして、毎日毎日働き、子供二人を育てたのです。
僕よりまだ7〜8歳若いのに、もう孫が3人もいます。
19歳で結婚して、生まれたばかりの娘を連れてオーストラリアに移民してきたのです。 今から20年も前の事です。
彼女の手作りの料理を堪能しながら彼女の生い立ちや、オーストラリアに移民してきた事情、またこれまでのオーストラリアでの生活を聞いていたら、典型的な「移民の苦労話」で、ある意味「心を打つ」話ではあるが、娘たちも自立して(結婚して)やっと老後が見え始める歳になったというのに、両方の娘(娘二人です)共々離婚をして、上の娘は最初の結婚で子供を一人、離婚後にまた(今度は結婚せず)子供を二人もつくり計3人の母子家庭でいつも「ファティマ」に頼りきり、下の娘も結婚した途端に離婚をして、家に戻ってきている状況を見ると、なんだか悲しくなってしまいました。
自分(ファティマ)が3歳の時に親に捨てられて、親戚に預けられて育った環境から、自分の娘には絶対に自分のような経験をさせたくないという気持ちが強いばかりに、甘やかして育てしまったというか、厳しさが足りなかったというのか、ファティマの二人の娘は非常に頼りなく、いまだにファティマの世話になっているのを今日見ていると、複雑な気持ちにならざるを得なかったのです。
やはり眠いせいか、うまく表現できません。
もう今日はここで切り上げて寝る事にします。
実は横にあるテレビでは、僕の好きなテニス(ウインブルドン)の女子の決勝が始まったのですが、さすがに見る気力も無く、ヴィデオをセットして寝る事にします。
今日の日記には先週やっと終わった女房の「陪審員」の事を書く予定だったのですが、これは来週にします。
2002年7月8日
まずはウインブルドンの結果から。
オーストラリアのレイトン・ヒューイット(21)がとうとう優勝しました。
今までにも何度か彼については日記に書いたのですが、本当に素晴らしい。
僕の娘がジュニア時代トーナメントに出ていたので、僕らはレイトンが15歳の時からプレイしているのを見るチャンスが有りました。
当時から身長などの肉体的アドバンテージが無いのに、とにかく根性で勝っていました。 「根性」という表現が適切でなければ「プレッシャー」に強かったとでも言うのでしょうか。
僕は「根性」とか「精神」なんて言葉を使って片付けるのが嫌いなのですが、ものすごくプレッシャーがかかる場面で、逆に普段より良いショットを打ったり、相手選手より常に冷静だったりと、これは持って生まれた「才能」だと、やはりオーストラリアの有名なテニスプレーヤーだった「ジョン・ニューカム」が本日のテレビのインタビューで言っておりました。
今日の結果を見ていると、今から6年以上も前レイトンと同等かそれ以上の可能性を持ったジュニアたちが沢山いた事を思い出します。
その何人かはプロに進んでいますが、世界ランキング100位以内にはいません。
かたや、レイトンは昨年の終わりに世界ランキング1位になるし、とうとうウインブルドンまで取ってしまった。 (最初のグランドスラムは昨年のUSオープンをすでに獲得しています)
今年のウインブルドンを見ていると、「芝のコート」という世界の趨勢からいうともはや少数派、ある意味「特殊なコート」に新風が吹き始めていると思います。
つまりウインブルドンは今まで強烈なサーブとボレーというスタイルを得意とする選手たちに非常に有利であるとされ、昨年のイワネセビッチにしても、他のサーフェースではもう歳で、ほとんど勝てないのに優勝してしまったほどなのです。
しかし、今年は活躍する選手のスタイルが、はっきりと変わりました。
今年のコート上の「芝生」の減り方(試合が進むに連れて芝生が剥げて来るという意味)を見るとその違いがはっきりすると思います。
それはベースラインで活躍する選手が、2週間目に入っても多く勝ち残るようになり、ベースラインに生える芝がコートの横幅一杯に減っているのです。
サーブアンドボレースタイルではこういう減り方はしません。
ベースライナーには向かないといわれた「芝コート」なので、一時はクレーコートを得意とする選手たちが出場を見合わせる時代もあったほどなのに。
昨晩(本日の早朝)の決勝を見ていると、レイトンの対戦相手も「芝」スペシャリストではなく、このサーフェースの特徴が人間の体力(つまり速いサーフェースに打ち勝つ足の速さ=選手たちの運動能力の向上)によって時代が様変わりを始めたのです。
と、なにやらテニスマニアックな事ばかりになってしまいそうなので、いい加減に止めます。
そうそう、やはり我が娘のジュニア時代の仲間で仲良くしていた娘がいました。 彼女はプロになったのですが、その彼女の弟が今回のウインブルドンのジュニアで優勝しました。
トッド・リードといいます。
その上、ダブルス・スペシャリストのトッド・ウッドブリッジも優勝して、今回のウインブルドンはオーストラリアにとっては最高の大会になりました。
イギリス人の特徴とまで言える「ストーカー」もしっかりお出ましになり、(残念ながら今年は男でしたね。)大いに沸いた大会でした。
2002年7月9日
女房の陪審員のお役目が終わってもう一週間になります。 予定ではもう少し長くなる可能性もあったのですが、女房曰く「誰が見ても有罪」という内容だったようで、スムーズに進行し、早めに終わったようです。
内容は前の日記にちょっと書きましたが、コンピューターショップチェーンを経営する人間の起こした詐欺及び脱税事件です。
内容はありふれたもので、とんでもないPC(自分の経営するチェーン店のショップブランド)を売った後の保証や、部品を納品していた問屋への支払いが滞っていたようなもの。
ただし、悪質なのは定期的に経営する会社をわざと倒産させ、また次に名前が違うだけの同じ内容の会社を作る。
前の会社での借金は支払わない、買った客にも保証はしないというものです。
このような手を使って大いに儲けていたのに、利益は関連会社や女房に支払われた形を取り、いつも赤字申告で法人税は全く払っていなかった。
いや今日の日記はそんな事を書こうと思ったのではなく、今回の女房の経験を通して、いかに陪審員制度に欠陥があるかを感じたかです。
オーストラリアの場合は(シドニーの場合はと書いたほうが正確かもしれませんが)陪審員全員の意見が一致しなければならないというのがまず最大の「問題点」です。
その上陪審員の知的レベルというのも非常にばらつきがあり、陪審員の中にはちゃんと裁判の進行状況を把握していないのではと女房が感じた人もいたようです。
世間を大いに騒がせたような事件の裁判と違って、今回女房が陪審員を勤めたような内容の場合、延々と経理簿の数字の内容についてのやり取り(つまり金の流れで脱税を立証するための)などが朝から一日中続く日もあり、女房でさえ強烈な睡魔に襲われて困っていたほどなので。
女房は「まじめに」というか、睡魔に打ち勝つためにすべての内容をノートに書き取っていたそうですが、陪審員の中には始まって一週間もしないうちに「こんなヤツは有罪」とすでに決め付けてしまい、その後の裁判についても、はたまた審判を下す前の裁判長から陪審員へのスピーチにもほとんどまじめに聞いていないのがいたとか。
これは審理の前や、途中の休み時間(食事時間を含む)などで陪審員全員が同じ部屋に集まってそれまでの動きなどを確認したり、話し合ったりするとの事で、他の陪審員がどう考えているかなどは分かるのです。
しかし最大の問題点は最初に書いた「全員一致」に尽きます。
何年か前にクイーンズランド州の首相が汚職で起訴された裁判では、偶然その首相の後援会に所属する人物が入っていて、彼以外陪審員全員が完全に有罪だと判断しているのに、その後援会に所属する男だけが正当な理由も提示せず「無罪」であると主張し続けたために、結局有罪が成立しなかったということが有りました。
簡単な話、もし日本が陪審員制度を採用していたとして、「鈴木宗男」の裁判で彼の後援会に所属するガチガチのムネオ信者が混じっていたら、どうなるだろうと考えていただくと、簡単に理解できると思います。
またはオウム裁判で麻原の信者が偶然混じっていても同じではないかと。
もちろん偶然が作用しなければと言っても、例えば日本の「大宗教団体」の会長が裁判にかけられた場合(宗教団体によっては信者の数が1000万人を超えてるところもあるらしいので)12人の陪審員に一人くらいその信者が選ばれる可能性は大いにあるわけです。
今回女房を通して毎日の裁判の進行内容を聞きながら、陪審員制度について大いに考えさせられる事が多々ありました。
人間が人間を裁く「完璧な形」ってどんなもんなのだろうと考えさせられました。
もしあなたが裁判にかけられて、(例えば冤罪で)死刑を求刑される可能性もあるというような状況の時、思いっきり「アジャパー」の陪審員に裁かれるなんて、考えるだけでも「ぞっと」するでしょ。
2002年7月10日
僕は「健康食品」というものには常に懐疑的です。
しかし日本人は世界でも特にそういった類のものには目が無い国民だと思います。
ほとんどが僕が日本を離れてからのものですが、「紅茶きのこ」あたりから始まって、ありとあらゆる「いかがわしい」物が登場し、一時期は日本全国に蔓延し、その後は誰も話題にしなくなるというパターンです。
僕は今まで「その手の物」には一切興味が無いだけでなく、漢方薬でさえ確かに効果の有る物は知っていますが、少なくとも半分はほとんど効果の無い、「いかがわしい」と考えています。
特に現代医学では即効性の薬が開発されていない病気、例えば関節炎やリューマチなどは大いに漢方薬の付け込む隙があるらしく、多くの種類の漢方薬が売られています。
日本にいる叔母がリューマチで苦しんでいて、良く効く漢方薬を見つけたが、非常に高価だと話しているのを聞いて、全く同じ物をシドニーのチャイナタウンで見つけてあげた事があります。
で、値段は何と!!!約10分の1だったのです。
日本で約1万円で売っている全く同じのものが、オーストラリアでは千円って、いかに胡散臭いかです。
それでも是非買って欲しいと言われて、僕はその店にあった在庫全部買って日本に送ってあげたのですが、完治したなんて聞いてません。
高額だから効くというのも陥りやすい罠の一つです。
と、ここまで書いて今日の話題は「長寿の水」です。
名前を「ユニーク・ウォーター」と言います。 なんとも、ダサい名前で。
その水はミネラルウォーターのように販売されています。
金額も特に高くはなく普通のミネラルウォーターとほぼ同等か、若干安いくらいです。
最初にその水の話を聞いたのは、確か新聞の記事でした。
ヴィクトリア州のとある田舎にある泉から湧き出す水を飲む牛が非常に健康で高齢になっても出産したり、乳の出が高齢まで止まらなかったりするのを不思議に思ったその土地の所有者が、他の家畜やペットの犬などにも飲ませたところ、種種の効果がある事を発見したと言うのです。
まあよくある「詐欺」みたいな話でしょ?
その後その泉の所有者はその水を「ユニーク・ウォータ」と名づけて売り出します。
ところがこれが結構売れてるんですよね。 こういったものには非常に懐疑的なオーストラリアのテレビ局は、悪徳商法などを暴く番組「6:30レポート」で4人の視聴者にその水を一定期間飲ませ、テストしてみたのです。
その4人はテレビ局が独自に選んだ、それぞれ体に問題のある人たちです。 一人は関節炎、一人は腰が悪く、残りの二人もそれぞれに問題を抱えているのです。
で、結果は4人のうち3人まで効果が有ったのです。
この効果があったというのに対してもこの番組では、一応効果は認めながらも「Placebo効果」の可能性も充分考えられるとも言っています。
「Placebo効果」とは、「この水は非常に効果のある有名な水です」などと言われて飲んだ場合に「いわしの頭も信心から」というのに似て、効果があったように感じてしまうものです。
僕は小指の関節の痛みが(大分前にサンドバッグを叩いていて痛めた。 バカでしょ?)もう何年も有り、一向に治らないので、その水が、気になり始めていたのです。 (そういうものは一切信用しないと言いながら)
ところが女房の幼馴染の友人(我が家の顧問弁護士をやってくれています)の母がかなり酷い関節炎で医者にも見離されていたのですが、やはりこの水でかなり良くなって大変助かっていると、先週の日曜日に会った時に絶賛していたそうです。 (彼らはかなり知的レベルが高く、うかつなものには手を出すタイプではない)
で、色々な効果があり「ペット」のためにでも買う人が多いと聞くに及んで、その工場(泉はヴィクトリア州にありますが、ボトリングはシドニーでやっています)に出掛けてみました。
何しろ我が愛犬はやはり関節炎が進行して、歩くのがやっとでもう一緒に朝の散歩に行く事が出来なくなって6ヶ月近くたちます。
まあいつも買うミネラルウォーターをこれに切り替えると思えばいいのだし、もし我が愛犬に効果があれば信用しても良いかなという程度で。
何しろ我が愛犬なら「Placebo効果」ということはありえませんから。
数週間、いや一ヶ月ほどしたらまたこの水に効果について書いて見ます。
と、これを書いていたら娘が勤めから帰って来て、「え〜!あの水買ったの? 何で私に言わないのよ」、と怒っていらっしゃる。
娘もそのテレビ番組見たのですが、もしその水が効果あるのなら成分の分析をして、全く同じ成分の水を作るなんていとも簡単な事で、いくらでも作ってあげるのにとの事。
医科学研究所に務めている娘の言い出しそうな事ではありますが。
本日の日記はお休みしようと思ったのですが、短く書いておきます。
オヤジの死後、後片付けをしているうちに膨大な「ジャンク」が次から次へと出てくるので、これを機会に僕と女房が溜め込んだジャンクも一緒に、ガレージセールをしようと決め、今日は一日中その用意をするはずでした。
ガレージセールとは家で必要なくなった品物を、車庫(ガレージ)に並べて、電信柱などに張り紙を出し、ご近所に売るというようなものなのですが、家具など大掛かりなものも多くあるので、女房はローカル新聞に宣伝も出しました。
今週の土曜日にやると決めて、今日あたりから準備を始めようと思っていたのです。
ところが今朝朝食を取っていると、玄関の呼び鈴が鳴り女房が出てみると、もう買いに来たと言うのです。
今日はまだ木曜日、ローカル新聞に出した広告が間違っているのかと思ったら、土曜日に来たらもう手遅れだから今日来たと言うのです。
そんな事言ったって、まだ何にも用意していない、土曜日にまたきて下さいと言うのに、「新聞に出ていた家具を見せてくれ」と言って、引き下がらないのです。
実はその家具にしても倉庫にホコリを被ったままで、邪魔だから売るとは決めたけど、見せるような状態ではありません。
そう、説明したら一部だけでもいいから見せろと言う。
しょうがないので、イスを一脚だけ引っ張り出してきて見せたら即「買う」って言うのです。
テーブルの部分は倉庫に入れるために、すべてバラしてあるので、見せるわけにも行かない。
だから見せられないのに、「買う」と言うのです。
これには驚いてしまいました。 結構高い値を言っているのに、それでも良いと言うし。
で、手付金まで置いて、夕方4時半頃にまた戻って来るからそれまでに組み立てておいてくれと言って帰っていきました。
こんな良い値で売れるとはと女房と喜んで残りのイスやテーブルすべて引っ張り出して掃除を始めてみると、15年間もしまっておいたので、ある時期(多分工事をやった時に)倉庫に水が入って、一部変色しているところはあるは、いざ組み立てようと思ったら特殊な家具用のボルトが数本無くなっていて、満足に組み立てられません。
もう手付金までもらって、良い値で売れたと喜んでいたのに、このままでは売れなくなってしまいます。
慌てて僕は日曜大工屋に出掛け、女房は6脚のイスとダイニングテーブルを掃除始めました。
ところがこの家具は日本から親が持って来た物なのですが、オリジナルはアメリカ製。
で、全然規格が違うのか、同じネジが無い。 代用もきかない部分のネジなので、しょうがないので同じ長さの似たようなネジを買ってきて、グラインダーなどを駆使してその部品を作り、どうにか組み立て終わったら、ぎりぎりで4時半に間に合い、その買い手(フランス人のオジサン)に引き取られて行きました。
で、考えるにこの「オジサン」その道のプロなんですな。
つまりたかだかガレージセールなのに、ちゃんとローカル新聞に目を通し「土曜日」と書いてあっても、そんな時に来てからでは手遅れと、2日も前に来て、イスを一脚見ただけでぱっと買ってしまう。
我が家でガレージセールをやるのは初めてですが、今日の経験からひょっとするとかなり売れるのではないかと思い始めてしまい、これはまじめに用意をしなければと、売る品物を用意始めたらほとんどが何十年も倉庫でほこりを被ったままになっているのばかりが山のようにあって、今この日記を書いている夜の10時過ぎだと言うのに半分もはかどっていません。
女房はこういうの大好きで、今も目の前で売るものを決めたり、掃除したり忙しく動き回っております。
あまり無視も出来ないので、そろそろ日記を終わりにしてまた手伝い始めねば。
という事で、ガレージセールの結果はまた書きます。
日本では人が使っていた品物、つまり中古品を買うという行為に抵抗が有る人が多いのか、この欧米では良く見る「ガレージセール」って流行らないようです。
2002年7月12日
昨日の日記にも書いたように、我が家で(ボンダイジャンクションに住んでいた時には何度かやったのですが)初めてのガレージセールをやろうと、色々整理していたらオヤジの好きだった日曜大工(主に木工)の工具類の箱の中から、結構な量のコインが出てきました。
こんなところになぜ放り込んでおいたのか少々驚きで、しばし整理の手を中断して、色々調べ(インターネットなども当然活用して)ていたら、夜半を過ぎてしまいました。
出てきたコインは日本のをはじめ、オヤジが海外旅行に行った時に余って持ち帰ったものが主なのですが、几帳面なオヤジらしく各国ごとにすべて分類され、それぞれ袋に詰めてありました。
その袋を見るとアメリカや欧州、アジアだけでなく、ウガンダやケニヤといった、アフリカの国も含まれていて、昔オヤジがやっていたビジネスの事等をいろいろ思い出して、しんみりしてしまいました。
だから僕は遺品整理って好きじゃないんですよね。
何かオヤジの良い思い出ばかりが思い出されて。 生前はいろいろな面で僕とはちっとも合わず、衝突ばかりしていたのに、不思議なものです。
で、その中の「日本円の硬貨」の袋を開けると、現在流通している普通のに混じって、多くの記念硬貨が含まれていました。
だいたい毎年日本に行っていたオヤジなので、帰るたびに持って行けば使えるはずなのに、なぜ普通の硬貨までこのような袋に大事にしまいこんでいたのか不思議です。
で、記念硬貨もかなりな量で、昭和39年発行のオリンピック100円硬貨や、昭和51年発行の天皇在位50年記念100円、昭和60年つくば万博の500円硬貨とか。
で、それらにどのくらいの価値があるのか、インターネットで調べたら案の定と言うか、「全く」価値が無いんですよね。
100円の硬貨を100円で買い取りますなんてホームページまである始末。
100円を100円ならそのまま使ったほうが良さそうなのですが、とにかくこの在位50年記念のなんてたった100円のコインなのに、すごく立派で大きくて、自動販売機などでは使えそうにないし、さっさと銀行に持って行って普通の硬貨に換えてもらったほうが良さそうです。
こういう記念硬貨ってわざわざ入手したのでなくとも、普通に流通している過程で偶然手に入ったりしたら、何となく手元に残しておきたくなる(少なくとも使うのは最後にする)という心理を政府は大いに利用しているのでしょう。
政府の発行するこれらの記念貨幣がどれほど国民の引出しの中に眠っている事やら。
これに関しては僕も人のことは言えないのですが、いかに僕の浦島太郎度がすごいかちょっと書きます。
3年程前に家族三人で欧州旅行に出掛けた帰り、日本にも1週間ほど立ち寄りました。
生まれ育った東京には行く予定がなかったので、関西空港で降りそこでレンタカーを借り、母の故郷山口県まで往復の旅に出ました。
その時に1974年に日本を出てからずっと溜め込んだ状態になっていた、日本円の紙幣を大分持って行きました。
で、レンタカーで関空を出発し最初の高速料金所で持っていた1000円札と500円札を恐る恐る出したら、集金係のオジサンもあれっという顔で、僕の乗っている車の方を覗き込みました。
横に乗っている女房と後ろの座席にいる娘も日本人に見えないし、すぐに海外から来た人間だと察したようです。
なぜ恐る恐る出したかというと、その旅行の前半つまりイギリス及びフランスでは、僕の持って行った「イギリス・ポンド」も「フランス・フラン」も、店では一切受け取ってもらえなかったのです。
フランスの場合は街の銀行に持って行けば、新札と換てもらえましたが、ポンドは市中銀行でも受け取ってもらえず、調べたらバンク・オブ・イングランド(日本でいうところの日銀)に行けと言われた。
これにはビックリと言うよりも失望しました。
街中アンティークといった趣の国イギリスで、ちょっと古いお札を使えないばかりか、市中銀行でも駄目なんて。
しぶしぶ地下鉄を乗り継いで、「BANK」駅にあるBank of
England まで出掛けていったのです。
バンク・オブ・イングランドに行ったのは初めてでしたが、サーモンピンク色!の燕尾服を着たオジサンが、来客のためにドアーをいちいち開けてくれる(昔のホテルのドアーボーイのように)のにも、あっけに取られましたが。
そういう経験をした後だったので、日本の高速道路の料金所で使えなかった場合はオーストラリア発行のカードも使えない可能性あるし、料金所なので金が無いとグズグズやっていたら後続の車に大いに迷惑をかけるしと、恐る恐る出したのです。
ところがその料金所のオジサン、これは珍しい!僕がもらうと言って喜んで受け取ってくれました。
その後も古いお札を使えなくて困った経験は日本ではありませんでした。
しかし常に好奇の目で見られていたのは確かです。
何しろオーストラリア人の女房と娘、それに「何人」だか良く分からない僕が、いきなり500円札とか100円札出すんですから。
まるで浦島太郎を見るような目つきを常に感じていました。
今年オヤジの遺骨を持って納骨に日本に帰る時に、昨晩見つけたこれらのコインを持っていく予定ですが、やはり好奇の目で見られるのは必至だと思います。
何しろ昭和39年発行のオリンピック100円硬貨なんてのも使ってしまうつもりですから。
皆の反応を見るのが楽しみでも有る。
それにしても50円硬貨などは色んな種類があって(かなりの量)我が母が見ても「これは日本のお金なの?」なんて聞くくらいですから、日本の若い店員さんはかなり戸惑う事必死だと思います。
2002年7月13日
昨晩は「例の彼女」の前の持ち主、ウォリック夫婦と僕ら4人でイタリア街へ晩飯を食いに出掛けました。
レストランは僕らに任せるというので、日本食も考えたのですが、ひょっとして「生魚(寿司刺身系)は苦手なんて場合は可哀想なので、イタリア料理へ。
場所はイタリア人街「ライカード」にあります。
BYO(酒類は自分で持ち込み)なので女房は白ワインを下げて行ったのですが、ウォリックが酒を飲まないのを思い出した。
タバコも全くやらず、デザートの後のコーヒーも飲みません。
オーストラリアのこの年代の人間でタバコはともかく、酒もコーヒーもやらないなんてもう奇跡に近いです。
彼が一流のレーシングドライバーだったから体に良くない物は一切やらない習慣ができたというより、生まれつきそれらが体に合わないようです。
僕も全くの下戸なので、その点は非常に馬が合います。
晩飯を食いながら彼のレーサー時代の話や「例の彼女」の話をしようと思っていたのですが、なぜか先日終わったばかりのテニスのウインブルドンの話ばかりになってしまいました。
オーストラリアのレイトン・ヒューイットが優勝し、その上友人の息子「トッド・リード」がジュニアの部でも優勝したので、余計話が盛り上がっていたのです。
ふとウォリックが、今回女子の部で優勝した「セレーナ・ウイリアムス」が、このジュニアで優勝した「トッド・リード」と対戦したら、どっちが勝つだろうと言い出した。
これにはちょっと驚きで、そうか彼は元はプロのレーサーだったが、テニスについてはそれほど詳しくないのを思い出しました。
というのは、今世界ナンバーワンの女子が例えジュニアでも世界1位と対戦したら多分1ゲームも取れずに(6−0,6−0 もしくはそれに近いスコアー)負けるのは間違いないからです。
今年の(というより最近の)女子のテニスを見ていると、特にウイリアムス姉妹の体の大きさや(190cm近く)、サーブの速さ(190km/h)を見たり、またストロークのパワフルさに、一瞬こりゃー男子にも勝てるのではと思うのは無理もないかもしれません。
また男子と女子が真剣に試合をするチャンスが無いので、色々な予想が出るのは致し方有りません。
しかし今や世界のジュニアナンバーワンというのは、成人男子トップ100以内の選手でも簡単に喰ってしまう事は良く起きるのです。
つまり男子の世界は、ナンバー・ワンの選手から始まって、ほとんど紙一重の差で世界100位、いやひょっとすると200位までの選手が連なっていて、いくら女子の世界1位でも全く歯が立たないのです。
数年前に当時世界3位くらいだったある有名な女子の選手と僕の知り合いのプロの男子(といっても世界500位にも入っていない、ほとんど普段はコーチなどをして生計を立てている)が結構マジで試合をしたのですが(オーストラリアで。 一般には公開しなかった)まるで女子は歯が立ちませんでした。
話がテニスの話になってしまいました。 軌道修正して。
4人で夕食を取っていたら何とも偶然、僕のカート屋のオヤジさん二人がその店にやはり夕食を取りに来ました。
一人は僕のエンジンチューナーでオーストラリアのカート協会のテクニカル・ディレクター。 もう一人はPCRというイタリアのメーカーのカートを輸入しているフランコ。
彼等二人はオーストラリアのカート協会の幹部なので、来年のエンジンホモロゲーション作成について話し合いに来たとか。
すぐにウォリック夫婦を彼らに紹介したら「ウォリック・ブラウン」と言っただけで、二人ともビックリ。 彼らにとってはウォリックって超有名なんですな。
今の若い人など(レース好きの人でも)絶対に知らないけど。
さて、
話題は変わって、今日土曜日のガレージセール、朝9時からと宣伝出していたのにもう8時過ぎたら人が来始めてビックリ、と言うよりもはっきりいって「ビビリ」ました。
すでに木曜日に来てしまった人もいたのは書きましたが、今朝(つまり広告に出ている時間)1時間も前に来てもすでに売れましたと言われて、しょげてる人もいたりして。
何でガレージセールってこんなに人気が有るのか、予想をはるかに越えていました。
で、捨ててしまおうと思っていたような物でもどんどん売れて、昼前には(午後3時までだったが)大方片付いてしまいました。
随分遠くから来た人や、開く前から門の外で待っている人まで。
ガレージセールに行くのを趣味にしている人とかいるんでしょうか。
とここまで書いて、今日売ってしまおうと思っていた物で、良く調べたらとんでもない価値の有る事がわかり、慌ててしまい込んだものもありました。
実は25年も前に買ったトーレンス(THORENS)のターンテーブルなのですが、ほとんどただ同然で売ろうと思っていたのです。
何しろ25年も前のレコードプレイヤーです。
来週の火曜日に専門の業者に見せる事になったのですが、面倒くさいからガレージセールで安く売ってしまおうかと出しておいたのです。
ところがちょっと気になって、GOOGLEで検索してみたらビックリ。
日本でも8万円くらいで売っています。
こういう事があるからガレージセールで掘り出し物を見つける事が出来、病み付きになる人がいるのかも。
なんてって僕は30ドル(約2千円)くらいで売ってしまうところでした。
いくらで売れるかは来週のお楽しみです。
Thorens TD160でGoogle
検索したら世界中にこのターンテーブルについて出ているウエッブサイトが山のようにあります。
ビックリしました。
追記。 上記の日記がなぜか土曜日の夜にアップロードされていませんでした。 日曜日(14日)朝チェックして判明、改めてアップします。
2002年7月15日
先々週の土曜日に「掃除のオバサン」ファティマの家に呼ばれて、夕食をご馳走になり、彼女は張り切って我々のために思いっきり沢山の種類と量を作ったので当然食べきれず、次に晩にと残りをたっぷり持たされたのです。
その時に一緒に「ポルトガル名産」のワインまで持たされたのです。(ロゼというのか、スパークリングワインというのか)
今夜夕食の途中で喉が渇いたと冷蔵庫に水を取りにたったらその「ファティマのワイン」が目に入った。
これが大間違いの元で、女房たちがファティマの家で美味そうに飲んでいたのが頭に残っていたので、水を飲むつもりがそのワインを開けて飲んでしまいました。
全くの下戸なのに、思いのほか口当たりが良く「スイスイ」喉を通ってしまい、食後の今は(夜9時)完全に出来上がってしまっています。(アチャーでしょ)
普段全く飲まないので、このような状態は数年に一度。
で、まともに日記を書けません。
今日何を書こうか考えられません。 そう、酔っ払ってしまっているのです。
普通は酔っ払うとすぐに寝てしまうのですが、まだ何とか起きている時に「日記」をアップせねばとPCの、前に座ったのですがどうにも日記になりません。
すみません。
そうそう、今日はガレージセールの残りを救世軍に総て寄付しに行きました。 しかしその前に女房がレコード(LP)は古いのでも引き取るっていう店が近くにあるから先に寄ってみようというので持って行ったら、「ビックリするような」値で売れてしまいました。
「え〜!!!こんな高値で売れるんだったら、ガレージセールで売らずにここに最初に持ってくれば良かった!!!」って、もう手遅れです。
80%はガレージセールで売ってしまい、ほとんどが二束三文。
一枚あたり今日の店が付けた値の10分の1ほどで売ってしまいました。
う〜ん、僕らのようなバカがいるからガレージセールって人気が有るのかもしれません。 多分うちで買ってそのまま「その手の店」に持って行っただけで、10倍の利益が出るのですから。
どおりで業者っぽいのも結構ガレージセールに来ていたわけです。
僕としては父の死をきっかけに、今まで後生大事に捨てないでいた僕自身の「品物」もすっかり整理して、気分一新をはかりたいという気持ちなので、例え10分の1で売れようが100倍で売れようが、関係ないのですが。
そりゃ〜、高く売れる方が安いのよりはベターだが、将来高く値がつくのではと思って持ち続けてきたものではないし。
そう、過去を断つ。 父の死をきっかけに、生き方を変えようかなと思い始めたのです。
もう寝ます。(こんな早く寝たらまた朝4時頃に起きてしまい、困る事態になる事は必死なのですが、瞼が落ちてくるので、このままではPCの前で寝てしまいそうで)
僕がもし女性でボーイフレンドに飲みに連れて行かれたりしたらと考えると、こりゃー危ない女性をやっていたかもしれません。