6月前半の日記
2001年6月1日
オーストラリアで将来暮らそうかなと考えている人には是非知ってもらいたいのがオーストラリアの物価です。
日本より何が安いとか高いとかと言うのではなく、店による価格の差の話です。
昨日もこちらに暮らす幼馴染と電話で話していると、彼の息子が(まだ高校生)加入したISP(プロバイダー)からの請求書の事に話が及んでビックリ。
何でも先月に130ドルほどの請求があってやっとおかしいと気が付いたそうです。 我が幼馴染は(当然?)しっかりオジサンで、インターネットなんてやった事無いどころか、PCのことも全く無関心。
先日も「マイクロソフト社」って僕が言ったら、「えっ?何それ」って言われてしまいました。
そんなわけで、そのプロバイダーを見つけて契約したのも息子だったので、親がどうせ払うからというのか料金設定の事なども全く確認していなかったようです。
その会社は「ONE TEL(ワンテルっていいます)」今話題の会社です。
なぜ話題かと言うと昨日倒産したからです。 一昨日くらいからテレビのニュースではONE TELの倒産の事ばかりやっています。
チョット横道にそれますが、そのワンテルについてもう少し詳しく書きます。
僕はこの倒産劇と、もうひとつ最近倒産したHIHという保険会社については怒り心頭に達していると言うか。(HIHについてはまた別の機会に書きます。)
ワンテルの方は、業績が悪くなっているのに、二人以上の重役が昨年は給料のほかにボーナスで、一人当たり7百万ドル(日本円で4億円以上)もちゃっかりもらってしまっているのに、従業員はボーナスどころか今回の倒産で給料ももらえない可能性も出てるとか。
オーストラリアの会社と言うのは、変にアメリカナイズして(大いに影響を受けて)たいした経営能力も無いような重役がお手盛りでめちゃくちゃな額の収入を得る事が多いのです。
元はアメリカからこのような風潮始まったのですが、オーストラリアの会社ですから大して規模も大きくないような会社が、呆れるほどの収入をお手盛りで取ってしまうというか。 立派な大手の会社でもそれがある。
取り方は給料だったりボーナスだったり、株だったり色々ですが。
で、この会社は携帯電話やISPのサービス(キャリアではない)やってたのですが、たまたまそこを旧友の息子が使っていたのです。
料金の高さに驚いて電話したら、何と1ヶ月25ドルで、ダウンロードが何メガバイトまでっていう制限ついていたらしいって言うのです。
はっきり言って今時ISDN回線接続で、25ドル取っていながら時間やダウンロード量の制限をしているプロバイダーが有ったというのさえ驚きなのですが、これが今日言いたかったオーストラリアの特徴の一つなのです。
(ちなみにオーストラリア大手のISPであるAOLやOZYMAILは一月24ドル95セントで、無制限です。)
で、驚いて旧友が料金の事で電話をしたら、21ドルで(25ドルではない)時間もダウンロード量も無制限の料金設定のコースもありますが、そちらがそれにしてくれと言わなかったから一ヶ月25ドル(制限付の)で今回超過した分を含めて130ドルの請求をお送りしましたなんて平気で言っているわけです。
旧友はわけ分からなくなってしまったらしい。
彼から見ると、レストランに入って、メニュー見たら上寿司1人前35ドルって書いてあって、すごく腹が減っていたから2人前食べたら70ドルの支払いになった。
ところが隣の席にいた人も全く同じ上寿司を3人前以上食べているのに、払う時に25ドルしか払っていなかったので、聞いたら「上寿司の25ドルで食べ放題コースもあります。 しかしお客さんがそれって言わなかったから1人前35ドルの方をお出ししました」って言われたようなものだというのです。 それも全くネタも同じ寿司を食いながら。
本日、日本からPC関係の本を友人が送ってくれて、それを見ていたら日本でも確かに会社によってかなり額の差は有るようにも見えますが、しかし同じ会社の中の料金設定でそんな詐欺まがいのは見当たりません。
オーストラリアでは無知は損して当然って言う考え方なのかもしれません。
今回はその会社が偶然倒産したのですが、そう言う詐欺まがいの事をやっていたから倒産したと言うのとはまた違います。
オーストラリアでは野菜だろうが薬だろうが、どんなもんでも店によってビックリするほど値段の差が有る事がしょっちゅうです。
ちなみにボンダイジャンクションにはいやっていうほど薬屋が有りますが、同じ物を買うのに倍くらい値段が違うって言う事は日常茶飯事です。
オーストラリアで生活していくにはその辺を気をつけないとものすごく大きな差になります。 毎日の事なので。
2001年6月2日
ケーブルTVの常時接続にしてからはや2週間ほどが過ぎました。
ビックリするほど速い時も有るのですが、残念ながら混みあって来たり、何かの事情でものすごく遅くなる時が有ります。
まあそれでも今までのアナログ回線接続(56Kモデムの)よりはベターですが。
ところがいつも行くPC屋のオニーチャンにチョット注意を受けました。
それはセキュリティーの事です。 僕のように自分でHPも発行していたりするとよけい危ないらしいのですが、このケーブル接続はハッカーなどが簡単に入ってきて、僕のコンピューターの中を覗ける、いや悪質な場合はウイルス入れたり勝手にフォーマットしてくれちゃったり色々有るそうです。
で、いちばん簡単な防御の方法はルーターというのを入れて、そこにファイヤーウォールというのを設定する方法。
ところがPC屋のオニーチャンはLINUXを勉強しろってしつこいのです。
このLINUXと言うOSは僕も非常に気になって入るのですが、なかなか馴染みが薄くて今まで手を出していません。
聞いてみると、僕のような場合LINUXをルーター代わりに使って、すばらしく安全なシステムが構築できるって言うのです。
そこでやっと重い腰を上げ、しかし英語で解説書を読んでお勉強始めるとそれでなくてもオヤジで飲み込みが遅いので、日本から解説書を取り寄せようと考えました。
今ちょうど我が親が日本に行っているので、6月の末にオーストラリアに帰ってくる時に持って来てもらおうと思い、友人に相談しました。
僕はすっかりコンピューターにはまっているのに、とっさに考える事は相変わらずアナログっぽくて困ったものです。
その友人に良さそうな本を選んでもらって、それを我が親に買ってきてもらおうと。 で、我が父は87歳にもなるので、前に日本からCDを買って来てもらおうとした時も「CD?何それ?」って言われてしまったほどのレベルなので、LINUXの解説書の本がとか言ったらまるでチンプンカンプン。
そりゃーしょうがないかもしれません。 なたって87歳ですから。
そのくらいの歳の爺さんが本屋に来て「LINUXでサーバー構築するための本探してるんですけど」なんて言ったら結構面白いとは思うのですが、まず無理。
で、友人にアマゾンドットコムに見に行ったらって言われて、「そうだよな!まさにそう言うためにインターネットやってるのに、なぜそれを先に思い浮かばないのだろう」って。
早速見に行ってカテゴリー別で、すぐに検索できて、さっと2冊ほど選んで5分後には買ってしまっていました。
ただし、オーストラリアにも送ってはくれるようですが、こちらの書籍に対する税金がえらく高いので、配達は日本の親のところにして、それを親がこちらに帰ってくる時に持ってくれば良いわけです。
もうPCの前から一歩も動かなくてもマウスクリックだけで、日本の本屋さんでしか買えない本が、あっという間にオーストラリアのお茶の間で買えてしまうのですよ。
「いやー便利な世の中になった」なんて感心する事自体が、もう完全に「ジジイ」と言われてしまうような時代になったのですね。
皆さんはインターネットでお買い物ってどのくらいやっていますか?
実は僕が最初にネットで買ったのは、靴でした。
街で見かけた靴を買おうと思っていた時に、偶然そこの店(チェーン店)にはHPがあることを知り、見に行ったら何と同じ物を60%くらいで売っているでは有りませんか。
それならネットで買わない手はないって思ったのですが、一番最初の問題がサイズでした。
何しろ靴は履いてみてからでなくてはメーカーによって多少違いが有りますから。
そこで街のその店に出かけていって、履いてみてサイズや色をしっかりチェックしてから家に戻り、しっかりネットで注文をしたのですが、そんなお客ばっかりだったら、店潰れてしまうのではないかって、心配になってしまいました。
時代はどんどんそういう方向になっているんでしょうか?
特に本など、どこで買っても同じですもんね。
2001年6月3日
まずお詫びを。 僕の日記(駄文ですみません)で過去の日記の分にリンクを付けるのを忘れていました。
5月後半(と6月1日、)の日記が読めない状態になっていました。
全くボケてしまって。
実はたまたま「Google」でマグパイと打ち込んだら、何と過去の日記というページがリンクされていたのです。
何で、マグパイのトップページがリンクされていなくて、そんなページが紹介されているのか良く分からないのですが。
で、本当は自分でいつも気をつけていなければならないのに、「Google」から、自分のHP入っていったらそのページで、更新してない事を発見したのです。 全く恥ずかしい限りで。
実は女房が僕にあるものの検索を頼んだのがきっかけです。
女房の最近の趣味は裁縫で、大昔に日本から買ってきた日本の鋏(裁ち鋏)をずっと使っていたのですが、最近切れ味が鈍ってきました。
と言うのも、裁縫といってもバッグばかり(ハンドバッグやショルダーバッグとか)作っているので、皮を切ることが多く余計鋏の刃に負担がかかると言うか。
で、日本に行っている両親がこちらに戻ってくる時にもう一つ買ってきてもらいたいと言うのです。
その鋏を特に気に入っているので、鋏に書いてある銘を見てインターネットで検索をかければひょっとすると出ているのではないかというのです。
鋏には東鋏(トウバサミと読む)と長勝作と出ています。 僕はてっきり東鋏がメーカー銘だと思ったら、なんと安政6年江戸千住の野鍛冶である故吉田弥十郎という人が西洋から入ってきたラシャ鋏を見て日本風に改良を重ね、、、、と出ています。
さすが日本、何にでも伝統と歴史が有ります。
で、その名人の流れを汲むものだけに東鋏の称号を使えるとの事。
Googleで「東鋏」と打ち込んで、日本語のサイトに検索書けると一番最初に出ています。
ですから、女房の鋏はその流れを汲む者で、長勝という人が作った事になります。
しかし「長勝」では検索かけても見つかりませんでした。 そういう人がHP持ってるとは思えないし。
日本の刃物(包丁や鋏は)世界で一番だと思っています。 昔は刃物と言えばドイツ製のゾリンゲンとか言う人が多かったのですが、切れ味は絶対に日本のもののほうが上だと思っています。
ですからそういう良い鋏は研げば良いのですが、残念ながら切れる鋏どころか、ちゃんとした研ぎ師もオーストラリアにはいません。
ですからオーストラリア人の女房でも、オーストラリアでこの鋏を研ぐというのはあきらめているのです。(前に他の鋏を研ぎに出してえらい目にあっているので)
研ぐと言えば(またまた話が飛んでしまいますが)刃物だけでなく、米も研ぐっていいますよね。
英語では米は洗うつまりWASHって言うのですが、研ぐはSHARPENです。 英語で、米をSHARPENなんて使ったら、意味伝わらないどころか相手は吹き出してしまうかもしれません。
なぜ米は洗うではなく研ぐのか。
これはとても意味深いもので、刃物と同じように米をちゃんと研ぐのと研がないとでは、炊き上がりの味が大いに違ってくるからです。
そう米は洗うのではなく研ぐのです。
ところがよく僕が作るタイ料理には欠かせないジャスミンライスは、日本の米のように研いだら味も香りも吹っ飛んでしまってどうしようもないのです。
日本人は米といえばコシヒカリとかの純日本米が世界で意一番美味しいってもう決めてますよね。
これは一概には言えません。
僕に言わせれば、日本食をおかずに食べるのなら日本の米が合う(つまり美味しい)けど、例えばタイ風なら絶対にジャスミンライスだし、インド料理ならバスマティーライスだと思っています。
インド料理に日本米なんて使ったらものすごく不味く感じてしまいます。
昔日本で米の大凶作があった時にタイから緊急で米を輸入した事がありました。 タイではせっかく日本に輸出できるチャンスだと、ものすごく上等なタイ米、つまりジャスミンライスを日本に送ったようですが、評判は散々でした。
実は、オーストラリアでも日本(風)米の方がジャスミンライスより安いんです。 つまりバスマティライスもそうですが、値段からいったら日本米(カルローズ系)は一番下に存在するのです。
世界には日本だけでなく米を主食とする国が多くありますが、こんなに違うのも面白いと思います。
ちなみにジャスミンライスは「研がず」に「洗い」ます。 そして洗ったらすぐに炊いたほうが美味しいです。
同じ米でも随分違いますな。
と、なにやら鋏の話から、米の話に飛んでしまいました。
実は今日は一番愛する我が娘ハナ(すみません愛犬です)の誕生日で、バースディーケーキを女房が作りお祝いしたのですが、その件は写真と共にまた明日。
2001年6月4日
昨日の日記に書いたように、我が愛娘ハナの誕生日でした。
1年に一度だけ、テーブルに座って人間といっしょに食べる事が許されます。 (親ばか! いや犬ばか?)
女房の焼いたバースディーケーキ(パウンドケーキ)に、キャンドルを立てて。
このキャンドル火をつけると、「ハッピィーバースディー」の曲が鳴り出す。
みんなで一緒に歌たい終わると、誕生日の人がキャンドル吹き消しますよね。
でも僕もこのケーキ食べたいので、絶対にキャンドル吹き消すのはやらせなかった。
つばきが飛ぶから!(吹き消せるわけないって!)
愛娘といってももう12歳、人間の歳でいったら84歳とか。
最初は左の写真だけにしようと思ったのですが、ちゃんと切り分けてもらったケーキを食べてるところも入れたくなって。
でもどうしてシェパードってオスに見えてしまうんでしょうね。 初めて会ったオーストラリア人に名前を聞かれるとき必ず「What Is His Name?」ってなりますものね。 「Her Name Is Hana」 って、Herの部分を強調して、メスだと知ってもらうのですが、犬って絶対に男顔のと、女顔の種類ありますよね。
シッツー(シュッツー)なんて種類は、必ずメスだと思われてしまうし。 よくオスのくせにリボンつけてたりして。
そういえば今週からシュッツーが居候に来ます。 持ち主が急遽日本に一時帰国になったので、預かる事に。
と、なんとも平和な犬ばか日記みたいになってしまいました。
写真2枚も入れるとなかなかこのページ開けなくなるかもしれません。
お許しのほどを。
2001年6月5日&6日
昨晩夕食を摂った後ちょっと疲れた感じがしたのでテレビの前で横になったら、猛烈に眠くなりそのまま寝てしまいました。
何と夜の9時前でした。 そんなわけで日記の更新が一日飛んで、今日のは二日分です。
そんなに早く寝てしまったので、当然のごとく朝早く目がさめた、と思ったらなんと起こされたのです。 遠くの方から「ピー」と言うかサイレンのような音が断続的に鳴り続けているのです。
すぐにそれが、濃霧注意報だと気が付きました。 湾内を航行する船に対する警報なのです。
今のこの家に移って来た当時は、何の音かわからずビックリした事があります。 半端でなくえんえんと鳴り続けます。
我が家のようにシドニー湾の近くにあると年に何度かこの警報で起こされます。 多分朝6時前から鳴り続けていると思います。
運良く僕は昨晩早く寝たので無理やり起こされたと言う気はしなかったのですが、娘や女房は朝から起こされて文句言ってます。
その警報だけでなく朝6時過ぎる頃からは、行交う船がお互いに汽笛を鳴らすので、さすがの娘でも無視して寝てるわけにはいきません。
今朝の霧(靄もや)はかなりのもので、うちの庭も霞んでいます。
今日は騒音についてちょっと書いてみます。(この警報は騒音とは言わないかもしれませんが)
シドニー空港は街のすぐ近くにあるので、飛行機の軌道下に有る家はかなりの騒音を受けます。
シドニー空港移転の話はちっとも具体的になりません。 我が家からは車で早朝など15分くらいで行けるほど近くです。 シドニー市の中心地からも20分かからないかもしれません。
本当に便利なので、移転してほしくないのですが、騒音に対する住民運動のために、シドニー市は最近この軌道を定期的に変更する事にしました。
つまり今まで我が家の上空は飛行機は通らなかったのですが、ある日から突然通るようになったのです。 しかし数ヶ月(半年だったか)するとまた、別のところを通っているようで音がしなくなります。
僕はこれは公平な処置だと思います。 このような騒音に対してシドニー市民は非常に敏感なので、こうやってみんなで痛みを分け合うというのは良い考えかただと。
騒音と言えば日本は必要以上に騒音を作り出していると思います。
数年前に一家で日本を旅行した時に、姫路駅前のビジネスホテルに泊まった時の事です。
姫路市役所のまん前にあるそのホテルで、僕らの部屋が偶然通りに面していて、信号機が部屋から下のほうに見えます。
チェックインが夕方の4時頃だったのですが、部屋に荷物を運び込んで一段落したら、外の信号から例によって盲人用の音が聞こえてきました。 つまり信号が青から赤に変わるたびに「ポ、ポポポポ、、」って音が聞こえてきます。 場所によっては「カッコー」って言うような音の場合もありますよね。
で、部屋から見ていると冬の夕暮れ6時過ぎて人通りは全く無いのに相変わらず「ポ、ポポポポポ」って音を出しています。
ふと「ひょっとするとこれは一晩中信号が変わるたびに鳴り続けるのでは」と思い始めました。
日本に住んでいない我々にとっては、全く慣れていない「音」と言うか。
で、早速フロントに聞いてみたら、「多分一晩中鳴ってると思います」って言うんです。
運良くホテルが混んでいなかったので、ソッコウで部屋替えてもらったのですが、もし替えてもらえなかったらその晩は眠れなかったと思います。
もちろん盲目の人のためにそのような装置が付いているという事に文句をつける気はありませんが、6階にあるホテルの部屋の中まで入ってくるほど音を大きくして、一晩中鳴らし続ける必要があるんでしょうか?
また日本で電車に乗って気が付くのはあまりにも(おせっかいな)構内放送を含めたアナウンスの多い事。
まるで国民全員は6歳以下の園児程度なのだと決め付けてるみたいで、電車が入ってくるから気をつけろ、白線まで下がれ、ホームと電車の隙間がどうのこうのと、もう四六時中何らかのアナウンスが行われていて、日本に「どっぷりつかっている」と分かりづらいかも知れませんが、オーストラリアだけでなく欧米と比べても、日本は必要の無いおせっかいや、無駄が多すぎます。
この構内放送の騒音については2年前にイギリス、フランスに行った時に注意して観察していたのですが、パリのメトロが一番静かで、ほとんど全く何も無い。 イギリスは到着する直前に駅名を手短に言う。 手荷物を忘れるなとか、乗り降りに注意しろとかの余計な(おせっかいな)アナウンスは皆無。 ただし駅によっては、ホームと電車の隙間がかなり大きい駅があって、その場合は注意放送がある。
もちろん日本の放送も親切心から始まったのでしょうが、毎日毎日同じように(機械のごとく同じ口調で。 それにしても車内放送の口調ってどうしてワンパターンなのか)注意を与えていると、効果無くなってしまうのではないか。 もしパリのメトロでいきなり日本並みの車内放送やったら、皆ギョッとしてものすごく効果(忘れ物や、ホームの隙間)あると思いますが、すぐにうるさいって文句出て、廃止になってしまうでしょう。
日本に帰るたびに、つくづく日本って特殊なとこだなって思う事が多いです。
2001年6月7日
海外に住んでいると、時として思いがけない別れというものを経験させられる事があります。
つまり、せっかく仲の良かった友人がヴィザが切れて、日本に帰国しなければならなくなるという事が原因です。
ロンドン時代も多くの友人がまだまだ滞在していたいのに、去らなければならず日本に帰国して行きました。
当時はすごくショックでした。
せっかく友人として楽しい交友を続けているのに、突如として日本に帰国しなければならないという理由で、関係が終わってしまうというか。
僕自身は本当に運が良いというか、イギリスに住んでいた時も4年目には永住権を取得でき、またオーストラリアは女房の母国ですから比較的簡単にビザをいただきました。
ですからいつも去って行くのは友人の方でした。
僕がイギリスを出て、オーストラリアに住みに来る事を決めた時に、ロンドンにあるオーストラリアハウスというところにビザの申請を出したのですが、結婚して子供まで居たのでオーストラリアのビザなどすぐにでも出してもらえると、たかをくくっていました。
ですから、ロンドンのアパートの売却や車の処分、引越しの手配など全て始めてしまったのですが、申請後いつまでたっても審査の通知さえ来なかったので、大いにあせった思い出があります。
6ヶ月も過ぎた頃にやっとオーストラリアハウスに来るようにとの通知があり、出掛けて行ったところなんとも奇妙な身体検査を受けました。
いまだにそんな身体検査をしてるとは思えないのですが、医者の前で真っ裸にさせられて、尻の穴から性器まで丹念に調べられました。
特に性器の方は、医者がしごいたり引っ張ってみたり、いまだに何であんな事をしたのか皆目分かりません。
そのときは若かったので恥ずかしいやら憤慨するやらでした。
その時なぜあんな検査をしたのだろうといろいろ考えました。
最初に考えたのは、日本人のやくざ系が性器に細工をするって有名で(?)それを調べるために、あんなに丁寧にしごいたりして検査したのではないかって事です。
でもどうも違うような気もしました。 次に考えたのは医者がホモではないかという事でした。
別にホモの人に偏見を持っているわけではないのですが、その頃にちょうどイギリス人の医者にセクハラ(?)を受ける経験をしていたのです。
友人のイギリス人(男性。モデル。ホモ)にスロ−ンスクェアー(キングスロードの)の医者を紹介してもらいました。
寒いニューヨークに行って膀胱炎になってしまったのです。
で、その医者(ドクター、ウッドコックって言いましたっけ)に行ったら、いきなり四つんばいにさせられていろいろ調べられました。
そのときは膀胱炎なのでそんな検査も仕方が無いのかと思ったのですが、半年後風邪をこじらせた時にまた行ったらまた四つんばいにさせられて、同じ検査をしたのにはビックリ。
オイオイ!熱があって頭が痛いって言ってるのに、四つんばいは無いだろう!これって男が男にするセクハラって言うのかもしれません。
紹介してくれた友人に言ったら「しょうがないなあいつは」って苦笑してましたっけ。
そこにはその後2度と行きませんでしたが。
アメリカのビザは永住権ではありませんでしたが、Treaty Trader Visa という、いまだにそんな種類のビザが存在するのかわかりませんが、アメリカで仕事ができるビザで、ロンドンを出ると決めた時にほぼ100%ニューヨークに住みに行くと決めて、事前にアメリカに行って不動産屋を回ったりしていました。
ある、事情で結局ニューヨーク行きをやめオーストラリアに来たのですが、当時ロンドンを出る頃には仲の良かった友人の半数はすでに日本に帰国していました。
つまりほとんどの友人が英国で正式なビザを持たずに滞在していたから好きなだけ住む事が出来ず、日本に帰国していってしまったのです。
オーストラリアに移ってからも似たような事は多く、どうして好きな国に住みたいのに、このように多くの制約があるのだろうとしばしば考えさせられてしまいます。(もっとも日本が世界で一番厳しい国ではあるんですが)
数年前に知り合って、一緒にカートのレースを楽しんだ友人もやはり学生ビザが切れ、何とか他の方法でオーストラリアに滞在しようと手を尽くしましたが、物事は簡単ではなく、結局あきらめて日本に帰る準備を始めています。
この日記を読みながら、将来はオーストラリアに住んでみたいなと考えている方もいらっしゃるかもしれません。
僕のように歳をとって、半分オーストラリアで余生をと考えているのならまだ可能性はありますが、まだ若くしてオーストラリアに永住をと考えているとしたら、それはまずビザの事を解決してからでないと物事は何も始まりません。
ジョンレノンの[IMAGINE]のように世界に国境が無く、皆自由に好きなところに住めたら良いのにって考えます。
2001年6月8日
昨晩は一家でニューサウスウエールズ州立美術館へ。
マツダ自動車のディーラーから招待状が来て、試乗会かなと思ったら何と、名画展へのご招待。
パリにあるL'ORANGERIE美術館からのコレクションが今オーストラリアの各地を回っていて、今週からはシドニーでも展示が始まったのです。
元は「Paul Guillaume」氏の個人コレクションとの事で、入って最初に飾ってある「Modigliani」によるGuillaume氏の肖像画がとても印象的。
(Modiglianiの作品は他に4点)
RENOIRの作品は16点もあり圧倒されます。
MONET, CEZANNE, ROUSSEAU、MATSSE, PICASSO, UTRILLO, DERAIN,など等合計81点にも及ぶ、すばらしい展覧会でした。
僕にとって一番印象的だったのは、最初の肖像画以外には「CHAIM
SOUTINE」という画家の作品でした。
なぜかこの画家の名前は僕にとって馴染みが薄かったのですが、素晴らしいインパクトがありました。
車のディーラーがこういうものを催すというのは良い事です。
普段ならディーラーから来たDMなど見もせず捨ててしまうのですが。
マツダはプレスティージ路線で行こうという事なのかもしれません。
プレスティージ路線といえば、レキサス(日本ではセルシオ)はオーストラリアにてレキサスブランド(トヨタではなく)として売っていますが、初めてオーストラリアに入ってきた時に、既存のプレステージブランドに立ち向かうために何と(ニューサウスウエールズ州では)オペラハウスのスポンサーになってしまったのです。
ですから、普段はとても車の停め難い(最近は駐車場が整備されて比較的停めやすくなったのですが、それでも駐車料金は破格に高い)オペラハウスにもレキサスのオーナーは無料で駐車場が確保されていて、オペラハウスで行われる催し物に行きたい時には、レキサスに電話をすると良い席をすぐ取ってくれるだけでなく、駐車場も無料で、その上幕間の飲み物まで用意されているといった按配。
そのサービスがほしくてレキサスを買うという人はいないとは思いますが、それにしてもプレステージ心をくすぐるやり方ではあります。
ところが、メルセデスやBMWにどうしてもかなわない事があります。
それは中古値段。 はっきり言って、レキサスの方が(特に中古の場合)故障が少なくて中古車値段が比較的高めに付かなければならないはずなのに、現実は全く逆でビックリするほど安くなってしまいます。
トヨタいやレキサスもその辺までちゃんと面倒見ないと、同じプレステージカーとして競争力がいまいちではないかと思います。
と、なにやら車評論みたいになってしまいましたが、マツダのお陰で大いに楽しませてもらいました。
ちなみにその展覧会では、始まりから終わりまで、全くマツダ車の宣伝はありませんでした。(太っ腹)
2001年6月9日
今日はロングウィークエンドの始まり。 来週の月曜日はパブリックホリデーなので3連休です。
何の休みかというと「クイーンズバースデー」つまり女王誕生日。
そういまだにオーストラリアでは女王様がいらっしゃるらしいです。
共和制賛成の人も仕事が休みになるなら拒まないというのか。
僕は共和制賛成派なのですが、オーストラリアではこれに関しては州によって随分意見が分かれています。
数年前に国民投票が行われ、僅差で「女王様」生き残ったのですが、確か僕の住むここシドニーのあるニューサウスウエールズ州では共和制賛成派がマジョリティーだったんです。
つまりオーストラリアには女王様いらないっていう派です。
しかし投票では、やはりというか、田舎に行くほど「女王様いのち派」が多くって。
国民投票前の僕自身の予測は、やっぱり共和制にはならないだろうなって考えていたのですが、投票の結果は予想以上に僅差で、もう数年もしたらこの結果はひっくり返るんではないかと期待しております。
その投票前に色々ディベートが行われていたのですが、共和制賛成派の僕から見ても、女王支持派にとって説得力のあるスローガンだなと思ったのが「あなたはオーストラリアの政治家が女王の替わりにトップに君臨した場合に信用できますか?」というような意味のものでした。
確かに政治家って信用できないって考えは(日本のみならず)インパクトありますから。
それくらいなら女王様をとりあえずトップに置いておいたほうがまだ安心できるって考え方。
しかし、日本の皇室と違って、英国の女王様は英国の国益(経済的活動ね)のためにビックリするほど活動(活躍)されていますから、政治家よりはましといっても。
それより何より、いまだに女王様はオーストラリア国民が選んだ首相の首をすげ替える事が出来るっていうのが僕にとっては大いに不満。
最後にそれを女王様が行使したのは、30年も前の事だから(当時のウイットラム首相)まあそんなことは今後は起きないだろうって事なのだろうけど。
オーストラリアは移民の国、多文化の国って僕は良く書くけど僅差でも女王様支持がマジョリティーというのが現実です。
毎年このクイーンズバースディーの日が近づくと、何だかんだ言ってもオーストラリアはまだ女王様の国なんだって考えてしまいます。
追記
大阪の池田小学校の事件について、書くかどうか迷っています。
僕は日本にいないので、内容も詳しく伝わってこないけど、アメリカの高校生が銃を持って学校に行って多くの生徒を死傷させたという事件と似ているようで非なる印象を僕はなぜか受けました。
何か異常に卑劣というか。
また詳しくは別の機会に書いてみたいと思います。
2001年6月10日
今日は日曜日、昼間またまた日曜大工やっていたら、右手の人差し指に怪我をしてしまい、タッチタイプが出来ない僕はもともと右手は人差し指と中指しか使わないので、今こうやってタイプを打っていても非常にやり難いです。
釘とか刺したのではなく、事務椅子を買ってきてダンボール箱にに入っているので、組み立てるために開けようと、カッターナイフ使えばよいのに人差し指突っ込んで引き裂こうとしたらなぜか、紙(ダンボール)が爪の間に入ってしまい爪がはがれかけるほど食い込んでしまった。
最初はまさか紙がそんなことをするとは思わなかったので、大きなホッチキスか何かが中で止まっていて見えなくてそれに指(爪)を引っ掛けて引っ張ったので刺さったのかと思った。
そんなことで、タイプのキーをたたくと(当然その指はつかえなくて)右手は中指一本で打っていても「ヅキヅキ」して、痛みに気をとられてタイプミスばかりだし、書こうと思っていた、「日本の小学校での殺人事件について、やはり学校の先生である女房の意見と、彼女が教える学校で行われている不測の事態に対する日ごろの訓練」っていうのは、明日か明後日になりそうです。
お許しください。
2001年6月11日
昨晩書きたいと思っていた、池田小学校の事件については、こちらオーストラリアに住んでいるとあまりにも情報が少ないので、正確な判断が出来ないと思い書くのをやめます。
ただし女房の学校ではそのような事態になった場合、つまり突然包丁を持った男が教室に入ってきた場合、先生は生徒を守る義務があり逃げるわけには行かない。
今回の事件で、先生が逃げたとか逃げなかったとか(全く情報なし)を、ここで論じているのではありません。(先生も怪我をしているようなのでいらっしゃたのでしょう)
もう一つ今回の事件を聞いて思い出す事があります。
前の日記にもチョット触れたのですが、M君のことです。
僕が日本から来る若い人の面倒を見る仕事をしていた当時のことです。
M君はおとなしい、とてもまじめで責任感の強い好青年でした。
言葉遣いも丁寧すぎるほどで、もう少しくだけた方が良いのではとさえ思わせる青年でした。
紹介した免税店の仕事ではデリバリー(配達)の仕事で、入って間もないのに責任あるポジションに任命されました。
もちろんそれは彼がまじめに、良く働いたからです。
デリバリーという仕事はとにかく朝が早く、日本に帰国するお客様のホテルまたは空港にお買い上げいただいた商品を届け、一つずつお客様と確認するのです。
朝5時起きなんていうのもしょっちゅうで、また夜の帰国便の場合は夜遅くまで配達に回ります。
ある大手免税店で配達のチーフになった彼は(まだ21歳前でした)かなりのプレッシャーを感じていたようです。
彼の下で働いている、やはり日本から来ているワーキングホリデーの子や学生ビザで来ている人たちは彼よりも年上だったり、またアルバイト感覚で朝の寝坊もしょっちゅうで、彼はそれの尻拭いも含め必死に働いていました。
彼とアパートで一緒に暮らしていた友達に言わせると、その「事件」が起きる一週間ほど前から彼は夜中にうわごとを言うようになっていたそうです。 最初は夢でも見ているのかと思っていたのですが、急に夜中に起き上がってうめいたりして、どんどんその回数が頻繁になっていたそうです。
その日僕は警察からの連絡で事件を知ります。
朝早くいつもの通り彼は店に車で配達用の荷物を取りに来た後、お客の待つホテルに向かいます。
ホテルに着く頃には彼の形相は一変していたそうですが、いきなりロビーで配達の品物をホッポリ出すと、すぐさま車を運転してどこかへ消えてしまったそうです。
上で書いたように彼の仕事は配達した品物をお客様と一つずつ丁寧に確認しなければなりません。 お客さんのいるロビーで荷物を投げつけるようにホッポリ出して居なくなるという状況からしてただ事ではないと、旅行社のツアーコンダクターの人もあっけに取られたそうです。
彼はその後オックスフォードストリートの始まるテイラーズスクェアーという公園で、服ををぬぎ下着のパンツ一つという格好で、大通りを歩き始めます。 歩いている途中で民家に突然入っていって、ドアーが開かないので、こぶしで窓ガラスを破ったりします。
窓ガラスを破った後、手からかなりの出血をしながら、また通りに出て何かをわめきながら、歩き始めます。
実はオーストラリアでは(アル中系に多いと思うのですが)わめきながら通りを歩いている人というのはたまに居ますので、それで警察を呼んだりする人というのはいません。
下着のパンツ一ちょで、手からはダラダラ血を流しながら、大通りをわめきながら、、、
当然警察だけでなく救急車が最初に到着したそうですが、救急隊員が近づこうとすると、ものすごく暴れて手が付けられない状態で、すぐに到着した警察官数名と救急隊員とでどうにか押さえ込み、鎮静剤の注射をしたそうです。
僕が警察からの電話で病院に駆けつけた時には、かなりの量の鎮痛剤のためか彼は眠っていました。
全く体の自由が効かないようになる「例の服」を着せられたままです。
ベッドサイドで、警察から事の始終を聞きながら眠っている彼の横顔を見ていると、居たたまれない気持ちになりました。
その日彼に起こった事は(彼がやった事)今までのM君とは全く別人の、それは「狂気」という言葉では到底足りないような、説明のつかない行為だったのです。
その後彼は重度の精神病院に収監されますが、何度も彼を訪ねた僕は「彼自身がその日やった事を覚えているかどうか」という質問さえ通じないほど「狂ってしまっている」のを知って愕然としました。
たった1週間の間にまるでジキルとハイドではないけど全く別人のようになってしまった彼。
こんな事を書くと今回の日本での事件について、僕が「犯人は同じような精神病なのだから」と意味しているように取られてしまうかもしれません。
別に犯人を弁護する気も無いし、むしろそれほど狂っているのならなぜ手向かえない小学生のいる所に行ったのか、なぜ包丁持って警察署だとか自衛隊だとかではないのか。
少なくともその辺は判断は出来ているのではないかとさえ思います。
M君の場合はそんな判断さえ出来ていなかった。
何かここまで書いたら僕も滅入ってしまって、、、今彼は日本でどうしているのかなと、、、。
2001年6月12日
今日のお昼ご飯は久しぶりにBANKSTOWNにあるAN(アン)レストランにPHO(フォー)を食べに行きました。
来月カート仲間の友人がとうとう日本に帰ることになったのです。
彼は僕よりうんと若いのですが、一緒に良く遊んでもらいました。
名古屋出身の彼を連れてそのレストランに行ったのは1年以上前のこと。
BANKSTOWNというところは、食のページで書いたように、とてもそこがオーストラリアとは思えないほどベトナム人ばかりのところです。
そこの名物であるベトナムそばを彼が帰る前に食べたくなったようです。
日本ではこのベトナムソバ(うどんの方が近いかも)まず食べられないだろうと、シドニーの思い出に行きたかったようです。
初めて彼にこの食べ物を紹介した時には、あまりにも彼のウドンという概念からかけ離れているので、箸を付ける手も恐る恐るという感じでした。
香りや味、慣れない人には、漢方薬の香りが強すぎてなかなか食べられないかもしれません。
僕の手前無理して食べているのではと思っていたのですが、食べるうちに病みつきになったようで、日本に帰る前にもう一度行きたいと思ったようで僕としても嬉しかったです。
僕の意見では、世界3大スープヌードルの一つだと思います。
さて話は全く違いますが、僕はこの日記を書きながら、日本のラジオを聞いています。
常時接続の上に高速接続なので、(インターネット専用ラジオですが)ダウンロードしている時間と聞いてる時間に差がありません。
つまり今までのアナログで、インターネットに繋いでいた時は必要な情報量と、ダウンロードできる量があまりにも差があって、少し聞いては止まりまたバッファーが足りてくると聞こえるというなんとも歯がゆい状態なのですが、ケーブルテレビ接続では、もう完璧!
音だけでなく、ニッポン放送の(誰だか分からないけど太ったオニーサン,あっすみません彼の名前は垣花正と出ています。)映像付ディスクジョッキーもそのまま待たずにずっと流せます。
これが発達すると、こんな離れたオーストラリアでも、日本のテレビ番組のどんなのでもがインターネットを通して見えたりという状況もすぐそこまで来ているような気がします。
ちょっとこのCA-TVについて書いてみます。
このCA−TV、速度は使う時間帯によって速度が大きく異なるのが不満です。
ほとんどがストレス無く使えていますが、たまに「えっ」と思ってしまうほど遅い時があります。
もちろん速度というのは、色んな要素によって変わってきますが。
特にとても人気があるサイトは混みあっていて、自分の接続がいくら早くても流れてくる情報自体が少ないのでちっとも早くなりません。
またオーストラリアではADSLのサービスも開始されているのですが、何とものすごく遅い速度に設定されているのを最近知って、CA−TVにしておいて良かったと思っています。
それにしてもオーストラリアのプロバイダーというのは本当にセコイというか、ケチって思わせてくれるのが多い。
何とADSLなのに料金の設定を見ていたらD/Lが100Mbまでとか200Mbまでとか書いてあって、超過分は料金取られるなんて、今の時代に「何考えてるんだか」。
今度オーストラリアの会社のモラルっていうのを書いてみます。
2001年6月13日
11日の日記に関連してチョット書きます。
日本からの少ない情報を元に書いているというのを考慮の上お読みください。(どうしても書いておきたいので)
「M君」の場合と比較して、今度の「宅間某」の事件に疑問を持ったのがそのときの日記にも書いた、なぜ警察署やヤクザの組本部や自衛隊に行かずに、簡単に襲える小学校に行ったのかということ。
つまりそこで判断力があったということなのです。 よくこのような事件がおきた場合、犯人の精神鑑定について色々言われますが、僕の経験から見て、充分刑事責任は負えると思います。
「M君」の経験から言うと、なぜ真昼間の大通りで裸になったのか、何処で何をしたか、何をしているのか、何処の家に入って行ったか、手首をひどく切ったのは窓ガラスを素手で破ろうとしたとか、もう完全にすっぽり抜けてしまっているのです。
全く記憶に無いのです。 古い表現で、何かが乗り移ったというのがありますが、まさに自分ではない状態なのです。
だから「M君」の場合も最初に自分で車を運転して行方をくらましたのですが、その時に彼自身がこの公園が良いだろう(テイラーズスクエアーという公園)などという判断をして、そこに車を停めたとかそんな次元では最初から無いのです。
この場合だと刑事責任を問えるのかという疑問は湧きますが、今回のように精神安定剤を10回分飲んだとかの最初の報道を見ていても、僕は即座に怪しいと感じていました。
M君の場合も何回か精神病院へ尋ねて行きましたが、強制的に精神安定剤の投与を受けていました。
ですから彼と話している時にはかなりおとなしくなっていました。 元の彼には戻ってはいませんでしたが、とりあえずは薬の力で暴れる事は無かったです。
多分その薬が強すぎたのか、アレルギー反応があったのか体中に湿疹のようなものが出ていました。
僕は心配して担当の医者に聞くと、初期の量ではまだ行動に危険性があるので、増やさざるを得なかったとの事。
その医者は女医さんで、検診の時にいきなり性的な行為までその女医さんに及んだそうです。 もちろんそのような重度の精神病院では屈強の職員がいますから彼女に被害は無かったそうですが、普段の彼を知っていた僕には、本当にショックでした。 もう彼は人間ではなくなってしまったのではないかとさえ思いました。
しかし、その量を増やされた薬のせいで、僕が面会に行く時はいつも借りてきた猫のようにおとなしくしていました。
ですから、今回のように大量の薬→余計凶暴になって事件を起こすという図式は僕には理解できません。
僕は死刑賛成論者です。 今回のアメリカでの死刑執行に関しても、反対する人たちのデモがありました。
人道主義者的な「死刑反対という意見」に対しては、もううんざりと感じています。
確かに死刑を廃止しようがしまいが、凶悪事件は起き続けるでしょう。
今回の「宅間某」にしても死刑にしてもらったら、本望なのではないかと思います。
ところがこのような事件が起きるたびに、今の世の中がこういう犯罪を生む背景にあるというようなロジック。
はっきり言って、世の中の「Hypocrite」達にうんざりって言う感じです。
2001年6月14日
昼間女房と二人で計理士事務所へ。 シドニーの中心地にあるこの計理士の事務所へ出かけるのはいつも電車、駐車場が極端に少ないので。
普段僕が乗っている車はステーションワゴン(スバル、リバティー、日本名はレガシィー。この件については後述)、オーストラリアの道路交通法ではステーションワゴンは商業車ということで「LOADING ZONE」という商業用荷物積み降ろし用(?)に駐車できるのです。
ですから街の中心地へ出かけて行くときにも、躊躇無く車で出向いて、ほとんどその「LOADING ZONE」に停めてしまいます。
本当に便利で、いつの間にやらこのワゴンばかり使っていますが、それでも計理士のところでは必ず1時間ではすまないので、しぶしぶ電車で。
確か「LOADING ZONE」は15分までなので、いくら大目に見てくれるオーストラリアでも1時間以上も(今日も2時間)駐車していたら切符をいただいてしまうので。
僕は最近の日本の車事情が皆目分からないのですが、オーストラリアでは4輪駆動車の普及が異常とも思えるほどすさまじい。
多分日本もアメリカも欧州も同じなんでしょうが、僕はこれにはいささか閉口しています。
この4駆もステーションワゴンと同じように、商業車と認定されていますから、「LOADING ZONE」に停める権利がある。
それも人気の一つの理由なんでしょうが、もっとも大きな理由の一つが悪名高いオーストラリアの車両輸入税を普通車と比較すると異常なまでに免れているのです。
ですから日本で300万円で売っている普通車と、同じ300万円の4駆がオーストラリアに入って来ると、(かなり大雑把な試算ですが)普通車が450万円から500万円近くになるのに対して、4駆車は380万円くらいで納まってしまうのです。
ということはオーストラリア人にとって、同じ金額を払うのなら価値の上のものを買いたくなるというのも分かりますし、その上この4駆というのが流行りでもあり、はたまた4駆だと社用車として購入しても、その家族が使っていても(つまり仕事で使っていなくても)問題とならない税制上の特典まであって、舗装道路以外走った事は一度もないという4駆車ばかりがシティーの中を走り回る状況となっています。
そういう状況の中で、運転の下手な奥様方が学校に子供をこの4駆で送り迎えしているのですが、僕の住むこの通りには何とプライベートスクール(私立の学校)が二つもあって(トホホ)、朝と午後の3時頃にはこの車の列ができ、とりわけ4駆は50%ほどにもなろうという勢い。
で、このような奥様方車幅の感覚とかまるで分かっていないのに大きな4駆運転されるので、すれ違いざまこすりそうになったり、おおいに慌てさせられます。
こういう手の車とすれ違う時にこすられたら、被害の大きいのは普通乗用車ですから。
また並列駐車でも2台分ぶん取るようにはみ出して停めていたり。
どうしてオーストラリアの政府はいまだにこの4駆車に輸入税などの特典を与え続けているのか本当に理解に苦しみます。
またオーストラリアではジーゼル車が少ないのですが、それは軽油の値段がガソリンよりもはるかに高い設定になっているからです。
これも変な事があって、お百姓さんたちはトラクターなどに(ジーゼルエンジンが多いので)軽油を使う事が多いので、確か登録制で軽油を安く購入できるのです。
ですから、そういうコネがあると軽油もめちゃくちゃ安く買えてしまうのですが、なんと僕の知り合いは自分のクルーザー(船)のために、農業用の軽油(もちろん中身は同じ、値段だけ安い)を何処からか調達してきて、ドラム缶に何本もいれてマリーナまで運んできたりしてました。
どうもオーストラリアにはざる法というのが多いようで。
さて、僕の乗っているスバルのレガシーがなぜオーストラリアではリバティーなのか。
オーストラリア人にとって「レガシー」と聞いてイメージするものは、戦争でなくなられた遺族や、未亡人たち。
いまだオーストラリアでは赤い羽根の募金のように、レガシー募金というのを(いつだったか忘れてしまいましたが)街で若い人たちが(バッジのようなもの)売っていますが、まさかこのような募金が必要になった原因を作った国の車(つまり昔日本は敵国で日本国のために多くの戦争犠牲者を出している)をのうのうとその当時をイメージさせる名前で売れるわけはないのです。
これがイギリス車とかだったら、レガシーってつけて売っても嫌味にはならないでしょうが、だいたい英語の本家本元の国が「レガシー」っていう名前を車に付けるかというのは甚だ疑問です。
話がどんどん飛びますが、日本車の名前は英語を母国語とする人たちにはとんでもなくユーモラス(またはまるでかっこう悪い)な名前が多く、あまりにもひどい名前なので、ブラックユーモア的にこちらのコーラスグループ(女性二人だったか3人だったか)で、名前を「ニッサンセドリックス」っていうのあります。
車に「セドリック」って名前は「さすが英語オンチの日本」っていう代表みたいなもんです。
2001年6月15日
オーストラリアでは車の盗難というのが非常に多いです。 日本の何倍か分かりませんが、極端な差があるはずです。
あまりにも多いので、自動車メーカーはエンジンイモビライザー(Engine Immobiliser)という盗難防止装置を開発し、改良を加えているので、これは効果がありそうです。
西欧と比べて 自動車の盗難の少ない日本では、自動車メーカーがそういう盗難防止装置に対して真剣に取り組んでいなかったので、オーストラリアでかなり要望があったのにもかかわらず、大衆車クラスにもその装置が標準で装備されるようになるまで随分時間がかかりました。
ほとんどの車に装備されるようになったのは、つい最近の事です。
最近の新聞にも、1994年前後型のホンダシビック車の盗難が多発しているから気をつけるようにという記事が出ていました。
勿論この年式のシビックには盗難防止装置はつけられていませんでした。
実は女房の姉さん(メルボルンに住む)もこれと同じ型のシビックに乗っていたのですが、やっぱり盗まれました。
この記事の出る直前だったので、手の施し様がありませんでした。
自宅の前に停めておいて、夜中に盗まれたようで、警察にもすぐ通報したのですが、警察の反応は「もう今ごろバラバラになってるでしょうからあきらめなさい」という一言だけだったそうです。
自動車盗難事件などこの国では何も警察はやってくれません。
しかし新聞で注意報が出るくらいですから、かなりの同型の車がやられているようですが、何で警察が動かないのか不思議です。 そんなに同じ方の車ばかり盗むというのは、海外にでも部品として出すのでしょうか。警察の言い方だと「ちょうど窃盗団に大きな注文が入ってるから」との事。
この注文って言うのがなんなのだか良く分からない、まことに不思議な物です。 警察は分かっていても何もしないのだろうかと、不信感がわきます。
それだけ、盗難が多いので、オーストラリアの車の保険は他の物価に比較して極端に高いです。 特に25歳以下の若い人が、スポーツタイプ(特にターボつきだと)に乗ろうとしたら目が当てられないほど保険料が高額です。
保険会社によっては、最初から受け付けつけないところもあります。
わが娘が18歳で免許を取得して、ホンダのシビックを買ってもらったのですが、新車の価格が(総て込みで)当時約3万ドル切るか切らないかという位でしたが、保険料は4000ドル以上でした。
それでも保険を受け付けてくれたから良かったという状態です。
盗難が多いということは、たとえ自分の車が盗られなくても皆の払う保険代の負担が増えるのですから、たまったものではありません。
この日記を書き終わった後に、NHKのニュースで、日本でも都心部で4駆車の盗難が急増していて、住む地域と車種によっては保険会社が受け付けない場合も出ているとか。
もう世界中この問題あるんですね。