2003年5月前半の日記

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2003年5月1日

昨日の日記に書いた医薬品問題、今朝の新聞には回収されるべきメーカーと商品名が何と昨日の倍以上に増えていて、それでもいまだ全体を把握しておらず、最終的には1000もの商品数になるだろうとの事。

昨日の時点で家中にある薬を総て引っ張り出してチェックしたのですが、再び本日の朝刊と照らし合わせたらまた回収商品を見つけてしまいました。
リコールがあまりにも多くあるので、最終的な結論が出るまでチェックするのを待ったほうが良いかもしれません。

今朝見つけたのは、サメの軟骨から抽摂した関節の痛み等に効果の有ると言われている物です。
昨年の後半に始まった40肩(というのか50肩か?)の回復があまりにも遅いので、ある友人に話したらその「シャークのカートリッジ」に含まれる物質が良いと言われ試してみたのですが、僕には全く効果が感じられず、まだ半分は残ったままでした。

今日の告知の中にその商品を見つけて「だから全く効かなかったのでは、本当は僕の問題には良く効くのかもしれない」とも迷い始めた。
頭痛薬なら飲んで痛みが和らがなければ、医者に行かなければと思うか、この薬はなぜ効かないのだろうと考えるものですが、サメの軟骨から摂った薬なんて、半信半疑で服用するわけで、効果がなければ自分には効かないだけなのかなと考えて、何の疑いも抱かないものです。

で、実際にはその「イカサマ錠剤」には成分がほとんど入っていなければ、最初から効果なんて有るわけはなく、そしてそれを製造する会社は濡れ手で泡の暴利を貪れるわけです。
だいたい何の成分も含まれていない錠剤なんて、小麦粉か何かを練って作れば良い訳で、大量に生産すれば100錠単位でも製作費用は10円とかの単位だと思いますから。

今朝の新聞にはそれらの薬を買った薬局に持って行けば返金を受けられると出ていましたが、母がたまに飲む「Cod Oil 肝油」なんて何処の薬局で購入したのか記憶にも無いわけですが、返金してもらえばすむというものではなく、今まで飲んでいてちっとも効果が無いのに多少でもあったと錯覚して買い続けていた(母なんてかなりの歳ですから、本人は僕が飲みなさいと言うから飲んでるだけという状態)なんて、非常に腹立たしい限りです。

と、ここまで書いて昔日本にいる叔母のために買っていたリュウマチの漢方薬を思い出しました。
偶然母が日本に帰った時に叔母が服用している中国製のその薬を見て、ひょっとしたらシドニーの漢方薬の店の方が安く売っているのではと思ったのがきっかけで、僕が探してみると全く日本で売られているのと同じ物が見つかりました。

日本では一ビン確か5〜6000円で売られていたのですが、シドニーのチャイナタウンでは何と!たった350円ほどで売られていたのです。
そのあまりにも違う値段に僕は似たようなデザインの違う会社の物ではないかと思い、日本から空のビンを持って帰って来てもらったら、全く同一品でした。

母は大喜びでその店にあった在庫を総て買って日本に送りました。
その箱にはトラの絵が描いてあって、含まれる成分には「トラの骨」とあり、その異常なまでの値段の違いというかシドニーでの値段が安いので、本当にトラの骨なんて入っているわけ無い、いやもし本当に入っていたとしてもトラの骨が効果が有るなんてまさに迷信だと思っていました。

しかし叔母は喜んでるのだからと、半年後に最初に送った薬が切れた頃にチャイナタウンに出掛けたら、もうオーストラリアでは手に入らないというのです。
何と!トラは保護動物に指定されているからその骨もワシントン条約で輸入差止めになってしまったというのです。
僕は思わず吹き出してしまったものです。
そんな値段で実際にトラの骨等含まれているわけは無いのに輸入禁止処置を受けてしまったからです。

ところが日本ではどうやら本当のトラの骨が入っているから非常に高価なのだという事で販売されているようです。
まあ今回のオーストラリアの薬騒動とそっくりでしょ。
ほとんどの薬なんて(医者の処方箋を必要としないものは)そんなもんかも知れませんな。


2003年5月2日

昨日の日記に薬のリコールは1000近くに上るだろうと書いたら、何と本日の朝刊の追加発表には新たに700以上が告知されていて、まだまだ増えるとの事。
合計何千にもなってしまうようですが、なぜたった一社がこれほど多くの製薬会社のために大変な量(種類)の生産をしていたのかを考えると、オーストラリアの健康薬品及びその業界というのは、随分と怪しく危ない世界ではないかと疑い始めました。

大手から中小まで多くの薬品メーカーが下請けとしてこの一社に集中し、似たような医薬品を生産させていたわけで、察するところ中身は全く同じでも違うレーベルのビンに入れられて売られていたヴィタミン剤なんて、それぞれの会社によって販売価格が違うわけで、本当にしらけてしまいます。

そして健康薬品だけならまだ良いのですが、何とこの会社はかなりの量の風邪薬や解熱剤、頭痛薬なども生産していたようです。
これはかなり危ないです。
その上、現在も行われている調査ではそれらの風邪薬に使われる物質でスド・エフェドリンという成分が大量に紛失しているとの事。

これはじつは「エクスタシー」等の覚せい剤を作る原料になるもので、このような麻薬を密造する時に海外から(北朝鮮とか)原料が入手できない場合に、麻薬組織は大量に風邪薬を買ってこの成分を取り出し、それを元にスピードやエクスタシー等いわゆる「覚せい剤」を生産するのです。

現在はまだ調査中なので詳細はわかりませんが、この会社で風邪薬生産時に使用した量以上が紛失しているとの事で、えらく危ない世界に思えます。

今オーストラリアはこの話題で持ち切りですが、僕にはもう一つ気になるニュースが。
それはオーストラリアで最も知名度の高い(悪名ともいえる)ストック・ブローカーが有罪判決を受けたというニュース。
彼は自分の投資コンサルタント会社などを使って、インサイダー取引をやっていた件で有罪が昨日決まったのです。

じつは僕の昔の日記に、いなくなってしまった愛犬を見つけた方には、確か2万ドル(140万円以上)を払うというポスターを我が家の周りに貼った人として登場した事があります。
彼の息子と我が娘が同じ幼稚園に行っていたので多少の顔見知りでは有ったのですが、これほど成金趣味に徹した人も珍しいというほどの「オジサン」でした。

常に自分の顔写真を大きく使った広告で、投資者を募集しているのですが、必ず嫌味なほどごつい「金のネックレス」にでかい葉巻をくゆらせた彼が写っています。
確かに彼はオーストラリア有数の金持ちでは有るらしいのですが、とにかく彼の周りではきな臭い話が常に出てくるのです。
例えばモデルをやっていた美人の若い女性がある日シドニーのワトソンズベイに近いサウスヘッドから落ちて死んでいるのが見つかった事件があります。

警察は他殺と自殺の両方の線で捜査をしているうちに、彼女の元ボーイフレンドに容疑をかけます。
捜査を続けるうちに彼女が死んだ当日にその近辺をその元ボーイフレンドともう一人恰幅の良い中年のオヤジと3人で歩いているの目撃した人が入る事を掴みます。
この元ボーイフレンドは調べてみると今回有罪になったストック・ブローカーの運転手をしていたのです。
で、この目撃された恰幅の良いオヤジというのは容姿がストック・ブローカーにそっくりなのです。

しかし確たる証拠は無く、またこのオヤヂはオーストラリアの有力政治家との繋がりもあるために、警察はかなり慎重な捜査を続けていました。
ところがその元ボーイフレンドは警察の捜査が何度にも及ぶようになってきた頃に突然海外に出てしまったのです。
いまだにこの事件は解決がついていないのですが、このオジサンの事を知っている人たちの間には誰がやったかは皆知っているようです。

僕はある人から次のような話を聞きました。(これはあくまでも伝聞という事で)
この「オヤジ」には奥さんも子供もいるのですが、若い男が好きらしい。
つまりバイセクシュアルです。
だからいつも彼のお抱えの運転手は若いハンサムなモデルのような男ばかりである。(これは僕も自分の目で見た事があります)

で、このオヤヂとこの元運転手がただらなぬ行為をしている現場を、偶然この運転手のガールフレンドが見つけてしまった。
で、このガールフレンドはえらく腹を立てた。
で、メディアに発表するというような話に発展し、困ったこの「オヤジ」は彼女が自殺したように見せかけ、、、、、。

と、いう話ですが一昨年だったかの新聞の記事にもそれを匂わせるような事が書かれていました。
今回彼がインサイダー取引で有罪になったのは、アメリカの有名なギャング、「アル・カポネ」が殺人等の罪では証拠不十分でどうしても起訴できないで手を焼いていた当局が、最終的には脱税の罪で監獄送りにしたという話を彷彿すると言ったオーストラリアの友人がいました。
確かに何度も何度も黒い噂が出ても切り抜けてきたこのオジサン、とうとう今回は「お縄」になってしまったようです。


2003年5月3日

本日土曜日の日記はお休みいたします。
皆様良い週末をお過ごしください。

 


2003年5月5日

マルチカルチャー・放送局「SBS」で、日本の映画をやると女房が録画しておいたのを昨日の日曜日に観てました。
題名は「TABOO」とあり、監督が誰かさえ全く知らず、大して期待もせずに見たのです。
最初のタイトルに監督「大島渚」とあり、原題は「御法度」とありました。

浦島太郎の僕は大島渚監督は脳梗塞か何かで倒れたはずなので、これは随分前の作品をやっているのだと最初思ったのです。
しかしこれは僕の勘違いで、彼がリハビリに励みながら何年かぶりに作った作品というのを、見終わった後にウエッブサイトで知りました。

内容も予備知識無く見たので、イントロから「えっ、新撰組の時代劇?」なんて思ったのですが、ストーリーが進み始めると、随分とサムライ映画とは違う内容に思わず引き込まれてしまいました。
それは新撰組に入隊してきた若い隊士のホモセクシュアルがストーリーの骨子になっているからです。
新撰組とゲイ、いやサムライ映画とゲイってのもちょっと意表を衝かれた感じ。
思わず、なるほどSBSが選ぶわけだ、こりゃ〜ゲイの天国シドニーでは話題になる映画では、と。

この「意表を衝かれた」事が、僕にとって「つかみ」となったのか、最後まで飽きずに見る事が出来ました。
日本の映画を見ていると、タイト感が無いというか、だらけてしまう事が
しばしば有るのですが、そこはさすが大島監督と言うべきか。

で、この映画を見終わってから「ホモセクシュアリティー」について、しばしば女房と話が弾みました。
確かにこれは映画であるから「誇張(強調)」は有るかもしれないが、それにしても当時サムライの間で、あれ程男色が横行していたのだろうかと。
また日本人にもゲイの素質が多くあるのだろうかと。

ゲイの天国シドニーに住んで、昼間の喫茶店で男同士が手を握り合っていたり、往来を抱き合って歩いていたりするのを目撃するのは珍しくなく、ゲイ人口は全く日本との比ではないと思っていたのですが、これは僕が知らないだけでかなり日本にもあるのではないかと。

しかし、僕は中学から大学まで男子校に行っていたのですが、自分の体験として、または周りの噂として、級友達の間で同性愛が行われているなんて全く聞いた事も無かったのです。
僕が無知だっただけなのか、はたまた本当にそういう行為は少なかったのでしょうか。
または、日本では19明治頃までは男色は多く、徐々にそれを隠す風潮を為政者が創ったのだろうか。

唯一僕の記憶の中で思い当たる事をちょっと書いてみます。
それは僕が大学生時代「青山君」という僕より3歳ほど若かった男の子がいつも行くガソリンスタンドでアルバイトをしていました。
彼は小柄でナヨッとしている、とても美少年でした。
皆で、化粧をしたら「いい女」になれるぞ、「ピーター」みたいにとひやかしていたものです。
そう歌手(今は俳優?)のピーターは当時売り出したばかりだったのです。

その青山少年とは夏のガソリンスタンドでのアルバイトが終わると、会う事は無くなってしまったのですが、風の便りに六本木のゲイバー「ゲゲ」というところで働いていると知った時は「驚き」と、「やっぱり」という感じが同時にしたものです。
その「ゲゲ」というのは、その世界ではかなり有名なところらしく「ピーター」も東京に出てきてデビューするまではそこで働いていたらしい。

ただ、まだ若かった(20歳くらいだったか)僕にはそういう世界で働くような人間が自分の回りから出るというのがなかなか理解できなくて、その六本木にあったゲイバーに友人と青山君を見に行ったのです。
確かに彼はそこで働いていたのですが、僕らはそれを確認するとすぐに出てきてしまったと記憶しています。

ここまで書いてある事をまた思い出しました。
僕が「マッド・マックス」という映画を作って有名になった「ケネディーミラー」という映画会社に頼まれて、第二次大戦終了前にオーストラリアに有った日本人兵の捕虜収容所のリサーチをしてた時に、元捕虜の人達から、やはり収容所の中でそのような行為も有ったと聞かされました。
それにも僕はショックを受けたものです。
いえ、ホモセクシュアルを僕が否定しているわけではなく、今から60年近くも前に、特に捕虜となるのも恥だという「軍人訓」で教育された日本兵が、そのような環境の収容所内でホモ行為を平然と出来たという事に驚きを感じたのです。

オーストラリアではかなり若い男の子が教会の神父などの聖職にある者に性体験(同性同士の)を強いられる事件が後を絶ちません。
そう、レイプです。
ちょうど一昨日の新聞にはその神父が証拠不十分という事で起訴を免れ、いまだに「のうのう」と聖職の地位に居続けているという批判の記事が新聞を賑わしていました。

昨日、大島監督の映画を観ていろいろ考えてしまうのも、この「御法度」かなり良い映画だったからでしょう。

追記
ウエッブで調べたら、これは1999年12月の作品のようです。
主人公の加納惣三郎役は「松田龍平」とあり、なんと松田優作の息子さんらしい。
松田優作という俳優も僕が日本を出てからデビューした俳優さんなのですが、「家族ゲーム」や「ブラックレイン」を当地で見て、知っておりました。
若くして亡くなったらしいが、その息子さんがもうそんな年齢と言うのも感慨深いです。
土方歳三役のビートたけし、セリフがかなり怪しいのが、演技なのか下手なのか。(僕は俳優としては思いっきり下手だが、確かに個性はあると思って見ている) しかし、日本では「たけし」なんだから、と観てもらえる。
また海外では観客は日本語が出来ず、セリフは字幕で見るから上手い下手が分かり難い。
だから彼は結構評価されていると僕は考えます。
女房は「たけし」以外にもこの映画では登場人物のセリフ回しが、典型的なサムライ口調ではなく、とても新鮮であると思ったようですが。


2003年5月6日

オーストラリアというのは妙な国で、いまだに英国のエリザベス女王を冠に擁いています。

英国との経済的関係よりもずっとアジア諸国との方が重要視され、与野党問わず近隣諸国との関係に積極的なのですが、どうも永い歴史の中で築かれた絆は簡単には変えられないのか。

僕がここで何を言おうとしているのか。
昨日の日記にも少し触れた教会の神父が若い男の子に性的虐待をした件ですが、起訴されなかったためにその神父は相変わらず元の地位に留まっていると書きました。

普通ならとっくに弾圧され追放処分を受けるべきなのですが、それを妨げているのがガバナー・ジェネラルのPeter Hollingworth なのです。

このガバナー・ジェネラルとは、エリザベス女王の代理としてオーストラリアに派遣されて来ている(近年ではオーストラリア国内で選んだ人物をエリザベス女王の承認を得ている)役職を言います。
何と(悲しい事に)このガバナー・ジェネラルはオーストラリアの元首の首を挿げ替える権利さえ持っているのです。
これは形式上でオーストラリアの首相の首を飛ばす事は無いと思っていたオーストラリア人は、1975年に時の首相であるWhitlam を辞任に追い込んだ時には、かなりのショックを受けたものです。

その時以来多くのオーストラリア国民がコモンウエルス(モナキー)制度に疑問を抱き、多くの批判が噴出したのものです。

さて、ここ数日オーストラリアを賑わせている問題は、英国系協会の神父が起こしたこの事件でこのガバナー・ジェネラルがオーストラリアの世論を全く無視して、擁護しているのです。
その上始末が悪い事に現在のオーストラリア首相までがこのガバナー・ジェネラルにべったりであると言う事なのです。

新聞の世論調査ではオーストラリア国民の76%がこれに不満を持ち、このガバナージェネラルへの給与(そう、英国女王の代理人なのにオーストラリア政府が給与を払っているのです)を差し止めるべきだと言っています。

1975年のWhitlam 首相の首を飛ばした時以上にオーストラリア国民はこのガバナー・ジェネラルを換えてもらうべきだと思っているのですが、僕から見るとガバナー・ジェネラルなんてオーストラリアにとって全く必要のない存在なので換えてもらうよりも、もうお引取り願った方が良いと思うのです。

昨年だったかに行われた国民投票でコモンウエルスから脱皮して共和制に移行へと期待したのですが、たった2%(49%対51%だったか)で共和制が実現しなかったのです。
今回76%もの国民が不満を持っているのに不思議な話ではあります。

例えば韓国と日本の関係が英国とオーストラリアみたいだったとして、日本天皇の代理人が韓国に駐在して、韓国の大統領の首を飛ばしたり、韓国で布教している日本人僧侶が事件を起こしても、擁護したりなんて考えられないでしょ。
オーストラリアは英国の植民地と何処が違うのかと思うほど。
相変わらずイギリス系出身のオーストラリア人が多くいるという証でもありますが。

しっかり僕はしらけております。


2003年5月7日

昨晩SBS(テレビ局)でやっていたアメリカのドキュメンタリー番組「サイバーウォー Cyber War」を大変興味深く観ました。
「911」テロ事件のような視覚的インパクトは無いものの、サイバーテロによりアメリカが被っている経済的損失はそれ以上であるとの事。

そして911事件よりも前から深刻な被害をアメリカに与えているとの事。
アメリカの軍事機密などもかなりハッカーにより盗まれているらしいが、問題なのはアメリカの政府の対応が後手に回っているとの事。
多分日本政府の対応はもっと悲観的かもしれませんが、アメリカの政治家は僕が考えていた以上に、この深刻な問題を理解していないようです。

番組ではクリントン時代から政府のセキュリティーの要職にあった人物が登場して多くの問題点を指摘していましたが、その中で僕が一番驚いたのは「マイクロソフト社」のOSを使用している限り、セキュリティー問題はついて回る、まったく安全保障上危険極まりないソフトであると指摘していた事です。

勿論アメリカとしてはウインドウズを自国産のOSとして使用しているわけですが、セキュリティーがいい加減のまま市場に出してしまうマイクロソフト社の姿勢など、元アメリカ政府の役人とは思えないほど厳しく(正確に)批判していました。
例えば我々一般のコンピューターユーザーでさえおなじみのコンピューターウイルスの多くは、すでにこのサイバーテロの手段として多くの被害を与えているのです。

番組では「CODE−RED」、「NIMDA」 など世界で蔓延し有名になったウイルスはアメリカへのテロ行為のために製作されたと、実際の被害内容(被害額)を挙げて説明していました。
「CODE−RED」の場合はホワイトハウスの情報網を麻痺させるために世界中の一般ユーザーのPCに入り込んだウイルスが、ホワイトハウスに向けて一斉にメールを発信させるようにプログラムされていたのは僕も知っていたのですが、「NIMDA」の場合ウォールストリートに巨額の被害を与えたというのは知りませんでした。

イラク戦争のように武器(ハードウエァーと言うか)を使った戦争には熱心なアメリカ大統領ですが、サイバーテロへの対応は非常に心もとないとの事。 武器を使った戦争の方が、軍事産業から喜ばれるからというのは間違いないところですが。
しかし実際にアメリカ経済に与えている影響は、アルカイダやビン・ラーデン達が起こした事件よりよっぽど深刻で、また将来的には多くの可能性を示唆していました。
例えば全米の電力はいまや総てコンピューターで制御されているとかで、その集中制御するコンピューターに入り込んで(ハッカー)一斉に送電を止めたり、発電装置を狂わせたりもまことに簡単なのだそうです。

これらのオペレーションがマイクロソフト社の基本OSを使っている限り、ハッカーからの進入には非常に脆いとかで、これはアメリカだけでなく日本も同じ事。
最近日本の政府でも多少その辺の事に気が付いて、オープンソースのOSの導入を検討始めたそうですが。

これまでもアメリカ政府を攻撃の目標としたウイルスやハッカーたちは現在までの調査ではほとんどがロシアにあるホストコンピューターから送られて来ている。
ところがあまりにも経路が複雑なので、その犯人が実際にロシアにある組織からとは一概に言えず、じつは正体をくらますために他の国からそのロシアのコンピューターを通している可能性もあるかも知れないとの事。

いや〜、なかなか興味深い番組でした。
未来のテロはこういう形が増えていくでしょうな。


2003年5月8日

キッチンを改造した折に、水道水の濾過装置を設置したのは今から10年程前のことです。
この濾過装置(ウォーターフィルター)はアメリカ製でなかなかの高性能、以下の写真のごとく3本のフィルターが濾過した水を5リッターほどのタンクに貯めるのですが、このタンクを満たすのに6時間がかかります。
それ程ゆっくりと完全に水を濾過して、汚れの無い飲み水を作ってくれているわけです。

先日その濾過装置をオーストラリアで販売する会社から手紙が来て、我が家の装置はすでに10年を過ぎているから新しい装置とそっくり交換する事をお勧めしますとの事。
美味しい水には満足しているし、3本あるフィルター自体は定期的に交換しているので、僕としては装置を総て新しいのに交換する必要を感じられず、そのままにしていたらセールスから電話がかかってきた。

どうせ売上を伸ばすためのテクニックではないかと思ったのだが、話を聞いていたら水を貯めるタンクの老化や、フィルターが取り付けられている部分から水漏れが起こる可能性も有るとの事、その上現在使用しているのを下取ると言うので、注文したのです。

さて、ここは「オーストラリア」、取り付けに来る日を指定してきたのですが、朝の7時に来ると言う。
そう、オーストラリアの職人さんは早起きなのです。
え〜、そんな朝早い時間に来られたら朝食の用意とかも出来ないしと、もう少し遅く来れないかと言うと、その日のその時間が都合が悪ければ来週になってしまい、今のところ何日になるか分からないと言う。

仕方が無いので朝7時を承諾したのですが、やっぱりと言うか当日の朝電話が入って、交通が混んでいるから遅れるとの事。
時間通りに物事が進まない国なので、朝7時と聞いた時にはしぶしぶ承諾したのですが、ゆっくり朝食の準備も終わった頃にやって来ました。

で、古い方を外して、新しいのを取り付け始めたら、その職人が「部品が足りない」と言うのです。
新しい装置の箱を空けたら入っている部品の一部がないというのです。
彼曰く「誰かがその部品を取ってしまった」のではないかと。
新しい装置のはずなのにすでに誰かが開けたりしているというのも不愉快なのですが(特に水の濾過装置なんて)今日は古い方の装置からその足りない部品を使って応急的処置をして帰るとの事。

で、その部品を持ってまた明日戻って来るとの事。
明日は用があるのだがもし時間通りに来れるのなら、どうせその部品を取り替えるには10分もかからないと言うので承諾しのが昨日の事。
午前11時に来る約束で、僕は11時半には出掛けなければならないのに、またまた「オーストラリア・ペース」11時を過ぎても現れないので、直にその会社に連絡。
出た受付嬢は「今もうお宅に向かっていますからすぐ着きます」との事。

ところがこれが全然着かないのですな。 
結局11時50分になって来たのは何と昨日とは違う職人。

いや〜な予感がしたのですが、案の定持ってきた部品は全く違うものだったのです。
そう、僕は約束に遅れる程待ったのに来てみたら、全く役に立たない部品を持って来てしまい待っていた甲斐が全く無い。
とホホでしょ。

僕はすぐ出掛けなければならないので、即座にお引取り願ってまた来週にでもちゃんとした部品を持って出直してもらう事にしたのですが、そういう事で支払いはしていません。
オーストラリアで支払いをしてしまったら、ちゃんとした部品を持っていつ戻って来るか判りませんから。
と、ここまで書いてひょっとすると昔のテレコムみたいに戻ってこないかもしれないと思い始めました。
つまりこのままずっと戻って来ない、で僕は支払いをしないという図です。

と言うのもこの家を買った時に(今から16年も前です)親と僕らの電話回線が二つあり、それをまとめたコマンダーシステム(どの部屋からも両方のラインを受けられる)にしたのですが、その機能の中に門に取り付けたインターコムも電話の受話器で応対出来るのがあったのです。
当時はまだテレコムが民営化される前の話です。

ところが最初に取り付けに来た工事人は今回のように部品が足りないとかで、インターコムだけは使えないまま帰っていったのです。
翌週戻って来たのは別の職人さんでしたが、どうしても門に来ているラインを電話と接続出来ないというのです。
我が家にはすでに古い型のインターコムがあってそのラインを使って出来るはずなのに、どうしても接続できないのです。
で、また戻って来ると言ったまま二度と現れなかったのです。

僕は工事が完了するまでは支払いはしないと言ったのですが、そのまま一月以上もほうって置かれたので困まってしまい、とうとうプライベートの会社に依頼し、自費で接続させ使用できるようにしたのです。
テレコムからは一向にその後連絡は無く、もし支払い要求をして来たら、その僕の雇ったプライベートの会社への支払い分を差し引いて払うつもりだったのですが、結局何も無いままテレコムは民営化されて、結局16年経った今も請求書は来ていません。
すごい国でしょ。
今回の濾過装置も下手するとそうなる予感が。

さて、新しい濾過装置の水を飲んで大いに驚いた事が。
まるで味が違うのです。
我が家に来る友人達も我が家の水は美味いと言い、引っ越して行った我が娘は相変わらず空のボトルを持って来て、水を持ち帰っていたのです。
ところが今回新しくしたら水の味が全く何も無いというか、蒸留水のようなのです。

じつは10年以上も前に濾過装置を取り付けた時の水の味をすっかり忘れてしまっていたのです。
考えてみると最初に設置した当時、確かのこのような味だったのです。
ではなぜ美味しく感じるようになっていったのか。
それはどうやらこのタンクのせいではないかと。
つまり10年以上も経ってタンクの内部表面に変化が起こり、水に味をつけ始めていたのではないか。
これってひょっとすると結構怖い事ではないのか。

せっかくこのような装置で水を濾過しても、貯めておくタンクが古くなってくると、水に溶け出して濾過した意味が無いのではないかと思い始めたのです。
やっぱり、今回装置を新しくして正解だったのではないかと。

以下が流し台の下の取り付けてある濾過装置。
我が家では最近ヤカンを新しくしたので、水に不純物が混じっていると一目瞭然。
今回装置を取り付けた時にすぐに水が貯まらなかったので、水道の蛇口から直接水をとって沸かそうとしたら、やはりと言うかかなりの不純物をが入っていました。
これもちょっと怖いですな。 ちなみにシドニーの水道水は旅行社の人も安全に飲めるものの筈なんですが。

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流し台の下に取り付けられたろか装置。
手前に見えるのが水を貯めるタンク。 奥に見えるのが濾過器、3本の筒状のフィルターが並んでいます。
右は最近気に入って使っている電機ケトル(ヤカン)。
ボディーの部分が総てガラスなので水にゴミ等が混じっていても一目瞭然。


2003年5月9日

水曜日の晩に女房のご贔屓の芝居小屋「ベルボア− Belboir」に行きました。
その日の「出し物」について全く予備知識の無かった僕は、何の劇だろうと思っていたら、全く予想が外れて、いわゆる芝居ではなかったのです。

ところがこの「出し物」に大変感動したのですが、どう書いて良いやらなかなか整理がつかず、昨日の日記に書くつもりだったのに別の事を書いてしまったのです。

二日程経てば少しは上手く書けるかと思ったのですが、いまだに迷っています。
そこでその「出し物」について少々説明します。

観客が席に着いて、真っ暗な舞台に一つのスポットライトが灯り、そこには僕と同年代の男が立っていました。
外見は東洋系、最初日本人かと思ったのですが、中国系のオーストラリア人でした。
彼の名前は「ウイリアム・ヤン」オーストラリアでは割と知られた写真家だそうです。
彼は全く「中国人訛」の無いとても綺麗な英語で、ゆっくりゆっくりと喋り始めました。
と同時に彼の後ろの二つのスクリーンに19世紀後期頃に撮影された写真が映し出されました。
その写真には年老いた中国人の女性が写っていました。

彼にとって祖母にあたるその女性の写真から、その晩の彼のステージは始まったのです。
彼の喋り方は非常にジェントルで、まるで詩を朗読しているかのごとく。喋り出して間もなく彼がゲイであることは察しがついたのですが、実はそれから2時間に渡る彼のトークには彼がホモセクシュアルであるというのが重要な要素として絡んできます。

その祖母の写真から始まった彼のルーツ、19世紀の後半にオーストラリアに移民してきた彼の祖先についての話と、同時に後ろのスクリーンには多くの写真が映し出されていきます。
時として彼自身の多くの作品(人物写真、オーストラリア、中国、アメリカの風景などなど)が映し出され、またBGMも入るときがあります。

その晩のの出し物は主に4つあるプログラムの中の一つらしく、主に彼のルーツやアイデンティーについてが基調になっていました。
ほとんどの(白系)オーストラリア人達よりも前(19世紀)にオーストラリアに移住して来ていながら、いまだに「中国人」と言われる事、彼の子供時代に受けた人種差別、彼がゲイであるがための差別、など等をほとんど感情を表に出さない喋り方で進んでいきます。
彼のほとんどの親戚達は非常にスクエアーで彼がゲイであるという事に対する種々の反応がより興味深いものになっています。

多くのオーストラリアに住む彼の親戚、アメリカに移り住んだ彼の姉とその家族等等、主に人物を撮影した写真が登場し、あっという間に2時間が経っていました。
素晴らしいパフォーマンスでした。
とりわけ僕にとって興味深かったのは、彼が同じアジア系であること、そして彼がゲイである事を最も快く思っていなかった彼の姉がアメリカで日系4世と結婚し、ハワイ生まれのその祖父(日系2世)の事やその子孫達のアメリカでの生活。

彼の話では今や誰も日本語は喋れないのに、写真に映し出された親戚一同で祝う正月には、オーストラリアに住む僕よりもトラディショナルな「おせち料理」が並んでいるという、日本から戦前に海外に移住していった日系人の生活のある種の典型を見る事はとても興味深いものです。

この彼もそうですが海外で生まれ、英語しか喋れない二世三世達ほど自分たちのルーツとして先祖の出身国に興味を覚えるようです。
僕の日記にしばしば登場する、PC屋のジョンは10年程前に香港からオーストラリアに来たのですが、香港育ちのジョンは彼らの事を「バナナ」と形容します。

「バナナ」とは外側(皮)は黄色(アジア)で中は白(白人)いと言う意味です。
しかしそのバナナ達の方がよっぽど祖先の国のトラディションを大事にしてたりするんですよね。

なんかここまで書いても、僕が受けたその晩の感動を上手く書けていなくて、歯がゆく感じております。
早速友人達にも是非見に行くように勧めてしまいました。
下手な文で説明するより百聞は一見にしかずですから。

 


2003年5月10日

本日土曜日の日記はお休みいたします。



2003年5月12日

土曜日、日曜日と週末は珍しく親孝行をしておりました。
そう、「母の日」だったので、リクエストにこたえて。
まず土曜日はシドニー北部キラーラ(Killara)にある日本人の方がピアノ等を教えている(らしい)音楽教室での音楽会。
題名は「日本の名歌とオペラアリアの夕べ」というもので、日本から来豪された二人の女性歌手とピアニスト及びヴァイオリニスト(両名との女性)が「荒城の月」や「浜千鳥」、童謡の「夕焼け小焼け」や「七つの子」等の日本の歌を歌った後、第二部はイタリア民謡や、オペラ アリアスで数曲。

僕はこのようなコンサートが大の苦手、特に日本の歌の中でも「中国地方の子守唄」なんてのを歌われた時にはどうしようかと思いました。
なぜなら僕は物心がつく前から、こういうメロディーが大の苦手で、母に言わせると子守唄を歌ってやっているのに嫌がって、寝ようとしていても泣き出したそうです。
特にそのような子守唄や童謡をオペラ歌手が歌うのを聴くのは好きではない。

その上80人ほどのお客のほとんどが日本人で、普段日本人とお付き合いの非常に少ない僕にはオーストラリアでこれ程の数の日本人の中にいると違和感というか緊張感というか非常に居心地が良くない。
しかし「母の日」、観念してコンサートの後も母の友人達(日本人です当然)と一緒に夕食を。

母の友人達と言っても、なぜか彼らは僕と同じような年代です。
母は今年80歳になったのに、自分の子供達のような年代の人達に非常に良くして頂いていて、その点はとても幸せ者です。
ほとんどの方が日本に親を残してオーストラリアに住みに来ているので、自分達の親に孝行するつもりで我が母の相手をして下さっているのかしらと、ビックリするほどしばしばお誘いがあります。

さて母の次のリクエストは、日曜日に父の一周忌も近いし是非お寺に行きたいと言う。
前の日記にも書いたようにシドニーに我が祖先の宗派(浄土真宗というのらしい。 僕は全く興味無し)のお寺と言うのか出張所があるのです。
そこで昨日5月11日に親鸞(浄土真宗の開祖)の生誕を祝う集まりがあるとの事。

これも行きたくなかったんですけど、「日本の名歌」ってのよりはまだ気楽かと思って出掛けたら、いきなり本を渡されて皆が歌い始めた。
僕がおぼえている限りお寺でテープから流れる伴奏で皆が歌を歌うなんて聞いたことが無い。
最近はこのような古くからある日本の仏教も変わりつつあるのか。

で、ビックリするほど数少ない出席者を見ると、なんと日本人は我々を入れて5人だけ、オーストラリア人のほうが多いくらい。
で、そのオーストラリア人の信者が凄い熱心で坊さんと一緒にお経を唱えているのです。

土曜日は日本人がオーストラリアで日本の名歌の後、イタリア民謡や、オペラを歌って(少々だったがオーストラリア人も含む)我々に聴かせ、日曜日はオーストラリア人がお経を唱えて日本人の僕が聴いていたと言う、オーストラリアならではのなんとも不思議な週末でした。


2003年5月13日

今日は朝から激しく雨が降っています。
昨年の10月から今年の3月までほとんど雨が降らず、干ばつを心配していたのですがここ一ヶ月ほどは週に半分は雨が降っています。

しかし皮肉な事に水道水用の貯水地域では雨が降らず相変わらず水が下がっているとの事。 困ったものです。

さて先日に起きた製薬会社の問題はその会社が製造したほとんどの薬の解明が進み、一段落しております。
もうこれ以上は無いだろうと思い、我が家にもあった2種類の薬を持って最寄の薬局に行ったら、全く何も聞かれずに、全額返金を受けました。
購入した店でしか返金は受け付けないのかと思っていたのですが、いまやオンライン時代、何処に持っていっても定価通りの金額を返してもらえるようです。
はっきりした記憶ではないのですが、なんか買った時より多く返金してもらったような気が。
ひょっとしたら、購入した時にはセール価格で、今回は標準小売価格を全額返金なのかもしれません。

一昨年だったか日本で輸入牛肉を国産和牛だと偽って販売していたスーパーが返金するという事になって多くの人が押しかけ、レシートも無いのに何十万円も返してもらったってのがありました。
今度のオーストラリアの問題は似たようなケースですが、さすがに返金してもらうのにはレシートが無くとも薬の容器やビンを持参しないと無理なようです。
日本での肉騒動の時にちょうど僕は日本にいてテレビニュースを見ていたのですが、絶対にスーパーに来て肉なんて買いそうには見えない暴走族風のオニーチャンが大きな怒鳴り声を挙げて店員をつるし上げ、何十万円も頂いているのを見て、さすが日本的ヒステリアだと思っておりました。

さて話は変わって、とうとうシドニーでは幹線道路を除き総て制限速度が50キロになるようです。
我が家のある地区ではすでに50キロは導入されているのですが、シドニー総てに適用されるようになるとか。
はっきり言ってオーストラリア人はかなりスピードを出す、つまり制限速度を守らないのが多いので、僕は大賛成です。

ポリスもとてもいい加減なので、60キロの道を70キロくらいで走っていても捕まえるなんてまず無いのではないかと。
幹線道路ならともかく裏道で70キロで事故った場合はかなり大きな被害が出るものです。
で、裏道でも平気で70キロ近く出しているのを見ると子供や赤子を乗せた主婦ってのが本当に多い。

先日も友人の奥さんがスピード違反で捕まったとぶーぶー言っておりましたが、停車させられた時にな捕まったか分からなかったと言う。
つまり自分で制限速度をオーバーしているスピードで走っているという意識が全く無い、またはスピードメーターを見ない。
これは下手な証拠で、若気の至りでぶっ飛ばしていて捕まると言うのと全く違うのです。
つまり自分の出しているスピードを認識していないから、いきなり横から車が飛び出してきて急ハンドルを切ったリ、急ブレーキを踏んだ場合に、どのように車が反応するなんて全く分かっていない。

ここまで書いて昔やはり日本人の奥さんが起こした事故を思い出しました。
その時には死者は出なかったものの、あまりにも大きな事故だったので、病院での治療等(通訳)に僕に助けを求めてきたのです。
駆けつけてみたら何と横から飛び出してきた車(加害車)を運転していたのも日本人の奥さんだった。
両方とも同じ駐在員の奥さん。
そして両方とも、オーストラリアで免許を取得したという最悪なパターンでした。

幹線道路を(僕の予想では)80キロは出していて、左の細い道から車が飛び出してきて車の横(後部ドアのちょっと後ろ)に当たったのです。
当てられた車は弾みで、左に向きを変えあっという間に電信柱に衝突したのです。
奥さんはエアーバッグが開いたので、命が助かったのですが、後ろに乗っていた子供(10歳)はシートベルトを(3点式ではない)していたのですがあまりの衝撃でシートベルトを支点に体が前に強くのめり脊髄を損傷し、腸なども数箇所にわたって裂けてしまったのです。
随分長く入院していた娘さんは後遺症も残り、悲惨でした。

制限速度を日本ほど厳しくするのも息が詰まりそうですが、オーストラリアでの今回の処置は本当に必要と感じます。
何しろ今までの制限速度60キロというのも、60キロで走るというよりも60キロまでのスピードで、状況に応じて安全な速度で走るという「個人の裁量」に任せるという考え方だったわけですが、やはり今回の処置は致し方ないかと。


2003年5月14日

本日も朝から土砂降りの雨で、昨日から何度もプールの水の排水をしています。
プールの水が溢れるのも随分久しぶりの事です。
さて、最近は物忘れが酷くなって、日記に書こうと思っていた事をキーボードに向かった時には忘れてしまっているなんて事がしばしば。
先日の日記に大島渚監督の映画「御法度」をテレビで観たことを書きました。
そしてその後、ロンドン時代に観た大島渚作品「愛のコリーダ」についても書こうと思っていたのにすっかり忘れてしまっていました。

この「愛のコリーダ」検索で調べたら1976年作品とある。
もう27年も前になるんですね〜。
ひょっとしたら若い人でこの作品のこと聞いたことも無いって、多いのではないかと思うので、少々解説を。
これは
1936年(昭和11年)小料理屋の店主石井吉蔵42歳を殺害した同小料理屋女中の阿部定(さだ)31歳は、被害者男性の局部を切り取って所持したと言う事件が起きた。
つまり不倫の末の殺人で、その上「安部定」が捕まった時に大事にそのイチモツを所持していた事から、大きな話題となった事件でした。

「愛のコリーダ」はこの実際に起きた猟奇事件を題材に「性愛」を描いた作品だったのですが、主演の藤竜也と松田映子のセックスシーンで、本当の性行為が入っており話題になった作品でした。
僕は当時ロンドンのノッティングヒルに有った劇場で最初見たのですが、その時代には英国でも性行為で性器を見せる事は禁止されていて、カットされている部分と、今なら「ぼかし」でしょうが異常にそのシーンを暗くして、よく見えないような編集がされていたのです。

ロンドンとパリとはシドニーとメルボルン、日本でいえば東京と大阪というような距離感覚だったので、年に数回はロンドンからパリに出掛けていました。
友人等は毎月のように出掛けて、その度に酒やタバコをタックスフリーで仕入れてくるので、安いパリ行きの交通費等それで浮いてしまうよ、なんていうほど近い外国でした。

パリでは(この映画は一応日仏製作とある)全くのノーカット版を上映していると聞いたので、僕もパリに出掛けた折に見に行きました。
英国、フランスと日本の映画が同時封切りというのは非常に珍しく、それだけ話題になっているのだとは思いましたが、パリの小さな劇場に入ってみるとガラガラでした。(もう封切りから大分経っていたからかも)

で、映画が始まって10分ほど経った時に、斜め前の非常口のドア−が静かに開いて「ごそごそっ」と10歳ほどの年齢の男の子が二人忍び込んできたのです。
当然この映画は成人映画ですから彼らが入場できるわけは無く、しかしこの「ませたガキども」は、セックスシーンがあると知って裏口から忍び込んで来たのです。

で、頭を低くしてさっと僕の席のまん前に座ったその二人は、背もたれよりも頭を低くしてセックスシーンをクスクス笑いながら観ていました。
「ったく、フランス人のガキはませているんだから、それにしてもまだ小学生の分際でこういう映画は」なんて僕はそっちの方に気を取られていました。
ところがです、映画が終盤に入ってセックスシーンから主人公の定が、包丁で「イチモツを切り取るシーン」になり、その部分がアップで大量の血が流れ始めたら、そのガキども僕にもはっきり聞こえる「ヒエ〜」という悲鳴をあげてその非常口から逃げるように飛び出して行ったのです。

想像するに、この映画ではセックスシーンが見えるらしいと聞いたガキどもが、まさかこんな展開になるとは知らず「クスクス」声を押し殺して笑って観ていたのが、このシーンで恐れおののいて脱兎のごとく逃げ出して行ったと思うのですが、僕はすでにロンドンで一度見ていたので、逆にこのシーンが始まったらガキどもはどう反応するだろうかと思いながら観察していたのです。
それにしても、彼らの反応が想像以上だったので思わず笑い出してしまいました。
やはりいくらませていてもガキだったのだと。
またヨーロピアンには血が流れるシーンには弱いという面もあるようですが。

それにしてもフランスの子供というのは(当時の感覚では)随分ませていましたな。
ある時フランスからロンドンに帰る飛行機にフランス人小学生のグループ(30人ほど)が乗り込んできたのですが、飛行機が離陸して禁煙のサインが消えたら、なんとその3分の1ほどの小学生がタバコを吸い始めた。
引率の先生もいるのに、もう全然関係ないといった顔で。
これにはビックリ。
あまりにも平然と吸うので、フランスではどうやら子供の喫煙が禁止されていないんですかね。


2003年5月15日

今日も朝から雨。 時より雨脚が激しくなって、降雨量もかなりなものなのですが、相変わらず飲料水の水源地がある地域(少々内陸部です)では必要量は降っていないとの事。
それにしても、干ばつが長く続いた後には雨が嫌って言うほど降る、典型的なシドニーの気候です。
特にシドニーの街は外洋に近いので、内陸部と比べて降雨量は多いのですが、今年はその差が顕著のようです。
これも地球温暖化やエルニーニョが原因なのか。

先日もそのシドニーの気候の話をオーストラリアに住みに来て5〜6年程の日本人と話していたら、「ここのところ急に寒くなりましたね。 シドニーって秋が無くて夏からいきなり冬になってしまうように感じます」との事。
確かにたった一ヶ月前と比べたら温度の変化は大きく、寒くはなっているのですが、に本の冬と比べ様も無いほど温暖な冬です。
その時にその日本人はオーストラリアに住みに来て一番残念なのは日本みたいな秋が感じられないとの事。
彼にとって一年で一番好きな季節は「秋」なのだそうです。

逆に僕は「秋」が嫌い。 夏休みが終わって毎日のように続いていた「うだる」ような暑さの日にちょっぴり秋風が感じられる季節は、夏休みの終わりでもあり、8月31日生まれの僕は自分の誕生日なのに、溜まり放題の夏休みの宿題に頭を抱え、秋の到来を恨んでいたものです。

日本にいた時の思い出はやはり「春」。
寒い長い冬が終わって、暖かくなり始め「桜満開」の春が一番好きでした。

さて、先日の日記に書いた、英国女王の代理「ガバナー・ジェネラル」の問題、一応(裁判の)結論が出るまで、一時的に任務から退くという事になったようです。
実は先日の日記には書かなかったのですが、この「ガバナー・ジェネラル」自身がレイプ問題で起訴されているのです。
彼が有罪か無罪かは非常に微妙なところで、先日の日記にはあえて彼自身の問題よりも他の(同じアングリカンチャーチ系)牧師のレイプ事件に対して、ガバナージェネラルが「目を瞑って」いる問題を書きました。

彼自身の問題というのは、今から35年も前に彼が牧師をしている時代に若い女性に強制的に性行為をしたというものです。
最近になってこの被害者の女性が訴訟を起こし話題になっていたのです。
オーストラリアで起きた日本人女性のレイプ事件で、被害者のために何度か訴訟に持ち込んだ経験のある僕から見ても、35年も経ってからなぜ今ごろになってと感じていました。 
しかし最近になってこの訴訟を起こしていた女性は自殺してしまったのです。 (遺族がそのまま訴訟を継続している)

この辺も合わせて考えてみると、やはり今回のガバナー・ジェネラルへの処置は当然であると思います。
ガバナージェネラルが他の有罪になった牧師をかばって何の処置も取らなかった時の発言内容も、レイプなんて大した事ではない、「まあ男だからしょうがない」というような態度だったらしく、それを聞いて僕も大いに驚いたものですが、彼自身もそういう犯罪に走っていたとしたらそのような発言が出ても不思議ではないかなと。

それにしてもなぜこれほど教会の牧師が「性犯罪」に走るのか、驚くべき事でもあり不思議にさえ感じます。
女房に言わせると、伝統的に(特に若い男の子相手の男色)そういう事は行われていたのではとのこと。
今回のガバナージェネラルの問題は、WASPの恥部をすっかりさらけ出しております。

 


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