2003年10月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2003年10月1日
早いもので今年も残すところ3ヶ月を切りました。
今日は久し振りに食の話を。
数ヶ月前の日記に ハバーフィールド(Haberfield)
の話を書きました。 その時にちょっと触れた「ピザ屋」の話です。
ハバーフィールドには美味しいイタリアレストランが何軒かあるのですが、ピザなら特にお勧めが「Napoli
in Bocca 」です。
友人達にも薦めていたのですが、昨日のシドニー・モーニング・ヘラルド紙のGood
Living を見ていたら、この店と「La Disfida」がシドニーのベスト・ピザ店を二分すると出ていてちょっとビックリ。
確かに美味しいけど、シドニー・ナンバーワンを争う店だったのかと。
というのもこの店を見つけたのはガイドブックや友人からの情報ではなく、自分で偶然見つけたので、「まさかこれほどの評価を受けている店とは」という驚きです。
美味しそうな店がこの辺には有る筈という「嗅覚」を頼りに、ある晩当ても無くハバーフィールドにでかけたのです。
で、最初に目に入った店は結構混んでいるのだが何かちょっと違う。 でどうしようか迷っている時に地元のイタリア系オーストラリア人が数人集まって道で賑やかに談笑していたのです。
で、僕はずうずうしくもその人の輪に入り、いきなり「皆さんこの地元の人ですか?」と切り出した。
そして「皆さんの意見でこのハバフィールドで一番美味しいピザを食べさせる店はどこだと思いますか?」と聞いたのです。
さすが皆イタリア系、底抜けに陽気でフレンドリー、あそこが良いここが良いと皆それぞれ自分達の意見を出し始めたのですが、結論から言うとほぼ全員が「ナポリ・イン・ボッカ(Napoli
in Bocca)」を推薦したのです。
それはそこからたった50メートルほどのところ。 早速僕はその店に入ったのですが、当然のごとく「ブック・アウト」つまり予約を入れて行かなかった僕らは即断られてしまう「はず」でした。
しかし幸運にも入れたのです。 そう、僕はいつも凄く運が良いのですが、最初はウエイターに「予約無し?ソーリー」で終わってしまうはずだった。
そこで、しぶしぶ帰りかけたら店の主人らしい人物が(僕らはたった二人だったので)店の入り口に近い小さなテーブルなら空けても良いと言ってくれたのです。
食べられるのならどこでも良いという状況だったので、嬉しくなってしまいました。
で、メニューを見ると確かにピザがメインで美味しそう。
出来たてのピザをウエイター達がテーブルに運んでいるのを見ると、凄く期待が高まりました。
早速僕らはマリナーラ(これはシーフードピザではありませんので念のため)とこの店の「売り」である「カルゾーネCALZONE」
を注文しました。
味は期待していた以上で、特にこの「丸くなく、折りたたんだ形のピザ」カルゾーネピザはかなりお勧めです。 値段も安いし。
大変気に入ってしまった僕らは、翌週も他のメニューを試しに出掛けて行ったのです。
そして、ピザ以外にも美味しいのは無いかとメニューの中から色々種類を取ってみたのですが、結論から言うとこの店は「ピザの店」だから他の皿は取らない方が良いです。
そう、ピザ以外は期待したほどの味ではなかったのです。
今度はシドニーのベスト・ピザ屋を二分するといわれている「La Disfida」にも行って、どちらにピザナンバーワンの軍配を上がるか決めなければと思っています。
Napoli in Bocca
73 Dalhousie Street Haberfield Tel 9798-4096
2003年10月2日
最近「ジャンク・メール」の量が非常に増えているように感じます。
どういう理由か判りませんが、僕のようにHPで自分の電子メールアドレスを公開していると、もう半端じゃない量が来ます。
悪質なのが「コンピュータ・ウイルス」の被害が増えているのを利用して、まさに詐欺行為のようなメールまで飛び込んでくるのです。
いやこれは確実に犯罪行為ではないかと思うのが、先日女房が受け取った「ジャンクメール」でした。
なんと「マイクロソフト社」の名前を使い、まるでマイクロソフト社がウイルス対策のために新しいアップデートを公開しているような内容で、今すぐここをクリックして新しいウイルス対策をしましょうなどと書いてある。
女房は最初信じてしまい、僕にアップデートの知らせがマイクロソフト社から来たよなんて言う。
しかし彼女も「なぜ電子メールで来たのかしら変ね〜」なんて不思議がっていたのです。
もちろんこれは本物のマイクロソフト社からのお知らせではないので、僕はすぐにいったいどこから送られて来たのか(メールのプロパティーで)調べました。
するとXXX@bigpond.com.au なんてあるのです。
もちろんマイクロソフト社がオーストラリアのプロバイダーを使うわけは無く、全くふざけていると言うか。
似たようなのが「意味不明のメール」が来て、中に書いてあるのは「もし我々のメーリングリストからあなたのアドレスを削除して欲しい場合は(つまり我々からのメールをこれ以上受け取りたくない場合は)ここをクリックしてください」、なんて書いてあるのです。
これは完全に罠が仕組まれているわけで、当然僕はクリックなどはせず無視してゴミ箱に捨てているのですが、何度も何度も来るのです。
こういう場合には、文句を言うためにこちらからメールでも出そうものなら相手の思う壺で、こちらからの反応があると言う事は実際に使われているメールアドレスであるという証明にもなり、ジャンクメールの業者にとってはそういう「使われているアドレス」を欲しがっているわけです。
また昨日来たメールはいかにも「僕のせいで」何かの被害を被ったような書き方で、内容はこのアドレスをクリックして確認してくれというような内容。
つまり例えば僕のPCにウイルスが入り込んで、僕の知らない間に僕のPCがウイルス付きの電子メールをどんどん知らない人に送ってしまっているというように受け取れる内容でした。
僕はアンチウイルスのソフトなどはしっかりアップデートして使用しているし、セキュリティーシステムも一応万全なのですが、なぜか気になり「完全に武装」してそのサイトを覗こうとしたら案の定、僕のセキュリティーシステムが警報を出したので、アクティブXなどは全て切って覗いてみたらどうやら中国からの物のようで、全て中国語で書かれている。
しかしなぜか僕に来たメールの内容は全部英語書かれていてもっと怪しいというか。
いまやSPAMメール(ジャンクメール)を受け取らずに捨ててしまう事の出来るソフトウエアーも有りますが、どうもジャンクメール屋とのいたちごっこのようで、完全に機能するものはほとんどないようです。
せっかく素晴らしい機能を持ったインターネットと電子メールなのに、このようなものが今後の発展の足かせにならなければと危惧しています。
法律で規制するべきではないかとさえ考えてしまいます。
オーストラリアは多分世界で先駆けてジャンクメールを取り締まる法律を作った国です。
しかし、いくらオーストラリアで取り締まっても海外から飛んでくるのには焼け石に水というか。
ウイルスとジャンクメールが無くなったら、もっとアクセススピードは上がるでしょうな。
何しろ僕のようにオーストラリアに住んで日本のサイトに行く場合には非常にアクセスに時間が掛かる時があります。
ブロードバンドを使用していますが、日本のサイトを開く場合は随分時間が掛かかり、国内(つまり僕の場合はオーストラリア)のサイトへアクセスする時とは大変大きな差が有ります。
特に先日のブラスターウイルスが猛威を振るっているような時には、あまりの遅さ(重さに)自分のPCがどこかおかしくなったのではないかと感じてしまったほどでした。
とここまで書いていたらまたジャンクメールが。 メールのアンケートの答えたら10ドル差し上げますとある。 是非ここをクリックしてくださいなんて書いてある。
全くうんざりしますな。
2003年10月3日
日本にいる親戚の娘から電子メールをもらいました。
珍しく長い内容で、彼女が勉強している写真学校のゼミ終了の展示会の事が書かれていました。
そしてそのメールにはURLがついていて、彼女や同期生達の作品がウエブ上で見ることが出来るのです。
全くこのような電子メールの機能は素晴らしい、手紙とは雲泥の差というか。 (手紙だったら、見せたい写真を焼き増しして、封筒に入れてとものすごい手間がかかるわけで)
で、我が母にも是非読ませたいと思い、僕のPCのモニターの前に座らせた。
母が電子メールを読むのはこれが初めてではないのですが、長いメールなので文面すべてがモニター上に表示されないのでマウスを使ってスライド(上下)させてやる必要がある。
僕がそばについて、いちいちマウスでメールをスライドしてやるよりも、良い機会だから母にマウスの使い方を教える事にした。
母は今年80歳になったのだが、体はいたって丈夫、また手先も器用で暇さえあると編物をしているほどなので、簡単にマウスを使えると思った。 ところが考えていた以上に苦労してしまいました。
やはり歳のせいか順応性が極端に落ちている。 たったマウスをクリックしてモニターに表示されているメールを上下に動かすだけなのに、クリックさせるカーソルを右の「上下ボタン」に合わせられない(持って来れない)。
手紙を読むために教えているのに、あまり無理やり教えようとしてやる気をなくさせると元も子もないので、マウスの真中についている回転ホイールを使用して、メールを上下させる方法を教える事にした。
これならカーソルが文面上にある限りホイールをくるくる回すだけで、メールが上下に動くので。
マウスの原理を一通り教えて試しに自分でやらせてみると何とかできそう。 で、僕は朝飯を作りにキッチンに行ったらすぐに母が来て、いくらホイールを動かしてもメールが動かなくなったという。
行ってみると間違って右ボタンを触ったみたいで、小さな窓が開き「Slect All (日本語のウインドウズでは何と表示されるか失念)」なんて出ている。
つまり歳のせいで指先のコーディネートがうまくいかず、自分ではマウスの左ボタンなどは押したつもりは無いのに、人差し指でホイールを回そうとすると薬指が右ボタンを押してしまっているのですな。
で、そういう場合は(小さな窓がいきなり現れたら)左ボタンをクリックして消すのを教えてまたキッチンに戻った。
5分ほどしたら今度はカーソルが消えてしまったと、またキッチンへ助けを求めに来た。 行ってみるとマウス自体を動かしすぎて角の方に行ってしまっているカーソルをまたメールのところに戻す方法が判らない。
つまりマウスの基本から教えていないのでマウス自体を動かすとボタンやホイール関係なく、カーソルが移動するという原理がわかっていない。
これではしょうがないと最初から、まるで幼児に教えるように、何度も何度も動かし方やボタンの事などを教えた。
しかしクリックで上下ボタンを動かす方法や右ボタン押しっぱなしでスライダーをつかんで、上下させる方法などを習得するまでには随分時間が掛かりそう。
で、ふと考えた。 これから高齢者がマウスを使う機会も出て来るのではないか。 そういう場合のためにもっとでかくて、指を乗せたくらいではクリックしてしまわないような老人用のマウスとか、それに代わるものが無いのだろうかと。
特に僕のマウス設定はカーソルの動く速度が標準よりも速めに設定されているが、これを母用に一番遅くする事は可能。
しかしマウスのボタンの強さは変わらないから、押したつもりが無くとも簡単にクリックされてしまうという問題などを防げるのではと。
そういうマウスが日本に有るなら捜してみようかと思い始めました。
「トラックボール式」の方が母には簡単かなとも考えますが、とにかくボタンのスイッチの強さが問題ではないかと。
母のように海外に住んでいると、電子メールの有り難さは人一倍のはずで、自分でメールを打てなくとも少なくともメールを読んだり、インターネットで日本のニュースを見たりは出来るようにせさたいと思っております。
やはり今のテレビかビデオくらい簡単にならなければ無利なのか。
ちなみに何とか母はそのメールを最後まで自力で読む事は出来たが(それほど長いメールではないが、年寄りって読む速度もメチャクチャ時間がかかることを発見)、メールについているURLを開いて(これは僕がやってあげた)中に展示されている写真を「戻る、進む」ボタンをクリックして閲覧するのはまだまだ無理でした。
マウスの操作を教えるだけでも数日かかりそうです。(^^;
2003年10月6日
9月の終わり頃の素晴らしい天気がウソのように、ここ数日は雨が降ったり止んだりで気温も大分下がっているようです。
僕は庭に出てアーチェリーの練習をしたくとも、雨がぱらついて出来ません。
さて、
女房が20年近く続けていた日本語の先生から引退するので、慰労を兼ねて旅行に行こうと色々調べていたのですが、ある日新聞を見ていた女房が「あらこのホリデー(パッケージ)良さそう」と言うので、どこ?と聞くと、「サバ(SABAH)}だと言う。
「え?? どこそれ?」と僕が聞くも女房はマレーシアあたりの島らしいわよと言う。
まああのあたりには小さな島がたくさん点在するからそのうちの一つだろうくらいに思って、じゃあそこに行こうかなんて気軽に答えておいた。
シドニーを脱出してホリデー気分に浸ればそれで良いわけで、まあその島がどこに有ろうが別段気にしなかった。
ところが詳しく調べてみたらなんとボルネオ島だったのです。
このホリデー計画、最初はオーストラリア国内旅行を基本に色々調べていたのですが、特に行きたかった「ヘロン島」はスクールホリデー期間に引っ掛らない「オフ・ピーク」のはずなのに、ちっとも値が下がらないばかりか航空券も取り難い。
その上、パッケージの日程と僕らの予定が合わないので、航空券を自分達で調達する必要がある。
すると何と一人往復800ドル近くもしてしまう。
あとたった2〜300ドル出せば日本往復の航空券が買えてしまう値段と言うのも何だかな〜と思っていた。
その上、そんなに出してもヘロン島に行くには出発便は朝7時前なんてスケジュールになっていて、ちっともホリデーを味わう気分になれないのではないかと。
それなら車で北上して、バイロンベイあたりにでもと考えたのですが、やはり長距離運転するのはもうしんどい。 (最近は何かドライブが億劫と言うか)
で、このボルネオの「サバ」というところ行った事無いどころか、マレーシアさえ僕らは行った事が無い。
行った事が無いということはますます興味が湧くということで、早速購入してしまいました。
値段もオーストラリア国内旅行よりうんと安いなんてのも魅力だし。
でこのボルネオ島には「サンダカン」というところが有ります。
この名前を聞いた日本人も多いと思います。 大正時代の日本がまだ貧しかった頃に、日本人の女性が働きに行ったところです。(いわば逆ジャパユキさんだったのです)
マレーシアはボルネオ島のサンダカン。 山崎朋子さんの小説「サンダカン八番娼館」は映画にもなったようです。(「サンダカン八番娼館・望郷」 (一九七四)
1974年と言ったら僕が日本を出た年ですな。
それを知ってますます興味が湧いてきた。 オラウータンのリハビリセンターでも世界的に有名とかで、これは色々楽しみ。
それにしても「ボルネオ」なんて言うと友人達は「ハァ?何でそんなとこへ?」という反応が多いです。
まあ人のやらない事をするのがいかにも「僕ら」らしいのでぴったりかもしれません。
最初は女房に任せっぱなしだったが、今日の日記にこの事を書くためにGOOGLEで色々調べていたら、サンダカンに住んで日本語の先生をしている方のHPも見つけて、思わず書き込んでしまいました。
出掛けるのはまだ先(10月16日)ですが、楽しみになってきました。
2003年10月7日
風邪が流行っているようで、PC屋のジョンに電話をかけたらまるで別人みたいな声で、こりゃー随分喉に来る風邪だと驚いていたら、なんと僕もやられてしまいました。
喉の痛い事と言ったら。 9月下旬の真夏のような陽気から一転また冬に逆戻りみたいな気温の変化のせいか、かなりの人がやられているようです。
まあ、熱が出ないので薬(パナディン)さえ飲んでいたら、多少だるい程度で平常通りに行動は出来るのですが。
さて、娘が我が家にノートブック型PCを抱えてやって来て、ウインドウズのセキュリティー・アップデートやアンチ・ウイルス・ソフトウエアーのアップデートをしなければと言う。
考えてみると、娘は仕事場(研究所)のコンピュータ(アップル)を使っているので、彼女の家にはまだネット接続をしていない。
という事はもう随分長い間彼女はすべてのアップデートをしていないはずだと気が付いた。
「ブラスター」というウイルス用のバッチも当然あてていない。
電子メールのやり取りなどしなくとも、ネットに繋いだだけで感染してしまう危険性もある。
しょうがないので、まずは僕のPCにダウンロードしてあるNo.KB823980
をフロッピーに落して娘のPCに入れてやった。
それからネットに繋ぎ、まずはマイクロソフトのウインドウズ・アップデートを始めたらIE6も含めて有るわ有るわ、何十という「重要なアップデート」があるのです。
そして娘のは「ウインドウズ2000」なので、SPがいまや4番までになっていてそれも入っておらず、いやはや、すべてのアップデートを修了するのに30分以上(バッチ毎に再起動が必要だったので)掛かってしまったほどでした。
それが終わると今度はアンチウイルス・ソフトウエアーのアップデートをし終わってから、やっとアウトルック・エクスプレス(メーラー)でメールを取りに行ったのですが、何と何百というメールを溜め込んでいた。
そしてその中にかなりの数のウイルス・メールが入っていて、その度にアンチウイルスソフトが警報を出し、どうするか聞いてくる。
その感染したメールをいちいち調べながら、削除したりしていたら最後のメールをダウンロードし終わるまでに随分と時間が掛かってしまいました。
いや〜、たった3ヶ月程放って置いただけでも、こんなにもセキュリティーのアップデートが必要なんですよね。
アメリカでは今マイクロソフト社を告訴している人がいて、内容は「あまりにもセキュリティーに弱いOS(オペレーション・ソフトウエアー)を販売している責任」を追及するためのものなのだそうです。
確かにたった3ヶ月でこれほどのアップデートが必要という事は、今回の娘のように定期的にアップデートをしない(出来ない)場合は、被害を被る可能性は「大」であることは確か。
他のOSが全て安全でウインドウズだけが危ないというわけではないけれど、確かに穴が多すぎるようです。
また一人勝ちのマイクロソフト社に敵愾心を燃やす人達がこのようなセキュリティーの弱さをついた攻撃を仕掛けているのも確かで、はたまた自分のプログラミングの能力を誇示したいためにウイルスを作っている人間もいるでしょう。
本当かどうか、アンチウイルス・ソフトウエアーを作る会社も世の中からコンピューターウイルスが無くなったら、商売成り立たなくなってしまうのでウイルスを作る人間には結構寛容だなんて話も聞きますし。
今回のブラスター・ウイルスなんかの場合、その脅威を聞いて慌ててマイクロソフト社のホームページにセキュリティ対策用のアップデートをしようとインターネットに繋いだだけですぐに感染してしまい、ダウンロードさえも出来なくなってしまうという事が起きていたほどですから。
ウインドウズXPの次のOSではセキュリティー・アップデートは強制的に(今は手動で選べる)行わせる設定になるとか。
完全なOSを制作するというのは不可能でしょうが、日本の「東京大学」がこのたび、ウインドウズからアップルに乗り換える事が決定されたのを見てみると、UNIXベースのマックOSXが評価されたからのようですが、将来的にはこのUNIX(LINUX)系のOSがパーソナルコンピュータの世界のスタンダードになっていく(べき)と思います。
そして原則的にOSは人類共通の言語と同じように(LINUXのように)、無料にすべきだと思っています。
一番の問題は「オフィス」など他のアプリケーション(ソフトウエアー)の弱さですから、これさえ何とかすればと。
と、今この日記を書いていたら連続でウイルス付きのメールが入ってきました。
両方とも「W32Swen.A@mm」という名前のウイルス付きのメールのようです。 気をつけましょう。
2003年10月8日
僕の日記に度々登場する若きオーストラリアのレーシングドライバー、「ライアン・ブリスコー」が日曜日(10月5日)のレース(ホッケンハイム)で優勝し、今年のF-3ユーロシリーズの年間チャンピオンの座を獲得しました。
僕は嬉しい限り、早速両親に電話をして祝福した後、色々今後の事なども話しました。
実は、やはり僕の日記に度々登場する、同じオーストラリアの若きドライバー、「ジェームス・コートニー」も今年は日本のF-3に参戦していたのですが、ぶっちぎりで早々と今年の年間チャンプを獲得していたのです。 この二人と僕は同じレーシング・クラブ出身という事もあり、家族とも親しいので、人一倍感激しております。
僕は彼らがまだジュニアの時代(16歳以下)からその素晴らしい才能を認めていました。
ライアン・ブリスコーの父ジェフと昨晩話している時にも、昔話が出ました。
今からもう何年も前にジェームスがジュニアのカート世界チャンピオンになった時に、シドニーで関係者が集まりささやかな祝賀会をやった事が有ります。(1995年だったか)
その時に、これからジェームスが一人でヨーロッパに行き、世界を相手に闘うために、皆で寄付をしたのです。 チャリティーディナーと言うか。
その晩餐会で僕の前に仲良く二人並んで座っている二人を見て、必ずや将来素晴らしいドライバーになるであろうと感じ、その二人に僕がチャリティーで買ったTAGのT-シャツにサインを入れてもらった。
多分まだ幼かった彼らにとっては初めてのサインだったと思うのですが、これはいまだに大事に取って有ります。
その事は、ライアンの父ジェフも覚えていて、もし将来二人ともがF-1に乗るような事があったら、このT-シャツは凄い価値がつくだろうと二人で話した物です。
いまや有名選手になった彼らは何度もサインを頼まれているだろうから、随分その当時のサインとは違った物になっているでしょうが、逆にそれが希少価値になるのではないかと。
ジェームス・コートニーは日本で「トムス」というレーシングティームから参戦していたのですが、チャンピオンになったご褒美で、今年のフォーミュラ・ニッポンの残りの数戦もドライブのチャンスを与えられているようですが、是非今度の鈴鹿では良い成績を上げて皆をあっと言わせてもらいたい物です。
いきなりF-3からF-1に近いF-ニッポンにステップアップして多少の戸惑いもあるでしょうし、彼が与えられたマシーン自体に競争力がどれほどあるのかは僕には詳細が判りませんが(そうもかなり競争力無いみたいな話を聞いた)、もしその日のレースが雨だったら多分彼は素晴らしいタイムを出して皆をあっと言わせると思っています。
何しろ初めての日本で、初めてのコースでも路面が濡れていたりすると、他の日本選手たちとはもう比較にならないほどの素晴らしいタイムを出していましたから。
今からワクワクしてしまいますな。
何しろ今年のF-1はモントーヤのこないだのレースの不運でほぼ99%シュウマッハーの優勝で幕を閉じそうな感じなので、面白くないので。
そうそう、F-1と言えばBARチームの来期のドライバーに佐藤琢磨選手が決まったようですね。 これはまた同じ日本人として嬉しい限り。
ビルニューブがそのためにシートを失ってしまったのは残念ですが。(僕の好きなドライバーの一人だったので) 来年こそBARホンダにはもっと戦闘力のあるマシーンで臨んでもらいたいと願っております。
何しろ今年のような調子だと、佐藤選手も結局今までF-1に参戦した日本人ドライバー達と大して変わらない結果で選手人生を終えてしまいそうなのが心配です。
ビルニューブにしても、過去5年間もっと競争力のあるチームにいたら、シュウマッハーのこれほどの独走を許してなかったのではないかと思うことがあります。
今年のキミライコネンやモントーヤの活躍、そしてアロンソの優勝などを考えると、色々複雑な気持ちになりますな。
アロンソと言えば上記のライアンやジェイムスとカート時代ほぼ同期でしたが、ジェイムスやライアンのほうが速かった。
F-1のシートをいとも簡単に手に入れてしまった、アロンソと苦労しているオーストラリアのドライバー達。
人間本当に「運」が左右しますな。
2003年10月9日
本日はシドニーのドメインというところに有るニューサウスウエールズ州立美術館に行ってきました。
「SEASONS」というタイトルで、日本から素晴らしい作品がオーストラリアに来ているのです。
日本の四季をテーマに、「春夏」分が8月16日から9月21日まで展示が行われ、間に一週間のお休みがあって、9月26日から「秋冬」が始まったのです。(10月26日までです)
春夏の展示の時に購入した入場券は、秋冬分も含まれているので、見逃すわけには行きません。
絵画や焼き物、蒔絵や和服など点数は多くないものの、非常にレベルの高い作品がオーストラリアに来てくれました。
まず焼き物は「尾形乾山(おがたけんざん)」、「仁阿弥道八(にんあみどうはち)」、永楽保全(えいらくほぜん)」なんて、そうそうたる名前でしょ。
他にも「鍋島」が数点。
「何でも鑑定団」って番組で、焼き物の鑑定士「中島誠之介」が「い〜仕事してますね〜」って泣いて喜ぶような作品を、僕も初めて間近で見ることが出来ました。
はっきり言ってこの展示会(特に秋冬の部では)で、絵画等の他の出展品と比べても、この「日本の焼き物」が一番感激しました。
前回と比較して感激がそれほどでなかったのが、屏風でした。
前回は久し振りに見る高名画家の屏風画(の特に大きさ)に圧倒されたのですが、あのサイズと金箔の派手さを見慣れてしまうと、何か僕には「芸術」として圧倒してくるようなパワーが感じられないんですよね。
「横山大観」や「川合玉堂(かわいぎょくどう)」「横山崋山(よこやまかざん)」など、やはりそうそうたる名前が並んでいるのですが、何かピンと来ない。
特に「源氏物語」や「伊勢物語」を題材に描かれている屏風って随分有って、確かに細かくうまく描かれてはいるけど、なんかワンパターンでしょ。
つまり映画やテレビの無い時代に「絵で見せる物語」のために描くのが基本だったのか、デッサン力とか細密さなどは判るんだけど、芸術というより「職人技」というか高質の「クラフトワーク」って感じてしまいます。
特に硯などに描かれている「蒔絵」なんか見ていると、もう唖然とするほど細かい仕事でそれはそれで、良い仕事の「白眉」なんですけどね。
「森狙仙(もりそせん)」の描く「猿」なんて目の悪い僕はガラスの展示ケースにおでこをぶつけるほど近くに寄って、猿の毛一本一本が描かれているのを確認して、その「超リアル」に感心はしたけれど、、、、。
つまり芸術と言える域に達している(職人技)技術というか。
絵画の中で只唯一素晴らしいと感じたのは「与謝野蕪村(よさのぶそん)」の掛け軸でした。
墨で「雪の中のカラスが二羽」のと「やはり冬景色の中の鷹」の二本。
モノクロの世界で、凄い迫力があって、素晴らしいな〜って女房と一緒に見ていたら、やはり絵の下に置かれた説明書きに(重要文化財)ってありました。 なるほどって感じ。
それにしても、今回の展示には少々文句を。 まず照明が低すぎる。 秋冬のテーマを意識し過ぎたのだろうか。
そしてそれぞれの作品についての説明書き(英語)がもうメチャクチャ小さくてその上、ほぼ床近くに置いてある。
僕は面倒なので作者名以外ほとんど読まなかったけれど、女房は全て読んだが腰が疲れたとの事。
つまり小さな字で床に置いてあるので、しゃがむか腰を曲げないと読めない。 そしてあまりにも字が小さいので一人がかがんで読んでいると他の入場者達は読めない。
入場者の数がそれほど多くなかったから良いようなもので、混んでいたら読めない人続出だったはず。
せめて目線の位置にもう少し大きいのを掛ければ良かったのにと。
そしてもう一つちょっと残念だった事。
それは春夏の部にも秋冬にも「渡辺崋山(わたなべかざん)」の作品が来なかった事。
我が家には女房が今から30年も前に鎌倉の骨董商から買った「崋山」の掛け軸があって、これは「もちろん贋物」です。
随分前に日本で専門家に見せたら、はっきり「いけません」って言われてしまった物です。
3000円で本物が買えるわけが無いって女房に言ったのだが、「掘り出し物」という事もあるって言い張った。(^^;
それ以来、本物の「崋山」の作品って見たこと無いので、来るのを期待してたんですけどね〜。
2003年10月10日
相変わらずシドニーの不動産ブームはおさまらないようで、このままでは加熱しすぎるというので、今年の終わりまでにはまたまた金利のアップがあるとの話。
何なんでしょうねこのブーム。
豪ドルも強くなっていて、海外旅行に出掛ける分には良いが、なんか景気を支えている要素が不明で心配になってしまうほど。
そんなわけで、ご近所にも前から気になっていた家が売りに出ているので女房と母と3人でインスペクション(下見)に行って来ました。
いえ、もちろん半分「冷やかし」で行ったのですが、売主は何だかメチャクチャな値段を望んでいるようです。
で、その時に顔見知りの不動産屋に「我が家も昨年に父が他界し、娘も独立し、たった3人になってしまい、その上母は日本と行ったり来たりで、今の家では手がかかりすぎるし」なんて話していたら「今が売り時ですよ、もし良ければ見せてもらえませんか?」という話になった。
次に住みたいところが見つかっていない状態で、今のところをすぐに出なければならないというような状況でもないので、「まあ良い買い手が凄い値段をオファーして来るようなら考えても良いけど」とは言っておいた。
ところがその不動産屋がまず下見に来て、「これなら大分良い値段がつきますよ」なんて、例によって「ビジネス・トーク」を始めたのですが、まあ彼らの言う事は「話半分」で聞かなければと常々思っているので「あ、そう」なんて、かなり「そっけなく」答えておいた。
ところがもうお客を連れて見に来たいという。 正式に新聞に広告を出したりして売り出しているわけではないので、家は散らかっているし僕の部屋や物置などは足の踏み場も無い状態。
その上テニスコートはすっかり誰も使わなくなって、コケだらけになっていて、手入れが面倒なので今度はハードコートのサーフェースにすべく、注文をしているのだが、もっと気温が上がるまで工事に掛かれないと専門家に言われ、まだ待っている状態。
そんなわけで、人に見せられる状態ではないと言ったのだが、構わないと言う。
どうやら(まあ不動産屋の話だから、どこまで本当か分からないが)この買主は最初からディベロップメント(開発)を考えているとかで、土地の広さと形の確認程度だから部屋は見ませんからなんて言う。
しぶしぶ承諾したら本日不動産屋が客(カップル)を連れて来た。
一応玄関から入って来たのだが、部屋はほとんど見ないで屋上に行ったり庭に出たりして、不動産屋と何やら色々話していて帰って行きました。
ディベロップメントを考えていると言うから、その手の(デベロッパー)人間が来るのかと思っていたのだが、来たのは中年の夫婦でした。
まあメチャクチャ良い値がついたら思い切って売ってしまうこともじゅうぶん考えられるのですが、しかし売った後に良いところが見つかるかしらと少々不安。
何しろ母は「絶対に景色の良いところ、つまりハーバビューが有って狭くないところ」が条件だという。
もう我が家ではテニスをほとんどしないので(女房は相変わらずコンペに行っていますが)テニスコートは必要ないが、しかし母は日本からのテレビ番組(NHK)を見るために、直径1.7メートルはあるパラボラ・アンテナを建てる余地が必要。
ギリギリのところに建てたりすると、オーストラリアでは必ずご近所から文句が出て、区役所もパラボラアンテナはまずは許可しないので、他の家から見えないような余地が必要。
で、色々考えると例え良い値で売っても、次に買うところが高かったりすると、何のために引っ越すのか良く判らなくなる。
その上、今はテニスコートのお陰で最近始めた洋弓の練習を好きな時に出来るが、次のところは多分今の家より(土地は)狭くなるはずだから、無理になるだろう。
そう考えると「売るのをやめようかな」なんて迷いだしてしまいました。
どうしたものやら。
では皆さん良い週末を。
2003年10月11日
本日土曜日と明日日曜日の日記はお休みです。
2003年10月13日
遅れに遅れていた、我が家の「墓」がやっと本日完成しました。
注文から1年以上、さすがオーストラリアというか、これが日本だったらもう大変な事になっていたのではないかと。
昨月には90%まで出来上がっていたのに、最後の蓋の部分のサイズを切り間違えたので、その部分を作り直していたのですが、それだけでもまた一月近くが経過していました。
何度も何度もプッシュして、もう母が日本に帰ってしまう(今回は4ヶ月ちかく)し、僕らはボルネオ旅行に出てしまうので今日(10月13日)から明後日の水曜日までしか「時間が無い」事を通告しておいたら、なんとか今日という事になった。
で、やっと新しい蓋を乗せ終えて、いざ花を飾ろうとしたら、なんと墓と同じ御影石で作った「花瓶」を持ってくるのを忘れたと。
明日には持ってきて据え付ける(シリコン系の接着剤で固定する必要がある。 でなければ盗まれてしまうので)と言うが、いやはやさすがに「しらけて」しまいました。
特に僕らは昨晩はほとんど寝ていないのでよけいイラついてしまうほど。何と、夜中の3時半に娘から電話があり、防犯装置のサイレンがセットして(かけて)いないのに、なぜか夜中に突然鳴り出して、いくら暗証番号を入れても鳴りっ放しになると言う。
どうしたら良いか判らなくてパニック状態で電話をしてきたのですが、僕も女房も全く原因が判らない。
普通、警報装置解除の暗証番号を打ち込めば「サイレン」は止まる筈なのに、鳴りっ放しになっていたのです。
しょうがないから電源を元から切るように言った。
今朝その装置のメーカーに電話をして説明したら、それは煙探知機が誤作動しているのではないかと。
つまり娘のところの警報装置は、侵入者が有った場合だけでなく、火災予防のために煙探知機も連動していて、どうやらそれが誤作動を起こしている。
煙探知機の場合は防犯装置をセットしなくとも火災予防のために常に「オン」の状態なので、いくら暗証番号を打ち込んでもサイレンを止められないとか。
その電話の後全く寝ることが出来ず、結局朝を迎えてしまったので、墓の完成に立ち会っていても疲れてしまいました。
さて話は変わって、昨日のF-1日本グランプリ。
全く今年のF-1の締めくくりにふさわしい、多くのドラマが有りました。
しかし終わってみると結局1ヶ月ほど前の僕の日記で予想した通り、シュウマッハーの優勝で幕を閉じました。
全く残念ながら、新しいチャンピオンは今年も生まれなかったです。
そしてシュウマッハーはファンジオを抜いてついにF-1史上初の6回目の年間チャンピオンを獲得したわけですが、これは確かに素晴らしい記録ではあります。
シュウマッハーというドライバーは僕は好みではないけれど、確かに歴代ドライバーの五指に入るのは確実で、人によっては五指どころかトップであると思う人も多いはず。
僕はセナファンだったので、絶対にシュウマッハーがセナより上だとは言いたくない、考えたくないので。
セナの生前、シュウマッハーと対戦する時代には、確かにシュウマッハーの追い上げを受けてはいたが、ポールポジション等はセナが抑えていましたし。(ただしその時代、セナは絶頂期で、シュウマッハーはまだ若く経験が少ないハンディはあったかな)
最後に、急遽出場の佐藤琢磨選手、6位入賞オメデトウ。
願わくば予選第一日目の勢いでティームメートであるジェンセン・バトン選手の前でフィニッシュして欲しかったですが。
昨年も鈴鹿では6位入賞しているし、ホームコースでしたから。
来年には常時出場という事になり、ホンダに頑張ってもらって常にトップ3位を狙えるように頑張ってほしいものだと大いに期待しております。
2003年10月14日
先週の事ですが、朝娘から電話があり僕が出て、「何?」って言うも、泣きそうな暗い声を出して、女房に替わってくれ言う。
僕は「直感」がひらめいて、いきなり「何があった? 事故か?」と聞くも、「ママに替わって」と言い張るばかり。
案の定、事故ってしまっていたのです。 車の事故。
もうそろそろ事故をやる頃ではないかと思っていたら、「わき見運転」で追突事故を起こしていたのです。
それも自分の働いてる研究所の構内の駐車場に通じるところで、確か制限速度30キロ程のところだったから、大きな事故にならず、怪我もせずに済んだのですが、普通の道でやったと考えると「ぞっと」します。
「わき見」の理由は、構内(つまり一般道路ではない)にも駐車違反取締官が切符を切っているのを(初めて)見て驚いて、見とれていたらしい。
全くノー・ブレーキで突っ込んだらしい。
その相手の車は停車をしておらず、ただ減速中だったのでこれも運が良い。
もし完全に停止中の車に突っ込んでいたら、もっと大事故になっていたと。 エアーバッグも作動しなかった程で済んで入るらしいが、しかしヘッドライトも割れているし、ボンネットもダメージを受けているとかで、そこまで行ってもエアーバッグって作動しないものなんですかね?
何か逆に心配になってしまった。
だいたい普段からわが娘はスピードを出し過ぎると、常に口うるさく僕は注意していたので、、僕に会わせる顔が無いと。
しかし娘には内緒なのですが、僕も似たような事故を20歳の頃にやった事が有ります。
免許を取って大分運転に自信が付き、自分の頭の中では余裕があると勘違いして、運転しながら「ちょろちょろ」わき見をしだす頃でした。
免許取立ての頃は、運転にはまだ慣れないから、一生懸命に前を向いて運転しているので、ちょっとボディーを「こすった」とかはあっても追突は少ない。
しかしそういう時期が過ぎると、結構新たな危険(事故の可能性)が待ち構えているもので、僕も完全にわき見をしていて気が付いて急ブレーキを踏んだが間に合わず、バンパーをへこませ、ボンネットの一部を傷つけてしまった。
猛烈に急ブレーキをかけながら追突すると、(当時の車は特に)ビックリするほどノーズが下がるもので(前下がり)、相手は軽四のバンだったが、僕の車のボンネットが相手の車のストップランプの下くらいに当たっていたのをいまだに良く覚えています。
若かった僕には大いにショックで、その事故から学んだせいか、以来一度も追突事故も、いや他の事故も(停止中に追突された事故をを除く)全くやったおぼえが有りません。
もう娘は自立している(はず)ので、修理代も保険手続きも全て自分でやりなさい、と言ってあるがまた来年から保険代が上がるでしょうな。
娘は今まで60パーセントの「ノークレーム・ボーナス」と言う無事故割引を受けていたが、今回は相手の車のダメージもあるので保険を使う必要がある。
そうするとその割引率が下がってしまうはずです。 これで当分新しい車を買う可能性は無くなったでしょうな。
18歳の時に買ってもらったホンダのシビックですが、もう7年目に入るはず。 今まで何度か事故をやってきたが、大きな事故ではなかったために、保険を使わずに修理してきた。
だから25歳になった時にはすでに60%の割引を受けていたのです。
いくら独立したといっても、一昨日の真夜中の警報装置の問題にしてもすぐに「助け」を求めて来るもんで、結婚して子供がいるような歳になってもかけてくるのではないかと、今から心配になってしまいますな。
僕が彼女の歳の時は親と大喧嘩をした挙句家を飛び出して、自立を始めたので、何か問題があってもいちいち親に「どうしよう」なんて電話をかけることなんて考えもしなかった。
まあそれだけ娘は幸せなのか。
2003年10月15日
明朝ボルネオに向けて発つというのに、全く用意をしておらず、土壇場になって慌てております。
母が一人になるのは不安なので、母の友人で戦争花嫁として52年前にオーストラリアに来た方が好意で本日から我が家に泊まりに来て下さいました。
「S子」さんは当然英語も堪能で、母とは日本人会を通しての付き合いで気心も知れているので、安心です、
明日から23日までのたった7日間なので、全く用意も何もしていなかったら、あれもこれもとやっておかなければならない事が次から次へと出てきて、あっという間に一日が経ってしまいました。
何しろ最近はまた天気が戻ってきたので、庭の芝生は伸びてしまっていて、今日から一週間ほったらかしにはできないと気がつき、慌てて芝刈りを始めたり、他にも色々やっておかなければならない事って随分ある事に気がついた。 たった7日間でもこんなにやっておかなければならない事が多いので、今のところを処分してもう少し小さなところへと考えているわけです。
10月10日の日記にも書いたように、先日には不動産屋が客を連れて来たのですが、なんと昨日にはもうその買い手が「オファー」をしたいから会いたいと言って来た。
僕らは、旅行に行ってしまうからまた帰って来てから合いましょうといって、まだ会っていません。
この客は僕らが売り急いでいるわけではないとは「充分」納得した事でしょう。
さて、今回のボルネオ旅行には一応ノートPCを持っていきます。
僕らが宿泊するホテルではインターネットのアクセスができるのかどうか判らないのですが、もし出来たらボルネオから僕のHPを更新してみようかなとも思っています。
たった7日間だし、ホリデー中にまでPCを持って行ってと女房は少々呆れていますが、まあ更新は万が一出来たらという感じで考えています。
まあデジカメは持っていくので、帰ってからも色々写真をアップしますのでお楽しみに。
今、夜の10時40分ですがいまだ荷造りはしておらず。
では。