2004年5月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年5月3日
水泳界のスーパースター、「イアン・ソープ」が400メートルにも出場できることになったというニュースは日本でも報じられた通りです。
選考会を二位でフィニッシュし、出場資格を獲得したクレイグ・スティーブンスが出場を辞退したからですが、これについては僕の大分前の日記にもすでに書きました。
しかし、クレイグ自身からの正式辞退発表は4月日26日まで持ち越されていたのです。
本人が意思を表明していない時点ですでに、オーストラリアの水泳界やマスコミは、クレイグが辞退した場合に、イアン・ソープが代わりに出場の権利を獲得できるのかどうかの正当性など、多くの議論が巻き起こり、もはやクレイグが辞退するのは当たり前のような状況を作り出していました。
オーストラリアの水泳連盟の要職にある人物など、クレイグがまだ何も発表していない段階から、「今回彼が辞退するなら、それをマスコミに発表して収入を得る権利がある」などというようなことまでをマスコミに話したりで、クレイグにとっては大きなプレッシャーになっていたのです。
その意味でもイアン・ソープの失格事件というのは罪作りだったと考えます。
結局クレイグは、その発表をチャンネル7と独占契約を結び、辞退を発表し、今回の事件についての心境などを番組の中で語ったのですが、その報酬は13万ドル(日本円で1000万円ちょっと)と言われております。
翌日の新聞には「It's Your race, Ian, at $325 a metre」と出ておりました。
つまりクレイグへの報酬13万ドルを400メートルで割ると、1メートルあたり325ドルになるということなのですが、なんとも皮肉っぽいというか。
金のために辞退したのでは無いのは誰の目にも明らかなのに。
クレイグはインタビューの中で「自分の人生の中で最も難しい選択だった」と。
決定するまでには多くのストレスを受けたとも言っておりますがしかし、最終的に400メートル出場を辞退しイアンに権利を譲ったのは自分自身の本心からの決定だったとの事。
それが事実なら良いのですが、2週間も前からすでに「クレイグは辞退する」と、まるで決定されたかのような報道や水泳連盟の言動はちょっとやり過ぎでしたな。
前の日記にも書いたようにこれでイアンソープが「金メダル」を取れなかったら、皆思いっきりしらけるでしょうな。
ところでクレイグの場合は800メートル(4X200m)リレーや、1500メートル自由形の出場権利も持っているので、辞退してもオリンピックには行けるわけですが、これが唯一の種目だったらやはり辞退はしていないでしょう。
今回テレビ局からもらったという金額についても非常に微妙です。
つまり13万ドルが妥当だったかどうかと僕は考えています。
一生に一度のオリンピック出場のチャンスを辞退するなら、誰も13万ドルでは手を打たないだろうし、しかし水泳選手ってよほどの大スターで無い限り、いくら金メダル取っても生活が保障されるわけではない。
水泳選手やめたらコーチ業くらいしか水泳関係で食っていけないわけで、この辺も非常に微妙です。
もしこれがサッカー等のスポーツならその後プロに転向して充分食っていける可能性があるので、たった13万ドルのために辞退なんてまずしないだろうし。
僕がアーチェリーの練習に行くリバプールのクラブに現在まだ14歳の少年がいます。
非常に優秀で、ゆくゆくはオリンピックに出たいと考えています。
しかし彼のコーチ(イタリア系移民です)は、学校の勉強が一番重要だ、アーチェリーで金メダル取っても食っていけない、勉強がおろそかになるなら、アーチェリーを辞めろと常々言っております。
特にもしこの少年がオリンピック強化選手に選ばれると、キャンベラにあるAIS(Australian Institute of Sports)という所によばれて、親元を離れ学校もキャンベラにある地元の学校に通いながら、訓練を受けるのですが、これは本人の意思でキャンベラに行かなくとも良い。
先日一緒に練習している時に僕は彼にキャンベラに行くのかと聞いてみました。
「キャンベラに呼ばれるのはとても栄誉名事だけど、、、、」とその後が出てきません。
横にいたそのイタリア系コーチが、「キャンベラなんて行かなくていい。 行ってアーチェリーだけうまくなっても、それで将来食っていけないんだから」なんて言っております。
そうオーストラリアでは「タレント」という(英語では)意味不明の職業が無いんですよね。 日本のように有名スポーツ選手は引退すると決まってテレビタレントになり、スポーツとは全く関係ない番組に出て「金を稼ぐ」ってことがまず皆無に近いです。
たまに引退後もテレビコマーシャルに出たりというのは見かけますが、何しろテレビ局や番組の絶対数の少ないオーストラリアではそれで充分食っていけるという事にはならないわけです。
そのイタリア人コーチの話を聞きながら、僕はその意見も判るが、やはりある分野で(それが例えスポーツでなくとも)世界を極めるという方がずっと魅力的に思えてしまうんですよね。
追記。
2004年2月12日及び、2004年3月16日の日記に書いた射撃の「マイケル・ダイアモンド」選手、結局その後3度にも及ぶ2位の選手とのシュート・オフに勝ち抜き、オリンピックの切符を手に入れました。(詳細はその日の日記を)
選考会で2位に入り。一旦はオリンピック行きが約束されていた選手は、これを不服として訴訟に持ち込むようです。
で、ダイアモンド選手曰く「その訴訟で決定がひっくり返ったら」今度は僕が訴訟するだけであると。
いやはや、本当に残念ですな。 そう、僕の持論「チャンピオンは特別枠で出場」が一番良いのです。
2004年5月4日
全日空の機長が飛行中に居眠りをしていたというニュースを見て、ビックリされた方も多いと思います。
定期的な業務検査のため、たまたま操縦席に同乗していた国交省の試験官が気が付いたからニュースになったわけですが、このような事は日常的に起きているのではないかと僕は疑いを持ち始めた。
つまりたまたま部外者が乗っていたから明るみに出たのですが考えてみると、役人が乗っているような状況の中でも居眠りをしてしまうって事は、身内だけの時にはしょっちゅう居眠りしているのではないかと。
多分そうに間違いないと思いますが、しかし居眠り運転をしていたために飛行機が墜落したって話はあまり聞きません。
そういう意味では実は飛行機の操縦って車の運転よりも安全なのかもしれませんな。
実は僕が大学生の頃に運転手のアルバイトをしていて、注文を受けた大型機械をトラックに載せて、大阪まで届けた事があります。
友人と二人で、今ほど交通事情が良くは無かったけど、ちょうど開通して間もない東名高速道路を飛ばして行ったわけです。
しかしそのトラックがかなりのポンコツでそれほどスピードも出ず、かなり時間が掛かったことを記憶しています。
何しろ今から35年以上も前の話で、現代の車(トラック)とは比較にならないほどスピードも出なかったと思います。
早朝に東京を出発して夕方大阪に着いたのですが、配達先にその機械をトラックから下ろそうとしたら、何と注文した機械と違うという事になり、そのまま持って帰れということになってしまったのです。
最初から「とんぼ返り」の予定ではなく、しかし間違った機械だったために大阪での宿泊予定もキャンセルしてそのまま東京に戻る事になったのです。
実は東京を発った日の前の晩も夜遅くまで起きていた(若気の至りというか)ので疲れ果てていたのですが、間違いの配達では宿泊の経費が出ないということになり、東京へのUターンという事になったわけです。
大阪を出て数時間走った頃に僕は睡魔に襲われていました。
友人と運転を交代してもらえばよかったのですが、横を見ると彼も助手席で「こっくりこっくり」しています。
頑張ってこのまま東京に戻らねばと運転をしていたのですが、いつしか僕も眠ってしまったのです。
「あぶないっ!!!」という大声で起こされた時に、目の前にはガードレールが直前まで迫っていました。 ウインドウ・スクリーン一杯に中央分離帯が迫ってくるその光景は、いまだ決して忘れられません。
遅いトラックだったので確か一番左の車線を走っていたはずですが、気がついた時には、2車線分を斜めに横切って、中央分離帯側のガードレールに車は向かっていたのです。
どのくらいの間居眠りをしていたのか判りません。
居眠りをしていたためにアクセルを踏む足の力が緩んでいてスピードが落ちていたのかもしれません。
急ハンドルを左に切って回避できたのはまさに奇跡的だったかもしれません。
もっとスピードが出ていたら、急ハンドルでトラックは横転していたかもしれません。
横で居眠りをしていた友人が偶然目を覚まし、車が車線を横切ってガードレールに向かっているのを見なかったら、今ごろ二人は生きていなかったかもしれません。
何しろ結構オンボロなトラックなのに荷台に積んでいた機械はかなりの重さのものでしたから。
この絶対に忘れられない経験をしたからこそ、その後の僕のドライブ人生で、現在まで一度も居眠り運転をした事はありません。
いやそういう状況が起きないようにしていると言った方が正確でしょう。 だいたい運転している時の緊張感も変わったし、また眠くなったら即、車を停めて仮眠を取るなど色々方法は有りますが、とにかく無理をしない。
僕が一番恐ろしいと思うのは、中央分離帯の無い道路を運転中に、対向車がいきなり飛び出してきて正面衝突ってのと、高速道路などで渋滞のために停車したら、後ろから長距離便などの大型車が居眠り運転などでノーブレーキで追突してくるような事故です。
もう逃げようが無いでしょ。
そう考えると飛行機の場合は離陸後水平飛行に入ると自動操縦に切り替えるわけで、ほんと飛行機の操縦なんて離陸時及び着陸時以外は何もする事さえないんでしょうな。
それにしてもこの機長、離陸してからたった20分後に「こっくりこっくり」なんて、もう習慣になってしまってるんではないでしょうか。
そういう意味ではかなり怖いですな。
最近は飛行機の座席に乗客専用のモニターがついて、好きな番組を見ることができるようになりました。
好きな映画を選んだり、また離着陸の時は飛行機前方に設置されたカメラから滑走路の状況を乗客が見ることができるのも経験しています。
ですから、そのモニターで見るコンテンツの中に操縦室も入れたらどうでしょう。
まだハイジャックなんて物が無かった頃は、確かリクエストで乗客が操縦席を覗いたり出来た時代があったと記憶しています。
今はセキュリティの関係から、簡単にはドアーは開かない代わりに、中で何やってても全然判らない。
ですから乗務員(この場合操縦士)達の緊張感が緩んでいるのではないか。
飛行中はお客全員の目に晒されているというのは、一定の緊張感を与え居眠りなどしたら即ばれてしまうということになるわけで、名案でしょ。
操縦室の中を見せてもハイジャッカーが中に入れない限り、安全上は何ら問題が無いわけですから。
2004年5月5日
最近は新三種の神器というのが有るそうで、薄型テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラの三つをさしているのだそうです。
これを見てもうお気づきだと思いますが、これら3つは全てコンピューターと互換性があるのです。
僕の日記で何度も触れているように、近い将来、デジタル家電とコンピューターが限りなく近づきつつあります。
というかその区別が無くなるでしょうな。
とにかく上記の三種の神器の潜在需要は日本だけでも26兆円も有るとか。 特にテレビはチューナーつきの薄型テレビに代わると23.4兆円もの市場なのだそうです。
ということで、コンピューター・メーカー(インテル等の部品メーカーも含む)も続々とデジタル家電の市場へ参加の動きがあるとか。
僕にとっては非常に興味のある分野なので、大いに期待しております。
今もこの日記を書いている横で、久し振りに訪ねてきた我が娘が、HDDドライブ付きのデジタルチューナー(オーストラリアではセット・トップ・ボックスSTBと呼ぶ)に録画された、デジタル地上波の番組(サバイバー)をプラズマで見ております。
音声を含め、まさに全てデジタル化されているわけです。
ということは、家電が限りなくデジタル化されることにより、PCが必要なくなる時代もすぐそこまで来ている、だからこそコンピューターメーカーは家電への参入で生き残りを賭けている訳です。
テレビコマーシャルで韓国の「LG」というメーカーのは、台所にある大型冷蔵庫のドアーの一部が液晶表示になっていて、メニューをなどをネットで検索しているようなのがあります。
我が母などはその宣伝を見て「台所にまでコンピューター?」なんて呆れていましたが、しかし考えてみると家電のデジタル化が進めば進むほど、ネットアクセスが必須になってくるのです。
というのもアナログ機器ではほとんど縁の無かった、ファームウエアー(というのかドライバーというのか)のアップデートというのがバグフィックスには欠かせなくなるからです。
例えば、今僕の横で娘が録画された番組を見ていると書きましたが、その録画をしたHDD付きのデジタルチューナーは購入してからちょうど1年が経ちましたが、今まで4回もファームウエアーのアップデートをしています。
つまりそれだけ不具合(バグ)が見つかるからで、確かに新しいのをアップデートすると格段に良くなるのですが、しかし一般の家庭では(よっぽどオタクではない限り)このファームウエアーのアップデートなんて出来ないと思います。
いちいちメーカーのウエブサイトに行って、新しいファームウエアーが公開されていないかをチェックし、自分のPCにダウンロードし、ファームウエアー更新用のソフトウエアーを起動し、「ナル・モデム・ケーブル」を使ってチューナーと接続し、なんて考えるだけでも、すごい手間でしょ。
で、何を言いたいかというと、将来的にはデジタル地上波の中に特別なチャンネルを作るか、はたまたデジタル家電を全てネットにアクセス可能状態にして、消費者が知らないうちに機器が勝手に新しいファームウエアーを取り込んでアップデートをする機能が必須になると思うからです。
という事はネットにデジタル家電から常時アクセス可能という状態になるのですから、電子メールだけでなくチャットや電話機能もすべて出来るはずです。
例えばテレビを見ていると画面の右隅に小さく邪魔にならない程度に新着メールの表示が点燈して、読みたければその時に見ている番組を一旦「フリーズ」させてメールをチェックし読み終わってから、またテレビの番組に戻り、フリーズしたところから見始める事が出来るのです。
で、途中のコマーシャルで早送りしてリニアタイムに追いつく事も出来ます。
(これは電子メールの件はともかく、すでに実際に出来ている機能です)このようにデジタル化に伴い家電の変化がものすごい勢いで進んでいる事がお判りになると思います。
アテネオリンピックを時差の関係で録画して見るということで、何十時間も連続で録画できる「ハードディスクドライブ」付きのデッキの売上が日本ではかなり活発との事。
日本での消費が増えるとオーストラリアでのこの手の機器の価格も大幅に下落する可能性が有るので、大いに楽しみにしています。
今は高すぎます。(20万〜30万円はするので)
昔、父がオーストラリアに移住する時に持って来た日本ビクター製のマルチビデオデッキなど当時確か20万円近くしたと思います。
そう、ビデオテープデッキがですよ。 いや〜、今の価格との落差が大きすぎて考えると嫌になっちゃいますよね。
2004年5月6日
昨日の日記について大阪の方からメールを頂きました。
浦島太郎の僕は最近の日本の急速な進歩を良く把握していないようで、頂いたメールには、関西電力の光ファイバー網を使った光インターネットサービス及びケーブルテレビのサービスを受けているとの事。
そしてその光ケーブルに接続されたテレビ用のセットトップボックス等のファームウエアーのアップデートは自動で行われてるとの事。
さすが日本というか、いや〜ほんと羨ましいです。
光ファイバーで地上波デジタル放送を観賞する分には屋外アンテナも要らないし、気象条件や建物の障害もないし。
その上、オーストラリアのようにいちいち液晶やプラズマを購入する時にSTBを別途買わなければならないなんて事も無い。
いや〜、羨ましい、オーストラリアに光の時代が来るのかしら。
人口は少ないし、国土は馬鹿広いのでいまさら光ファイバーを敷くなんて会社は現れないのではないかと、危惧しているのです。
さて、2004年3月23日の日記に「オーストラリア一番の長者」ケリー・パッカー氏に車を売りつけようと、パッカー氏の邸宅の真ん前に車を置いてあるということを書きました。
で、この車の持ち主は、もうあきれ果てるほどの「粘着質」と言うか、何といまだにその車を置いているだけでなく、ますますエスカレートしているのです。
オーストラリアでケリーパッカーという名前を知らない人はいないほどの大金持ちですから、この手の「押し売り」や「物乞い」は後を絶たないのでしょうし、これほどおおっぴらにやられて、結局パッカー氏が根負けして金を払ってやったなんて事になったら、似たような輩は激増するでしょうから、一切無視を決め込んでいるようです。
僕と女房の毎朝の散歩のコースに入っているので、僕らは毎日この車を見ながら通り過ぎるのですが、先日僕が風邪で散歩を休んだ日に散歩から帰ってきた女房が「ねえ、あのパッカーさんの家の前の車ね、誰かがナンバープレート持って行ってしまったみたいよ」というのです。
何しろ「PBL」というパッカー氏の持ち会社と同じ名前の「プレート」を売りつけるのがこの「粘着氏」の意図とするところですから、誰が盗んだんだろうと話していました。
ところが。
本日朝散歩に出かけたら何と「新しいナンバープレート」が付けられていました。
で、何と!!!今度は「KP PBL」と言うナンバープレートになっています。(下の写真参照)
そう、いくらパッカー氏の会社名でも、売りつけようとしている相手はPBLではないので「効果が無い」と思ったのか、今度は彼のイニシャルKPも入れて「KP PBL」に変更してきたのです。
その上、今回はフロントウインドウ一杯に「4 SALE(For Saleの略)」の看板はつけてはいるは、その横に(僕の写真では読めませんが4の字の下)能書きが色々書いてある。
で、近寄って読んでみると
「この車の売上は慈善団体に寄付する予定です。 しかしこのナンバープレートは別です。 この車が売れるまでこの車を他へ動かすつもりは一切ありません」
なんてわけのわからない事が書いてあります。
車体の販売額は寄付するが、ナンバープレート代は含まないというのが良く判りません。
実はこのパッカー氏の家の前の道は駐車禁止地区ではないし、時間制限も無い。 持ち主がはっきりしていて、意図的にそこに駐車している限り、不法駐車や不法投棄ということで警察が撤去する事も出来ません。
いや〜、この「粘着氏」の意図するところは実は別にあるのでしょうか?
それにしても全くここまでしつこいというのも、、、、。
もしこれが日本だったらどうなるのでしょうかね。
多分日本では地方は別として、ずっと路上駐車をしっぱなしにできるところなどもう都心には残っていない?ので、最初からそういう行為は無理なのかもしれませんが。
さてさて今後はどう発展するのか、毎朝散歩の時に見るのが楽しみではあります。

上の写真をクリックすると大きくなります。
置きっ放しなので、落ち葉が溜まっております。
実は今朝散歩の時に、この車を見た後に僕にとっても思い出の有る素敵な車を見つけたので、ついでに撮影してきました。
その写真とその車についてのストーリーは、明日の日記で。
2004年5月7日
昨日の日記に書いた、とても面白い車の話です。
偶然なのですが昨日、あまりにも早く目が覚めてしまい、やる事無いのでベッドの脇のノート型パソコンを立ち上げて、自分のHPを検索していたのです。
つまりケリー・パッカーさんに車を売りつけようとしている「粘着氏」についていつの日記で書いたか捜すのが面倒な時には、GOOGLEを使い、「日記」や「マグパイ」それに「ケリー・パッカー」や「PBL」を打ち込むと、何と便利な事か、僕のページがGOOGLEに現れる。
昨日の日記のためにいつ書いたかをこうやって捜していたのです。
で、ついでに「例の彼女」についていつ書いたのやらと「スラント・ノーズ」や「フラット・ノーズ」で検索していたら、あるHPでポルシェ以外にもこの「スラント・ノーズ」という表現を使っていることを知って、色々見ていたのです。
その中に「ランチア・ストラトス」もスラントノーズなんて表現を使っているのを発見。
いや〜、この車にも思い出があるのです。
確か1976年頃だったと思います。 ロンドンに住んでいた僕はそれまで乗っていた「BMW
2002tii」
という車があまりにも調子を崩すのに嫌気が差して、手放そうと考えていました。
次の車を色々考えるのは楽しいもので、近所(Holland Park
駅)にあるディーラーを見て回っていました。
ノッティングヒル(Notting Hill) 駅からBays Water Road を
ホランドパーク(Holland Park)
に向かっておりて来ると、右側にイタリア車を専門に扱うディーラーがありました。
実はBMWの後に、アルファロメオの「アルフェッタGTV」も選択肢に入れていたのです。
で、ショウルームに入っていくと、お目当てのアルファよりも先に目に飛び込んできた車が有りました。
そう、それが今日の日記の主人公「ランチア・ストラトス」だったのです。
世界ワールドラリー選手権制覇を目的にフェラーリの手の入ったエンジンをミッドシップに積む、小柄ながらとてもエキサイティングなスポーツカーです。
その車を覗き込んでいるとセールマン氏が来て、先週イタリアから運んで来たばかり、ほとんど乗っていない最高に程度の良い中古車だとの事。
勿論レースには一度も使われていないのは一目瞭然でした。
この車は当時「ホモロゲーション」を取得するためだけに生産されたので、極少量の限定生産で、イギリスには正式には輸入されていない車でした。
ですから実物を見るのは初めてで、そのかっこ良さに「フラフラ」と来てしまいました。
で、売値を聞いたのですが、何ぶんにも遠い昔の話で、新車のアルフェッタよりも少々高いくらいだったと記憶しています。
そうそんなに高くなかったのです。
で、それを見た途端に「アルフェッタ」がかすんでしまったのですよね。
それから随分考えたのですが、結局僕は購入を諦めました.
実は僕が住んでいたアパ−ト(19 Holland Park
でした)にはロックアップのできるガレージがついていなかったのです。
こんな希少価値の車を購入しても路上駐車なんてとても出来ないし、近所を捜しても借りられるガレージが見つけられそうにも無かったのです。
そんな昔の事をその日の朝にネットで見た後、散歩に行ったら何と僕の散歩コースの「カンバラ・ロード」にそのランチア・ストラトスが置いてあるではないですか。
いや〜、オーストラリアにも有ったんですね。 オーストラリアの輸入規制は結構厳しいので、この手の珍しい車はほとんどナンバーを取得できない、つまり登録できないのです。
例えばフェラーリのF−40もオーストラリアでは登録できませんでした。
で、昨日の日記に書いた粘着氏の車を撮影した後に、カンバラロードに移動して何枚か撮っていると偶然持ち主が現れました。
実は散歩の途中に見たのが早朝だったので、こんな珍しい車を路上駐車で一晩置きっぱなしにするなんて、随分度胸があるなと思っていたのです。
で、僕は近寄ってきた持ち主に、「今朝、本当に偶然、インターネットで自分の車(スラント・ノーズのポルシェ)のことを調べていたら、ランチア・ストラトスもスラントノーズという表現で、、、、」というような話から昔ロンドンの話まで、すっかりその初対面のオーナーと話しこんでしまいました。
よく聞いたら早朝その住所に訪ねて来て、駐車していただけで、一晩置きっぱなしなんて、「とんでもない」と言われました。
彼が言うにはランチア・ストラトスはオーストラリアに確か3台有るはずとの事。
そして他の2台は車博物館に展示されているので、ナンバーがついている(つまり車輌登録できた)のはこの車だけだと。
彼はこの車が欲しくて欲しくて、なんと前の持ち主が手放すのを8年間も待っていたのだそうです。
2年前にやっと手に入れたそうですが、僕の息子(2歳)も気に入っているから、親子2代でずっとこの車は持ち続けるとの事。
いやーこれほど持ち主に惚れられている車は「幸せ者」ですな。
上の写真をクリックすると大きくなります。 持ち主が車の方に歩いてくるのが写っています。
フロントのラリー用の4連のライトは(ラリー車では御馴染み)オプションだと思います。
僕がロンドンで「フラフラ」と来た車には、このオーバーな4連ライトは付いていませんでした。
付いてる方が、ラリーで活躍した「ランチア・ストラトス」って言う感じですが、どうも「スラント・ノーズ」には見えません。
本当に今見てもかっこよいです。 この時代の車で今見てもかっこよいと思えるのは、「フォードGT-40」など、本当に少ないですよね。
2004年5月10日
昨日日曜日は久し振りに雨、我がアーチェリークラブの練習も、朝のうちまだ雨の少ない時に始めたもののすぐに終了。
練習中止になったよりも、雨が降るほうがよっぽど嬉しかったです。
それほどシドニーは干ばつが続いているということです。
2週間以上も前にひいてしまった風邪は大分回復してきたのですが、なぜか咳が一向におさまりません。
熱も無いし、節々の痛みもなくなっているのですが、肺にくるこの風邪は今シドニーで結構流行っているようです。
さて、昨日のF−1スペイングランプリ、期待していた佐藤琢磨選手は残念ながら5位でした。
期待していたと書いたけど、お立ち台の真中って程の期待ではなく、何とかお立ち台に立って欲しかったんですが、う〜んやっぱり大きな壁があるのだろうか。
ただレース見てたら、気温のせいか、練習や予選時ほどのハンドリングが無いようにも見えました。
それに引き換え、ルノーはサスセッティングが元々良いのか、いきなり急上昇してきましたが、しかしオンボード見てるともう「呆れるほど」アンダー出てますよね。
あれは「わざと」アンダーの味付けにしてあるのかどうか、ハンドルの「切り角」見てたら、もう信じられないくらい深く切り込んでるのに、たいしてノーズが向きを変えてないでしょ。
中々興味深いオンボードカメラの映像でした。
さて今日はレースの事を書いたついでに少々車の話を。
皆さんはベントレーという車の名前を聞いた事がありますか?
1930年代に倒産の危機に瀕したこの英国名門のメーカーはロールスロイス社に買収され、生き続けたのですが、その時の買収劇の内容は伝統あるロールスロイス社の栄光ある歴史の中でも唯一の汚点とされていました。
1931年に倒産が決まってしまったベントレー社はネイピア社に救われるはずだった。
ところがベントレーとネイピア社が共同で開発を計画していた車種が将来、ロールスロイス社の強敵になりうると判断したロールス社は、何と「偽名」を使って買収工作を行い、ネイピア社よりもほんの少々良い買収額を提示して横取りしてしまったのです。(そしてその車種も結局生産されなかった)
そんな事を今日書こうと思っているのではなく、実は古いベントレーの事を調べていたら、面白い事実を発見したのです。
それは戦前のベントレーは(英国車)右ハンドルなのに、右側のドアーを開けて運転席に乗り込もうとすると、ギアーレバーや、ハンドブレーキが有って、それをよけながら運転席に入らなければならなかった。
つまり元々右ハンドル車なのに右から乗り込むように設計されていなかったのです。
それを証明するのは運転席側(右)のドアーには外からかけられる「カギ穴」が無く、左ドアーについていたのです。
つまり当時の車っていうのはベンチシートのように左から乗り込んでも簡単に運転席の方にスライドできたのね。
なぜそんな設計になっていたか。 それは当時も今も、縦列駐車をしてドアーを開けて、降りようとしたら、交通量の多い道などでは非常に危険な場面がありますよね。
つまり後ろから走ってくる車をよく確認してドアーを開けないと特に狭い道などでは、非常に危険でしょ。
オーストラリアでは道幅が広い所が多いからか、もう全く後続車など無視して、いきなりドアーをバーンと大きく開け降りてくる、何にも考えていないドライバー結構多いんですよね。
何年か前にシドニーのオックスフォードストリート(これが立派な名前の割に結構狭い。 特に土曜日のマーケットをやるあたり)を運転中にいきなりドアーを大きく開けて降りてきたドライバーの車と間一髪という経験をした事があります。
もう思いっきり太ったオバさんで、その上2ドアー(つまりドアーが4ドアー車よりも大きい)で、避けようと思ったら、偶然右側は大型トラック。
本当に奇跡的にそのドアーにも、右側のトラックにもぶつからずに済んだけど、こういう危険は少なくない。
そういう事を考慮して戦前のベントレーは左側から乗り降りを推奨していたのではないかと。 中々面白いでしょ。
実は右ハンドルの国(オーストラリアも日本と同じ右ハンドル左側通行です)、でも郵便局の集配車などのように、各郵便ポストを巡回して郵便物を集めるというような仕事、つまり頻繁に乗り降りを繰り返す場合、左側乗り降りの方が断然安全であるという考え方があって、左ハンドルを採用という動きもあるのです。(もしかしたら日本ではもう採用されているかも)
しかしそうすると通常の運転時に追い越し等で危険度が増すんですよね。
オーストラリアでは左ハンドル車は原則として禁止という厳格な法規があるので、まず左ハンドル車を街中で見かける事は皆無といってよいです。
フェラーリだろうがドイツ車だろうが全て右ハンドルです。
中にはオーストラリアに正式に輸入されていないアメリカ車(つまり左ハンドルしか生産されていない車種)、(コルベット等)をオーストラリアに持ち込んで、無理やり右ハンドルにして乗っている物好きがいます。
多分改造費だけでもかなりの額で、ドイツ車が買えてしまうのでは、なんて場合も有る。
そこまで金かけて乗るほどの車とは思えないのですが。
と、なにやら取りとめもない事を書いてしまいました。
考えてみるとその「ベントレー」も「ロールス」もとっくにドイツのメーカーに買われてしまって、時代の流れを感じますな。
2004年5月11日
オーストラリアの新聞の第一面に連日「でかでか」と掲載される「米英兵」による捕虜虐待の写真。
昨日はコンクリートの床の上に、真っ裸で腹ばいにさせられたイラク人の上に、米兵が胡座(あぐら)をかいて乗っかっていて、その表情がなんとも嬉しそうというか、満足感に浸っているという表情。
本日のは、独房の前に引きずり出された、これもやはり真っ裸の捕虜の回りに軍用犬(2匹)を連れた米兵が取り囲み、そのおびえた表情の無抵抗のイラク人を、犬に噛ませようとしている写真。
(キャプションには、実際に足に噛まれた傷が有ると)
まるで集団リンチのようなこういう写真が続々と発表されております。
日本でも同じでしょうか? 何しろ報道規制が厳しい日本では、例の日本人人質事件の時にも、オーストラリアではテレビでも報道された一部のフィルムが、日本では発表されなかったりという事は、頻繁に起きているようです。
このような写真が続々とメディアに流れ出てくるという事だけを考えても、まさに「絶望的」になりますな。
デジタルカメラやデジカメ付き携帯電話の発達によって、一昔前とは比べ物にならないほど簡単に撮影されるわけですが、この手の写真をCDなどに焼いて皆に配って楽しんでいるわけで、当然流失しメディアが入手するという事になる。
つまりこういう事をやっている米兵達にとっては、全く罪の意識など最初から無い、だから丸秘にするという感覚さえ欠如している。
つまりこのようなレベルの人間が「兵」としてイラクに行っているわけで、ブッシュ大統領のイラク攻撃の理由の一つが浮き彫りになって来るでしょ。
戦争を起こす事によって、特定の企業が肥えるという図式は随分報じられているが、イラク戦争突入当時のアメリカ経済を考えると、失速しつつあった経済のてこ入れ、つまり「負け組」救済の意図が明白になってくるという。
そうです、戦争に行かせて、気前良く特別手当を配ってやらなければ、あまりにもレベルの低いアメリカ人達、つまりアメリカの「負け組」の不満が増すばかり。
「勝ち組」との格差の拡大が、大統領選挙に影響してはまずいという判断。
だから、これらの写真に登場する兵隊達のように、低レベルの「意識」しか無い、低能アメリカ人達にとっては、なぜ彼等がイラクに派兵されているのか、その目的とは本来何かなんて、最初から考えてもいないのが一目瞭然でしょ。
つまり米英政府が掲げてきた、イラク戦争突入の理由というのは独裁者を排除し、イラクに「平和と民主主義」をって、最初からとってつけたような理由は一応有ったわけですが、今やっている事を考えると、まるで話にならないでしょ。
つまり派兵の是非の議論を行う次元では無い、まさに一目瞭然、百聞は一見にしかずといった、インパクトのある写真です。
捕虜虐待は別にアメリカ側だけでなく、イラク側でもやっているのは間違いないけど、まるでサドマゾ愛好者のごとく、それらの写真を皆で見て楽しんでいるという感覚が、僕には耐えがたいというか。
普段は「脳天気」な話題ばかりをこの日記で書いている僕です。
まあ意識的に「この手の話題」を日記に載せるのは避けているが、次々と発表されるこのような写真を見せられていると、どうにも書かずにはいられなくなってしまいました。
2004年5月12日
本日の日記はお休みいたします。
昨日の日記にイラク人捕虜への虐待について書きました。
やはりというか、その報復としてアメリカ人の首を切り落としたヴィデオが出てきました。
僕は、一日中出かけていて、テレビをつけたらこのニュース。
何か今日は日記を書く気がなくなってしまいました。
このニュースはもう日本で流れているのだろうか。
さすがにオーストラリアでは首を切り取るシーンはカットされていますが。
ではまた明日。
2004年5月13日
昨日はネットで、まことに対照的な二つのニュースを読みました。
一つは、オーストラリアの女性がデンマークの皇太子と結婚すると言うニュース。(結婚式は明日14日かな)
そしてもう一つは日本の皇室のニュースです。
もう皆さんご存知だと思いますが、
「欧州3カ国への公式訪問出発を前にした記者会見で、皇太子さまは同行を断念された雅子さまの様子を語った。
「10年間の努力で疲れ切っているように見えます」「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」。
ご夫妻を取り巻く状況について率直に述べられた。」とありました。
浦島太郎の僕は、日本のニュースには疎いばかりでなく、皇室関係のニュースには全く興味が無いので、この記事の内容について少々驚かされました。
実は偶然ですが、数週間前に日本の友人から「それらしき話」は電子メールでもらっていたのですが、皇太子自らこのような発表をしたということに驚いたのです。
もう少し正確に表現するなら、やっと日本の皇族の中にも、このように「人間」らしい表現ができるようになったという驚きです。
ある意味嬉しいです。
こういう話を聞くと、日本の典型的な家族主義が原因となりやすい、「嫁いびり」を思い出します。
姑達が「いびる」のも、宮内庁の人間がやるのも、中身は一緒、全く僕には理解しがたいものです。
僕の母が東京に嫁いで来て、「いびり倒され」僕を連れて離婚を考えた事は数知れず、「自殺」しようとさえ考えたなんて話は、何度も母から聞かされたものです。
そういう苛めに耐えてこそが立派な「日本の女」や立派な「嫁」であるなんて考え方も有るなんて、平然と言われると「虫唾が走る」程不愉快になります。
だいたい嫁を「苛める」、「いびる」なんてのは、他にやる事が無い、暇を持て余して、嫁のやる事をいちいち、「箸の上げ下げ」まで見ているというような事でしょ。 姑達にとってはもう他にやる事が無い。
例えリタイヤーしても生きがいを感じる目的を持って人生を送っていない証拠でしょ。 だから「苛め」が生きがいになっちゃうのね。
本当に悲しい日本の家族主義の縮図と言うか。
このニュースを見ると(この場合は宮内庁なのか)嫁苛めはもう立派な日本の伝統と言うのか文化なのかもしれませんな。
本当に偶然ですが、時を同じくしてデンマーク皇太子へ嫁ぐオーストラリア人女性のニュースを見ながら、何と対照的なのかと。
だって、イギリスの皇室とは違って、今や日本の皇族もデンマークもただの飾り物でしょ。
だからこそ、デンマークでは皇太子がシドニーオリンピック見に行って、現地のナイトクラブで彼女を見初めて「結婚する」って言い出しても、通っちゃう(実現してしまう)わけで、しかしそれが当たり前でしょ。
(ちなみのこの女性タスマニア出身でシドニーの不動産関係の会社で働いていたらしい)
しかし日本じゃそんな事絶対に考えられないでしょ。
雅子様でさえこういう立場に置かれちゃうんだから。 全くこういう事がまかり通っちゃう日本って、本当に不思議な国と書きかけたのですが、いや待てよ、これは不思議なのではなく、敗戦後日本の天皇の立場が変わったのを頑として認めない、いや認めたくない人間が宮内庁を牛耳っていると言う事なのだと納得してます。
いや悲しいですな。
これでもし万が一雅子様が我が母親と同じことを考えたら、なんて想像したら「ぞっと」しますな。
宮内庁というなんとも不思議な、我々によく顔(実態)が見えてこない(そういう意味ではとても役人的な)連中はどう考えてるんでしょうな。
アーチェリーを始めて約9ヶ月、すっかりはまっている僕ですが、つい最近自分の知識の無さにビックリしてしまった事が。
その日僕は珍しくサングラスをかけないで練習していました。
日差しの強いオーストラリアでは、屋外で的を狙って矢を射る時はサングラスが必需品です。
しかしその日は雲っていて、サングラスでは的が見難いので普通のメガネで練習をしていたのです。
するといつも僕のフォームを見て色々アドバイスしてくれるトニーが、「何で左眼を閉じて的を狙ってるんだ?」と言うのです。
僕は「右利きだから右目で的を見て狙ってるのだから左眼は閉じている、それがどうかしたの?」と聞き返した。
子供の時からおもちゃの拳銃で的を狙うなんて時は当然「利目」の右を使い、左眼は閉じるのが当たり前、映画の中などでも真剣に的を狙って射撃しているシーンなどでは、片方の目だけを使ってるのを見てもそれが当然だと思っていたのです。
ところがトニーは「アーチェリーは両目を使って的を狙うんだ」と言うではないですか、いや〜ビックリしました、今までの9ヶ月全く疑いもせず固めを閉じて射っていたのですから。
で、トニーが「そんな事も知らずに今まで射っていたのか。 それじゃトムはひょっとすると左目が利目かもしれないぞ、ちょっと調べてみよう」と言い出したのです。
実は昨年の8月に初めて地元のクラブでレッスンを受けた時に、先生が僕に使わせる弓を選ぶ時に何かやらされた記憶は有るのですが、その意味は理解していなかった。
その時先生に「はいトムは右利きね」と言いながら右利き用の弓を渡されたのはおぼえています。
それにしても右利きとか左利きとか手ならともかく、目にも「利目」なんてと、驚いてしまった。
ところがこれがあるんですよね〜。
まあアーチェリーなどをやっている人などは当然知っているはずらしいのですが。(注:アーチェリーをやっている全員が両目を開けて射っているわけではなく、まれに経験者でも片方の目を閉じて射っている人もいる事は確かです)
で、今日の日記にはその利目の判断の方法を書きます。
まず両目を開けて、あなたから数メートル離れた所にある比較的小さな物を選びます。
部屋に置いてある花でも、コップでも選んだ物を両目でしっかり見ます。で、次に両手を重ねてこのように小さな穴を作ります。
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そして両手を前方に突き出してその穴を通して先ほど見ていた「物」を両目で見てください。
両手で作った穴からその「物」が見えるのを確認したら、そのまま静かに、片方の目を閉じて、一つの目だけでその「物」を見ます。
次にそのまま今度は今まで閉じていた目を開け反対側の目を閉じ、手で作った穴を通して「物」を見る動作を何度か繰り返してください。
この動作つまり右目を閉じたり左眼を閉じたり何度かすると、片方の目ではその穴を通して「物」がちゃんと見えるのに、反対側の目だとその「物」が消えてしまうでしょ。
そうです、ちゃんと見えるほうがあなたの「利目」なのです。
で、僕の場合は右目が利き目だったので、右打ちの弓で正解だったのです。
その日家に帰って女房にその利目の事を話したら全く知らない。
そこで女房にもテストしたら彼女は利目は左でした。 手(腕)は右利きなのですが、目は左利きなんですよね。
これってひょっとすると、女房がちっともテニス上達しない理由の一つなのではないかと考え始めた。
つまり利き腕と利目が反対って言う場合、テニスなどボールを見てラケットのスイートスポットに当てるのに、多少のハンディになるのではないかと。
ところで、上のテストで利目でないほうの目は何の役割をしているかというと、利目で見る「物」の位置と、利目でない方の目で見る位置との「違い」というか「差」が、その見ている「物」のあなたからの距離を判断するのに使われるんですよね。
で、アーチェリーの話に戻って、いきなり僕は両目を開けて的を狙えって言われたのですが、これがいままでず〜っと右目だけを開けて見ていたから非常に戸惑います。
慣れてしまえば良いのでしょうが、慣れないうちは的が突然二つ見えたりする。
つまり利目がなんかの拍子にいきなり反対側に移ってしまったりするらしい。
慣れないうちは軽い「乗り物酔い」のような症状になってしまいました。
皆さんの中でもしホリデーか何かで出かけた先で、弓を射ってみるなんて時には、まずこのテストをして、「利目」を確かめてからにしましょう。
それにしても利目っていつ形成されるんですかね。
女房のように生まれつき手は右利きなのに利目は左って、どうも自然に連動しているわけではないように思える。
不思議ですね。