2003年3月前半の日記
2003年3月3日
先週の土曜日に母が日本から帰ってきました。
すっかり頭の方が怪しくなってしまっている母の事、空港に迎えに行ったら、いくら待っても出てきません。
日航の771便は朝7時55分に到着したのですが、1時間を経過しても到着出迎えロビーに出てきません。
日系の旅行社の人達(ツアーガイドなどの)も、ほとんどお客さんが出て来たのでロビーから姿を消し始めています。
まだ残っていた日本人のツアーガイドさんに「もうJALのお客さんは出ましたよね?」と確認したら、「ええ、さっきの団体さんが最後くらいだから」との事。
「えっ、ビジネスクラスですか? それならとっくに出ていらっしゃる筈ですけど」と言われて、僕もあせり始めました。
そう、ビジネスクラスの乗客の荷物は最初の方に出てくるので、乗客も比較的早めに出てくる。
ひょっとしたら母の事だから、持ち込んではいけない種類の食べ物が見つかって、しっかり油を絞られているとか、いや成田で乗らなかったのではないかとか、色々考えるのですが調べる手立てがありません。
ご存知のように昔は(と言ってもかなり昔だが)最寄のカウンターに行くと乗客名簿というのが有って、少なくともちゃんとその便に乗ってきたかどうかの確認は出来たのですが、セキュリティーのために今は一切見せてくれません。
事故などの非常事態であれば航空会社が発表するのですが、個人が問い合わせても公開しない事になっています。
で、到着出迎えロビーからは、通関をやっているロビーの方には一般人は入って行けないし、どうしたものかと考えるが良い策がありません。
すでにその時点で771便が到着してから1時間半は経過していました。
偶然目の前を女性のセキュリティーの人が出迎えロビーから中に入っていくのを見かけたので呼び止め、「じつは高齢の母が一人で到着して、まだ出てこないのですが、英語も不自由で、、」と言いかけて入るのに、「まだ中には沢山到着客はいます」と言ったきり無視して中に入ってしまいました。
次から次へといろいろな航空会社の便が到着しているのですから、中に到着客が沢山いるのは当たり前で、「1時間半も前に着いたJALの客の事」を聞いているのに、「どの便ですか?」など一切無しに、ただ「まだ人はいる」と当たり前の事を言って中に入ってしまったのです。
ひょっとしたら乗っていなかった(日本を発つ前の確認電話が無かったので)つまり翌日の便と間違えているのかも知れないと考え始め、一端家に帰って日本に電話をしようと思ってロビーを出かけたら、何と母は出てきたのです。
で、なぜそれほど時間がかかったかを聞いて、すっかり「しらけ」てしまいました。
何と今回は日本から持ってくる荷物が多いので、自分のスーツケース以外に小型のカバンを妹から借りたらしいのです。
ところが「オオボケ」ですからその形や色を忘れてしまった。
で、いつも使う黄色のスーツケースはほとんど一番最初に出てきたのに、その借りたのはなかなか出てこないと思い、目の前をぐるぐる回っているのに気がつかなかったのです。
で、同じ便の乗客がほとんどいなくなって、目の前のベルトコンベアーの上を母の荷物だけがグルグル回っている状態になって、はじめてそれが自分のだと気がついたようなのです。
アチャーでしょ。
で、やっとそれを持って通関へ向かったのですが、食べ物を持っていると、「申告」したので、検査の方にまわされたのです。
そこで、そのスーツケースも開けてくださいと言われたのですが、まるで「当然のごとく」借りたスーツケースの暗証番号(三つの数字を組み合わせるタイプ)など覚えていないのです。
税関のほうでも困ったようです。
「そのカバンは自分のですか?」と聞いてもまず何を言ってるのか分からない。 「開けて下さい」と言っても開けられない。
結局税関も(母を見て高齢だしと諦めたのか)他の総ての持ち物(他のスーツケース、ハンドバッグ2個)を開けさせて、舐めるように時間をかけて総て調べ、やっと解放されたのです。
母が出てきた時にはすでに2時間近くが経っていました。
トホホでしょ。
一人では危なくて旅行させることが出来ない日が来るのも間近だと感じさせてくれます。
さて、その母が夕食の時に、妙な事を言い出したのです。
その話を書く前に少々説明を。
我が両親はオーストラリアに住みに来るために戦前から住んでいた田園調布の家を1987年に売却しました。
もう16年も前の事になります。 しかしその家を購入した会社は投機が目的だったためか、バブルの崩壊とともに倒産に追い込まれ、その後我が家は地方在住の人に転売されたようです。
ところが一向にその家には誰も住まず、家は朽ち果てていったのです。
我が両親は日本に帰る度に(田園調布に墓がありますので)その家を見て心を痛めておりました。
その家がずっと空家のままなのでゴミを投げ込む人も出るは、生えている木は伸び放題で汚いしと、元のご近所の方々が迷惑被っているのは明白でした。
どなたかが最寄の駐在所を通して、その地方にいる持ち主に何とかするように要請したらしいのですが、それに対しては「全くの無視」で、かれこれ16年間無人状態、荒れ放題だったのです。
ここからが母の話です。
母がオーストラリアに戻る前に(2月後半)墓参りに行ったついでに家を見に行ったらすっかり取り壊され、整地されていたのだそうです。
ところがその数日後、変な電話が母宛てにかかってきたそうです。
電話の主は、1987年に我が家が売買された時に介在した、いわばブローカーのような人で、その後地方在住の方に転売が決まった時にもこのブローカーが絡んでいたようです。
で、彼曰く「元のお宅が間違って解体されてしまった。 で、今の持ち主(つまり地方在住の)がそろそろ家を直して入ろうと思っていたところで、大変な損害を被って困っている。 特に家の中にあった襖の絵はとても気に入っていたもので、どうしても同じ物を欲しがっているが、どこで手に入れたのか覚えてますか?」というものだったそうです。
これを聞いて僕はまさに狐につままれたような話で、母がボケて聞き間違えているのか、本当の話なのか大いに迷いました。
空港のような事が有った直後なので、また母が聞き違えているのだろうと思ったのです。
だいたい、間違って違う家を取り壊してしまうなんて、そんな事ありえないと思ったのです。
しかし気になるので、元のご近所の友人に電子メールで確かめてみたら。
何と!本当だったのです。
僕が生まれ育った家の同じ区画には、ホテル・ニュージャパンで有名な横井秀樹氏の家があったのです。
その家も人手に渡り(?)無人になっていたようです。 それを間違って元の我が家の方を取り壊してしまったと。
しかしその元横井邸と我が家の間には少なくとも4軒以上の家が有り、面している道も違うし、番地もかなり違うのです。
我が母以上にオオボケな解体業者がいたんですな〜。
僕は大いに驚いたのですが、母曰く、「これもおじいさんがあの世からそう仕向けたのよ」と。
不思議な事に、父が他界してから、父の興した会社は父の日本での葬式の日に事実上消滅するし、彼が建てた田園調布の家も朽ち果てて行くのにとうとう業を煮やして、父があの世から消滅させてしまったと言うのです。
全く母らしい考え方では有りますが、そうも考えられるほど不思議な話ではあります。
とりあえずこの話の件では母はボケてはおりませんでした。(フウ、、)
2003年3月4日
先週のテレビのニュースでオーストラリアの女性国会議員が、生まれたばかりの赤子を抱えて登院して来て、議事進行中にその赤子をに母乳を与え始めた。
赤子がむずかったりして議事進行を妨げたかどうかは知りませんが、これに対して「ストレンジャー」は議場から退場させるという「規定」を適用して強制的にその赤子を議場から出したのです。
この場合「ストレンジャー」という表現は「選挙で選出された人間ではない」という意味にとるのでしょうが、しかしこの「言葉」ちょっと違和感は有ります。
子供の退場を促したが、結果としてその女性国会議員も母として一緒に退場することになったのをテレビカメラは追っていました。
この女性議員の名前は「カースティ・マーシャル」元冬季オリンピックの選手で、いわば日本でいうところのタレント議員に近い存在。
しかしこの後、この話題に対して色々な人がコメントをしています。
特に女性解放に熱心な方は議会に対して非難ごうごうだし。
で、僕はどうもこれに関してはヤラセのような気がします。
偶然その週にメルボルンで「世界母乳促進会議(ちょっと変な訳かな)」というのが開かれてようとしていたからです。
また議会の控え室には授乳用の部屋もちゃんとあったそうです。
それにしてもと僕は考えた。 日本ではだいぶ前にアグネスちゃんだったかが仕事場に乳飲み子を連れて来て、それに対して誰かが(女性評論家だったか)批判をしてというのがあったと思います。
仕事場に乳飲み子を連れて来る、そして乳房を出して母乳を与え始めるというのは、どんなもんでしょう。
女性の地位が確立されているオーストラリアでは、タレントが乳飲み子を連れて来るというのは(楽屋というか控え室に)当たり前の事。
しかし今回は議場にまで連れて来て、議事進行中に乳房を出して授乳始めると言うのは、タレントがテレビに出演している時にカメラの前で授乳を始めるというのと同じで、ちょっとやり過ぎではないかと。
それにしても日本じゃ考えられない事だと思います。
いえ、くれぐれも日本ではそんな「非常識な人間」はいないなんて風には考えないでいただきたい。
日本の常識は世界の常識ではない事が多いからです。
常識は何かと言う話はこの際置いといて。
この場合も多分多くのオーストラリア人は、授乳という母親しか出来ない「仕事」と、その母が働いている状況を考慮の上、是非を論じるでしょう。
つまり、どういう条件なら許されて、どういう場合はやはり授乳は遠慮すべきかを議論するのでしょう。
と、ここまで書いてふとメルボルンに住む義姉のことを思い出しました。
ちょっと話題がずれてしまうが書いてしまいます。
彼女は若い時から「巨乳」で有名でした。 体つきは痩せ型で、腰などもかなり小さめなのに、なぜか胸がすごかった。 日本ではこういうのを「巨乳もしくは爆乳」というらしい。
その義姉が結婚をし、子供を産んでからはいっそうサイズが肥大しただけでなく、垂れ始めた。
小さ目のスイカが二つあるような胸は、垂れ始めると加速度を増すかのごとく、見た目にも下の方へ垂れていったのです。
で、二人目の子供の授乳が終わってから、彼女は整形手術を受ける決心をしたのです。
日本では「豊胸手術」の方がほとんどでしょうが、彼女は「小胸?手術」を受けたのです。
でこの手術の内容を聞いて僕は「のけぞって」しまった。
これほど大きな乳房を小さくするにはかなりの部分を切り取らなければならない。 しかし切り取る部分によってはその手術の傷跡が残る可能性がある。 ですから切り取るところはなるべく見えにくいところ、つまり乳房の下側の方に集中してやるのだそうです。
つまりズボンやスカートのようにタックやダーツを取るように。
で、そうすると乳頭の位置が完全にずれてしまう事になります。 乳頭の位置から上の部分を切り取れば傷口が残った場合見えてしまう。
で見え難い下の部分ばかり切り取れば「乳頭」は、すっかり下に向いてしまうか、もしくは下側に隠れてしまう。
そこで何と!、一端「乳頭」の部分だけを「剥ぎ取って」しまい、すっかり小さくする手術が終わってから、ちょうど良い位置にその剥ぎ取った「乳頭」を縫い付けたのだそうです。
という事はその乳頭は形だけで、当然元の位置の乳腺に繋がっていませんから、乳は出ません。
ですから最後の子供の授乳期が終わってから、手術を受けたのだそうです。
いやはや、現代の医学は何でも出来てしまうのは分かるが、乳頭の位置まで変えてしまうと言う話を聞いたときには「ビビリ」ました。
しかし僕が見ても全く不自然では有りません。 形やサイズも義姉の要望通りで、大満足しているようでした。(もうだいぶ前の話なんですけどね)
そこまで何でもうまく出来てしまうのなら、「マイケル・ジャクソン」の顔も、もう少し何とかなるのではないかと考えるのは僕だけでしょうか?(^^;
2003年3月5日
メルボルンから義姉の息子が一週間ほど我が家に遊びに来ていると日記に書きました。 その甥がメルボルンに帰った後に女房が彼女のPCを立ち上げたら見慣れないアイコンが二つデスクトップにあることに気が付きました。 何だろうとクリックしたら「アダルトサイト系のプログラムだったのです。」
メールチェックをしたいので、PCを使っても良いかと言うので、女房のPCを使わせていたのです。 しかしなぜかメールチェックの割には、PCの前に座っている時間が長いので少々心配になり、女房に言って、「変なソフトなどを勝手にダウンロードしないように」と注意させたのです。
大事な経理ソフトなど、仕事系のプログラムや、はたまた普段ほとんどインターネットでバンキングをしているので、万が一ファイルシェアープログラムなんかをダウンロードされて、(今はほとんど違法ですし)音楽を聴くためになんてやられたら、大変なことになるからです。
ですから彼がシドニーに来た次の日にはその件で注意を与えていたのに、やっぱりと言うかアダルトサイトに行って色んなところをクリックして、遊んでいたようで、知らないうちに妙なアダルト系のソフトをダウンロードしてしまったようです。
本人は一切プログラムはダウンロードなんかしてないと言い張っているのですが、そのアプリのショートカットはデスクトップに出来ているだけでなく、何と「タスクトレイ」の中にもしっかりこのアダルトサイトのアイコンがあるのです。
ショートカットも「アダルト・チャット」というのと「フリーセックス何とか」と二つもあるところを見ると、全く何もせずにこのようなアイコンが作成されることは考えにくい。
で、相当に頭にきた女房はメルボルンに戻った甥に電話をかけたのですが、一切そのようなサイトには行っていないと言い張るばかり。
どこかのサイトから音楽のサンプルはダウンロードしたとは認めたのですが。
で、この手のアプリってアプリケーションの追加と削除には出て来ないし、スタート→プログラムと行っても見つけられないことが多いのです。
つまりこの手のアプリケーションは簡単に削除されないように、巧妙に見つけ難いところにインストールするようになっているようです。
またこのようなアプリはスパイウエアーなども植付けて、ユーザーが知らないうちに、その人の個人情報をインターネットを通して送り出す危険も十分あるのです。
もちろん女房のPCにはアンチ・ウイルス・ソフトは入っていますが、ダウンロードする時にウォーニングが出たとしても、甥が「許可する」を選んでダウンロードしてしまえば何の意味も無くなってしまうわけです。
また女房のPCでIEを立ち上げると、何と最初に起動するデフォルトのページというかホームページまで勝手に書き換えられてしまっていました。 まさにこの手のソフトの特徴なのです。
ところが甥は全くそれを認めようとはせず、変な物はダウンロードしていないと言い張るばかり。
全くPCについての知識が欠如していると言うか(もう5年以上もPCは使っているはずなのに)、がっかりしてしまいました。
甥が女房のPCを使っている時に、「このPCすっごく速くてビックリ」なんて言っていたのですが、彼のような使い方をしていたら、自分のPCはその手の危ないアプリが知らないうちに沢山インストールされていて、スピードが出なくなるのも当たり前だと言ってやったのですが、良く分かっていないようで。
あるウインドウズ系FAQのホームページでは、最近あまりにもアダルトサイトへ行って被害を受ける人が多いので「スキエロテンプレート」なんてのまで用意されているほど。
これは「スキル相応のエロ推奨委員会」というのが作ったようです。
意味はそのような危ないアダルトサイトへ行きたいのなら、PCのスキルを向上させてから行くべきだということです。
先日の日記でも紹介した「Sleipnir」のような「タブブラウザ」はサイトごとの設定が可能なので、うまく使えばこのような被害を防ぐことが可能です。
もし危ないサイトに行った後、どうも自分のPCの調子が変なんて経験をお持ちなら、「スキル相応のエロ推奨委員会」をGOOGLEで検索すると、その対処の仕方が載っているサイトの紹介が出ていますので、行ってみる価値はあります。
「ようこそエロい人」で始まるこのサイト思わず笑ってしまいました。
2003年3月6日
いよいよ今週はメルボルン・グランプリです。
開幕戦というのは特に未知な部分が多いために、非常に興味深いものです。
今年からF−1のテレビ中継は1980年以来続けていたチャンネル9からチャンネル10に移り、金曜日(明日)から実況放送が始まります。
そして初めての「デジタル放送」のF−1でもあります。
今のところスタンダード・デジタルでやるのかハイヴィジョン・デジタルでやるのか良く分からないのですが、少なくともデジタル録画も出来るし、タイムシフト(*)機能も大いに活用できるので、今からわくわく。
(*タイムシフトとは実況中継を見ている時に、見たい場面を再現する事が出来る機能です。 例えば素晴らしいオーバーテイクのシーンをもう一度見たい、しかしテレビ局はそのリプレイをやってくれない。 そんな時にリモコンのボタンを押すだけで、その場面に戻れるのです。 もちろん実況ですから場面はどんどん先に進んでいくので、それに追いつきたい場合は、コマーシャルの時等に早送りボタンを押して、追いつく事が出来る。
そう、まるで全部を録画してから見てるみたいでしょ。 それが実況中継中に出来てしまう機能です。)
特に今年のように多くのルールが変更されていると、昨年までの「フェラーリばかりが独走」というシーンも多少減るのではないかと言う期待もあります。
一番の変更点は「予選」。 今年から金曜日と土曜日の二日に渡って予選が行われるのですが、たった1周だけ。
天候の変化等の運も大いに影響するでしょうし、たった1周というのはそのドライバーがいかにプレッシャーに強いかが試される時でもあります。
昨年までの予選は土曜日の午後に1時間。 その間に自分のベストラップを出せば良かったのですから、かなりシチュエーションが変わったわけです。
今週の週末はメルボルンは雨の予想。 という事は、かなりの番狂わせも予想され、ますます面白くなりそうな予感が。
さて、本日我が娘は引っ越して行きました。
てっきり今週の週末までは我が家で夕食も一緒で、来週から一人で住み始めるのだとばかり思っていたので、今晩も母が(今日は彼女の当番)4人分作ったら、いらないと言って出て行ったので、今日からと知ったばかり。
夕食後この日記を書き始めたら、なんとなく「感慨」深くもあります。
日本では「お父様、お母様、永年お世話になりました」って言って出て行くんでは?
あれ?それは嫁に行く時かな。 独立して行く時も同じようなもんではありますが。
夕方何度目かの荷物運びをして出て行く時に、「バア〜イ、今晩は食べないから」なんて、いきなり言って出て行っただけで。
どうせそのうち「今晩は何食べるの?」なんて言いながら、夕食時にちゃっかり来たりするのに決まっていると、にらんでいます。
いきなり来ても「人数分」は増やせるわけに行かない事の方が多いのだから、としっかり釘を刺しておきました。
女房はその僕の発言を聞いて「ったく!意地悪なんだから」と。
一人で生活することで、大きく成長してもらいたいと願っております。
2003年3月7日&8日
昨日の日記は書き始めてすぐに、わがインターネット・サーバー(オプタスのケーブル接続です)がトラブルに見舞われ、メールもインターネットも出来ない状態に。
と言う事は、自分のHPにも行けない訳で、昨日の日記を書いてもアップロードできないと言う事。
アップロードできないというのは日記を更新できないという事。
とにかく、インターネットにアクセスできないという問題が、プロバイダーのせいだとすぐに気が付けば良かったのですが、偶然僕のPCのブラウザを元のIE5.5に戻したばかりだったので、その作業で何かエラーが出てアクセスできないと思い、それに随分時間を取られてしまいました。
じつは先日の日記にも書いた(?)と思うのですが、テレビの番組をPCに取り込むのを始めて、そのキャプチャーはハードエンコードではなく、ソフトエンコードのために、色々新しいアプリをインストールしました。
そのアプリの中に、インターネットエクスプローラー(IE)のバージョンを6に上げたほうが良いと言うメッセージがあったので、「しぶしぶ」本当にいやいやながらアップしたら、案の定色々不具合が出始めて、その原因を特定しようといろいろやっていたのですが、なかなかその原因を掴めなかったのです。
そうこうする内に、メーラーであるアウトルックエクスプレス(OE これも自動で6に上がってしまう)で長いメールを書くと、エラーが出てその書いてる途中のメールを紛失してしまうだけでなく、OE全体が落ちてしまうというのが頻繁に起こるようになってきた。
僕のようにウインドウズ2000を使用している者には、IEの5.5が一番良いとは分かっていたんですけどね。
OEのバージョン6はウインドウズXPのと一緒に開発されたようで、XPを使用している人には問題は少ないようです。
しかし不具合が出たからと言って、すぐに元に戻さずその原因を僕なりに見つけてやろうと思っていたのですが、なかなか再現性が掴み難かった。
ということで、とうとう昨日そのIE6を削除して、5.5に戻したのです。
で、問題は出ないようだと安心して、日記を書きかけたらネットに繋がらなくなっているのに気がついた。
もちろんメールも受け取る事が出来ないので、IE6を削除した時に、何か大事なファイルも一緒に無くしてしまったのかと勘違いしたのです。
色々(IEの修復など)やっている途中で家の他のPCを立ち上げたらやはりネットに繋がらないので、すぐにプロバイダーに電話をかけたら、故障中との事でした。 こんな偶然が重ならなければ、もう少し冷静に問題の切り分けが出来たのですが。
このようにネットに繋がらない問題が出た時に、最初に考えるのは自分のPCの問題。 で、家の他のPCをとりあえず立ち上げてみて、それも皆駄目ならプロバイダーの問題だと判断する。
しかしたまにプロバイダーが設置していった、モデムがおかしくなる事もある。 プロバイダーの方では今は何も問題出ていませんがと言われた時には、そのモデムの電源をコンセントから引っこ抜いて数分置いてお気という作業で復活する事もあります。
と言う事で、この日記は昨日(金曜日)と本日(土曜日)の一緒になってしまいましたが、ご存知のように今オーストラリアでは僕が飯より好きなF−1の真っ只中。
特に今年はプラズマの大画面に、オーストラリアのデジタル放送、そしてその放送は16:9というアスペクトレシオ(横長のフル画面)、と完全に僕は釘付けになっております。
それも今年から放送権がチャンネル10に移行したので(モータースポーツ大得意の局です)、なんと金曜日から中継しております。
本日土曜日の予選も朝の10時から一日中放送で、もう僕は嬉しくてニコニコ。
土曜日の(今この日記を書いている)フリー走行から全部見せてくれちゃっていて、これならレース見にメルボルンに行く必要ないと思ったり。
特に今年からオンボードショットも増えて。
今年から始まった金曜日、土曜日それぞれの「ワンラップ・オンリーの予選」、面白さから言ったら最高ですな。
インテンシティーが全然違う。 誰もダラダラ走っていないから。
モントーヤの次に僕の好きなドライバーであるジャック・ヴィルニューブが何と金曜日3位、シューマッハーより前!
1位はシューマッハーのチームメートであるバリチェロなので、ひょっとしたらシューマッハーはクリスマス・ニューイヤー・ホリデー中にちょっと鈍っちゃったのかと。
という事で、本日と明日はF−1に集中しますので、日記は月曜日までお休みという事に。
では皆様良いウイークエンドをお過ごしください。
2003年3月10日
週末に行われたオーストラリアンF−1グランプリ、大いに堪能させてもらいました。
今年から放映権を獲得したチャンネル10、モーター・スポーツには定評のある放送局だけあって、さすがでした。
ビル・ウッド(チャンネル10アナウンサー)とニール・クロンプトン(元ドライバー)のコンビも素晴らしく、昨年までのように英国のコメンテイターに任せるよりはずっと良かったです。
金曜日(13時30分〜16時)から実況を始めて、土曜日、決勝の日曜日、両日は朝10時から夕方の5時までほぼ昼間一日中なんて、まさにオリンピック中継みたいでしょ。
その上、今年から始まった地上波デジタル放送、特にチャンネル10は画質が良いです。
これはデジタルチューナーのPVR(プライベート・ヴィデオ・レコーダー)を使用して録画すると他の放送局の番組を録画するよりバイト数を多く使用することでも明白です。
放送局によっては(SBSなど)チャンネル10の半分近くで、画面の情報量の違いだけでこれほどの差はつかないのではと考えます。
さてレースの方は多くのドラマがあり、優勝したのは「デイビッド・クルサード」、これには僕にとっても予想外でした。
このようなコース(普段は公園)で、ましてや雨が降った直後、スタート時には雨は上がっていましたが、タイヤチョイス等色々ドラマティックになる要素はごろごろしていました。
こういう時には、目立たず、間違わず、じっくり走った者が勝ったりするものですな〜、つくづくそう考えさせられた。
開幕第一戦で未知数の部分が多い事や、初めての予選方式など等、本当に興味深いレースでした。 結果も、赤い車のドライバーが一人もお立ち台にいないという、いわば番狂わせ。
そうフェラーリのドライバーがお立ち台にいない表彰式は、何と53戦振りなのだそうです!(1999年のヨーロピアンGP以来)
もちろん今回のレースは地元のレースだったのでこれほどの力の入れようだったのでしょうが、今年残りのレースではどういうふうになるのかちょっと心配。
昨年まで放送していたチャンネル9ほどは酷くはならないと思いますが。
(何しろほとんど時差の無い日本GPでもCh9は夜中に放映して、かなりしらけさせてくれましたから。 確かその日の日曜日の午後は他に特別なイベントがあったわけではなく、何度も再放送した古い映画か何かを流していて、かなり批判の的になった。)
じつは今年から始まった予選方式は画面で見てこそ面白く、インターネットなどでタイムだけを見てると、結構つまらないのではと心配。
余談その1.
今年からかなりオンボード(車載)映像が増えました。
ただし残念ながらデジタルで見ると、車載カメラのリゾリューションが高くないので、画質が落ちるだけでなく、16:9のアスペクトレシオではなく左右がちょっぴり切れてしまいます。
噂では来年のオーストラリアGP放映はハイヴィジョンデジタルにアングルチョイスもつくのではという話も。
つまり放送を見ている視聴者が自分のテレビのリモコンでいくつかあるカメラアングルから好きなのをチョイスし、切り替えて見る事が出来る機能です。
確かヨーロッパ(ドイツ?)の有料放送ではこれがすでに出来ていたはずです。
せっかくオンボ−ドのショットが始まって、さて次のコーナーはどうやって入るのかなんて見ていたらいきなりドライバーの顔のショットに勝手に切り替えられたりして、非常にフラストレーションが溜まるものですが、自分で切り替えられるのなら、観戦する楽しみも倍増というものです。
余談その2.
ウイリアムスのドライバー、モントーヤが痛恨のスピンで優勝を逃したのですが(結果2位)レース後のインタビューで自分のミス(完全に自分のミスという言い方ではないが)的なことを言っていたのですが、今だの僕はトラクション・コントロールが性格に機能しなかったからで、彼はごちゃごちゃ言わずに「自分のミス」と言っているように思えてしかたありません。
なぜならあのコーナーはすでに立ち上がってスロットル開け始めてからのスピンで、今のF−1は実況で見ていても、点火時期をわざと狂わせてパワー制御している(排気音も変化します)のが分かるのですが、このトラクション・コントロールが正確に機能していたら、あのようなスピンの仕方は無いのではないかと。(特にモントーヤの運転で)
余談その3
日本のF−1専門の掲示板(とっても気に入っている)をやっている人に、前から気になっていた「別の掲示板」のアドレスを教えてもらって、見に行ったら、フジテレビのF−1放送でゲストコメンテーターが酷過ぎるという書き込みばかりで、びっくりしました。
僕はオーストラリアに住んでいるので、その放送を見る事も無いし、見ようと思っても不可能なのですが、つくづくオーストラリアで見ていて良かったと、感じさせてくれるような書き込みばかりでした。
「ミーハーなゲストを呼ぶ」ということで、フジテレビは何を目的としているのか分かりませんが、オーストラリアやイギリス、はたまたアメリカのモータースポーツを見ている限り、ミーハーのゲストを呼ぶって事自体が想像すら出来ない世界ですから。
でも、考えてみるとひょっとするとそれはフジテレビということではなく、それが「典型的な日本の姿勢」かもしれないと、考え始めています。
日本のテレビ・コマーシャル見てても、思いっきり「舌足らず」のような若いネーちゃんが出てきて宣伝してるのを見ると、浦島太郎のような僕にはものすごく「奇異」に感じ、我が女房は「気持ち悪い」と。
もちろんそれが「玩具の宣伝」とかならまだ納得できるのですが、決して若い人向けの商品でなくとも、その手の「ネチャネチャした」若い女性の声でやられると、日本全体が幼児化、いや「日本総ロリコン化現象」ではないかと。
そういえば最近NHKのニュースキャスターで、久しぶりに「大人の女性の声」で喋る方がいてちょっぴりほっとしております。
僕が若い時(つまり日本にいる時、)には、深夜放送を聞いていると、素晴らしい「知的で、大人の」女性(アナウンサー)の声に大いに憧れたものですが。(JUNの宣伝だったかにも出ていた)
いつから日本はあのような「幼児声」が当たり前になってしまったのでしょうか。
「幼児声」という表現が的確でなく分かり難ければ、「ニャンニャン声」という表現がいいかと。
日本に行って新幹線などに乗っていると、車内販売の「オネーサン」が回ってきて、「XXXは、いかがでしょうか〜」って独特の言い回しでやるあれです。
2003年3月11日
本日の日記は元バイクの世界チャンピオン「バリー・シーン」について書いたので、「モータースポーツのページ」に行きました。
2003年3月12日
日本の親友が「アマゾン・ドットコム」を通して書籍を注文したが、手違いで(アマゾンのミスで)、注文時に表示されていた配達予定の日数が経過しても一向に届かないという。
何度か問い合わせたら、その担当者がいつのまにか出てこなくなって、違う担当者になっていたりという。
その「いい加減」さに僕の親友は少々オカンムリの様子なのですが、僕のように総てが「いい加減」な国に住んでいる者にとっては、ある意味で羨ましくも感じてしまいました。
この「いい加減」さは別にオーストラリアだけでなく、その前に住んでいたイギリスでも似たり寄ったりなので、もうすっかり怒る気力もなくなってしまったと言うのか、すっかり「海外ボケ」になってしまったと言うべきか。
配達が遅れる、間違えるなんてのは日常茶飯事なので、それにいちいち腹を立てていたら、自分自身の精神衛生上良くないわけです。
つまりカリカリ来ているだけ余計損をするというか。
イギリス時代には「車の故障で」という言い訳が最も多かったです。
確かに当時のイギリス製の車の信頼性の無さといったら、日本製の車が売れるわけだわと納得したものです。(まだ1970年代前半なので、今ほどのシェアーは有りませんでしたが)
で、配達をする人達や、修理や工事に我が家に来る筈の職人さん達の言い訳はほとんどこの「車がエンコ」というものでした。
どのくらいの率でその理由が本当かは定かでは有りませんでしたが。
今は携帯電話が普及したので、少なくとも「突然来れなくなった」というような事は、電話連絡が出来るわけで、一日中「待ちぼうけ」ということは減っています。
そしてこちら側でも携帯電話の番号を教えておけば、「遅れると言う電話を入れたが留守だったから」という言い訳も使えないわけです。
先日の日記に何度か書いたように我が娘が独立して出て行ったので、新たに住むところに必要な電化製品や家具などの配達を、普段は家にいる僕が担当する羽目になって、やはりオーストラリアは相変わらずで、ちっとも変わっていないと今回も痛感しました。
家具などは注文で取り寄せるというような場合が多く、気が遠くなるほど納品に待たされるというのは十分承知しているので、もう数ヶ月前から注文をしたり、時間の掛かりそうな物は、展示品を(安くさせたりも出来るので)買って、その場で持って帰ったりはしておいたのです。
さて今回はベッドと洗濯機と冷蔵庫の配達が主だったのですが、ベッドはまず配達日時を間違えてくれました。
当日、来るはずと待っていても一向に来ないので、午後になって電話を入れたら、明日配達のはずですがと言う。
確かに日にちも女房が確認していたのですが、証拠は無い。
で、翌日来たら何と全く違う色のベッドを運んできました。
色が違うと言ったら、「あれ〜?」なんて言って、じゃあ来週にまた来ますと言って、持って帰りました。
で、来週水曜日と言って帰ったのに、(その後事務所にも電話を入れて確認)なんと今度はその前の日の火曜日に電話がかかって来て、家に着いたが誰もいないがと。
なんと一日今度は早く来てしまい、僕は外出中だったのですが(携帯電話に受けた)今日を逃すと次はいつになるか分からないと思い、すぐに娘の家に向かうからそこで待っててくれと頼み、大急ぎで駆けつけました。
娘は昼間は仕事に行っていますから、娘の家には誰もいません。
結婚していて主婦がいるとかならまだしも、僕のように駆けつける人がいない場合、皆はどうやってるんですかね?
「今日は家具の配達が有るから仕事は休んで家にいる」、なんてひょっとしたらオーストラリア人の事ですからやっているのでしょうが、生産性良くないわけですな。
さて、こうやってベッドはどうにか配達されたのですが、今度は洗濯機。
洗濯機は配達人が運ぶだけでなく水平を出して設置する役割も負っているようで、ただ家に配達と言うわけには行かず、やはり僕が行って据付が完了するまで娘の家にいなければならなかったのですが、当日午後12時から4時の間に来ると言う約束になっていました。
ところが朝10時に僕の携帯に電話が入り、他の配達が無くなったから今から30分くらいで行くが良いかとのこと。
早い方が良いので、僕もすぐに娘の家に行くからと慌てて家を出て娘の家に到着、そこで待っていました。
ところが12時過ぎても2時過ぎても来ないんですよね。
慌てて娘の家に行ったので、その洗濯機の配送センターの電話番号を持っていくのを忘れたので、こちらからかけるわけにも行かない。
で、午後3時近くになってしょうがないので家に電話番号を取りに帰ったら、家の留守電に「配送センターですが、連絡ください」とメッセージが残してある。
かけたら、なんと配達のオニーサンが娘が買った洗濯機を倉庫に取りに行ったら、「見つからなかったので、本日は配達できないから明日」なんて言うのです。
もうとっくにトラックに載せて向かっているから30分以内に着くと僕の携帯に電話をかけたのだと思っていたのですが、なんだか本当に良く分からない。
そしてもし本当にその洗濯機がその倉庫(と言うより配送センター)に無かったのでその日の配達が無理と言うなら、なぜまた僕の携帯の方に電話を入れなかったのか。 すごく変でしょ。
さて最後の冷蔵庫。 これもやっぱり当日の朝に電話があり「お宅は、冷蔵庫を運び込むのに階段はありますか?」と。
「有る」と答えたら、「今日はドライバー兼搬入をするのが一人だけで、大きい冷蔵庫なので、助手が必要だが見つかるかどうかまた後で電話をする」と言ったきり、夕方まで電話は無く、やっとかかってきたと思ったら、今日は助手が風邪を引いて出社していなく無理なので明日に延期」ですと。
運良く(日本では絶対に運良くとは言わないはず)、次の日には時間通りに来てくれましたが、やはり最初の日には無理だった。
そう、こんなのが日常茶飯事の国なのです。 ですから今の僕くらいの年齢の日本人の方で、このような国で老後をと考えている場合は、よっぽどの覚悟が必要かと思います。
そうでなければフラストレーションが溜まってしまうでしょう。
僕はその点、イギリスでしっかりこのようなペースに「慣らされてしまった」ので、オーストラリアに対してそれほどの不満やフラストレーションは溜まらないのですが、もちろんこのような事を楽しむ程まで人間は「デキ」てませんが。
ほんとこんな場合オーストラリア人どうしてるんですかね?
いちいち会社休んだりしてるんだろうか?(たぶんそうでしょう)
オーストラリアの場合午後6時過ぎの配達なんて確か無い筈だし。
2003年3月13日
昨日、一昨日と雨が降ってくれたお陰で、庭の木々も緑を取り戻したように見えます。
干ばつについては、一時期より深刻ではないようですが、いまだ給水制限解除には至っておりません。
一昨日の雨は一日中続いたようなものではなく、夕方の短時間にまさにバケツをひっくり返したような降り方で、降雨量が30分で45ミリを記録したとか。
そのときはちょうど車で我が家に向かっていたのですが、案の定「ラシュカタスベイ」のところで大渋滞。
ここはいつもそうなのですが、水捌けがよろしくない様で、場所によっては50センチ近くの水位があったりして、車がまともに通れません。
この、バケツをひっくり返したような降り方というのは、つくづくオーストラリアらしい降り方で、ロンドンにいた時には一度も経験をした事が無いものです。
日本では夏の夕方雷と共に夕立がざっと来ると言う感覚に似ているのですが、降雨量は多分日本の数倍といった感覚です。
雨粒の大きさからして違うという感じです。
しかし残念ながらこれほど降っても短時間で終わってしまうと、農家にはちっとも助けにはならないのではないかと。
干ばつの時に大量に「肉牛等」を屠殺したツケが今回ってきて、肉の値上がりがじりじりと始まっているらしい。
さて話題は全く変わって。
ある友人と話していたら、日本人のと言うか「日本国」のパスポートのステータスの話題になりました。
僕は1973年に初めてパスポートを使用して以来、つくづく実感として「日本国発行のパスポート」の待遇の変化を感じています。
1973年にオーストラリアに遊びに来る途中、トランジットとしてシンガポール空港に降り立った時には、(僕の風体も悪かったのですが)入国拒否されたりしました。
別にシンガポールに入国したかったわけでもなく、ただ単に乗り継ぎのオーストラリア行き便の待ち合わせが4時間近くもあったので、一端出国しようとしたのですが。
またその目的地オーストラリアに行くのに観光ヴィザを東京にあるオーストラリア領事館に申請に行ったら、自分の預金通帳のコピーを持って来いと言われました。
つまり、ある程度の金(財産?)を持っていない者は、観光ヴィザでさえ発給しないという事なのです。
今のように、観光ヴィザどころかワーキングホリデーのヴィザでさえインターネットネット上で簡単に取得できてしまう時代には、想像さえ出来ないのでは。
で、当時はオーストラリア領事館だけでなく英国領事館も非常に不親切で、しかしその中でも一番どうしようも無かったのが、そこで働く日本人職員でした(ほとんどが窓口の女性の職員)。
僕がその時に観光ヴィザの申請のため、持って行った銀行預金のコピーがちょっと古いか何か(詳細は古い話なので失念)で、もう一度出直して来い見たいな態度に、一緒にいた女房が怒って、オーストラリア人の職員を出せと喧嘩になったのを覚えています。
とにかく生意気なんてのは通り越していて、あまりにも意地悪なので、日本のある旅行社に働く友人等は、いつもいつもいじめられ恨みつらみは大変なものでした。
その彼曰く、「もし僕が人を一人殺しても罪を免除してもらえる、なんて事があったら、必ずあの窓口にいる日本人女性職員を」と、冗談ではあってもかなり実感のこもった話を聞いた事があります。
今はインターネットでヴィザが取得できてしまうと言う事は、そのような嫌味な職員と話さなくとも良いという事でもあり、今の人は非常に幸せだなあと。
さて、いつの頃からか日本が経済大国になり、日本人の不法滞在や不法就労が他の国と比べても少ないと言う事で、日本国パスポート所有者への待遇がどんどんと向上していきました。
アフリカ諸国では結構昔から日本国と他のアジア諸国のパスポート所有者との待遇の違いはビックリするほど大きかったようです。
我が父が1960年代にケニアやウガンダに仕事で行った時には、入国だけでなく、ホテルでの待遇も同じアジア人(イエロー系です)なのに、自分が恥ずかしくなるほどで、プールにも白人と一緒に入れるのはイエローの中では日本人だけなんて、今では考えられないような事がありました。
つまり昔から露骨な差別と言うのはごろごろしていたという事なのですが。
僕がオーストラリアに住むようになって随分経ち、確か1987年前後の事、女房と娘と3人でアメリカへ旅行する事になりました。
オーストラリア人の女房は当然のごとくアメリカ領事館へ観光ヴィザの申請に行く事になり、僕と一緒に申請に行くつもりだったのです。
ところがすでに日本人は、観光で米国へ行くのには事前に観光ヴィザ取得の必要が無く、そう女房に言っても信じません。
今のイラク攻撃についても米国と歩調を合わせると、一番最初に名乗りをあげているオーストラリア、昔から両国は非常に近い(少なくとも日本と米国よりも)と思っているオーストラリア人は多くいるわけで、そのオーストラリア人がいちいち観光ヴィザをもらいに行かなければならないのに、なぜに日本人は免除なのかと。
もちろん問い合わせてすぐに日本人の免除の件は分かったのですが、何と我々3人がいざアメリカに向けて出発とシドニー空港のチェックインで手続きを始めたら、僕らの乗る予定のカンタス航空の職員が、奥さんと娘さんは米国のヴィザを持っているが、旦那さんは取得していないので、乗せられないと言うのです。
我が女房が日本人が免除を知らなかったと言うならまだ分かるが、空港の職員が知らないと言う事に僕は呆然。
もちろんすぐに「日本人は米国の観光ヴィザは免除です」と言うも、信じてもらえません。
まあ考えてみれば彼らは毎日オーストラリア人の客を扱うのが多く、日本人で米国行きというのは経験が少ないのでしょう。
で、その職員は隣のチェックインの窓口の職員に聞くも、彼も知らないというか「日本人の免除」なんて聞いた事無いって態度。
そんな事も知らないのかと少々イラついてきた僕は「絶対に日本人は必要ない」って強く言うと、彼女はそばに有った電話を使ってどこかに問い合わせ始めました。
で、すぐに分からなくてかなり待たされてからやっと「必要ない」事が判りチェックインが出来たのですが、それほどオーストラリア人にとっても「日本のパスポート」の実力(?)が信じられなかったと言う事なのです。
僕がはじめてイギリスに住み始めた当時と比べたら、今の日本の若い人達は、随分ラッキーなんですよね。
2003年3月14日
昨晩は久しぶりに女房と娘と一緒に観劇へ。
劇場の名前は、「Belvoir Street Theatre
」というシドニーの小さな劇場。
我が女房のお気に入りの小屋で、中に二つのステージがあり、大きい方でも客席はたった600人ほどでしょうか。
女房はここで「かかる芝居」は、年間を通して入場券を購入しているようで、特典として年に何度か招待券が来る。
そういう場合は僕にお呼びがかかるわけです。
特にコメディーは嫌いではないので喜んでお供しました。
昨晩の出し物は「The Underpants
」。 これを訳すと「下着のパンツ」じゃあちょっとイメージが違うし、和訳で何が適当か迷うところ。
というのも、時代は20世紀の初頭、女性の下着は長く、男の股引のようなもので、下の方はゴムが入っている。
この作品の原作は「Die
Hose」、Carl Sternheims のコメディー(1911年)。
これをアメリカのコメディアンであり劇作家「Steve Martin
」がアレンジをしたものです。
Steve Martin
はハリウッドの映画には多く出演しているコメディアンですが、僕は彼が芝居を書くというのは知りませんでした。
この作品も大いに「スティーヴ・マーティン」らしさが強調されております。
登場人物はたった6人、美人の若い女房をもらった小役人の男、借りているアパートの空いている部屋に下宿人を置こうと考えます。
薄給の木っ端役人の彼には、下宿人を置く事で収入を増やしたいと考えます。
ある日、街で行われた皇帝の行列を見に行った美人の女房、背伸びをして一生懸命その行進を見ようとしている時になぜか、彼女の下着がずり落ちてしまいました。 そこは衆人の真っ只中、大変な噂になってしまいます。
芝居は自分の女房の噂を聞いてビックリし、怒り心頭で帰宅するシーンから始まります。
こんなみっともない噂が立つと自分の役人としての地位も危ないと。
さて、なかなか見つからなかった下宿人、なぜかその事件が起きた後に、次から次へと「是非住みたい」とやって来ます。
それも中年のオヤヂばかり。
亭主は全く何も気がつかないのですが、街でのパレードの時に偶然そばでそのパンツずり落ち事件を目撃してしまったオヤヂ達が、その美人の女房を目当てにやって来たのです。
木っ端役人の亭主は何も知らず、大喜び。 下宿希望者のあまりの熱心さにその空いていた部屋を区切って、何と二人に貸してしまいます。
と、ここからドタバタが始まるのですが、ストーリー自体よりもそこに登場する人間のキャラクターが非常に面白く、大いに楽しめました。
最初に「スティーヴ・マーティン」と書きましたが、俳優は全員オーストラリア人で、かなりの熱演でした。
さて、この「パンツ」の芝居の話を書いていて思い出した事が。
今、日本はまだまだ寒い季節なので、今から書く事はちょっとピンと来ないかもしれませんが。
オーストラリアは初秋、まだまだ暑い日があります。
そんなわけで、街行く人達の服装もまだ真夏。
で、ご存知のように今流行りなのか、ジーンズ等のパンツの股上(股からウエストまで)がすごく狭いというか浅いですよね。
その浅さが最近は半端じゃなく浅くなって来ていて、「ヲイヲイ! 大丈夫なのか?」と心配になってしまうほど浅い。(つまり低い)
走ったりしたら脱げちゃうのではないかと、いやそんな事は無いでしょうが。
そしてトップはヘソ出しルックというのか、やはり極端に短いのが多い。
で、昨日女房と一緒に歩いていたら、僕らの方に向かって歩いてくる若いオネーサン(かなりスタイルもよろしく美人)、あまりにも股上の浅いジーンズで、そのうえ少々緩めなのか、もっと下がってしまっていて、なんと上の方の「毛」は完全に出てるんですけど。
僕は必死で見ようとしたわけではないがいやでも目に入るすごさ、女房も当然見ていて、こりゃ〜ちょっと物には「限度」というものがあるのではと。(その形はしっかり手入れがしてあって整えてあったような)
僕らが若い時、つまり70年代の初頭にもあのような股上の浅いズボンというのは流行りましたが、あそこまでではなかった。
こんな事を書いたら、オーストラリアに来たいって言う人が増えちゃうかな。
1900年代初頭のあのステテコのような女性の下着がずり落ちたという題材のコメディーと、現代のこの「ジーンズ」、すごく対照的でしょ。
2003年3月15日
娘の引越しに伴い「便利屋」のオトーサンはしっかりこき使われております。
娘の家は築後18ヶ月しか経っていないのですが、貸し出していたために、多少の不具合等があっても借家人は何もしないので、思っていた以上に色々手をかけなければならないところ出てきたのです。
例えば洗面所にある蛇口がなぜかクロームが剥げ落ちていて(同じのが他の部屋にも有るのだが、なぜか一箇所だけ)、みっともないので変えてくれという。
蛇口を替えるくらいはお茶の子であると高をくくっていたら、大間違いでありました。
まず、同じデザインの蛇口を見つけるにはその家を建てた建設会社に問い合わせるのが一番と思ったのですが、これがまず大失敗だった。
「CAROMA」という会社の製品ですというのを信じて近くの店で注文をしていざ、取り付けようとしたらなぜか微妙に違って取り付けられない。
おかしいと思い、サイズを測ってみると何と数ミリ違う。
で、ひょっとしたらそのメーカーでは何種類か出しているうちの違うサイズを注文してしまったのではと思い、また取り寄せてくれた店に戻る。
店ではメーカーに問い合わせてくれるも、他のサイズはないという。
ひょっとしたら、メーカーは一緒でも古い型のデザインで今はもう生産してない方ではないかという。
しかし、たった18ヶ月で型が変わってしまっていても、少なくともメーカーの方では知っているはずだし、在庫があればと女房は直接メーカーに電話をするが非常に不親切で、取り合ってくれない。
で、しょうがないのでデザインは多少違ってしまっても同じサイズの物を見つけようということにして、いろいろ市内の専門店を見て回っていたら、なんと同じデザインの同じサイズのが有ったのです。
何と、この蛇口は元々イタリアの有名デザインを真似したもので、あまりにも流行ったのでかなりの数のメーカーがコピー品を出した。
で、素人の僕らには全く同じに見える。
で、ここからは僕の想像も入るのですが、建築会社は内装等の施工を下請けに出した。
下請けは注文通りのスペックで施工の義務があるが、ほとんど同じに見えるこのような部品(蛇口やコック等)をごまかして安い部品にしてしまっていたのです。
ですから、今回探し回って偶然見つけたこの蛇口にしても、最初に建設会社から聞いたメーカーの製品よりも、値段的には40%も安かったのです。
で、すぐにそれを購入し早速取り付けようとしたら、何とまた付かないのです。
で、今回は絶対に同じメーカーの物なのですが、何と上記のように下請け会社が「ずる」をしたために、建築会社の寸法仕様通りに取り付けるために、なんと蛇口の取り付け部を(見えないところ)を20mmも切って短くしてあったのです。
ですからそのままでは取り付けられないという事に。
しょうがないので、僕は「金ノコ」を家に取りに帰り、万力をかませて切り取り、同じ寸法にしてやって、やっと取り付け完成。
たった蛇口一つでも何日もの日数と時間を取られてしまう羽目に。
似たような事は結構他にもあって、女房と僕はすっかり便利屋と化しております。
それにしても日本と違って、注文をしてもすぐに入手出来ない事がしばしばで、入居してから10日近く経ちますが、いまだ直さなければならないところ端数個所あります。
例えば洗濯機の入っている部屋のドアーはアコーデオンのように折畳式に開くのですが、上に付いているガイドのようなレールの中に入っているべきローラーガイドが紛失してしまっている。
そのためにドアーを開けるたびにスムーズに動かず、引っかかって非常に開けにくい。
で、その小さな部品(ローラー。 半径10mmくらいのプラスティック)を買って来て取り付ければすぐに直るのですが、これがまた全く見つからない。
シドニー中のハードウエァーショップに聞いて回ったが無い。
大きいところに行けば必ず有るのではと、空港近くの大型体育館のような「バニングス」などにも行って見るが、結局見つけられず。
で、最後にふとWILLOUGHBY はHigh Street にある「KEELER」というハードウエァーを思い出したのです。
ここはドアーの取っ手や鍵等を専門に扱う店。
一般のハードウエァーとは違ってこじんまりして、外からは店舗としても見つけにくい。
しかしここでドアーに関する部品が見つけられなければ(超粗悪品を除く)シドニー中探しても絶対に無いと確信できるほどの専門店。
で、この店に行けばひょっとすると、そのローラーガイドも(折畳式だが)ドアーの一部なのでと期待して行ったら、やっぱり有りました。
他の店ではいくら説明してもそんなの聞いた事ないという返事ばかりなのにさすが「KEELER」、説明しただけですぐにメーカーの名前から商品番号まで言えてしまうとは。
シドニーにお住まいの方で、色々なデザインのドアーの取っ手やそれ関係の製品を探している方には超お勧めの店です。
ついでにこの店で、やはり娘の家の客用トイレのドアーの鍵で、中からロックする装置(僕は初めて見た)も入手でき、大いに助かりました。
このロックは街のいたるところにある鍵専門の「ロックスミス」にでも行けば有ると高をくくっていたのですが、やはり見たこと無いと言われて困っていた。
と、このようにオーストラリアでは店の品揃えだけの問題ではなく、特に大型のハードウエアー店で働く店員の知識が極端に低いので、簡単に見つけられるはずの物でも、大変な時間の浪費になってしまう事が頻繁に起きます。
上記以外にも蚊が結構多いので、網戸を作れとも言われているのですが、本日もその部品(フレーム材)を一軒の店では間に合わず、何軒も回る羽目に。
当分便利屋のオヂサンをさせられそうです。
ちなみに上記の蛇口の件など、水道やサンに頼んだら、同じ蛇口を見つけられない可能性も多いですし、例え同じ蛇口を水道屋さんが見つけたとしても、かなり加工が必要でしたから、工賃は多分数百ドルになっていたでしょう。
オーストラリアではD・I・Yをやらないとちょっとした事でもかなりの出費を覚悟する必要があります。)