2002年3月前半の日記

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2002年3月1日

本日久し振りに昼メシを両親と一緒に取りながら、NHKの昼の番組を見ていたら、「セーラ・マリ・カミング」さんというアメリカ人の女性についての番組をやっていました。
僕は日本に住んでいないので、ひょっとしたら彼女は有名人で(NHKに出ているくらいだから、そうなんでしょう)とっくに皆さんご存知なのかもしれません。
そのNHKの番組は途中から見たので、彼女のバックグラウンドがちょっと分らない(見逃した)部分もあり、早速「GOOGLE」で検索をしたら、以下のページに彼女のことが紹介されていたので、リンクを付けてみました。
ご存知無い方は下のページを参照ください。
http://allabout.co.jp/gourmet/sake/closeup/CU20010707A/

その番組でも彼女の活躍の様子が紹介されていましたが、見ていてこれはまさに、日本酒造界の「ゴーン」さん。
売上の落ちていた古い老舗の蔵元「桝一」という会社を、大改造していく様は、まさにニッサンの「カルロス・ゴーン」を彷彿させました。

会社やそこで働く職人たちの反対を押し切って、もう50年も行われていなかった、「桶仕込み」を復活させて、いまや売上倍増のその蔵元の「取締役」になっているようです。
その仕込むための桶さえ作られていない日本で、彼女は自ら大阪まで出向き、ある桶工場を説得して、酒し込み用の「大桶」を作らせたり。
また彼女が日本酒にかける情熱ゆえ、アメリカに残してきた婚約者との別れなど、プライベートな面にもその番組は触れていました。

その上今彼女は日本中の酒造元に呼びかけて、日本酒の復活に向けて努力されているようです。
番組の中では彼女が自らインターネットで、酒作りについて、他の業者たちと連絡を取り合っている場面も出てくるのですが、僕も見たいので早速GOOGLEで検索かけたのですが、そのサイトがまだ見つけられていません。

彼女の活躍を見ていて、なぜ「外国人」の彼女ができることが、今まで出来なかったのかという疑問が湧いてきました。
日本酒造りという業界はとても保守的なところだとは容易に想像できるのですが、彼女のやっている事は別に「外国人」でなくても出てきそうなアイデア(発想に)僕には見えます。

日本人がやろうとしても誰も耳も貸さないのでしょうか。
外国人だからこういうドラスティックな改革が出来てしまうところが、いかにも「日本的」だとつくづく感じました。

日本という典型的な「モノ・カルチャー」の国は、僕のように長い事「マルチ・カルチャー」の国に住んでいる身から見ると、良い面も多いのですが、どうしても発想の幅が狭いという面があります。

つまり、日本という国は偉大なる「村」で、それこそが今の、市場開放、自由貿易の時代になって、「ウイークポイント」をさらけ出し始めている原因の一つにもなっているのではないでしょうか。

全く逆の事を考えてみてください。
アメリカ好きの日本人の女性が、アメリカの「テネシー州」あたりにある、古いバーボン・ウイスキー製造の会社に押しかけて、「私が新しいアイデアで、ここの売上倍増してみましょう」なんて言ったら、雇われて「取締役」にまでなれるでしょうか。
多分その場で門前払いか、救急車呼ばれちゃうかもしれません。
(救急車はちょっとオーバーかな)

日本という国だからこそ(良い意味でも)それが可能なのです。
外国人から見たら、日本人の誰も気が付かない「面白い事が」一杯できる可能性のある国なのかもしれません。


2002年3月2日

昨日から僕の好きなモータースポーツ、F-1グランプリの第一戦がオーストラリアはメルボルンで始まりました。
今年のF−1は、日本からのドライバーが久々に参戦、その上やはり日本のトヨタがティームとして初参戦、ワクワクするほど興味があります。

昨日からメルボルンは天気が優れず、雨が降ったり止んだり。
こういう時って、メルボルン寒いんですよね。
シドニーもそうですが、オーストラリアの気候は変化が大きく、一昨年メルボルンへGP観戦に出向いた時には、暑さに参った思い出が。

本日の予選も雨が降ったり止んだり、こういう時こそ「運」が大きく左右します。
ところが日本の佐藤琢磨選手、予選前に行われた朝のフリー走行で、マシーンをクラッシュ、体には異常は無かったのですが、彼のマシーンは完全にリビルドの羽目に。
で、予選は「T・カー(スペアカー。チームには1台しかないので、同じチームのドライバーと必要なほうが使う)」で、出る事に。 
つまり朝壊したマシーンは2時間後の予選までには間に合わないほど、壊れていたのです。

いよいよ、午後1時から1時間の予選、地元のマーク・ウエバー(彼も今年から参戦の新人です)に次いでコースに出た佐藤選手、半周もしないうちにマシーンが止まってしまいました。
恐れていた事が起きてしまったと言う感じです。
このように、急遽用意するスペア・カーというのは、一人のドライバーのためにセットアップされているわけではなく、例え壊れず走ったとしても、どうしても100%そのドライバーの実力を引き出すのは、中々困難な物。

ところが、たった半周でストップ。 見ている僕は気が気ではありません。
何しろ、ピットまで走って帰っても、もう乗る車は無い。 唯一残されたチャンスは、チームメートにこの予選の1時間を早めに切り上げてもらい、すぐさまその車を借りて、予選アタックするしかないのです。
ところが、彼がピットに駆け戻ってきた頃には、何と雨が降り始めたのです。 ということは同ティームのドライバーである、フィジケラでさえ、自分の予選タイムアタックを、雨が上がるまで待たなければなりません。
時間は刻々と過ぎていきます。

こうなると、もう彼がティームメートの車に乗せてもらえるかどうか微妙になってきます。 20分ほどすると、一旦雨が止み、各チームはどっとタイムアタックを始めます。
ところが、フェラーリ・ティームがタイムを上げて、1位2位に踊り出た頃に、また雨が大降りになってきたのです。

こうなるともうお手上げ、佐藤選手は完全に予選アタックを諦めなければなりません。
朝のちょっとしたミスが、雪ダルマ式にトラブルを大きくしていくのです。
これはある意味で、モータースポーツの特徴でもあります。

モーター・スポーツには、「もしも」という言葉は禁句ですが、あえて言わせてもらうと、今朝佐藤選手が車を壊さなかったとしたら、そしてたった10分ほどのちょっとした晴れ間にタイムアタックできていたら、明日のスターティング・グリッド、7〜8番手という事も可能だったのです。
本当に運命を大きく左右するものなのです。

明日彼が出場できるかどうかは、全ティームの承諾を得なければなりません。 運が良い事に(良いという表現がここまで来ると不適切かもしれないが)今年は、アランプロスト・ティームが倒産して、メルボルンに来なかったので、グリッドはあいています。
ポール・ポジションのタイムの107%以内のタイムを残していなければ、決勝に出る資格はありませんが、各ティームの了解を貰える事を祈って、明日に期待したいと思います。

最初に「運」と書きましたが、予選を終わってみると、この困難な気候条件の中、フェラーリは当然のごとくフロント・ロウを占めていますし、トップ6も、いつものティームでした。
ただし、ポール・ポジションは「シューマッハー」ではなく、ティームメートのバリチェロ、このへんが今日の「運」だったのです。

ただし、今日のテレビ中継で一番テレビに映っていたのは、「ドラマ」の連続だった佐藤選手だったかもしれません。
何しろ朝の事故の録画を含めて、地元のマーク・ウエバーよりも確実に多く画面に登場していました。
何事にも、コマーシャルが大事な、現代のF-1、そういう意味では一番活躍(?)した選手だったのかな?


シドニー晴れ 気温24度 湿度低し


2002年3月3日

本日、日曜日の日記はお休みです。

 


2002年3月4日

昨日のオーストラリアF−1GP、久々に興奮させてもらいました。
先週土曜日の日記にも書いたように、日本人ドライバー「佐藤琢磨」選手の参戦、またトヨタが今年から初めて参戦で、日本人の僕にはとても興味ある開幕第一戦でした。

幸い佐藤選手は最後尾からですが参加が認められ、これはひょっとすると彼の運試しになるのではないかと思っていました。
なぜならメルボルンは当日の朝、かなりの雨でレースが始まる時間になっても曇っていて、路面が完全に乾ききっていません。
このようなコースコンディションでましてや市街地コース(公園内ですが)、スタート直後の第一コーナーでアクシデント発生というのはほとんどお約束、当然最後尾スタートというのはそのアクシデントを避けるチャンスがあるポジションなのです。

さて、赤のシグナルが全て消えてレース開始、予想通り第一コーナーで、ラルフ・シューマッハーが。
はっきり言ってここまですごいアクシデントとは、予想を超えていました。
もちろん即座に目は佐藤選手の黄色い車(ジョーダン・ティーム)を追うと、しっかり生き残っていました。
ティームメートのフィジケラが車を大破させているのとは対照的に。

その瞬間思いました、「ひょっとすると、佐藤選手は強運の持ち主か」って。
レースの世界では「運も実力のうち」とよく言われるのです。
「こりゃー、ひょとっとすると」という期待で、思わず盛り上がりました。
前半で、一時は順位を5位まで上げ、このまま大事に走ったら新人第一戦でポイントゲットなんて、素晴らしいと思っていました。

しかし運はここまで、この日一番の強運の持ち主だったのは、地元オーストラリアのドライバー「マーク・ウエバー」だったのです。
彼にとっても、新人としての第一戦、ましてやティームはいつもどん尻、予選通過がやっとというレベル。
しかし、この日の運は彼が独り占めだったかもしれません。
その上、彼のティームであるミナルディーもティームオーナーはオーストラリア人、彼は確か3年前にこのティームを買い取ったのですが、予算も少なく、噂では今回から参戦したトヨタティームの10分の1以下とか。
最後にそのトヨタティームのミカ・サロ選手に追い上げられて、タイム的にも5位の座を明渡し、6位に甘んじなければならないと思われていた、最後の2周にサロはスピン、運は最後までウエバーに味方していました。

レース後、このティームオーナ「ポール・スタッダート」とマーク・ウエバーは抱き合い、感激の余り涙を浮かべていました。
5位入賞、3位までのお立ち台に上がれるわけでもなく、ドライバーズ・ポイントもたった2点と思われる方もいるかもしれませんが、このポイントを稼ぐという事が弱小ティームにとってどれほど困難な事か。

そして最も大事な事は、ポイントを稼いだ事により、FOCA(F-1を統一する団体)から、何億円にも匹敵する、輸送コストなどが免除されるのです。 弱小ティームにとっては、これは喉から手が出るほど欲しい物だったのです。

何か先週の土曜日から、モーターレーシングの話題ばかりになってしまいました。 お許しください。

最後に、皆さんも覚えているかもしれませんが、先日の冬季五輪の男子ショートトラックで、前がみなこけて気が付いたら「金メダル」だった選手いましたが、今日の朝刊にもウエバー選手の同様の「運」に触れている記事が目につきました。
しかしやはり「運は実力のうち」、ショートトラックにしても、結局決勝まで残っていなければ、メダルも何も無いのですから。


2002年3月5日

なんか今年のシドニーは雨が多いです。 晴れが続くと、庭の植物に水を撒かなければならないのですが、今年は随分水撒いてない事に気が付きました。

今日も朝からシトシト降っていて、すっかり気温も下がり気味です。

さて、先日書いたホームステーに付いてもう少々加えます。
まずオーストラリア人のご飯の量。
これはホームステーだけではなく、オペアとしてオーストラリア人の家庭で一緒に食事をすると出てくる問題です。
特にアングロサクソン系の家庭に入ると、「あんなに体が大きいのに、食べる量すごく少ない」と驚く人がいます。
もちろんオーストラリアの家庭といっても千差万別なはずなのですが、晩御飯の量が少なくて、寝る前にはおなかがすいて困ったなんてよく聞くこことです。

これは日本の食事が基本的にゴハンとおかずという組み合わせで成り立っているからです。
主食と副食って今でも日本でいうのか確かではありませんが、おかずがちょっと少な目の時にでも、ゴハンに漬物やなんかで一定の満腹感まで調整できるのが日本食なのに対して、洋風の場合、主食が日本で言うおかずのようなもので、他にサラダくらいしか付け合せが無い場合に、当然ゴハンに代わる物が無いわけで、満腹感が少ないのです。

ところが、こういう洋食で日本食の時と同じように満腹感を感じるまで食べると、一発で肥ります。
つまりカロリーの量が違うからです。

また、ホームステーというのは原則的に副業としてやっているわけですから、いつもいつも金のかかった食事が出てくるとは限りません。
日本ほどではないにしても、やはりオーストラリアでも肉(この場合ステーキなどの塊の肉をいう)はオーストラリア人にとっても、安価ではないのです。(挽肉などは別として)
その上、日本では例え洋風のメニューの晩でも、漬物や佃煮、ふりかけなど等いくらでも微調整が聞くものが揃っていますが、洋食ではそういうものは有りません。
でその分、デザートのアイスクリームなどを思いっきり食べて、2ヶ月で数キロ肥ったって、結構よく起きることなのです。

何かここまで書いてきて、ダイエットの話みたいになってしまいました。 今日書こうと思っていた事からなんかずれてしまっています。
軌道修正して、
オーストラリアは「お客様は神様ではない」国であると書きました。

これは日本人、特に日本人の男の子には、中々理解しがたい状況が生まれます。
夜食事が終わって、そこの家のホストマザーが「コーヒー飲む?」と聞いたとします。 
日本では母親が同じ質問をした場合答えはほとんど「うん」ですよね。 で、ましてや英語に不慣れな留学生は「うん」というつもりで「YES」って言うはずです。
ここからがもう違っているのです。 オーストラリアではコーヒーを飲みたければ、基本的に自分で作る。 
で、誰かがコーヒーを作ろうとする時に、他の人も飲むかなって親切で聞いているのですから答えは「YES, PLEASE」なのです。

我が家でも、娘が子供の時に「PLEASE」を付け忘れたりすると、何か言い忘れていない?と女房から教えられていました。
だいたい、日本では「ね〜、かーさんお茶!」って「怒鳴れば」ささっと飲み物が出てきてしまう国でしょ。
ですから、その食後のコーヒーを飲み終わったら、自分のカップくらい自分で流しまで持っていくのは最低のマナーなのに、飲み終わったカップはその場に残して自分の部屋に行ってしまう。
「だって、食事代やマカナイ代はちゃんとお金払っているのだから」って、日本人には非常に理解しづらい事なのかもしれません。

最初に「特に日本人の男の子」と書いた理由がもうおわかりいただけたかもしれません、そう日本ではお母さんは炊事をし、女の子は片付けを手伝ったりは当たり前というので、日本から来る女子の学生の場合、食事時に進んで手伝ったり、さげたりは率先してする子がたまにいるからです。

でも、基本的に中身は完全に違うんですけどね。
つまり日本人の女の子は「女の子だから」やっているという意識に対して、オーストラリアでは「お客様は神様ではない」だけでなく、なぜ母親だけが全てやらなければならないのかという考えがあるので、例え息子だろうが、旦那だろうが一緒に手伝うのが基本ですから。

もっとも、長年海外からの留学生を置いている家庭、特に日本からの子の経験豊富な家は、そういう日本人の若いこの態度にはもう慣れっこになってしまっているでしょう。 ですからよけい、いくら「ホームステー」といっても、ビジネスライクになってしまうのです。

さて最後に、大事な事をもう一つ。
オーストラリアでは、給湯方式が全く日本と違う場合が多いです。
簡単にいうと、瞬間湯沸し器というのはオーストラリアには有りません。 (この場合100%無いといいたいのですが、ごくごくたまに有るには有る)
で、オーストラリアではほとんどが電気かガスでお湯をゆっくり作って、お湯のタンクに貯める方法です。

で、どういう問題が出るか。
一時期(いまだに?)日本では朝シャンというのが流行って、朝からシャワーでガンガン洗髪し始めました。
特に一時期ワンレンというロングへヤーが流行っていた時など、日本人の女性を2人家に置いたら、もうそこの家のほかの家族は夜まで、シャワーに入れなくなるという問題が続出しました。
一旦タンクのお湯を使い切ってしまうと、そのタンクにお湯が貯まって使えるほどの温度になるには数時間かかるのです。

ですから、朝皆がシャワーに入りたいなら、手短にささっと、そして洗髪などでうんとお湯を使う場合は、夜にするとか配慮が必要なのです。
僕自身はなぜ瞬間湯沸し気が普及しないのか不思議なのですが、考えてみると、日本人ほど湯船にたっぷりと湯を入れて風呂に入る習慣が無い国なので、お湯の量を余り気にしないのかもしれません。

まだ日本人の観光客が今ほど多く来ない頃に、オーストラリアのホテルではかなり有名なホテルでも、日本人ツアーパニックというのがよく起きて有名でした。
つまり、日本人の団体がどっと到着して、みなそれぞれで湯船にたっぷり湯を張って風呂に入るものだから、湯不足になるのです。
最近建てられる新しいホテルは、大容量の湯のタンクを持っているのか、余り聞きませんが。

色んな文化が有るもので、それを経験しに外国に出かけるのですから、多少の不都合にも寛容に。


2002年3月6日

いつも行くコンピューター屋の店員(と言っても、番頭さんと店員の2人だけですが)マケドニア出身のズラッコ(Zlatkoって書きます)が、辞めて他の会社に移るとの事、結構気に入っていたので、少々ショックでした。

彼は英語学校の学生としてオーストラリアに来て、英語を勉強する傍ら、ITも勉強しマイクロソフト社のサティフィケートを取ったので、そのままオーストラリアでビジネスヴィザを取得して、働いているのです。

今度の会社は「LINUX」を専門に扱う会社、前から彼は「ウインドウズは穴ばかりあるので嫌だ〜」って言っていたので、今度の会社が「LINUX」しか扱わないので大いに喜んでいるようです。
僕としては、彼がいなくなるのは残念ですけど。 

同時にそのコンピューター屋の隣のカフェーもオーナーが代わってしまい、素晴らしい料理を安く作ってくれていた、LULUちゃんは、フランス人のボーイフレンドと南フランスに引っ越してしまったし、とてもガッカリしているところだったのです。

さて、その「ズラッコ」辞める前にマンドレイク(MANDRAKE)というLINUXを是非使ってみろと、CD−ROM 3枚に焼いてくれました。
ご存知かもしれませんが、ウインドウズなどは勝手にコピーを作って使うのは、「ご法度」ですがオープンソースのこのLINUXはいくらコピーしようが、自由です。
素晴らしいでしょ。 無料なんです。 
だいたい、人間の言語に相当するオペレーション・ソフトは、有料であるという事自体大いに疑問であると思っている僕は、馬鹿高い金を払って、バグだらけのOSを使うより、うんとましだと思っています。

しかし、今までのLINUXはインストールからして、簡単ではなく(特にウインドウズに慣れてしまっている人間には)その上、使えるソフトも非常に限定されているので、一般になかなか普及しないのです。
OS自体で比較したら、はるかにLINUXの方が優秀で、なおかつ無料なのに、普及し難いのです。

で、さっそくこのMANDRAKE使ってみました。 まずインストールからしてとても簡単、まるでウインドウズを入れているみたいです。
インストールした途端にもうインターネットでブラウズは出来てしまうし、ウインドウズマシーンとのやり取りも(SAMBA)も簡単。
ところが。
日本語が駄目なんですよね。 日本語でインストールしても中の文字は半分以上化けてしまっているのです。
少なくとも僕のレベル(パソコン歴2年弱の54歳のオヤヂ)では、フォントの修正や、文字化けの修正は、容易ではないようです。
これは日本人が開発からちゃんと絡んでないから致し方のない事なのかもしれませんが。

今、世界では中国のWTO(世界貿易機構)加盟が話題になっています。
僕はこの動きに連動していると睨んでいるのですが、中国は独自のコンピューター・オペレーション・ソフト(OS)を作ろうとしているようです。
つまりWTOに加盟後に起りうる諸々事情を考えると、ウインドウズを使っている限り、絶対にアメリカを超えられないと考えているのではないかと。

今の世界の情勢で見ると、アメリカ(マイクロソフト)の一人勝ちなわけで、それなら独自のOSを開発すべきだと。
当然オープンソースのLINUXを元に開発していくのでしょうから、僕は大いに期待しています。
また、半信半疑ではあるがLINDOWS(リンドウズ。 LINUXでウインドウズのアプリケーションソフトが使えるというもの)もアメリカで発表され、近い将来マイクロソフト社の牙城が崩れはじめるのは目に見えていると思います。
それには、日本政府などもある程度援助をして独自のOSを開発すべきだと思っているのですが、いつも一番腰の重いのが日本の政府ですから余り期待はできないでしょうが。



2002年3月7日

今は夜の10時半過ぎ、今日は珍しく朝から今までお仕事をしていたので、今日の日記はサボりそうになってしまったのですが、やはりここは自分のためにも書かねばと(どうせ駄文なのですが)、かなりモウロウとした頭で書き始めました。
何しろ日本に送る石が金曜日か月曜日にシドニーに配達される事になっていて、どちらの日か確認のため山に今朝電話を入れたら、なんともうシドニーに向かっているって言うので(今日はまだ木曜日)、大慌てで今日の予定を急遽変更、新しく引っ越したローディング・ドック(コンテナーに積み込むところ)まで駆けつけました。

今までのドックは空港のそばに有ったので、往復にそれほどの時間を取られなかったのですが、今度はキャンベルタウンのちょっと手前、MINTOというところに引っ越したのです。
我が家から片道50キロ程でしょうか。 しかし新しいイースタンディストリビューターという高速道路がM4まで出来たので、かなり楽では有りました。 

さて、女房の友人が「つくば」で開かれた世界ナノ・テクノロジーの学会に出席した時の話です。 (日本では今、ナノ・テクノロジー関係のエキジビションが幕張で行われているらしい)

彼女はオーストラリアを代表するナノテクノロジーの権威ですが、日本は初めての訪問だったそうです。
驚きの連続だったそうですが、不便の連続でもありオーストラリアに帰ってきてすぐにそのことを女房に報告してきたのです。

その一番の驚きは、日本の「オンライン化」があまりにも遅れている事です。 彼女の日本のイメージは超近代国家で、最新テクノロジー満載というのだったのですが、今回の訪問で大分イメージが変わってしまったようです。

彼女の言う「オンライン化」は主に、「クレジット・カード」が使えなかったという事に起因しています。
(オーストラリアでクレジットカード使えないところ、ほぼ皆無ではないでしょうか。)
実は僕らも全く同じ経験をしているのですが、まず彼女の経験から書きます。 
運が悪い事に宿泊していたホテルが(つくば市内)彼女の使用する「クレジットカード」は扱ってないと言い出しました。
で、彼女はトラベラーズ・チェックを使おうとしたら、(これはちょっと不思議なのですが)日本円か、アメリカドルのトラベラーズチェックしか受け取らないと言われたそうです。

困ってしまった彼女は、そこの支払いをするために、つくば市内で彼女のクレジットカードでキャッシングできるところを捜さなければならず、タクシーに乗ったのです。
ところが運転手は全く英語が出来ず、彼女が「キャッシング」をするために市内の自動支払機を捜していると言っても、全く理解してくれません。
何台かタクシーを変えて、銀行に飛び込んだら、海外発行のクレジットカードで、キャッシングできないのです。
彼女はもうパニックになって、そのために1日を使ってしまったようです。

実は僕らも2年前に倉敷に泊まった時に、ヨーロッパからオーストラリアに帰る時に日本に立ち寄った形だったので、キャッシュが底を付いてきた上に、泊まった民宿(僕らの場合倉敷は民宿だったので、クレジットカードを受け取らないと言うのは分らないでもないが、欧米では絶対にそんなことは無い)では現金だけと知り、すぐに倉敷の駅前にある全ての銀行を回ったのですが、オーストラリア発行のアメリカンエクスプレスのカードでキャッシングできるところは一軒も無かったのです。

これには本当にビックリしました。 幸い僕は日本語ができるのでパニックにはなりませんでしたし、その銀行で「では一体どこでキャッシングできるのか」と聞いたところ、岡山まで戻って岡山市内の確か高島屋デパートの中に一台その機械があるはずと言われ、車を運転して行ったのです。
もし彼女のように日本語一言も出来なかったら、その岡山市内の機械までは到底到達できなかったでしょう。

今日本ではサッカーのワールドカップに向けて、受け入れ準備に色々動いているようですが、今度の彼女の話と、僕らの経験から「おい日本!本当に大丈夫?」って心配になってしまいます。
英語の出来ないタクシー運転手の問題を一つとっても、韓国では無線(携帯電話だったかな)で運転手がすぐに通訳を呼び出し、行き先を通訳してくれるサービスを実施するとの事ですが、日本ではそのサービスやらないで本当に大丈夫なのでしょうか?

何しろ日本は「皆ニコニコ現金払い」って国ですから、欧米に比べてクレジットカード化が極端に遅れているようです。
しかし逆にオーストラリアのように(欧米でも)どんな小さな支払いにまでいちいちカードを使う客にはえらく頭に来る僕もやはり「日本人」なのかもしれません。
娘がアルバイトしていたグルメ系のカフェーで昼のサンドイッチ、たった6ドルでもいちいちカードを使うやつがいると、娘がこぼしていました。
ここまで行くと、ある意味非生産的かもしれません。
何しろ昼の忙しいさなかに、他のお客を待たせて、いちいちカードのためにサインをしてもらったり、そういうのも考え物ですけどね。


2002年3月8日

ちょっと前の日記に、ものすごく働き者の庭師のオジサンの事を書きました。 彼はイタリアからの移民で、その時の日記には非常に主従関係というのか、上下関係に厳しく、雇い人である我が家族に対して間違っても「タメ口」はききません。 
あまりにもこの庭師のオジサン「ヴィクター」の家来のような態度に、最初は僕らも戸惑ってしまうほどでした。

つまり僕らに対して絶対にギブンネームで呼ぶ事は無いのです。
このことはやはりうちに来る掃除のオバサン「ファティマ」にも当てはまります。 彼女はポルトガル出身、かなりメンタリティーがイタリア人のヴィクターと似ている面が多く見受けられます。
しかしこのオバサンの場合はもう15年近くも来ているので、家族の一員のようなものですが、まかり間違っても僕の事を「トム」女房に向かって「リー」と呼ぶ事は有りません。
もう慣れっこになってしまいましたが、彼女がうちに来始めた当時は、「リーと呼んで」と女房がいつも言っていたものです。

僕の事をいつも「トム」と呼び、我が家に働きに来ている時に「今からランチ買って来るけど、何か買ってこようか?」なんて、まるで兄弟みたいな喋り方をする、イギリス出身のペンキ屋のオジサン(僕より10歳は年下)とは、まことに対照的です。

さて、この庭師の「ヴィクター」多分僕より年上なのですが、例によって女房が「リーと呼んで」と言ったら、なんと苗字が「リー」だと勘違いしてしまい、それ以来女房には「ミセス・リー」、僕には「ミスター・リー」って呼びます。
考えてみると、彼にとって東洋人の僕は「ミスター・リー」がぴったりで、絶対に僕の苗字だと信じて疑っていない様子。

一度「TANABE」ですよと、女房が言ったのですが、全然聞いてくれないと言うか、ものすごく頑固にまた「ミスター・リー」に戻ってしまっています。
別にどうでも良いので、彼が僕に用があるとき「ミスター・リー」を連呼されても、「ハイハイ」と答えております。
考えてみると、人の名前って結構イメージと連動するようで、鏡で自分を見てみると、確かに「トム」より「ミスター・リー」のほうがピッタリ来るようにも。

で、この女房のギブン・ネームである「リー」について。
女房が日本に住んでいた頃、電話で美容院や医者等の予約を入れる時に、名前を聞かれていつものように「リーです」と言うと、90%の人は韓国か中国系の女性が来る物だと思っているようで、予約の時間にオーストラリア人の女房が現れると、かなりの方が戸惑っていたもんです。
韓国系か中国系の女性の代わりに突然白人が来ると一瞬「英語で応対しなければならない」と焦るのかもしれません。

女房の姉はメルボルンに住んでいますが、彼女の名前は「ゲイ」そう「同性愛者」の「Gay」と同じつづりです。
と言うよりも、むしろ「Gay」の本来の意味は「陽気な、快活な、晴れやかな、うきうきした」という意味で、同性愛嗜好者達の華やかな生活態度(?)から、彼らを「ゲイ」と呼ぶようになったのはそれほど昔ではないのです。

姉さんが生まれた当時(もう50年以上も前の事です)はホモセクシュアルというのは、アンダーグラウンドの世界で、「Gay」の持つ本来の意味のほうが一般的でしたから、その名前が特に変わっているわけではなかったのです。
ところがオーストラリアは(特にシドニーは)世界でも有数のホモセクシュアルの街になったために、どうも紛らわしい名前になってしまったようです。
「Are you Gay?」って誰かが姉さんに言うのを聞くと、なんか妙な感じがするものです。


2002年3月9日

ボンダイジャンクションにある家のテナント探しは、オーストラリアの新聞に広告を出したら、ビックリするほどの反応があり今日の朝最初に見に来た人に決まってしまいました。
その後、続々と来たのですが、最初の人が見たとたんに、手付金を置いたので、後から来た人が4組も住みたいと申し出てくれたのですが、残念ながら断らざるをえなかったのです。

実は、最初にオーストラリアで発行されている日本語新聞に広告を出したのですが、あまり反響が無く、またほとんどが学生さん達で長期住めない人ばかりだったので、長期住めるテナントさんを募集していたので中々決まらなかったのです。
ですから初めて現地の新聞に広告を出しても、どれほどの反響(引き合いと言うのか)が有るのか半信半疑だったのですが、これには正直言ってビックリしました。

それも日本語新聞に広告を出した時よりも逆に値段を上げて出したのにもかかわらず。
日本語新聞に広告を出した時の反響から値段が高すぎるのかなと、全く今の実情を知らない僕は少々不安になっていたのです。
ですから、もう少し安く出したほうが良いかと思っていたら、強気の女房は逆にそれより高くして出したのですが、5組以上が今朝同時に欲しいという状態になったために、金額については全く問題ありませんでした。
後から来た人たちには、もう決まったとお引取りを願わなければならなかった。

いやしかし、今はオーストラリアの住宅事情それほど悪いのでしょうか?
たいした家でもないタダのタウン・ハウスなのに。
つまりそれほど賃貸の物件が少ないのかと、気の毒に感じるほどでした。
しかしその後お隣さんと話していたら、その金額でも安いと言うので、それほど僕らが現実に疎いのかとも。
いや僕はオーストラリアの(シドニーの)賃貸料は他の物価に比較して絶対に高すぎると思います。

さて話し変わって、昨日スーパー・マーケット(ウールワースと言います)のレジで並んでいたら、面白い看板が目に入りました。
看板と言うのか特定のレジの下に、サインボードが天井から吊り下げられていて、「confectionary free register 」って出ています。
分かりますか?この意味。 
confectionary はお菓子の意味で、それがフリーのレジつまり、お菓子フリー・ゾーンっていう意味。
レジに並んで自分の支払いの番を待っている時に、ちょうどそのレジの周りにこれ見よがしにチョコレートやガム雑誌などが置いてありますよね。
僕はいつもその陳列に引っかかって、チョコレートやガムなどを買ってしまうのですが、それが置いていないレジをわざわざ作ってあるのです。

売るのが命のスーパーで、わざわざそのような商品を取り払っているなんて、面白いでしょ。
確かにオーストラリアでは肥満が問題になっていて、スーパーで買い物をしていても、食べてはいけないと一生懸命に自制心を働かせて、甘味の置いてある棚のほうに近づかないようにしている客のためにこのようなレジを作ったのでしょうが。
また子供連れなどの場合レジで並んでいると、「これ欲しい〜」って駄々をこねてシブシブ買わされる羽目に陥るお母さんのためも有るのでしょうが、「売るのが命」のスーパーでは中々面白い看板だと思って見ていました。


2002年3月10日

本日(日曜日)は、日記定休日です。


2002年3月11日

今朝娘が出勤して行きました。 ずっとアルバイトはしていたのですが、社会人として仕事に出かけた第一日目です。

娘が出かけたら、女房が僕のところに来て、いきなり「HUG」。
ハグ(HUG)というのは、日本語では抱擁や抱きしめるという意味です。
僕は「ウン?」って、一瞬どうしたのかと思ったら、女房が感慨深げな表情で、「これで子育てのゴールに到達したんだわ」って言うのです。

なるほど、妊娠から始まった「プロジェクト」は、本日の朝娘が社会人として、働きに出たときに終わったのかもしれません。

今まで大学時代には色々アルバイトはしていたのですが、就職試験を受けて、雇用契約を結び(この国では必ず雇用者との間で正式な雇用契約書が交わされます。 日本でも同じかな)働き始めるというのは最初の経験。
女房から見ると、「子育てスゴロク」で上がった心境なのでしょう。

僕は全くそんな風に考えられない性質なので、女房の表情を見ていて初めてそのことについて考えて見ました。
ロンドンで娘が生まれて以来今日まで短くもありまた長くもあり。
どっちかって言うとあっという間なのですが、しかし生まれてから今までをを振り返ってみると、確かに色んな事があって長かったようにも感じます。

「今日の日を思うと、我々の子育ては結構うまく行ったのだと思うは」という女房の言葉を聞いて、確かにラッキーだったかもしれません。

もう後は娘次第、ほとんどの事は自分で解決していくでしょう。

って、我々がそう願っているだけで、またまた何か問題が出ると当然頼ってくるのは必至。
そういえば先月くらいから、娘は独立するためにアパートを買うと、毎週の週末は物件を見に回っています。
僕としては独立(自立)するのは自分の経験からも大いに賛成、早く出て行ってもらいたいものだと(なんか言い方が変ですが、嫌いだと言う意味ではなく)考えています。
ところが、今のシドニーの不動産物件の値段って非現実的に高騰しているのですよね。
いくら考えても、娘の給料ではローンが組めません。
ローンの利率も6%以上だし、まあまあの地域でちゃんとしたアパートは、僕が想像していた値段をはるかに越えていました。

だから貸し出しが決まった我がボンダイジャンクションの家も、テナントがあっという間に決まってしまったのかもしれません。

今朝の女房の一言で、今日は娘の事を考えていました。
この仕事が彼女に合う事を祈っています。
(内容は、大雑把に言うと人体の抗癌剤に対する反応を免疫学の見地から研究するような内容だったと思います。 「思います」といい加減なのは、彼女の持っている資料を見ても女房も僕もよく理解できていないので。 僕にとっては専門用語が多すぎて、途中でリタイア)


2202年3月12日

一昨日の日曜日、昼にツナサラダを作ろうと冷蔵庫を覗いたら、鶏卵がきれていたので、近所の店に娘と買いに行きました。
娘が、フリー・レンジ(Free Range)の卵を買うべきであると言うので、見たことの無いブランドのを買って帰ってきました。

フリー・レンジとは鶏を放し飼いにしている状態で産ませた卵と言う意味です。
正確には鶏卵にもクラス別けがあって、ブロイラーのように体の向きを変えることも出来ないほど狭いカゴ(檻か)でなく、結構大きな檻の中で育てている場合や、ストレス・フリーで飼育しているとか、飼料に薬を使用していないだとか、色々と卵の容器には書いてあります。

さて、本日買ったのはいつもスーパーで買うブランドの物ではなかったのですが、値段的には普通の卵の2倍以上もするので(1ダースで4ドル90セント。 スーパーで買わなかったからよけい高かったのでしょうが)ちょっと気になって、よく見てみると確かにいつも買うのよりも、ちょっとドロとかゴミのような、いかにも自然の中でとれた卵と言う雰囲気を出しています。 
こりゃー味も良いのかなと期待してしまいます。
で、ツナサラダなのでまず茹でたのですが、茹であがっていざ殻を割って剥き始めたら「えっ!て」思うほど殻が薄いのです。 

僕が子供の頃の本当の自然の中で飼育された卵って、殻もすごく硬かったイメージがあり、その後狭いカゴの中で大量生産される卵はどんどん殻が薄くなっていったというイメージが僕の中にあります。
この僕の思いでが事実なのか、はたまた檻の中でも(つまりフリー・レンジではなくても)人口飼料の中に色々混ぜれば(例えば牛の骨粉とか)硬い殻の卵が出来るのかもしれません。
しかしそのあまりにも薄い殻の卵を見て、「こりゃ〜、誰かがちゃんと調査する必要があるのではないか」と考え始めました。

と言うのも最近の日本からのニュースを見ていると、狂牛病の問題から始まって、雪印問題そして最近では九州での輸入物の鶏を国産と偽って売っていたなど、一連のスキャンダルが頭に残っていて、もしこの卵も全くのブロイラー系で(この表現は正確ではないかも知れないが、狭い檻の中での大量生産の卵でという意味です)わざと殻にちょっと汚れをつけていかにも自然の中で飼育している鶏の卵「フリー・レンジ」として、何食わぬ顔で売っているとしたら、巨額の不当な利益が上がるだろうなと思います。 何しろ倍以上の値をつけているのですから。 

友人の家庭菜園好き(ほとんどセミプロ)が言うに、「無農薬で野菜を育てるのは、異常なまでに手がかかり100%無農薬の野菜なんて、本当にどのくらいの割合で存在するのか」というのを聞くにつけ、消費者は大いにラベルなどを鵜呑みにせず、また行政もちゃんとした調査機関を持ち、そのような不正には重い罰則を用意するべきだと、最近の日本からのニュースを見ていて痛感しました。

ところでその日に作ったツナサラダは卵がフリー・レンジだったからか、はたまた僕の腕が良かったのか(?)かなり美味しく出来たのは事実でした。
(ゆで卵とツナ缶と紫たまねぎをミジンに切って水でさらしたのをマヨネーズであえて、コショウ塩レモンで味を調えただけですが、オーストラリアのツナサラダが不味いのが多いので、娘にも評判がよろしいようで。
もちろんマヨネーズは甘くないのを使いました。
オーストラリアで売っているマヨネーズはしつこいくらい甘いのが多いのです。 何でだろうといまだに不思議なんですが、いつもはアメリカ製のマヨネーズ「S&W」を使います。 日本のももちろん美味しいのですが、何せオーストラリアで買うと高すぎます)


2002年3月13日

毎年女房の教える学校では生徒たち(と言っても中学2年のクラスだけです)がこの時期「訓練キャンプ」に出かけます。
確か昨年のこの時期の僕の日記(2001年3月22日)にも詳しく書いたと思いますが、トイレも無い山の中を野宿しながら歩き回る(行軍と言うのか)のです。
この生徒たちを引率するのは先生の役割で、実は先生たちも行きたくない人のほうが多いらしいのですが、我が女房は逆に志願して行く始末。
こういうのが好きなんでしょう。 
数年前には大学時代の友人2人で、タスマニアの山の中をやはり歩き回っていました。

で、このようなところに出かけるので、破傷風の予防注射なども必要で、ちょうど今年で5年前に打ったのが期限切れということで医者に出かけていったら、やはりジフテリアの予防注射と抱き合わせになっていて、それをやってもらって帰ってきました。
僕が昨年の暮にライセンス取得のためやはりこの注射を受けた時にかなり痛みが残ったので、痛みには非常に弱い女房には「注意報」を出していたのですが、案の定思いっきり痛がり、とうとう今日は毎週水曜日にやっているオバサン・テニスのリーグ戦の試合を休んでしまいました。

一昨日の夜から苦しみだして、痛みを和らげるためにその注射を打った肩のあたりを盛んにマッサージしていたのがまず最初の間違いでした。
筋肉痛などと違ってこういう場合の痛みは筋肉の中に「しみる」薬が広がっていくから痛いので、マッサージや揉み解したりしたらよけい痛くなるのです。
そんな事は知らない女房は、ちっとも痛みが引かないので、寝ることが出来ないと、夜中にいきなり風呂に入りだしました。
その上風呂に入る前に鎮痛剤を服用したために、血の回りが加速されて痛みが引くどころか、ひどくなるばかり。
とうとう気絶寸前という状態になってしまいました。(いやはや何とも女房は痛みに弱い)
で、「痛い、痛い」と焦れば焦るほど、実は痛みは増えるものなのです。

つまり焦ったりして、パニックになると血圧も上がり血の巡りが良くなるという悪循環。
これを書いていて、思い出した事を一つ。

オーストラリアには有名な毒グモ「Funnel Web ファネル・ウエッブ」というのがいます。
特にシドニーでもノース側(日本人学校のあるあたりは結構出るとか)には結構いるらしいのですが、こいつが置いてある長靴の中などに入り込んでいたりして、知らずに足を入れて刺されたというニュースを僕がオーストラリアに来た頃に良く聞いたものです。
ですから僕がオーストラリアに住み始めた当時、長靴は絶対に横に倒して置いておかない、また履く場合には必ず一度逆さにして降ってから履く事と女房に教えられたものです。

そういえば最近この毒グモのニュースかなり減っていると気がつきました。 シドニーもどんどん自然が破壊されているのかもしれません。

と、話がどんどん脱線しそうなので、
とにかくこのクモに刺された場合、最も大事なのは「パニック状態にならない」という事です。(毒蛇でも同じ)
で、気を落ち着けて刺された部分をしっかり縛り毒のめぐりを遅らせるようにして、血清の到着を待ちます。
そうすれば、命を落とすまでには至らないのですが、今回の女房のように、パニック状態になると、命を落とす危険性がグッと増すようです。

それにしてもこの破傷風+ジフテリアの注射、どうしてこんなに痛いのやら。
あまりに痛みに、女房は来週からのその「訓練キャンプ」行けるか心配し始めているほどです。


2002年3月14日

本日になっても、痛みが引かないと女房は専門医のところへ行きました。
で分かった事は破傷風の注射はこういう問題が多々あるとかで、50歳過ぎたら打たないほうが良いと言われたそうです。
って、もう手遅れですけどね。 人にもよるそうですが、このようなショック反応を起こす人がいて、特に歳を取ってくると問題が出やすいとか。

僕のようにレース用のライセンスのために、打たなければならなかった場合は仕方がありませんが、僕の前の日記でこの破傷風の注射お勧めしてましたが、年齢にもよりますが、今回その「お勧め」は取り消します。

で、今日は左腕の上がらない女房のためにお手伝いをさせられてしまいました。 彼女が趣味で(革の)ベルトを作っているのですが、近所のブティックのオーナーがそれを見て気に入り、少々店におきたいから作ってくれと言う事になっていたのです。
ところが、この革のベルト、やたら沢山装飾用の穴を開けなければならず、ハンマー片手になんて到底出来ない状態なので手伝えと言われてしまい「トン・カチ」やらされていました。

その僕が作らされたベルト、写真に撮ってこのページにつけようと思ったのですが、まだ全て完成していないので明日にでもアップします。

さて、昨晩は母親が日本から来た歌手(由紀さおりと、姉さんとか言ってました。 姉さんの名前失念)がシドニー・オペラハウスでコンサートをやるからと出かけていきました。
オヤジは体の調子も良くないし、もともと「歌謡曲など聞かない!」ってタイプで、母は一人で行くのは心細いから、僕に一緒に行こうと言っていましたが、僕も余り気乗りせず一人で行かせました。
もっとも車でオペラハウスまでは送り届け、終わったら電話すればまた迎えに行ってあげると言っておいたのですが、帰りは友人に送ってもらって帰ってきました。

その友人というのはこちらで日本人の老人会を主催している方で、このコンサートも一ヶ月以上も前に一緒に行きませんかと声をかけてもらっていたのに、オヤジが行きたくないと断ってしまっていたのです。
つまり、一緒にこのコンサートに行こうと言う事になっていた友人たちだったのです。
オヤジが断ってしまったが、やはりどうしても行きたい。 しかし母は英語力無いので、一人で行くのは不安だと子供のような事を言っていたのですが、行ってみたら何とその友人が隣の席だったのです。

異常なまでの偶然というか。 その友人は母がやはり行くと決めて切符を購入するよりも1ヶ月、以上も前にその席の切符を購入していたのです。

買った日は全く違うし、あの大きなシドニー・オペラハウスのコンサートホールで、席が隣なんて「くじに当たる」ような物。 
本当に偶然というか、母にとってはとても運が強いともいえますが、これには少々ビックリさせられました。


2002年3月15日

どうも風邪をひいたのか、気分がすっきりしません。
熱はないのですが、体がだるい、頭もはっきりしません。
頭がはっきりしないのは生まれつきかもしれないが、どうもいつもと違う。

で、珍しく「パナディーンPanadeine」というオーストラリアでは非常にポピュラーな痛み止めを飲んでみたのですが、頭痛があるわけではないので大して効いている様にも感じません。

今オーストラリアでは風邪が流行っているのかどうか、周りには風邪を引いている人間は一人もいないし、来週の水曜日にオヤジを連れて「池亀先生(美人の日本時の女医さんです。 それにしても池亀”いけがめ”って珍しい名前でしょ)のところへ行く予定になっているので、同時に血液検査でもしてもらう必要があるかもしれません、

今日は娘のアパート購入騒動記を書こうと思ったのですが、そんなわけで頭が全く動かないのでまたにします。
働き始めた娘が独立したいと言うので、それには大いに賛成の僕としては、そのためにアパートを購入したいというのに援助をしてやろうかと思っています。
しかし物件を見て歩くのは当然娘本人がやる事で、良い物件があれば相談するだろうと思っていたら、すぐにラシュカタスベイにあるアパートを見つけてきたのですが、値段の交渉もすべて本人にやらせていました。

しかし相手は海千山千の不動産屋、完全にカモにされているので、一悶着起きているのですが、詳細は来週中にはもう少しはっきりしているでしょうからまた書きます。
ただ一つだけ書いておくと、オーストラリアでは物件を購入する場合に買い手は不動産屋には一切手数料を払いません。
日本では売主も買い手も売買が成立したら、物件価格の何パーセントかを確か不動産屋に払うシステムになっていると思いますが、オーストラリアでは売主が何パーセントかを払う事になっているのです。

ということは不動産屋は売主のために動いているので、買い手は不動産屋の言う事は100%嘘だと思わないと、大変な事になります。
この国では最も尊敬されない職業ランキングに、中古車セールスマンとトップ争いをするほど。
物件を気に入って買いたいと値段の交渉していても「他にも買いたいという人がいて」などのような嘘を次から次へと繰り出して、できる限り高く売ろうとするわけで、これは当たり前の事なのですが、我が娘のようにそういう仕組みなど全く経験の無い者は、本当に「鴨ネギ状態」にされています。
詳しくはまた書きます。
もう今日は寝ます。
そうそう新手のウイルス今度はどうも日本人か日本語を理解できる人間が製作したコンピューターウイルスが猛威をふるいそうです。
名前は(W32/Fbound.c@MM)で、Subjectが「重要」「例の件」「極秘」「うんこ」とかになっているそうです。 「重要」などのサブジェクトが付いて来るのならまだ分るが知らない人からメールが来て、サブジェクトに「うんこ」なんてついていたら、誰でも怪しむと思うんですけど。

今までのコンピュータウイルスは、日本語を理解できない人間が作っていたので、サブジェクトのところが全く何もないか、もしくは文字化けしていてその上添付ファイルがあるので、すぐに危ないのがまた来たって分ったのですが、今回は日本語のがちゃんとついてくるようですので、皆様もお気をつけ下さい。


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