2004年4月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年4月20日
昨日無事ブリスベンより戻って来ました。
たった一週間弱だったのに、いささか疲れました。
アーチェリーの全豪大会に出場した日本人選手と、ブリスベンの郊外、Carindale
という場所にあるホテルに泊まり、そこから車で5分ほどのところにあるBelmont
Shooting Complex という射撃場に通っていました。
全豪といっても、テニスなどと違い観客が大勢押し寄せるわけでもないのですが、非常にレベルの高い選手が出場していたので、とても堪能しました。
シドニーオリンピックで金メダルを獲得した「サイモン・フェアウェザー」選手や、今やオーストラリアのナンバーワン、いやひょっとしたら世界ナンバーワン、今年のアテネ・オリンピックでも金メダル獲得が期待されている弱冠18歳の「デイビッド・バーンズ」選手など、そうそうたるメンバーで、彼らの試合を見ていると、70メートル先の的のど真ん中(Xという)に当たり前のごとく矢が吸い込まれていく様は、まさにマジックを見ているようでした。
日本人選手もとても頑張ったのですが、3回戦でニュージーランドのナンバーワン選手に、たった2点差で敗退してしまいました。
一時はリードしていたので、上記の「デイビッド・バーンズ」と対戦できると期待したのですが、少々残念です。
さて、今回の滞在で一番苦労したのが食事でした。
宿泊していた近くに「ウエストフィールド」という大きなショッピングセンターや、その周辺にはレストランが有るのですが、どこも味がいまいちというか。
クイーンズランド州はブリスベンの郊外だという理由もあるのかもしれませんが、何を食べても「がっかり」でした。
ショッピングセンターの中にある「フード・コート」でも何度か食べたのですが、これが日本の高速道路のドライブインの食堂のように、不味いし安くないしで、どうしようもない物ばかり。
そのフードコートの中に「鶴」という日本食の店が有ったのですが、店員もシェフも全員が中国人で、思いっきり不味かったです。
昔の日記にも書いた事があるのですが、シドニーでも中国人がやっている日本食レストランというのがあって、我が母が友人の日本人の奥さん連中と間違って入り、あまりに不味さに途中で席を立ってしまった事があります。
ですから僕も買うべきでは無かったのですが、何しろ他の店も思いっきり不味い物ばかりなので、ついふらふらと手を出してしまった。
あんな味でも結構流行っているのを見ると、オーストラリア人は、特に地方では皆味に鈍感なのか。
考えてみると僕はシドニーでもショッピングセンターのフードコートというのはあまり馴染みが無いですな。
やはりオーストラリアは基本的に「味に鈍感」なイギリスの伝統が田舎に行けば行くほど強く残っていて、その土地の名物やうまい物の店なんて期待をする方が間違っているのかもしれません。
昔、イギリスの田舎を女房と車で旅行していた時を思い出してしまいました。
最後の日は一日観光に当てて、ブリスベンの街を見学しました。
綺麗な街なんですけど、何も無いというか。
つまり是非ブリスベンまで行って見なければというような物が無いんですな。
やはり日本人にはサーファーズ・パラダイスのように綺麗なビーチが有る方が受けるでしょうな。
さて、僕らが泊まっていた郊外ではIT化が全く進んでいないので、メールチェックも出来ず、シドニーに戻って一週間ぶりにPCを立ち上げたら、山のようなジャンクメールが。
僕のプロバイダーにはジャンクメール・フィルターサービスが有るので今までより大分減っているのですが、それでも僕のHP経由で入ってくるスパム約200通近くがドドドっと。
一つの受信フォルダーに一挙にこれほどの数が入ると、どれがスパムでどれが友人からのメールか見分けるのに一苦労です。
そのうち僕のHPには電子メールアドレスを載せるのを止めようかとも考えています。
と、なにやらまだ疲れが残っているのか、旅行中に「これは書こう」と考えていた事が出てきません。
ではまた明日。
2004年4月21日
今日の朝刊を見ていたら、「ちょっと良い話」が出ていたので書いてみます。
最近僕の日記でも、肥満の原因と言われるジャンクフードを目の敵のように書いていますが、しかしこの新聞の記事には何だか嬉しくさせられたのです。
その記事とは、ハンバーガーのチェーン店マクドナルドのアメリカ本社の「CEO」にオーストラリア出身の「Charlie
Bell 氏」が就任したという記事です。(CEOはChief Executive
Officer の略、日本語では「代表取締役」か)
彼は15歳の時(1976年)に、学校に通いながらシドニーはキングスフォードにあるマックで働き始めました。
当時の時給は$3.35豪ドルだったそうです。
大変な働き者で、彼は店のトイレが清潔でピカピカになっていれば、お客さんが喜びまた来店してくれるという信念から、率先してトイレ掃除などをしていたようです。
めきめきと頭角をあらわし、18歳の時に副店長、19歳でそのキングスフォードの店をマネージャーとして任せられるようになります。
19歳というのは「オーストラリアマクドナルドの記録」なのだそうです。
そして27歳でオーストラリア・マクドナルドの副社長になり、29歳でマクドナルド(世界を統合する本社)の取締役の一人になったのです。
2002年にはシカゴにあるマクドナルドの本社で、ナンバー2の位置に登りつめます。
そしてそれまでの代表取締役「Jim Cantalupo
氏」の急死に伴い、ついに全世界のマクドナルドの頂点に立ったのです。
面白い事に、そのBell氏が働いたキングスフォード店には同じ時期にもう一人の若き働き者(当時17歳)「Guy
Russo
氏」もいて、同じように彼も立身出世を続け、現在オーストラリア・マクドナルドの代表取締役社長に就いています。
日本と同じようにオーストラリアでも学歴偏重が進んで、企業のトップ、特に大企業の重役連中というのは、下からのたたき上げなんてかなり減っているので、この手のストーリーは何か良いですよね。
このマクドナルド・キングスフォード店というのはニューサウスウエールズ大学のすぐ近くで、我が家からも比較的近く、僕も大分昔に何度か行った事があります。
それにしても、この店から世界のNo1とオーストラリアのNo.1が生まれたなんて、本当に興味深いです。
最近になって日本のマックも藤田商店からついにアメリカ本社の手に移ったようですが、日本からもこのように立身出世が出来るのだろうかと考えてしまいます。
まあ、日本の場合は言葉の問題から、シカゴの本社に呼ばれる可能性は無いかもしれませんが、しかし中卒でマックにアルバイトで入り、出世を続けて「日本・マクドナルド」の社長になる人物が出て来たら良いのに
と、この記事を読みながら考えてしまいました。
ちなみに今回本社のトップに立ったBell氏やオーストラリアのRusso氏はサラダ等のヘルシー志向の新メニューを次々と打ち出して、1年で株価
を120%も上昇させたのだそうです。
今度キングスフォード店の近くを通ったら、Bell氏の信念が生き続けているか、トイレに入ってみましょう。
何しろ僕は人一倍「トイレが近い」ので、綺麗なトイレのある店には嬉しくさせられるのは実感しています。
2004年4月22日
ブリスベンから帰ってきて、女房に録画してもらっていた、本年最初のMOTO−GP(バイクの世界選手権です)南アフリカ・グランプリを見ました。
バイクに興味のない方には、シチュエーションが判り難いと思いますので、少々その辺をまず書いてみます。
バイクのプレミアクラスでずっと王座にいたオーストラリアのミック・ドゥーハンが引退して以来、イタリアの若き天才「バレンティノ・ロッシ」がチャンピオンを続けているのですが、昨年まではまさに「一人勝ち」だったのです。
だいたい彼の乗っていた「ホンダ」が他のメーカーよりも性能的に優位だったために、向かうところ敵無しの状態でした。
さて、昨年末の契約更新時に突然彼は他のメーカーへ移る意向を表明します。 最初に僕は契約金の額についてホンダとの間に合意に達しないためかと考えたのですが、どうも違うようでした。
彼がヤマハに行くのではないかという噂が出たときにも、多分ホンダから契約額の増大を狙っているのではないかと考えました。
何しろ昨年までのヤマハは全く競争力に劣り、万が一そんな事になったら、いくらロッシでも当面、勝利するのは困難、いや不可能に近いと思えたからです。
ホンダもロッシが連続で世界チャンプになってはいたが、それほどの契約金アップをしなくとも他に行く所が無い(ヤマハ、カワサキ、スズキ全てどんぐりの背比べ状態だったので)のだから、当然ホンダに来ると考えていたのでしょう。
ところが本当に彼は「ヤマハ」に移籍してしまったのです。
で、今年に入って第一戦に向けてのテストでもやはりそれほどのタイムは出ず、さすがのロッシでも今年は当分苦労するだろうと考えていました。
ところが。
ブリスベンから帰ってきてその第一戦を見たのですが、まさに鳥肌が立ちましたね。
僕は随分長いことF−1をはじめバイクのレースも見ているけれど、これほどの素晴らしいレースは見たことがありません。
いや正確に言うと、ビアッジとの白熱のレースと言うよりもむしろ、ロッシの「ライディング」の凄さに「本当にしびれ」ました。
そうまさに神がかり的なライディングでした。
レースの後のウイニングランで、ロッシ自身も泣いていたようですが、僕も本当に何年ぶりかで「ジーン」と来て涙が出てしまいました。
こんな事は10年以上も昔にセナのレースで2〜3回有るか無いかです。
友人の元グランプリドライバー(例の彼女の元の持ち主)ウォリック・ブラウンから電話がかかってきました。
「トム!日曜日のレース録画した? 実はニュージーに行っていて見逃してしまった。 凄いレースだったとは聞いたけど、どうしても見たい」と言うのです。
勿論僕は彼にも是非見せたいと思っていたので、本日我が家に招待しました。 じつは録画は普通のヴィデオではなく、ハードディスクドライブに録画してあったので、彼の家では見えないからです。
で、今彼ら夫婦が来る前にこの日記を書いているのですが、偶然日本のあるサイトに「ロッシがフェラーリF−1をテスト」と出ていました。
実は昔の僕の日記に「将来ロッシは必ずバイクを卒業して、フェラーリに乗り「ジョン・サーティーズ」以来のバイクと車の両方のグランプリでチャンピオンになる」という予想を立てたのは、誰あろう今晩我が家に来るウォリックなんですよね。
彼はもう2年以上も前からこれを言い続けていて、本日のニュースを見て僕はなるほどと思う事が有ったのです。
ウォリックの予想が現実になる可能性が増えただけでなく、なぜロッシが強いホンダを捨ててアンダードッグのヤマハを選んだかが見えてきたからです。
それは、もしホンダのライダーを続けていたら絶対にフェラーリは乗れないという事なのです。
そうホンダはご存知のようにF−1を作っているでしょ。
だからホンダと契約している以上、ホンダ(BAR)にはテストで乗る可能性は無くも無いが、絶対にフェラーリは無理でしょ。
フェラーリだって、ホンダに企業秘密が漏れる可能性があるでしょ。
だからヤマハのライダーになればそういう束縛を受けないということだったんですよね。
う〜ん、今晩ウォリックが来たら「どうだ俺の予想はどんどん現実味を増してきているだろう」と自慢されそうですな。
今晩一緒にロッシのレースを見た彼の意見はまた明日の日記に書きます。
2004年4月23日
昨日の日記に書いたように、昨晩はウォリックと一緒に録画したレースを見て、ロッシのライディングに、感心することしきりでした。
僕はすでに見ているし、ウォリックも結果を知ってしまっていたのですが、しかし良いレースは何度見ても良いものです。
さて、昨晩ウォリックが帰った後に、どうも喉が痛いと思っていたら、今朝は思いっきり悪寒がして(熱は38度を少々下回る程度で、たいした事ないのですが)酷い「頭痛」。
ブリスベンの疲れが今ごろ出たとは思えないし、風邪などこの1年は全く縁が無かったので、なぜだか不思議です。
飛行機の中でもらったかな。
外は「思いっきり良い天気」ですが、毎朝欠かさない散歩へも出ずおとなしくしております。
良い天気が続くのはありがたいのですが、僕がブリスベンに行っている間もシドニーは全く雨が降らなかったようで、水不足の深刻度が増しているようです。
随分前から僕の日記には度々シドニーの水不足を書いていますが、このまま雨の少ない天気が続いたら一体どうなってしまうのやらという不安を感じます。
特にシドニーは最近のバブルで、人口流入も増加の一途をたどっているようで、干ばつでなくとも生活用水の供給はギリギリなのではないかと思います。
さて、スペインの列車爆破テロ以来、オーストラリアでも警戒態勢が強化されています。
昨夜のテレビニュースを見ていても、オーストラリアでテロが起きる可能性が現実味を増しているようです。
何しろオーストラリアという国は、日本が「裸足で逃げ出す」程の「アメリカのポチ」をやっている国なので、アメリカ、イギリスに次ぐテロの対象国になっているのには間違い有りません。
その上、日本と違って人種の坩堝、テロ活動に参加する可能性のある国民というのも、かなりいます。
本日の新聞にもテロ活動にかかわったということで何人かの中東系移民が逮捕されています。
オーストラリアの電力供給を破壊する計画だったとか。
また先週には親がパキスタン人のニューサウス・ウェールズ大学生がパキスタンに行き、ゲリラ訓練を受けていたということで逮捕され大きな話題になっていました。
僕は日本に帰るたびに(主に東京ですが)、街を行く外国人の数の増加には驚かされますが、しかし移民の国オーストラリアとは桁が違うわけで、オーストラリアでテロが起きる可能性は非常に高いと思います。
日本も狙われているようなので、オーストラリア日本間の航空機なんて絶好の標的ではないかと、少々不安になります。
この「不安」が現実の物にならない事をせつに願っています。
さて、我が家の近くに「ボンダイジャンクション」という街があるのですが、何年もかかって大開発が進められていたのが、とうとう完成に近づいているようで、我が家に配られる新聞の広告やチラシには、次々とボンダイジャンクションに進出して来ている、大型量販店の名前が書いてあります。
街の様相も変化が見えるのですが、しかしこのような急速な膨張は多くの「歪」を巻き起こすもの。
特に僕が元住んでいて、今は貸し出しているボンダイジャンクションの家の周辺などは治安の悪化が起きるのではないかと危惧しています。
昔ワーキングホリデーで来た諸君は、将来オーストラリアに遊びに来て、ボンダイジャンクション周辺を見たら、あまりの変化に驚かれる事でしょう。
2004年4月26日
本日オーストラリアは「ANZACデー」で休日です。
天気も素晴らしく、シティーで行われている記念式典にはまさにうってつけの秋の祭日です。
僕は先週ブリスベンから帰って来て以来風邪気味だったのですが、久し振りに風邪薬を飲んだらとても楽になったので安心してしまい、日曜日もクラブの練習に参加して外で一日打っていたのが祟ったのか、かなり「こじらせ」てしまったようです。
今朝起きたら、喉の痛みが酷くその上、右耳の中まで痛みが出始めたので、医者に行かなければと考えたが、そう「ANZACデー」でどこもお休みなんですよね。
まったく皮肉なもので、医者に見てもらわなければと思う日が必ず週末や、はたまた祭日なんて事がしょっちゅう起こります。
主治医の池亀先生は当然お休みなので、片っ端から本日開けているところを電話をして見つけました。
朝8時過ぎに電話をしたら本日は朝8時から10時までのたった2時間だけ開けているという所がボンダイジャンクションにあったので慌てて行ってきました。
電話をした時にも、非常に混んでいるという警告を受けたのですが、もう思いっきり沢山の人が待合室にいるんですよね。
その上祭日なので、医者は全員が出勤していないので、45分以上は待つ事になりますと言われた。
僕としては「抗生物質」の処方箋を書いてもらえれば良いわけで、診察もすぐ終わるはずですが、とにかくえんえんと自分の番になるのを待っていました。
病院で待つっていうのは本当に嫌なもんですよね。
他の問題で来ている患者に、違う病気をうつされてしまうのではないかといつも気になります。
当然「45分待ち」というのは楽観的な予測で、そんなもんではすまないとは覚悟していたのですが、何しろ一番閉口したのが待合室においてあるテレビでした。
実は昨日がF−1のサンマリノ・グランプリで、風邪のせいで昨晩は起きていられなかったので、録画して寝たのですが医者に出かけたのでまだ見ていません。
で、待合室のテレビでニュースが流れて、レースの結果を言うのではないかと、もう「ヒヤヒヤ」しておりました。
結果の判ってしまったモーター・レースを見るほど退屈な物は無いので、絶対に結果を知りたくない。
朝はテレビもつけないし、医者に行く途中でもラジオなどは絶対につけないのですが、待合室にテレビが置いてある。
いつ自分の名前を呼ばれるか判らないので、その待合室を出るわけにも行かない。
ほんと、ヒヤヒヤしながら待っていたら、やっと1時間半後に僕の名前が呼ばれました。
診察はたった5分。 喉を見て、耳の中を見て僕の予想通り「ペニシリン」を出しましょうということになった。
待合室で1時間半もじっと待っているのは、もっと重病の人など絶対にこじらせてしまうと思うのですがね。
家に帰って横になりさっそくサンマリノ・グランプリを見ました。
実は昨日のレースは最近になく大いに期待していたのです。
ご存知の方も多いと思いますが、今年から日本人の佐藤琢磨選手の乗る「ホンダ」がものすごく好調で、ついに予選において常勝フェラーリ+シュウマッハーを抑えて、イギリスのジェンソン・バトンがポールポジションを獲得したので、これはひょっとするとと期待したのです。
佐藤選手も予選ではいまいちでしたが、決勝ではきっとやってくれると思っていました。
結果はまたまたシュウマッハーの優勝で、期待のホンダ「ジェンソン」は2位でフィニッシュ。
で、入賞の期待が有った佐藤選手は8位走行中にエンジンブローという残念な結果でした。
この結果を見ていて、昔の「セナと中嶋」、現在ではフェラーリの「シューマッハーとバリケロ」のように「ジェンセンと琢磨」ってなりそうな悪い予感がふと脳裏をかすめました。
セナと中嶋はともかく、実力的にはそれほど変わらない二人が、同じ車に乗りながら、方や世界チャンプになり、片方は優勝さえも出来ないって事はよく起きるわけで、今回の佐藤琢磨選手のエンジンブローを見ていて、なぜ彼の車ばかりと。
まるで一時期のフェラーリのようにシュウマッハーが何の問題も無く勝ち続ける時に、バリケロの車ばかりがメカニカルトラブルで後退して行くのを、運も実力のうちとは言いながら割り切れない気持ちで見ていたのを思い出してしまいました。
佐藤選手には是非とも予選でジェンソンを上回るタイムを出してもらい、早くお立ち台の真中に立ってもらいたいと祈っています。
日本人はまだ立った事の無いのでが、今年のホンダの好調さを考えると、大いに期待しています。
2004年4月27日
昨晩は娘のところでバーベキューパーティーに呼ばれたのですが、風邪の具合がいまいちで、出席は女房に任せて家で寝ておりました。
夕方、コンピューター屋のジョンがうちに預けていた犬を引き取りに来た時に新鮮な牡蠣を持って来てくれました。
実はオーストラリアは週末から月曜日と3連休だったので、ジョンと女房のウエンディーは、ペットの「ボーイ」を我が家に預けて、ポート・スティーブンス(ニューサウスウエールズ州北部)に出かけていたのです。
彼らがシドニーを離れる時には犬を預かるのは恒例になっていて、我が家でも「ボーイ」が来るのは楽しみになっているのですが、さすがジョンはアジア人(香港出身)というか、お礼にと、いつもお土産をどっさり持ってきます。
そんなつもりで預かっているのではない、土産の心配などするなといつも言っているのですが、その辺のメンタリティーは日本人に非常に似ていますな。
で、彼は今回サラマンダー・ベイ(Salamander Bay)で買った新鮮な牡蠣と海老を持って来たわけです。
ちょうど夕食時だったのですが、風邪で食欲が無かったのに、新鮮な牡蠣を見たら食べないわけには行かないほど立派な牡蠣でした。
で、よく見ると2種類の牡蠣が別々のトレイに。
一つはいわゆる「シドニー・ロックオイスター」といって割と小粒で味の濃い目のやつ。
そしてもう一つはパシフィックオイスターといって、これは日本の牡蠣に非常に似た大粒のやつです。
日本の牡蠣に似ているというのは実は元々は日本から来たという説があります。
タスマニアには日本の製紙会社の現地法人があって、パルプの原料として大量の木材を日本に切り出し輸出しています。
オーストラリアでは、環境破壊であると、自然保護団体などが日本への輸出反対を唱え、根強い反対運動を繰り広げているのです。
さてその切り出された木材を運搬するために日本から多くの輸送船がタスマニアに寄港するわけです。
で、その日本船に付いていた牡蠣の殻がタスマニアの港周辺に落ちて、オーストラリア人は見た事も無い大粒の牡蠣が獲れるようになったのです。
以来、この牡蠣をオーストラリアでは「パシフィックオイスター」として商品化し、全国に広がっていきます。
パシフィックオイスターはシドニーロックオイスターと比べて、殻も大きく非常に立派に見えるために、結構人気があるようです。
しかしシドニーロックオイスターで育った我が女房などは絶対にシドニーロックオイスターの方が生で食べるには「ベター」であると言います。
僕は昨晩両方を食して、パシフィックオイスターもこのように取れたての新鮮なのを食べれば思ったよりしつこくなく美味しいと感じました。
やはりシドニーのレストランなどで食べると、昨晩のようなサラマンダーベイ直送よりも幾分時間が経っているせいか、それほど美味しいと思わなかったのですが。
とにかく同じ牡蠣でも味はかなりの違いが有って、味の濃さから言ったらシドニーロックオイスターでしょう。
と、牡蠣の味を書いていたら数年前にパリの牡蠣専門店で食べた味を思い出してしまいました。
さすが牡蠣の本場、グルメの街パリで、その店のメニューには何種類もの牡蠣が出ていて、まるでワインの銘柄を選ぶがごとく。
女房、娘、そして僕とそれぞれ産地の違うのを注文して食べたのですが、2月のパリだったためか非常に鮮度も高く、口の中で広がる牡蠣の風味に圧倒された物です。
しかし僕はそれほど牡蠣について詳しくないので、その3種類の微妙な味の違いを具体的に書き表せるほどでは無いのですが、しかし確実にシドニーロックオイスターよりも美味しいのが有りました。(どこ産だったか失念)
まあ、当時はオーストラリアドルも下落中だったので、それぞれ1ダースずつ食べた目の玉が飛び出すほどの牡蠣の値段は良く憶えています。
シドニーではそれほど牡蠣を食べないのですが今回の新鮮な牡蠣を堪能して、今度の休みには「Salamander
Bay」に出かけてみようかと。
車で2時間半ほどの距離です。
HOLBERTS OYSTER FARM
51−52 Diemars Road Salamander Bay NSW 2317 がこの店です。
2004年4月28日
風邪で体調は相変わらず、一日家でゴロゴロしておりました。
こういう時っていくらでも寝れるんですよね、不思議な事に。
さて、先月3月18日の日記に書いたように、シドニーのラグビーチーム「ブルドッグス」の選手たちによるレイプ(容疑)事件は、「やはり」というか、僕の予測通り「不起訴」になりました。
有罪に持ち込めるだけの証拠がないということで刑事責任は問われないという決定がなされたようです。
事件の詳細は3月18日の日記を読んでいただければ判るのですが、とにかくこの手の事件では「有罪」に持ち込むのは本当に難しいです。
僕も随分と苦労してきた経験が有るので、今回の結果には全く驚いてはいません。
今朝の新聞には随分と大きな見出しで不起訴処分の決定の記事が出ていましたが。
僕は別に選手たちの肩を持つわけではないが(いや正確には起訴された方が良かったとさえ思っているのですが)、その被害者の女性にもある種の教訓になったのではないかと。
当然、これだけマスコミを賑わせた上に、チームマネージャーまで解雇になるという事態に発展したのですから、選手たちにも普段の生活、特にファンとの交流などには大いに教訓になった事でしょう。
いやこの被害者や、また我々男性にとってもこの事件から学ぶべきだと思います。
さて、話は変わって
ソニーがついにトリニトロンのCRT(ブラウン型モニター)の日本での生産を止めたそうです。
高品位モニターの代名詞だったソニー・トリニトロンの(日本での)生産停止はとても感慨深いです。
新しい物に飛びつくのが遅いオーストラリアでも、今やPC用のモニターの需要は薄型のLCD(液晶)にシフトされていて、すでに新しい需要の50%以上がLCDモニターになっているそうです。
日本ではすでに90%を超えているのではないかと思います。
テレビもLCDの薄型にどんどんシフトされていくのでしょうが、この分野は近々韓国メーカー及び日本のメーカーのOEM(韓国製)の独壇場になるでしょうな。
ソニーも韓国の「サムソン」と提携して、大量の開発資金をつぎ込み薄型テレビの増産に踏み切ったようです。
我が家には3年以上も前に買った15インチのLCDモニター(IO
DATA 製)と、女房のPCにはIBM製(トリニトロン使用)の21インチのCRTが有ります。
確かに解像度や発色、また反応速度などなど高品位CRTの方が液晶よりも勝っている点は多いのですが、何しろ場所を取りすぎます。
女房の21インチなんて大きさ(奥行きというか)だけでなく重量も確か40キロ近くも、ずっと置いてある机がそのうち「ひずむ」のではないかと思うほど重いです。
PCの世界では、1年前の物は7年前に匹敵するという「ドッグイヤー」という言葉があるように、そのうち家電の世界でも似たような動きが加速していく事でしょう。
我が家にはついこの間までオーストラリアにロンドンから移ってきてすぐに購入した(1980年製)のテレビが有って、使用可能でした。
テレビの寿命は本当に長いという感覚があったのですが、地上波デジタルの普及や液晶の人気が、家電の世界を大きく変えようとしています。
気が付いたらあの重く、奥行きが深くて場所を取る、従来型のテレビはめったに見ることが出来ないという時代も、すぐに来てしまうでしょうな。
2004年4月29日
実は昨日の朝から女房と娘は車で「DUBBO」という所へ出かけております。
2泊3日の小旅行で、サファリパークのような動物園があるらしい。
詳細については女房が帰ってきてから紹介しますが、僕は興味が無いので最初から行く気が無かった。
しかし今の(風邪)状態を考えると、行かなくて良かったです。
内陸部はシドニーよりも朝夕の気温ははるかに低いのですが、女房たち最初の日はそのサファリパークに隣接するキャンプ場のテントで宿泊していたようです。
何でも夜中にまでサファリパークのツアーがあるとかで、その特別ツアーに参加するためにそのテントに宿泊していたようです。
女房も娘もこのようなテントに宿泊してのツアーというのがたいそう気に入っているようで、そのうちアフリカにも行きたいと言い出すのではないかと。
今朝そのキャンプ場から電話が有って、「車のボンネットの開け方」が判らないと。
???? 何を唐突にと、ひょっとしたら車がエンジントラブルでも起こしたのかしらと思ったらなんと、「昨日あまりにも大量のバッタの群れの中を高速で走行したので、車のラジエーターグリルにびっしりとバッタが付着していて、ラジエーターの隙間にも入り込んでいるとオーバーヒートの原因になるのではないかと心配している」と言うのです。
それにしても車のボンネットの開け方さえ判らないなんてさすが女二人。
何年この車乗っているのか知らないけれど、僕が面倒を見すぎているようで。
それにしてもそんなバッタの大群だなんて、アフリカ並なのかも知れませんな。
さて、またまた今朝の新聞から。
我が家の近くに住む「怪人」レネ・リブキンの絡む事件のことがまた報じられておりました。
彼の元運転手「ゴードン・ウッド」がガールフレンドを自殺に見せかけて、シドニーはサウスヘッドの自殺の名所「ギャップ」で突き落として殺害したのではないかという疑惑は1995年以来一向になくなりません。
本日になってまた検察庁が警察に再度の調査を命じたという報道が出ていました。
僕の昔の日記(2001年4月12日)にも書いたのですが、100万円もの懸賞金をつけて行方不明になった愛犬を捜したり、スイスの秘密銀行口座にオーストラリアの政治家と一緒に怪しい金を蓄えたりと、このオジサン胡散臭さではオーストラリアでも超有名なのですが、この事件も彼自身が関係しているという噂は随分と前から出ていました。
ところが本日の記事を読んでいたら(これは僕も全く知らなかったのですが)死んだ女性(ガールフレンド)は「ゴードン・ウッド」と付き合い始める前に10年以上も付き合った男性(幼馴染)がいて、その男性は何と警察官なのだそうです。
そして事件後その警察官は職務として死亡者リストを整理していて彼女の名前を発見、まさにイスから転げ落ちるほどの衝撃を受け、その書類に記載されていた死因「自殺」にも大いに疑問を抱き、すぐさまゴードンに会いに行き、真相を突き止めようとしたそうです。
つまりこの現職の警察官である元ボーイフレンドは、彼女が自殺などする動機など全く考えられず、死亡した日のたった3日前にも彼女に会っていて、全く普段と変わりが無かったのだそうです。
ゴードンの勤務先を訪れた彼は、会うなりゴードンから「彼女はキングスクロスで車に跳ねられて死んだ」と全く事実と違う話を聞かされ、なぜに嘘をつくのかと追及しようとしたが、ゴードンは逃げるようにその場から立ち去ったそうです。
その後このゴードンは海外へ逃げてしまうのですが、なぜかこの警察官の疑問にもかかわらず、事件は「自殺」として片付けられてしまったのです。
本日の記事にも、当時の彼女の死に関して警察の捜査がずさんで、いい加減であったかを、この現職警察官であり元ボーイフレンドが暴露しています。
この警察官も自分自身が(ある意味)被害者の立場になって初めて、いかにオーストラリアの警察の捜査が「いい加減」であるかを、「思い知った」ようです。
今回の事件について、この「怪人」の力が影で働いていると確信しております。
オーストラリアの警察というのはかなりやばい面が有るのです。
正義感に燃えた立派な警察官も沢山いるのも事実ですけど。
2004年4月30日
風邪の調子はお陰さまで大分回復してきました。
こういう時は多少体を動かして血の循環を良くしたほうが回復も早いのではと、多少庭でガーデニングを。
というか、女房が旅行に出ているので僕がやらなければならない事が有るわけです。
その後、長〜い風呂に浸かって汗をかいたら、かなり気分的にも良くなってきました。
僕の場合(いや誰でもでしょうが)風邪などで寝込むと、とても「鬱状態」に入り込んでしまいます。
体の回復と共に精神も大分安定してきたようです。
さて、本当に久し振りに母の部屋のテレビをつけてNHKのニュースを見ていたら、「考えてしまった」事が。
インターネットでいくらでも日本のニュースは流れているから、普段はめったに日本の放送見ないんですけど、理由は柔道日本一のニュースを見たかったから。
いえ別に僕は柔道ファンではないんですけどね。
高校の時にはずっと柔道部には所属していたけれど。
なぜに気になったかというと、柔道日本一を決めるこの大会に出た優勝候補というのを偶然ネットで見たら、3人とも最近の日本人には非常に珍しい「アニマル系」の顔をしていたから。
最近の日本人の顔ってどうも「おとなしく」なりつつあるような気がしてます。
そういう意味ではホントこの3人「良い顔(?)」してると。
で、結局一番「野獣」のような顔の鈴木桂冶選手がそれまでのチャンプ「井上康生」選手を破って優勝しましたな。
顔で勝ってたような。
いや、今日の話はその事ではなく、そのままNHKの放送を見ていたらとても興味深い内容が。
いえ、日本にいる方には全く当たり前の事なんでしょうが、日本を出て30年も経つと、ニュースを見ていても、色々と見方が変わってしまうのです。
まず最初のニュースは、駅前の放置自転車があまりにも多い(日本の何処だったか失念)ので、持ち主の現れない自転車に警察官が乗りパトロールをしているというニュース。
このニュース自体は良く判らないんですけどね。 つまり警察は金が無いからパトロール用に自転車が買えないので、放置自転車をうまく活用という意味なんでしょうか。
それはともかく、
この放置自転車が年間2万台有るって言うのに僕は驚いた。
「ビンボーな国」オーストラリアではもう絶対に考えられない話です。
だいたい「放置」なんてそんなもったいない事オーストラリアではありえない。
だいたい、放置ではなくちょっと置いといてもすぐに盗まれてしまい、放置自転車が溜まるなんて現象は起こりえない。
いや〜日本って思いっきり裕福なのか、いや裕福の時代の習慣がすっかり身に染み付いてしまっているのでしょうか。
自転車購入価格なんて「はした金」って感覚なのか。
はたまた使い捨て文化なのか、物を大事にしないのか。
で、もう一つのニュースは(これも何県だったか失念)日本で最大量のメロンの出荷場で最新設備を取り入れて、出荷前にメロンの甘さを判定しているというニュース。
年間何十万個ものメロンを出荷するこの農協では、どこかの近代工場かと思う程の最新設備を使い、ベルトコンベアーに乗せたメロンを一個一個光センサーに通し甘さを検査し、メロンに貼ったラベルで表示しているというものです。
つまりメロンの中に有る糖分が光を通し難いという性質を利用して、即座にコンピューターコントロールの検査器が「甘さ」を見分け、1個1個にバーコード入りのラベルを貼っていきます。
で、このメロンを購入した消費者は、携帯電話でそのHPを呼び出した後に、ラベルに貼られた数字を入力すると、そのメロンの正確な甘さ(数値で表す)や、それぞれのメロンの生産者の名前や住所などの情報がわかるというものです。
そう、もう実際にそういうことが行われているのです。
また携帯からではなく、パソコンからそのHPにアクセスして、ラベルに貼ってある番号を打ち込むと、その生産者のより詳しい情報やメロンに生産に対する話などが読めるというものです。
僕はこのニュースを2個で5ドル(約400円一個200円)のオーストラリアのメロンを食べながら見ていて、唸ってしまった。
この設備自体でも何億円というような金がかかっているはずで、まあ確かに甘さがわかるのはとても便利だとは思うけど、こんなことをしてたら当然コストが価格に跳ね返ってくるでしょ。
まあ「日本のメロンの値段」というのは世界的に有名な程、果物の価格としては特異な物だけど、それにしても上の自転車の話もそうだけど、日本って戦後の好景気が果てしなく続いていた頃に出来上がった習慣や考え方が、そのまま生き続けているのではと。
(ちなみにこの設備はメロンが出荷されない時期にはトマトを検査しているそうです。 トマトって野菜ですよね)
日本は不景気だ、リストラだ、失業率がどうのこうのという時代に、バブル時代と姿勢や志向が基本的にちっとも変わっていないって気がするのですが。
日本だけがバブルの後遺症を一番長く引きずっている理由が見えるような気がするのですが。