2004年9月前半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年9月1日
最近の「電話代」ほど不思議に感じるものはありません。
昨日来た請求書を見ていたら、一回の通話に11ドル59セントランドというのに目が止まった。
我が娘が独立してから毎月の電話代の請求額が「ド〜ン」と安くなったのですが、今月はいつもより高いなとは思っていた。
で、詳細を見ていたら、この金額に目が止まったのです。
かけた先が携帯で、見覚えのある番号なので、すぐに僕がかけた事は判った。
僕がカートのレースをやっている頃に、色々教えてくれたデイミアン(まだ29歳です)にかけたのですが、彼は今メルボルンに住んでいます。
彼はプロのレーシングドライバーになるために四苦八苦していて、昨年の終わりにピーター・ブロックというオーストラリアではとても人気のあったレーシングドライバーのティームに入り、今はUTEのレースを闘っている。(ちなみに今年のチャンピオンシップでは現在までランキング1位です)
僕は彼がまだウーロンゴンに居るのだと思っていたら、ピーター・ブロックのティームのあるメルボルンに移った事を最近知った。
で、彼に連絡を取るには携帯電話番号しか知らないので、かけたわけだが、いつも彼と話す時には話がはずんで、長話になる。
その時にも確か30分ほど喋ったと思います。
で、ランドライン(日本語でなんて言うのだろう、普通の電話回線で携帯ではない)から彼の携帯にかけたのだが、11ドル以上の金額になってしまった。
「11ドル」という金額自体たいした事ではないが、しかし携帯から携帯へ掛けたらうんと安かったり、時間帯によっては無料なんてのがあるのに、なぜにこんなに高いのか。
さてその電話で、彼と話していたら「ひょっとしたら日本でレースをする可能性が出てきた。 もし具体的になった時には、日本のティームに電話をかけて色々詳細を話して欲しい。 彼らがどれほど英語ができるか判らないからトムに日本語で交渉して欲しい」と彼が言うので、お安い御用だと喜んで引き受けた。
電話代等の費用はちゃんと払うからと彼が言うので、そんな心配は無用だ、今やお得なテレフォンカードを使ったら、1分あたりたった1.9セントで日本にかけられると話した。
10分話して19セント(14円)、1時間話しても1ドル20セント(100円以下)にもならないのだからと説明した。
そんな会話を、同じオーストラリアにいる彼と話していたのが11ドル以上にもなってしまった。 全くふざけているでしょ。
このテレフォンカードを使って日本に11ドル分かけたら、10時間近く話せてしまうのですよ。
同じオーストラリア国内にかけるほうが、遠い海外にかけるより20倍近くも高いなんて。
僕などほとんど普段は携帯を使わないし、たとえ使っても必要な事しか話さないのでほとんどが長くて2〜3分でしょ。
しかし若い人は年がら年中携帯でダベっていますよね。
携帯から携帯は、ランドラインからかけるより安いのかもしれないが、今月来たこの請求書を見ながら、若い人達は相当な金額を毎月電話代に払っているのは容易に想像できる。
電話代なんかに毎月何百ドルも使う人も結構いるはず。 我が娘にしても、たいしてお給料もらってもいないので、収入に占める電話代は相当なものではないか。
ビジネス上、携帯電話は必需品と言うなら判らないでもないが。
収入に対する食費を「エンゲル係数」と言うが、娘の「テレフォン係数」はすごいのではないかと。
電話代にそんなに支払う意味が一体あるのかと。
シドニーのランドライン同士は度数量システムではないので、同じ市内は何時間話しても20セント前後なのですが、それを考えると余計にこのような金額設定に納得がいきません。
オーストラリアだけでなく世界的に携帯電話代は相当な物になると思うが、本当にそれほどの価値が有るのかと。
我が娘のような薄給の若い人が毎月毎月高額な電話代を払っているって非常に歪んでいると思う。
こういったものに国民の消費(金)が多く流れるって、決して経済的にヘルシーでは無いと考えます。
2004年9月2日
クイーンズランドに住む友人からメールをもらって、その内容に感激してしまった。
今日はその事について「本人の了解を頂いた」ので書いてみます。
実はもう何年も前に、彼の夫婦仲について相談を受けた事があった。
彼は日本人、奥さんはオーストラリア人で、2人が知り合ったのは日本だったが、結婚後オーストラリアに移って来た。
もう大分前の事なので何が原因だったか憶えていないのだが、いわゆる離婚話で彼が悩んでいて、何度か電話をもらった。
確か奥さんの方が離婚には積極的で、彼としては子供もいることだし、できる事なら離婚はしたくないという考えだった。
話し合いは平行線のままで、僕から見るともう完全に破局を迎えていると思われた。
弁護士への相談や家庭裁判所、はたまた諍いで警察沙汰にまで発展し、もう完全に元には戻らない状態で、僕も彼に離婚を勧めた。
オーストラリアでは男女平等なので、離婚が成立した場合は奥さんも財産の50%を請求する権利があるが、もし奥さんの方から家を出てしまった場合は、共同名義のその家の処分にしても、そのまま彼が住み続ければ非常に厄介になる。
奥さんが先に家を出てしまったら最終的な調停が終了するまで、他に住まなければならないが当然家賃等の経費が掛かるわけで働いていない奥さんにはそう簡単には行かない。
で、結局ずるずると家庭内別居が始まったわけである。
「家庭内別居」と言うのはたまに耳にする言葉ではあるが、実際に自分がそのような経験をした事が無いので、想像するしかないのだがかなり精神的には「きつい」ものだと思う。
たまに彼から連絡があると、その「家庭内別居」について話題が及ぶ事がしばしばだが、話を聞くと僕にはにわかに信じられない事が多かった。
同じ家庭内に住みながら、お互い全く喋らない、完全に会話が無いという話にも、僕にとっては「半信半疑」であった。
当然食事も全く一緒にしないそうで、何かの理由でどうしても伝えたい事があると、小学生の息子を通すか、またはキッチンのカウンターにメモを置いておくのだそうです。
全く会話が無いだけでなく、同じ屋根の下に住んでいるのだからキッチンや廊下等でお互い接近する事もあるはずだが、お互い目も会わせないのだそうだ。
そんな「タフ」な状態のまま同じ家にずっと住みながら「家庭内別居」をずっと続けられるとは僕には考えられなかった。
まあせいぜい1年もそういう状況が続けば、どちらかがその家を出て行くことになるだろうと思っていた。
しかしその「家庭内別居」はその後2年以上も続き、これは「別居」を通り越して、「家庭内離婚」状態になっているようだった。
まあ彼としてもほとんど仕事で家にはいないし、夕食も外で取って帰ってくるので、確かにあまり顔を合わせるチャンスは少ないのかもしれないが、しかしよくその状態が続くものだと、半ば感心さえしていた。
そんな状態の彼から一昨日メールをもらった。
その内容を見て僕は感激してしまったのだが、僕がそれを書くより彼からのメールそのままの方が、臨場感があるので以下に付けます。
ただしプライバシーの問題があるので名前は全て仮名です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お久しぶりです。そして誕生日おめでとうございます。
いつの間にか57ですか。僕がシドニーに到着して田邊さんに初めて
会った時、たしか田邊さんは42才と記憶しています。僕が今41ですから月日の流れは早いですね。
ところでこちらは5日前からケン(注:仮名 息子さんです)が学校のキャンプで9日間の旅に出ています。
そして11年ぶりに我が家はケイティー(注:仮名 奥さんです)と二人の家の中になりました。
この間の土曜日にゴールドコーストの日本食レストランで年に一度の寿司食べ放題の企画がありました。
そして何気なく2年半ぶりにケイティと会話を持ち一緒に食べに行く事になりました。
普通の夫婦間では何とも無い事ですが家では大革命なのです。
本当に2年半一言も口を聞いていませんでしたので誘う側の僕は話し出すタイミングを非常に苦労して1階と2階を4回ほど往復して遂に切り出しました。
別に寄りを戻すとかでは無く何気なくの気持ちでした。
彼女はOKと言い、その夜僕はメモでキッチンカウンターにメッセージを置いておきました。
内容の直訳ですが‘第二次世界大戦は4年ほど続いたが僕と君は5年以上続いている。 とりあえずひと時の休戦の為に誘ったんだ’
50ドル食べ放題の寿司は満足できました。そして次の日は2人でタイレストランに夕食に行きました。
そしてその後また二人の仲は無言に戻りました。
同じ屋根の下に居て2年半も一言も口を聞いてない事は一般から見ると考えられないようですが本当に口だけではなく、目も2年半あわせていませんでしたので。
この期間どうしても伝える事があった場合はキッチンカウンターにメッセージを置くという方法をとってきましたので。
以前田邊さんに色々ご迷惑をかけてアドバイスを頂いていた時期は僕自身精神的に最悪な状態でしたが無言の状態を作る事で僕の精神状態は自然に癒されていたようです。
こんな状態の家も結構珍しいと思います。将来本でも書いてみようかなとも思ったりもします。
今回なんで彼女を誘ったのか自分自身でもよくわかりません。そして決して二人の外食は心地の良いものではありませんでした。
ぎこちなくて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いや〜、奥さんにしてもビックリしたでしょうな〜。
2年半もずっとこんな状態だったのに突然彼から寿司屋に行こうなんて言われたら「何があったのだろう」って頭の中には「?」マークが飛び交っていたのではないかと。
これはひょっとすると何かの「罠」ではないかと思ったり。(^^;
でも僕はこのメールを読んで、やはり彼は最終的には元に戻りたいって思ってるのではないかと感じて、何か嬉しくなってしまった。
10年後くらいに、また仲良く暮らしていたりって事があったらもっとドラマティックなんですけどね。
2004年9月3日
春を思わせる暖かい日が続いていたシドニーですが、9月に入ってまたちょっと寒さが戻ってしまいました。
シドニーの三寒四温か。
最近のガソリン代の高騰は、僕の友人達の車選びにも影響を与え始めているようです。
日本のガソリンの値段はどう決まるのか知りませんが、オーストラリアの場合、原油価格の推移がほとんど日ごとに反映されるようです。
もちろん原油価格の値段の変化以外にも、豪ドルの為替相場の変化にも影響されるわけです。
例えば昨日国際相場で原油価格が上がったら、もう本日にはその影響でリッターあたりのガソリン代が上昇するといった按配。
現在のオーストラリアのガソリン価格はリッターあたりだいたい1ドル5セントから1ドル10セントあたりでしょうか。
日本円にすると75円前後。 僕は現在の日本の価格を知らないのだが、多分リッターあたりの価格で比較すると、まだオーストラリアの方が安いとは思います。
しかしオーストラリアは国土が広い、つまり平均的ドライバーの走行距離は日本とは比較にならないほど多いと思いますし、その上オーストラリアのクルマの排気量は確実に日本より大きいので燃費も良くない、一人あたりのガソリンの年間消費量は大分上なはず。
つまりリッター当たりの価格は日本より多少安くとも、結局ガソリンに消費される金額は上ではないかと。
で、燃費などには鈍感なオーストラリア人ですが、大分考え方を変え始めている人も増えているようです。
まあこれは世界的な傾向なようです。
最近、友人がそろそろ次のクルマに買い換える時期だが次に何が良いだろうと僕に相談した時に、トヨタのプリウスが話題に上がった。
じつは僕にとってもこの「プリウス」今最も関心のあるクルマなのです。
来年あたり今のクルマの買い替え時だと考えているので、プリウスの試乗会にでも行ってみようかと思っています。
で、女房の友人達にもこのクルマの話をするのだが、僕が想像するほど知名度が低いというか、関心が少ないです。
僕の日記を見てくれている日本にいる方でも、この電気モーターとガソリンエンジンを組み合わせたクルマの認識度ってどうなんでしょうか?
この日記にも度々登場する女房の幼馴染「メグ」が新しいクルマにしたいというので、プリウスの話をしたら、そんなクルマが存在する事自体驚きのようでした。
結構皆知らないんですよね。
しかし世界的にはかなり売れ始めているようで、今オーストラリアでは注文から3ヶ月待ち、ガソリンの値段が非常に低いアメリカでもかなり関心が集まり、今やオーダーしても半年待ちらしい。
日本製のこのクルマ、特殊な部品などが使われているようでトヨタもそう簡単に増産が出来ないらしい。
オーストラリアではクルマの輸入税が来年度には3分の一下がるので、今年は車の購入を控えている人は結構いるはずなので、オーストラリアでは3ヶ月待てばプリウス購入できるらしいが、来年以降は結構プレミアがついてしまうかもしれません。
何しろ燃費が極端に良くて、たった40リッターだったかの小さな燃料タンクを満タンにすればシドニーからメルボルン(約1000キロか)まで走って、まだタンクにガソリンが残っているというレポートをヘラルド紙で読んだ僕は、もしプリウスにワゴンがあれば即注文してしまうのにと思っています。
今のリバティーワゴン(レガシー)は、LOADING ZONEに駐車できる特典のために本当に重宝して、次の車も絶対にワゴンだと決めているので。
近々試乗会に行く予定なので、またこの車については書いてみたいと思います。
車の話題について書いたついでに。
シドニー(オーストラリア)にはかなりの数のスピードカメラ(速度違反車を取り締まるやつ)が設置されていますが、最も反則金を稼ぐカメラ(常設のカメラ)はどこに有ると思いますか?
何と、シドニー・ハーバトンネル内のと、スピットブリッジがあるスピットロードなのだそうで、毎日2万ドルずつ稼ぐのだそうです。
年間にすると700万ドル以上(日本円で5億円)も一台で稼ぐというのは驚きです。
と言うのも、ハーバートンネル内にカメラが設置されているのは衆知の事だし、カメラ有りという看板もちゃんとついているし、トンネル内を走っていればトンネルのちょうど中ごろ、右上にカメラがはっきり見えるのに、速度違反を犯してしまう人がそんなに多いとは。
まあ、考えてみると間抜けな我が娘のように、自分の家のすぐそば(我が家と娘の家の間)に設置されているカメラに二度も捕まってしまった事があるのだが、多分運転しながら携帯電話で話していて、自分の運転している車の速度のことなどすっかり忘れてしまうというパターンも結構あるのではないかと。
皆様もくれぐれも気をつけて運転してください。
シドニー在住の方には、特にスピットブリッジ前の急な下り坂ではスピードを出し過ぎないように。
あそこはアクセル踏んでいなくとも、速度違反になってしまうのです。
2004年9月6日
昨日の日曜日は午後から雲行きが怪しくなったと思ったら、雹(ひょう)が降り出し、庭一面は雪が積もったごとく真っ白に。
1999年4月の有名な雹の大被害を経験しているので、慌てて外に飛び出し車にカバーをかけたのですが、幸いそれほどの大きさにはならず、被害は無かったようです。
シドニー中大きな被害を出した1999年の時には、ゴルフボールよりも大きな雹が降り、我が家でもクルマの屋根やボンネットがへこんでしまった。
夕食前にはその雹も上がってほっとしていたのですが、夜半にかけてひどい雷と雨。
かなり近いなと、慌ててPCをシャットダウンした途端にピカッと光リ、全く間髪いれずに「ドッカーン」という轟音のような雷。
途端に電話が一回鳴るは、近所の家の警報装置は作動してサイレンが鳴り出した。
そう、すぐそばに落雷があったために電流が流れたような状態になったのか、電話が鳴ったのも落雷のせい。 警報装置も在宅中でかけていないのに鳴り出したりする始末。
いや〜、危なかった。 直前にPCをシャットダウンしていなかったら確実に影響が出てたでしょうな。
↑庭に積もった雹(ひょう)。真っ白で雪のごとく。 雹がプールの水を叩き、まるでプールの水が沸騰しているように見えました。
雹が止んだ後もすぐに溶けず、氷で冷やされた風で気温が一気に下がってまるで冷蔵庫の中にいるようでした。
さて、ロシア南部・北オセチア共和国の学校占拠事件。
土曜日の夜女房のお気に入り「バークス・バックヤード」というガーデニングの番組を見ていたら突然放送が中断して、臨時ニュースが入った。
僕は911事件の時には寝てしまっていてテレビを見ていなかったので、24年間オーストラリアに住んで初めて「ニュース速報」で番組が中断という経験をした。
こりゃ〜かなり深刻な事態になっているに違いないと僕もテレビの前に移ると、現地からオーストラリアの特派員がレポートを始め、その特派員の後ろを体育館から逃げて来た裸の子供達の映像が流され始めた。
その報道は5〜6分で終わって、またすぐ平常の番組に戻ったので、僕は2階に上がって母の部屋で日本からのNHKの放送を見に行った。
ところがNHKでは臨時ニュースはやっておらず、20分近く待って7時のニュースが始まった。
オーストラリアの臨時ニュースから20分は経過しているのに、NHKの報道は他社の限られた映像を何度も何度も繰り返し流す(全く典型的な日本の報道スタイル)だけで、実際の事件の経過について要領を得ないというか、非常に抽象的。
NHKのレポーターは現地にいるはずなのに、その映像には登場しない。(他社から購入した映像だから)
電話で報告しているのか声は聞こえるのだが、「現場から400メートルほど離れている所にいるから、詳細は不明です」と繰り返すばかり。
それなのに15分近くも同じ映像を何度も流しながら、事件の解説などをしている。
ニュース報道になぜこれほどの差が出てしまうのだろう。
オーストラリアの放送局より「比較にならない」ほど大きな予算を持つはずのNHKなのに、完全に負けてるんですよね。
最終的には400人を超えるだろうという犠牲者を出したこの大きな事件で、報道の違いがはっきり出ていました。
だいたいこの事件が勃発した時点で僕は悲惨な結果になるだろうと予想していました。
同じチェチェンのゲリラがモスクワの劇場を占拠した事件の時に、危険な麻酔弾を多用して多くの犠牲者を出したのを憶えているからです。
先日の僕の胃カメラ検査について書いた日記にも、この麻酔薬の危険性を強調しました。
その検査の時に僕は麻酔医とモスクワの劇場占拠事件の話をしたのです。
「フェンタニル」を多用して、多くの犠牲者が出たよねと僕が言うとその麻酔医は「実はこの麻酔薬を多用する場合には、解毒剤も同じように用意しなければならなかったのに、全く足りなかった。 用意周到で事に当たっていればあれほどの犠牲者は出さずに済んだのです。 ロシアではやる事が荒っぽいから本当に怖い」と。
今回もロシア当局は救出作戦等の具体的なプランが無く、このような事件は今までも何度も起きているのに組織的な対策が全くなされていないとの事。
出動したロシア軍た現地警察、自治隊など以外にも人質にとられた子供の親が銃器を持って参加し、誰が誰だかもわからないような混乱状態。
全ての作戦行動を取り仕切る指令部もはっきりしていなかったそうです。
反体制運動への締め付けは非常に厳しい国だからこそこのような過激なテロ行為も充分予測されるのに、対応は非常に遅れているそうで、元イギリスSASのエキスパートも批判していましたな。
今回はアルカイダも参加しているとの情報もあるように、今後もこのような悲惨な事件はエスカレートしていくのでしょう。
2004年9月7日
このところ珍しく雨の日が多くなって、芝の緑も大分回復してきました。
で、車を運転していてワイパーを使う機会も増えるわけですが、まだ保障期間中のスバルのリヤウインドウのワイパーの拭きが良くない。
窓ガラスが汚れているのかなと思い掃除をしたのに全く改善されない。
不思議に思ってワイパー(リヤ・ワイパーです)を見たら何とブレード(ゴム)の部分が千切れかけている。
僕は今まで14年間の間に4台のリバティーを乗り継いで来たが、ブレードの部分がボロボロになってしまった経験は皆無。
だいたいフロントウインドウのブレードはまだ大丈夫だし、ほとんど使わないリヤのブレードの方が先におかしくなるのも不思議だと思いながら、新しいのを買いに行った。
で、間違って違う部品を購入しないようにとそのボロになったのを取り外し持って行った。
カウンターでスバル・リバティー・ステーションワゴンのリヤワイパーと言って購入し、支払いを終えてふと見ると、非常に良く似てはいるが僕の持って行ったのとは多少形が違う事に気がついた。
あれっと思って確かめたら、顔見知りのサービスマネージャーがいて、僕の持っていった古いのを見ながら、これはスバルのワイパーブレードではないというのです。
でも僕のクルマは保障期間中で、当然今までブレードは変えていないから、新車時について来たのがこれだがと言うと、「誰かが古いのとすり替えちゃったのでは? 公共の駐車場や路上に停めておくと、あっという間に古いのと取替えちゃうやつがいるから」と。
どうりで変だと思ったんですよね。 まだ保障期間中の車のワイパーがこんなにぼろになったちやうなんて。
それにしても全くうかうか出来ませんね〜。 誰がすり替えたのか知らないが、同じサイズのだとわかってるんでしょうね。 すぐにすり替えられたのが気がつかないほど似ている。
よ〜く見ないとほとんど違いがわからない。
今のワイパーはゴムの部分だけ交換というわけに行かないので、全て買わなければならず決して安くないんですよね。
こればっかりはカギかけておくと言うわけにもいかず。
さて、
Krispy Kreme というチェーン店のドーナッツ屋があります。
最初は我が娘がこれを手土産に持って来た。 その次には女房が友人を空港に送って行った時に、近くに出来たばかりのKrispy Kreme が有ったと、やはり同じような大きな箱に1ダースほどのドーナッツを買って来た。(たった1ダースなのにオーストラリアにしてはやけに大げさな箱)
でも、はっきり言ってちっとも美味いくないんですよね。
ではなぜ娘も女房も不味いドーナッツを買ってしまうのか。
昔オーストラリアには日本の「ミスター・ドーナッツ」が有りました。
中華街近くのジョージストリートにミスタードーナッツが開店したのは随分前の事である。 僕が日本に住んでいた1974年まではミスタードーナッツは無かったので、オーストラリアに支店ができた時にはたいそう嬉しかった。 前から食べてみたいと思っていたから。
さっそく何度か買いに行ったものだが、日本からオーストラリアにワーキングホリデーで来た若い人達に聞くと、日本のミスタードーナッツより、「何となく」味が違う、と言うか味がいまいち「落ちる」という意見が多かった。
その後僕が日本に行った時に、日本で食べるチャンスが有ったのだが、確かに日本のほうが美味しく感じた物である。
その違いが、例えばミスタードーナッツオーストラリア店が使う材料、特に小麦粉とかが日本と違うのか、はたまた日本のミスタードーナッツは製造してから売れずに何時間か経過すると処分して、なるべく作りたてを客に出しているように聞いていたのだが、その辺の管理がシドニー店のは甘いのかなとも思った。
僕としてはミスタードーナッツがオーストラリア人に気に入られて、日本のようにチェーン店として何件も増えてくれると期待していた。
今からもう20年近くも前の事である。 ところがなぜかその一軒だけで、そのうちその店も閉めてしまいミスタードーナッツはオーストラリアから撤退してしまったのです。
まあその頃には僕自身もあまり買いに行くチャンスも無く、撤退を知った時にもそれほどガッカリはしなかった。
以来、シドニーでドーナッツといえばドーナッツキングというチェーン店と、もう戦前から有るような何の変哲も無い不味いドーナッツばかりだったのが、最近になって上述の「Krispy Kreme」が注目を集め、チェーン店としてすでに何店かが開店している。
しかし確実に、このKrispyがミスタードーナッツよりも美味いわけではないのです。
ではなぜミスター・ドーナッツはたった一軒だけで終わってしまったのに、Krispyはもうすでに何軒も支店を展開できているのか。
それはただただ「プロモーション」の違いに尽きると考えます。
名前自体からして「ミスタードーナッツ」よりは、「KrispyKreme」の方が受けが良いだけでなく、カッコ良いデザインのロゴの入った「大げさ」なサイズの箱、そして最大に違いは、「香り」だと僕は思う。
これはどういう裏技を駆使しているのか知らないが、Krispyのドーナッツは、とにかくメチャクチャ美味そうな匂いを発生させているのです。
味はちっとも良くないのに。 このドーナッツの箱を女房が持ち帰ってきた時にも、箱を開ける時にどんなに美味しいドーナッツが入っているのかとワクワクさせるほどの良い匂いをかもし出しているのです。
同じ事(裏技)はKrispyの店自体にも言えるらしく、近くを通るとついふらふらっと買いたくなって入店してしまう客もいるようです。
まるで「うなぎの蒲焼」のごとく。 ご存知のように蒲焼は意識的にあの香りを流して、道行く客を呼び寄せているわけですが、同じ効果を狙っているようです。
このドーナッツだけをとっても、いかに日本の企業が「プロモーション」が下手かという事がわかると思います。 20年も前にKrispyよりましなドーナッツを作りながら、結局成功せず撤退という結果になってしまったのと、現代人の舌はもっと肥えている筈なのに、大して美味くも無いドーナッツで結構流行っているKrispy。
これはドーナッツに限らず全くカテゴリーの違う所でも同じ事が起きています。
日本ではモータースポーツはメジャースポーツではないけれど、それはオーストラリアでも似たようなもの。
まして人口の少ないオーストラリアでは、モータースポーツで利益を上げるには、ただただレース日の入場券やスポンサーに頼っていたら、生きていけないのです。
そこでマーチャンダイズ(モータースポーツの関連商品)を徹底し、限られた数のモータスポーツファンがいかに多くの金を落としてくれるか、日夜頭を絞っているわけです。
つまりこれこそコマーシャリズムなのです。
実は先日オーストラリアの友人でレース関係者が日本に行ってJGTCというカテゴリーのレースを見てきた。
で、観客の多さ(単にオーストラリアと比較してだけど)に驚いた。
しかしそれ以上に驚いたのがプロモーショングッズがほとんどサーキットで見えなかったこと。
オーストラリアのスーパーV8なんかと比べると「月とスッポン」こんなもったいない事は無いと。
宝の山がそこに眠ってるのに、誰も気がついていないのだろうかと。
信じられなかったそうです。
確かに今やオーストラリアのスーパーV8はこれらのプロモーショングッズというのかアメニティグッズ無しでは生きていけないティームが一杯ある。シリーズの存続さえ危ぶまれる程それらのプロダクトに頼っているわけです。
この友人の話を聞きながら、ミスタードーナッツではないけれど、この分野で日本人は欧米よりも10年は遅れているのではと思います。
と、書いていたら何と2005年からJGTCが名実共に国際シリーズ化されるというニュースが出ていました。
そう僕の友人が言う宝の山がさらに大きくなるという事なのです。
う〜んもったいないかも。
2004年9月8日
本日の日記はお休み致します。
2004年9月9日
昨日は初夏のような暖かさ。 リバプールへ練習に出かけたのですが、夕方になっても全く寒くなく、気がついたら6時近く、さすがにこの時間になると交通も混雑していて、帰宅のしたのも遅く、疲れ果ててしまい日記をスキップしてしまいました。
さて、
日本のニュースを見ていたら、今年の2月に古紙から出てきた現金2800万円の持ち主が現れず、埼玉県のものになったとあり、先日僕の日記で友人(メグちゃん)の事を書いたのを思い出しました。
彼女の場合、拾った現金はオーストラリアにしては異常に高額だったのですが、それでもこの2800万円には足元にも及びません。
さすが「何でも現金の国」日本だなあと。
で、読んでみるとこの現金を見つけた古紙回収業者は、市の許可無く古紙を集めていたので、持ち主が現れなかった場合の所有権を認められなかったのだそうです。
市がその所有権を得るために、回収業者に対し「窃盗罪」での告訴をしたらしい。
しかし市もその古紙が市の集積所で回収されたか特定できないなどの理由で所有権を断念し、告訴も取り下げたとか。
で、結局その金は埼玉県の収入になるらしい。
いや〜、市も県も随分せこいですよね〜。
このニュースを読んでいたら偶然横に女房がいたので話したら、随分日本も嫌な国になりつつあると。
女房曰く「日本人ってすごく正直で親切な人が多いってイメージ有るけど、そのように正直に届けた人からお役人が奪っちゃうなんて」と。
こんな事をやっていたら、正直に届ける人も減ってしまうでしょうね〜。
届けたこの男性もお礼が欲しいわけではないと所有権を自分から放棄したらしい。
結局県のものになってしまうのなら、この男性に少なくとも10%は贈与すべきだと思うんですけどね。
そうそう日本では持ち主が見つかった場合、拾った人に10%とかの謝礼を払いますが、これは法律で定められているんでしょうかね。
落とし主が謝礼を払わないと言い出した場合、拾った人は幾ばくかの謝礼を主張する権利があるのだろうか。
僕が子供の頃はどんなに小額のお金でもまずは交番に持って行きなさいと教わって、10円でも駅前にあった交番に持って行ったものです。
すると「坊や、関心関心」とばかりニコニコしながらその10円を受け取ると、警官は自分のポケットから同額のコインを取り出して、僕にくれるのです。
正直に届けさせる習慣を子供に教えていたのでしょう。
ですから、道に落ちている小額の金でも、子供心にどうせもらえると判っていたから、すぐに届けた物です。
メグちゃんの場合は、すぐに落とし主は名乗り出たが警察が「本物」の落とし主かを1週間以上かけて調査したらしい。
この2800万円の場合も「16人」も心当たりがあると名乗りをあげたらしいが、所有者として認められなかったとの事、笑っちゃいますよね。
正直に届ける人がいる一方でこの手の人間も必ず出てくる。
こういう場合「虚意の申告」等の軽犯罪法とか適用されないんでしょうかね。
さて、
僕の誕生日プレゼントに娘がくれた本「The Life of SENNA (Tom
Rubython 著)」が殊のほか面白くてはまっています。
アイルトン・セナの伝記もの。
モータースポーツには全く興味の無い娘が選んだので、セナファンだった僕にはどうせ知っている事ばかりが書いてあるのだろうと大して期待していなかった。
その上、けっこう厚い本で約600ページもあるので途中で飽きてしまうのではないかと考えていた。
しかし難しい表現が網羅された文学作品ではないので、一気に読み終わってしまいそうです。
僕が全く知らなかった事もかなり含まれていて今更ながら驚く事も多い。
彼のバイオグラフィーを追っていくうちに、こんなにも素晴らしいドライバーを失ってしまったんだと1994年当時も痛切に感じたものだが、読みながら再認識させられております。
葬儀のスピーチなどで「惜しい人を亡くした」という表現がきかれますが、この天才の死は本当に惜しまれます。
生きていたらもうとっくに引退はしているでしょうが、少なくとも現在のような「マイケル・シュウマッハー」の一人舞台ではなかったでしょうな。
この本を読んでいてもう一つ思い出したのは、イギリスのドライバー「マーティン・ブランドル」が同じように素晴らしいドライバーだった事。
セナとブランドル、彼らの評価(戦歴)を比較したら、今となっては月とスッポンほどの差が出来てしまったわけだが、いかに「運命」が人の人生を左右するかがわかりますな〜。
今はイギリスのF−1放送の解説者として活躍するブランドルですが、いくらセナほどの偉業を達成し30代で死ぬよりは、幸せかもしれない。
2004年9月10日
本日の朝刊の「Drive(ドライブ)」というィリ、アのページに非常に興味深い記事が出ていました。
クルマを購入したユーザーが、新車の時からあまりのにも酷い故障の連続にとうとう我慢ならずとメーカーに車を引き取れ、つまり金を返せと裁判を起こした。
その裁判で、ニューサウスウエールズ州で初めて最高裁判所がユーザーの主張を全面的に認め、新車時に支払った価格にほぼ近い額の支払いをメーカーに命じた判決が下されたのです。
じつはオーストラリアでは(クルマの場合)アメリカほど消費者が保護されておらず、いわゆるLemon
Law というものが存在しません。
今回勝利を勝ち取ったユーザーのケースをちょっと書いてみます。
彼は2001年にホールデン(オーストラリア・ゼネラルモータース)製のHSV−GTSというクルマを購入しました。
新車時からから故障の連続で購入後2年間の間に修理のためにディーラーに持ち込まれたのが7度、そして12回の修理を受けた。
怒り心頭に達した持ち主は「消費者保護」のための調停委員会に実情を訴え、調査の結果調停委員会はメーカーに65000ドル(購入価格は75000ドルだった)の返還を命じた。
ところがこの裁定に不服なメーカーは、そもそも「調停委員会」には返金を命じる権利を持っていないとして裁判で争うことにした。
結局、最高裁判所にまで持ち込まれやっと判決が出たのですが、これは本当に画期的なことなのです。
少なくとも調停委員会が返金を命じたのも初めてなら、最高裁判所もこの調停委員会の判断を正当であると認めたのですから、今後メーカーの姿勢は大きく変わってくる事でしょう。
というのもこのようなクルマのトラブルは珍しくなく、ほとんどの場合ユーザーが泣き寝入りしていたのです。
僕も1987年にメルセデスの新車(420SEL)を購入後、たった一ヵ月後から悪夢のようなトラブルの連続で、一時はメーカーに金を返すかまたは別の新車をくれと要求した事があった。
とにかく原因が判らないが暑い日に駐車しておくとエンジンがかからなくなる。 正確にはキーをひねると一瞬エンジンがかかるのですが、1秒もせずにストンとエンジンが止まってしまう。
外出先などでこれが始まると完全にお手上げ。
ところがちょっと太陽がかげってきたりすると、まるで何事も無かったかのようにエンジンがかかり、全く問題なくドライブできる。
何度も何度もディーラーに持ち込み事情を説明しこのトラブルを再現させようとするも、たった一度しか起きなかったために、メーカーはトラブルの原因が掴めない。
絶対に同じようなトラブルは起きているはずだと僕は主張したが、ディーラー及びメルセデス・オーストラリアは全く他に経験していないと言う。
僕は日本のヤナセ(当時の輸入元)にまで電話をして、手がかりをつかもうとした事さえあった。
結局この問題は1年近くたった頃にメーカーが原因をつかみメーターアッセンブリーをそっくり替えて解決に至った。(原因は長くなるので書きませんが、いわゆる回転系の接触不良で、エンジン自動停止装置が働いてしまっていた)
僕がメーカーに金を返すかもう一台新車を持って来いと要求しても、まるで本気に扱われなかった。
今から17年も前の事なので、消費者保護の考え方が全く無かった。
ですから今回の記事を読んでこれからオーストラリアもやっとアメリカ並になっていってくれるのではないかと期待します。
アメリカの法律(Lemon Law レモン・ロウという)はメーカに対して非常に厳しいものです。
保障期間中に問題が発生した場合、その問題解決にディーラー(メーカー)は迅速に取り組むのは当たり前の事で、もしその同じ問題がまた発生し3度ないし4度繰り返し修理が必要な場合はユーザーに購入金額を返還する義務があるとか。
また購入後2年間の間に修理のために延べ30日以上使用できなかった場合にも返金の義務が発生するらしい。
この法律だったら僕もとっくにメルセデスから全額返金してもらったでしょうな。
この経験に懲りた僕はその後この車を処分しトヨタのセルシオ(オーストラリアではレキサス)にしたのですが以来(まあ運も良いのでしょうが)全く故障知らずでした。
ほんと笑っちゃうくらい全く何処もおかしくならない。
僕はこのメルセデスの前にもBMWでかなり苦労したのですが、「信頼性」で言ったら、もう間違いなく「レキサス」が世界でナンバーワンです。
これはアメリカの「パワーズ(といったか)」が毎年発表するクルマの信頼性ランキングでも「レキサス」がナンバーワンの地位を長年に渡って占めている事でも判ると思います。
トヨタが笑いが止まらないほど儲かっているのも、こういう事なんでしょうね。
2004年9月13日
ジャカルタにあるオーストラリア大使館前で爆弾テロが起きたニュースは日本でも報道されている事と思います。
アメリカのイラク攻撃で、オーストラリアがイギリスと共に真っ先に参戦を決めて以来、テロリストの攻撃目標になっているようです。
特にバリのディスコで起きた爆弾事件以来、インドネシアはオーストラリアにとって鬼門である事は間違いなく、これからも攻撃の危険に晒されていく事でしょう。
今回の事件はオーストラリア大使館前でトラックを使った自爆テロリストの仕業ですが、しかしほとんどの犠牲者は現地人なんですよね。
この事件の報道について、オーストラリアの新聞に幼児を抱くインドネシア人女性の写真が大きく掲載されていて、犠牲者の一人だと出ていました。
読んでみると、彼女はオーストラリア人(元警察官の男性らしい)と知り合い子供までもうけたが、オーストラリアへのヴィザがなかなかもらえず、この日も大使館にヴィザ申請の手続きのため訪れていて惨事に遭ったらしい。
オーストラリアの政府が永住ヴィザ発給などにはかなり慎重で、これは日本国も似たようなものなのだが、我が女房などは「まったく!オーストラリアはいつもヴィザ発給に付いては厳しすぎるんだから!!」なんて憤慨していた。
ところが
翌日の新聞を見ると、何とその女性が別の白人(スペイン人)と一緒に写っている写真が出ているではないですか。
それもインドネシア風の結婚衣裳に身を包んだ彼と彼女、そしてその彼女の腕には同じ幼児が抱かれているのです。
彼女がテロ事件で死んだというニュースに、スペインにいる男が「自分が夫」であると名乗りをあげたのです。
そう「自分が夫」だと言うのが2人も出てきてしまったのです。
?????
「悲劇の主人公」から、なんだかよく判らない展開になってきちゃったのです。
そう言えば僕の日本にいる友人で、ある東南アジアの国で知り合った女性とできてしまい、子供まで生まれてしまった。
しかし日本には本妻がいるし呼び寄せるわけには行かないと、毎月仕送りをしているのがいました。
もう子供も成人したはずです。
しかし本当に彼の子供か血液検査などで調査した事は無いと言っていました。
いえ別に彼が騙されていたとここで言いたいのではなく、日本に妻がいる身でそのような状況を作った彼にも責任はあるともいえるのですが、今回のオーストラリアとスペイン人の男性二人は独身のようです。
オーストラリアの男性は事件の報道を聞きすぐにインドネシアに向かったようですが、スペインにも亭主がいたなんて聞くと、随分複雑な心境になるでしょうな。
その上、残った子供のDNA調べたら、その両方とも一致しなかったなんて事がもし起きたら。
もう思いっきりしらけちゃうかもしれませんな〜。
オーストラリア人の方は、DNA検査をしたとか主張してるらしいが。
しかし母と一緒に惨事に遭って大怪我をした子供にとっては、本当の母親を失ってしまった事実には変わりは無いんですよね。
(幼児の脳の中心部にまで爆発で金属の破片が食い込んでいて、助かるかどうかも判らない状態らしい)
テロリストアタックといえばロシアでも学校人質事件で大きな犠牲者を出したわけですが、昨日終わったテニスのUSオープンでロシアの選手たちが胸に黒いリボンをつけてプレーしていただけでなく、女子の決勝の残った2人ともがロシアの選手だったので優勝決定後のインタビューで、その事件に触れ黙祷を捧げたのが印象的でした。
ニューヨーク多発テロ事件の起きた9月11日と同じ時季に開催されるこのUSオープンで、今度はロシアでテロ被害が起きてしまったわけです。
本日の日記はそのUSオープン・テニスについて書こうと思ったのですが明日にします。
2004年9月14日
昨日の日記でちょっとふれた、テニスの全米オープンについて書いてみます。
まずは女子決勝。 アメリカのウイリアムシスターズからジャスティン・エナン・アーディンやキム・クライスターのいわゆる「ベルジャン・シスターズ」の台頭、そして今やロシアン・シスターズ達が女子テニスの地図を塗り替えつつあります。
全仏に続き全米でも決勝はロシアの選手同士、いったい何人のロシア人プレーヤーがシード選手に入っているのやら。
どうしてこんなに強いロシアの女子がたくさん出て来ているのか。
これはやっぱりハングリーさの違いではないかと。
ウインブルドンで優勝したシャラポワの貧困エピソードは前の日記に書きました。
アメリカのニックボラテリ・テニスアカデミーに留学させるために、シャラポワの親はかなりの経済的犠牲をしいられたと言う話は有名です。
で、今回優勝のスベトラーナ・クズネッツォワもスペインに幼い時から一人でテニス留学していました。
下宿先の家族は全くロシア語は出来なし、当然彼女もスペイン語はできない。
随分と苦労したらしいが、それを乗り越える根性が彼女には有ったんでしょうね。
まだ19歳の彼女は優勝のスピーチでも、得意でない英語で一生懸命にスペインで世話になったサンチェスファミリーに感謝を述べていました。
昔のソビエト連邦の頃は、外国に出てプロのスポーツ選手になる事は不可能だったために、オリンピック選手になってメダルを獲得し、表彰を受けるというのがスポーツ選手のゴールだったのですが、今や西側に出てプロ選手として莫大な収入を得る事ができるようになったために、優秀な選手がどんどん出てきますよね〜。
ウイリアムシスターズのあのパワーには当分誰もかなわないだろうと思っていたのもつい最近の事なのに、今回の全米オープン決勝の試合を観ていると、そのうち男子に追いついてしまうのではないか(まあそんなことは起こらないでしょうが)とさえ錯覚させらるほどのテニスですよね〜。
ただし、準優勝のエラーナ・デメンティエーワのサーブは何とかしてもらいたいが。
このところ女子のテニスはあまり真剣に見ていなかったので、デメンティエーワがカプリアーティと戦った準決勝で横殴りのサーブをするのを見て、てっきりテニス会場に吹く強風を生かしてやっているのだろうと思っていた。
ところが決勝であまり風は強くないのに相変わらずのサーブに昔ガブリエラ・サバティーニがサーブに悩んでいる頃に打っていたサーブを思い出してしまった。
チェンジアップで使うならともかく、ずっとあのサーブじゃグランドスラムを取るのは難しいでしょうな〜。
全仏に続いて全米まで決勝に残れたというのは、あのサーブを補うほどの素晴らしいグランドストローク(ライジングで打つ反射神経の素晴らしさなど)が彼女には有るからですが、彼女が良いサーブを身に付けたらグランドスラムでもぶっちぎりで勝てると思います。
さて、男子ですがもうこれは短く書けば充分。
「ロジャー・フェデラー」完全に他の選手より頭一つ抜けてますよね。
テニス会のマイケル・シュマッハーのように見えます。
素晴らしいのは、思いっきりバランスが良くて、どこにも無理が見えない。
彼の試合を見ているとまるで優雅な踊りを見ているようです。
一つ一つを分析すると、特に誰にも負けない武器を持っているわけではない。
サーブでも彼より速いサーブを打つ選手はいくらでもいる。
足の速さだって素晴らしいが、しかし男子テニスの中で一番速いというわけではない。
ネットに出て来てもそつなくこなすが、しかしボレーはティム・ヘンマン等のサーブアンドボレー・プレーヤーより優れているとはいえない。
しかし全てのバランスが素晴らしい。
もし彼がハングリーさを失わず、怪我もしなければ当分の間、素晴らしい彼のテニスを堪能する事が出来るでしょう。
そう祈っています。
オーストラリアに住む僕は今回の全米決勝でヒューイットに勝って欲しいと観ていたが、フェデラーの素晴らしさに完全に脱帽させられてしました。
是非全仏も取って欲しいですな〜。