2003年8月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2003年8月15日
本日はアップが遅れて、すでに書き始めたのは16日になってしまいました。
娘の誕生日を祝うために内輪だけでディナーに出掛けたのですが、思いのほか遅くなってしまい、帰ってきたのは夜11時を回っていました。
娘が生まれたのは16日なのですが、明日は友人たちを呼んでパーティーをやるとかで(ディナーパーティーではない)、家族だけで一日早くサーキュラーキーのそばにあるレストラン「吉井」へ。
じつはこのレストランの評判は前から聞いていたのですが、今日が初めてでした。
昨年の7月に元「OHIRO」レストランのあったところに移ってきたとか。
評判通り、いやそれ以上に美味しかったです。
僕はほとんど外食するときには「和食」を選ばないのですが、最近は「和牛」に凝って家で結構肉料理が多いので、「吉井」で食べた寿司は大いに堪能させてもらいました。
ご主人の「吉井」さん自らがカウンターで握っているのですが、初めて食べた彼の握る寿司、見ただけで彼の人柄が分かってしまうと言うか。
これは寿司だけでなく他の料理でも同じなのですが、やはり「造り手」の人柄が滲み出るものです。
彼の握る寿司は、非常に繊細で丁寧、程よい大きさで(少々小ぶり)、口の中で美味しさが広がるというか。
4人で行って母だけが「サクラ」というセット(コースメニュー)をオーダーし、僕と女房と娘は寿司コースを。 この寿司コースというのはお任せで、好みを先に聞かれ(僕は鯖が余り好きではない)その後は吉井さんに任せて、握ってもらうというのがこのコースのようです。
お客さんがストップをかけるまで色々出てくるこのコースはかなりお勧めです。
その上、寿司コースなのに他の一品をオーダーしても料金は同じようでとてもリーズナブルでした。
また必ず行って、母の注文したコースを試してみたいと思っています。
何しろ横で食べている母の料理を少しもらって食べたのですが、寿司と同等、いやそれ以上に美味だったので。
(ここは寿司専門店ではありませんので当然か)
さて、話し変わって
今日の朝刊を見ていたら、「やはり」と思う記事が出ていました。
それはアメリカの「ペントハウス」という雑誌が廃刊になるというものです。
「プレーボーイ」という雑誌を追うように確か60年代に創刊された男性用雑誌。
「プレーボーイ」も初期は「ヌード」で売っていましたが、ペントハウスは後発のためか特にヌードには力を入れていたようです。
と言っても、僕は見た事は有るが、自分で買った事は数回程度なので良く判りません。
で、なぜ僕が今回の廃刊に「やはり」と感じたかというと、それはインターネットなのです。
僕のホームページを読んで下さる方は、当然ご存知の事ですが今やペントハウスに載っているような「ソフトヌード」などワザワザ金を出して雑誌を購入しなくとも無料でいくらでも有る訳です。
こんなにインターネットが発達して、ありとあらゆる種類の情報が無料で手に入る時代は、この手の雑誌は必ず大打撃だと思っていたのです。
プレーボーイはまだ有名人などを脱がせて話題で売っている(?)のか、ヌード以外に面白い記事があるのか、まだ廃刊にはなっていないようですが、やはり苦しいでしょうな。
まあこの手の雑誌はネットの影響をもろに被るのでしょうが、他のビジネスでも生き延びていくには大きく変化しなければならないのは、かなりあると思います。
ちなみに女房が来月始めの週末にメルボルンの姉さんのところに遊びに行ってくると、ネットでヴァージン航空のサイトにアクセスして予約していました。
見ていると、ものの5分もかからず済んでしまうのです。
ネットなので料金も安いし、旅行代理店に出掛けていって航空券を購入する意味全く無いでしょ。
もし国民のほとんどがインターネットを使うようになったら、旅行代理店に行かずに、ネットで安い航空券を購入するのではないかしら。
もしくは自分では予定は全く立てられない、または情報が全く無い未知の国へ行く場合などで、代理店に行って詳しく説明を受けながらというのなら意味はあるでしょうが。
多分将来的には航空会社が直接ネットで販売している航空券を買うか、またはかなり高額になってしまっても構わず、代理店に行って説明を受けながらという両極に特化していくのでしょう。
さて今朝の新聞でもう一つの記事に「笑ってしまった」のがありました。
なんとアメリカで90歳にもなる老人が銀行強盗で捕まってしまったという記事。
いや〜、高齢化とはいえ90歳で銀行強盗ってのは随分元気な爺さんもいるもので。
で、その記事にはアメリカでは銀行強盗の場合有罪が確定したら20年の懲役刑だそうで(米国の場合州によって違うらしいが)、それならもう死刑宣告と同じですよね。
もちろん110歳まで生きる人もいるが。
出所祝いが110歳なんて、考えただけでも可笑しくて。
いやはや不謹慎ではあるが思わず笑ってしまう記事でした。
2003年8月18日
日本製の素晴らしいタブブラウザ「Sleipnir」がオーストラリアの新聞にも紹介されたと書きました。
僕も大いに気に入っているこのタブブラウザは、セキュリティーなどの設定がとても簡単で、その上非常に軽いのでオーストラリアの友人にも勧めています。
特にウインドウズ98やMeを使っている方は、まさに「目からうろこが落ちる」と思います。
その上「フリーソフト」なので無料で使えるですが、IBMの「オペラ」の無料版のように「うるさい広告」が出る事も無い(オペラの有料版は出ないのでしょうが僕は使った事無い)。
「窓の杜大賞」にも輝いたそうです。
で、先日ジョン(PC屋)の店にいたら僕と同じ年代のオーストラリア人で、ずっとIT関係の仕事をしていた「リンズイー」が遊びに来て「ブラウザ」の話になり、僕がこの「Sleipnir」を薦めたら是非見たいというので、その場で店のPCに入れて見せた。
PCはプロの彼もその素晴らしさに驚いておりました。
特にそのカスタマイズのしやすさ。 例えばお気に入りに登録する際にそのホームページ毎にセキュリティーの設定を変える事が出来る。
例えばマイクロソフト社のサイトやよく知っているサイトで安全を確認できるなら設定でJavaスクリプトや
ActiveXを使用する設定にし、また危なそうなサイト(オヂサンが好きそうな)ではそれらを全て「切る」設定にしたりと本当に「痒いところに手が届く」機能満載。
その上、サーフィン中にそのサイトのページをクリック一つで日本語から英語にしたり、英語から日本語にしたりの機能も組み込まれている(これはexcite
の機能を使っているようです)。
僕のHPは日本語で書かれているので、何を書いているかをオーストラリア人の友人に見せるには翻訳する必要があるのですが、このブラウザを使っていればクリック一つで僕の日記のどんなページでも即座に英語にしてくれる。
しかしこのコンピュータの翻訳というのはまだまだ開発途上でかなり「怪しい」翻訳では有りますが、しかし全く読めないよりうんとマシ。
インターネット・エクスプローラを使用している人には「お気に入りのインポート」も最初に設定すれば読み込まれるし、またIEのインターネットオプションもそのままだし、とても使いやすいです。
興味ある方は「Sleipnir」
以外にもタブブラウザ推奨委員会のサイト
(http://tabbrowser.ktplan.jp/ このページの上から3番目のタブブラウザがSleipnirです)の中から自分の好みに合ったものを選んで使うも良し。 気に入らなかったらクリック一つで削除も出来るので是非お試しください。
レジストリーをいじるインストールも必要ないです。
マイクロソフト社は数年後にはブラウザ(インターネットエクスプローラ)の開発を止めるという話も出ているらしい。
つまりユーザーが自分の好きなブラウザを選べるように、OSと一体になっている今の状態が変わるのかもしれない。
(今はウインドウズをインストールをすると、使いたくなくともインターネットエクスプローラは一緒にインストールされてしまうでしょ)
ちなみにSLeipnir(スレイプニル)は北欧神話に出て来る主神Odinが乗る8本足の馬の名前らしい。
このタブブラウザの作者はYasuyuki Kashiwagi さんという方のようです。
是非お試しを。
2003年8月19日
先週の月曜日11日の日記にちょっと触れたように昨晩は絵画の教室へ。
昨晩が二度目のレッスンでした。
絵画の教室に通うなんて考えてもいなかったのですが、数ヶ月前に女房が我が家の近くのパブリックスクール(小学校)の教室を借りて行われている、「TAFE」の抽象画のコースに行ったのがそもそもの始まり。
ここでちょっと「TAFE」について書いてみます。
と、実は僕もその歴史を良く知らず、下につけたURLのサイトに行ってみたら、なんと110年もの歴史が有るとの事。
サイトに書かれているには、シドニー・テクニカル・カレッジがそもそもの始まりの様で、二つの大学の母体にもなっているようです。
その二つとはthe University of Technology, Sydney (UTS)と、わが娘も学んだ the
University of New South Wales (UNSW) です。
TAFEとはTechnical and Further Education の略です。
http://www.sit.nsw.edu.au/
http://www.sit.nsw.edu.au/institute/index.php?Page=5&Select=73&Seq=1&Ref=1
社会人が新しいスキルを身につける、または磨く等の目的で行われる夜間の教室。
毎年53000人以上の生徒が758のコースで学んでいると書いてあります。
1コースは週一回の授業で約9週間にわたって行われます。
758ものコースがあると言う事なので、教える科目は多岐にわたっています。
と言うか教えていない科目を捜すほうが大変というか。
料理、エンジニアリング(プラミング、カーペントリー、etc)などは当然のこと、昨晩の僕らの「抽象画」の教室の隣では、「パブリック・スピーチ」のクラスをやっていたり。
絵画の教室にしても「具象、抽象」などに分かれているし、他にも彫刻等もあるはず。
政府がやっているだけに非常にリーズナブルな値段で、その上1クラスの生徒数も12〜15人程なのです。
僕は数年前に「タイ料理」に凝っていて、TAFEの料理のコースに通った事もあります。
全く聞いた事も無かったような名前のスパイスなどを教えてもらって、通った甲斐が大いに有ったものです。
オーストラリアに住む方にはこの「TAFE」大いにお勧めです。
女房は最初に通った「具象画」のコースで大いに楽しんだので、今度は「抽象画」にチャレンジだと言ってまた申し込んだのですが、どうせ月曜日の夜だけなのだから僕も一緒に行こうと言い出したのです。
僕も何となく面白そうなので行く事にして、生まれて初めて(小学校は除く)絵画の勉強始めたのです。
僕はインダストリアルデザイナー(特に車のデザイン)になりたいと真剣に考えていた時期(中学時代)があったのですが、オヤジの反対で美術系の学校に進む事は許されず、工業系の大学を目指す事になったのです。
しかし、工業系大学とは全くファッショナブルなデザインとは無縁のところで、僕は大学を卒業前にファッションの世界に入ってしまったのです。
そんなわけで、絵を画くのは好きなのですが、しかし小学校卒業以来ちゃんとキャンバスに向かった事など一度も無かったです。
小学校時代の僕の成績はせいぜい「並」だったのですが、その中で一番良かったのが美術(小学校では図工と言ったっけ)次に数学(算数)だったでしょうか。
話はちょっとそれますが、一番嫌いだったのが「国語」でした。
とにかく興味が無いから「覚えが悪い」、で成績も落ちる。
国語の書き取りなど「惨憺たる」点数をもらっていたものです。
さてこの「抽象画」って、もうビックリするほど難しいんですね。
昨日はテーブルの上に置かれた果物やワインのビンをまずデッサン(具象)し、それを「崩せ」と言う。
小学校以来本当に久し振りにペンを持って画き始めたら、しかしこれが結構良く出来る。
はっきり言って女房よりもデッサン力は僕の方がぜんぜん上。
「昔取った杵柄」というのか、具体的に画くのはまあ自信が有る。
ところがそこから「崩せ」と言われても非常に難しいんですよね。
先生は最初のデッサンを8等分してそのうちの1コマでも2コマでも良いからその部分を拡大して崩す方がやり易いという。
僕は「抽象画」なんて全く書いた経験が無いから躊躇してしまう。
もちろん「ただメチャクチャ崩して」画けば良い訳でもない。
そして他の生徒を見ていると、出来の良いのはいくら「抽象画」と言っても最初のデッサンの段階からかなりうまいんですよね。
僕はデッサンではまあまあうまく画けたので、そこから大きく外れないように「ラインと色」で抽象化してみた。
先生には誉められたが「マチス風」だと言われて、全くそんなつもりではなかったのだが、確かにそんな気がしないでもない。
女房は絵画を見て歩くのが大好きで、しょっちゅう展覧会や美術館に行っていて、非常に知識は有るのだが、まるでデッサン力が無い。
子供の時から、絵はそれほどうまく画けなかったとの事。
で、自分の画きたいものは頭の中に有るようだが、実際に画いて表現出来ないんですな。
幼児が書きなぐったような画に見えても、高名な画家の作品だったりする事もあるけど、やはり下手が画く抽象画は見られません。
いや、本当に難しいです。
来週、出来ればデジカメを持ち込んで先生が教えてる様子でもこの日記にアップしてみます。(写真撮らせてくれれば)
2003年8月20日
今日は山口県にいる僕の叔父(母の弟です)の話を。
叔父は最近になってコンピュータの勉強を始めました。
我が母より若いといってもすでに75歳、今から勉強をするのは大変だとは思うがきっかけは叔母の仕事でした。
叔母は永年自動車保険の仕事をしているですが、ご多分に漏れずこの業界もIT化が進んでいます。
保険の加入から、事故の時のクレーム処理など、今やインターネットを使えないとどうにもならない状態になっているとか。
確かに事故を起こした車の写真(デジタル)を添付して本社に送るような処理なら、ものすごく能率的だというのは誰でもわかる。
しかし何人も人を雇っているわけでもなく、細々と田舎の小さなところで自動車保険の取次ぎ(というのか)をやっているので、今までは叔母が一人で全ての処理をやっていたわけです。
しかし、ここ数年本社からIT化に伴い、PCをネット接続をして処理するように要請が来ていたのです。
しかし高齢の彼女にとってはPCだって触った事は無く、ネット接続なんてチンプンカンプン。
で、叔父は彼女を助けようと二人でPCの先生に付いて勉強を始めたのです。
その話を聞いて僕は大喜びをしたものです。 というのも母は弟(叔父)と非常に仲が良く、日本に帰る度に山口を訪ねて叔父のところに厄介になっているほど。
ですからもし叔父達がPCを使うようになったら、母の部屋にも家にある古いPCを入れ、叔父とのメールのやり取りだけでなく、ゆくゆくはテレビ電話のようにネットでお互いを見ながら話したりも可能性が見えて来たからです。
で、昨年に叔父達はノート型PCを夫婦揃って2台購入し、先生に週一回来てもらって勉強を始めたのですが、やはり週一回は少な過ぎるようでその週に習った事は次の週にはすっかり忘れてしまうとの事。
もちろん歳も歳なのでこれは致し方ないが、もう一つの理由はやはりPCを始める「きっかけ」に関係するのではないかと僕は考えるのです。
つまり仕事のために本社の要請で「しぶしぶ」PCを導入したあたりから、妙なプレッシャーというか自分の意志には関係なく勉強しなければという重圧というか。
実は僕の友人で(僕と同年代)オーストラリアに最近永住に来た人がいます。 彼は昔勤めていた会社のシドニー支店に赴任して来てオーストラリアの良さを知り、会社を辞めてまた住みに来たのです。
でその彼には80歳を超える母がいて、今回オーストラリアに住みに来るにあたって一緒に連れてくる事も考えたそうですが、環境の変化などを考慮に入れて母親は日本の田舎に置いてきたとの事。
で、その母親は息子にしょっちゅう連絡を取りたいと考え、インターネットの勉強を始めたとの事。 何と!!!83歳なのにです。 素晴らしいでしょ。
そしてすでに彼女からメールが届くのだそうです。
キーボードに向かって一字一字時間をかけて入力し「メール」を送ってくるのだそうです。
いや〜僕は感激してしまった。
僕の年齢のオヂサンでもキーボードは苦手などと言って、インターネットを始めない人が多い日本で。
そう、息子といつでも連絡が取れる最良の手段はインターネットだとその83歳になる母が理解しているからこそ、一生懸命になれるのかもしれない。
ボケ防止にも良いでしょうし。
ですから僕は叔父が始めると聞いたときには大賛成で、今までこちらで撮影した家族やオーストラリアの写真等もどんどんメールに添付して送ろうと「てぐすね」引いて待っているのですが、いまだお勉強中で「メール」の送受信まではたどり着いていないとの事。
僕はじりじりしながら待っております。
そうそう叔父は左腕一本なので余計入力などに時間が掛かってしまうのは致し方ないかもしれません。
いや待ち遠しいです。
2003年8月21日
近頃、娘が引っ越して行って以来とても家の中が静か。
一人静かにモニターの前に向かって平和な生活を満喫しているのですが、そうなるとよけい目の前にあるPCのたてる騒音が耳障りに感じ始めていました。
気にし出すとよけい耳のつくものです。
数ヶ月前の日記に書いたように、ハードディスクのリムーバブル・ラックをもう一つ増設したために、今やハードディスクを冷却するファンが二つになり、また新たに入れたグラフィックボードにはやはりGPUの冷却ファンが付き、電源には二つのファン、CPUのファンにPCケースのファンと、計7つものファンが回っているわけで、静かなわけがありません。
音楽(BGM)をかけて音を消すという方法もあるが、深夜にはそういうわけにもいかず、静音化する事にしました。
その方法とは、PCケースをすっぽりと箱で覆ってしまうという方法です。
材木屋に行ってベニヤ材を買ってきて、少々大きめの箱を造り内側に消音材を貼リました。
下につけた写真のようにかなり大きめになってしまったので、デスクの下に入れる事にしました。
デスクの下に入れる事によって、よけい音源からも遠くなり効果は抜群になりました。
で、本日はその事を書きたかったのではなく、箱の内側に貼る消音材を買いに、「REVERSE
GARBAGE」に行ったというのがメインなのです。
「REVERSE GARBAGE」とは、展示会やショーなどで使用した物をそのまま捨てるのはもったいないと言うのがこのコンセプトの元になっているようで、これのあるMARRICKVILLE のコミュニティーセンターが運営にあたっています。
元の発想は展示会やショーなのかもしれませんが、多くの協賛があるのか、本当にありとあらゆるものが山積みされていて、値段はまさに「タダ同然」です。
売上もまたコミュニティーのために使われるようで、新品同様の物が廃棄場にそのまま行かず、皆の役に立つのですから一石二鳥どころか三鳥にもなるのです。
じつは、このPCの静音化のために中に入れる消音剤を買うために近くのハードウエアーショップに行ったのですが気に入ったものが無く、ゴムやスポンジ専門店に行ったら良いのは有ったのですが、少ない量では買えず、その上馬鹿高く、消音材だけ(スポンジのようなもの)で60ドルを超えてしまう。
実は今や安いPCケースなど電源付きで80ドルくらいで買えてしまう時代に、中に貼るスポンジだけでほぼPCケースに近い金を出すなど、本当に馬鹿馬鹿しいでしょ。
で、大分前に行った事のあるこの「REVERSE
GARBAGE」を思い出したのです。
「REVERSE GARBAGE」リバース・ガーベッジはリバースが逆行というか、車のバックギアも英語ではリバース・ギアーと言います。
そしてガーベッジがゴミの意味です。
ゴミ再生と言うか。
こういうところが大好きな僕はここへ行くといつも必要の無いものまで買い過ぎてしまうほど。
本日も消音材以外にも以下の写真のようなものを買って来てしまいました。
このようなのが日本にも有るのかどうか知りませんが、パブリックの団体が運営していると言うところが味噌。
まだまだ使える物が再生される、ごみが減る、我々は安く買えるし、店で
買うより我々が出すごみが減る。
売上はまたコミュニティーに還元される。
いい事尽くめ。 それにしても「何でこのような物までが」というのも売っているのです(以下の文参照)
シドニーに在住の方は時間が有ったら是非見に行ってみてください。
場所は142 Addison Road Marrckville です。
それぞれの写真をクリックすると大きな画像になります。
上の段の左が、作っている途中のPC用の箱。 CD−ROMドライブやフロッピーへのアクセスのため前面は観音開きのドアにしました。(ちょっと見難いかな) 中に貼っている消音材が足りなくなったわけです。
上段真中の写真がこのREVERSE GARBAGE
の入り口。 かなりくたびれた古い倉庫のようなところです。 屋根のトタンの錆びかたで判ると思います。
上段右側と下段右側の写真は内部の一部。
本当に色んな物が山積みになっています。 材木もあり、生地や皮もある。 手芸用のものがあると思うと、何だか判らない電気部品が有ったりと。
下段左の写真は本日の目的消音材のスポンジのような物以外にあまりにも安いので買ってしまった、「戦利品?」。
電球はキャンドル方とピンポンボールのような形の物で、我が家にはちょうど必要だった物。
スーパーで買ったら一個が1ドル50セント以上する物が20個で3ドル!!
一個がたった15セント(10円ちょっと)全くウソみたいでしょ。
家に帰って来てこの電球つけてみるまで心配なほど安かった。
どこかのショーで使って余ったのでしょうか。
他にはスピーカー用のラインコネクションに使えるのではないかと購入した部品(黄色緑青色)と、今度作ったPCケースの箱の下につけようかと購入したホイール(黒の車輪)これも5個で4ドル、一個80セント!!!
他にもスライドスイッチやこの写真に入りきらない物が色々有ります。
前に行った時には、当時乗っていたスバルのグリーンメタリックのタッチアップペイント(ちょっとした引っかき傷等を直すための物)が何と30セントで売っていた。 Kマートで買ったら10ドルはしたと思う。
2003年8月22日
昨日の日記に、娘が独立して出て行って以来、家がとても静かに平和になったと書きました。
しかし毎週の火曜日の夕食は我が家に食べに来ます。
これは我が家の近くの友人の家で、経理のアルバイトをやっているために、自炊する時間が無いから「ちゃっかり」我が家で食べるようです。
女房は相変わらず娘「べったり」なので、週一と言わず何回でも良いくらいに思っているようですが。
で、食べ終わってもすぐにアルバイトに行かないで最近一番気に入っているテレビ番組を見てから出掛けて行きます。
その番組について今日は書きます。
娘は独立するまでほとんど料理をした事が無いので、自炊が始まってかなり苦労するのではないかと思っていたのですが、この予想は見事に外れ何だか随分料理に興味があるようで、この欠かさず見たいと言うテレビ番組も料理に関する物。
日本ではとっくに有名で僕が知らないだけかもしれませんが、イギリスの若き天才シェフ、「ジェイミー・オリバー」の確か「フィフティーン」と言う番組です。
(日本でもCSで放映されているようです)
娘が我が家で見始めるまで僕は知らなかったので、最初の数エピソードは見ていないのですが、料理の好きな僕にとってもこの番組、非常に興味があります。
まず、ご存知無い方のために「ジェイミー・オリバー」について。
僕はこの日記を書くために「Jamie Oriver」で検索したら、何と日本語の彼のサイトまで有るんですよね。
1975年生5月27日生まれとありますから、まだ20代!!!
両親がケンブリッジで経営するパブレストランで、8歳の時から料理を手伝い始めたそうです。
11歳の時には大人顔負けの包丁テクニックを身に付けていたとか。
僕が非常に興味を持ったのはこの8歳という年齢なんですよね。
僕の好きなモータスポーツの頂点フォーミュラー・ワン、そこまで登リつめるには、今や8歳からカートのレースを始めていなければ手遅れと言われています。
また全くカテゴリーの違うテニスでも、現在プロの世界の上位で活躍している選手のほとんどが(ひょっとしたら100%近いのではないかと思う)8歳からテニスを始めている、と言うよりもむしろ8歳からトーナメントに出ていると言う方が正確かも知れないような状態。
彼の場合は偶然実家がレストランをやっていたために、そして何より彼自身が興味を持ったためにレーサーやテニスの選手と同じように若くして英才教育が始まったのでしょう。
以下のURLにその辺は詳しく出ています。
http://woman.nifty.com/jamie/
http://www.jamieoliver.com/index.asp
彼のニックネームはネイキッド・シェフと言うのだそうです。
ネイキッドとは裸の意味なのですが、彼の番組を見ていると「全く飾り気の無い」とてもフレンドリーなオニーチャンって感じが、ネイキッドなのでしょう。 ぴったりだと思います。
さてこのテレビ番組はただ彼の作る料理を紹介するのではありません。
(彼の料理番組も他のチャンネルでやっていますが)
まだ若い彼が「失業中の若者15人」を鍛えて、新しいコンセプトのレストラン、その名も「フィフティーン」を開店するまでの、いわばドキュメンタリー番組なのです。
上述したように、僕は最初の数エピソードを見逃したので、彼が料理を教える若者達はわざと「どうしようもない」のを選んだのだと思っていたのですが、「何千人も応募した中から厳選した15人だ」と娘が言った時には唖然としました。
この番組の面白さもそこにあるのですが、今の英国の若い失業者達がどんなレベルかを知って、そうかどこの国も似たり寄ったりなのだと、何か妙に安心してしまった。
何しろ僕は日本の若者に危惧を抱いていたので。
勝ち組みと負け組みなんて表現を良く聞きます。
つまり不況の業種と景気の良い業種がはっきりして来て、所得の格差も大きくなりつつあると言うか。
僕はこの番組に出て来る若者達を見ていて、そうか収入だけでなく教育(学校教育だけでなく親の教育など全て)の格差も大きくなりつつあるのだと実感した。
この番組に出て来る何人かは、もう完全に社会人になろうとしている段階から「負け組み(ルーザー)」なんですよね。
これほど見事に若い時から「ルーザー」の姿勢を持っているって、非常に悲しいですな。
それに引き換え、教えるジェイミーにしてもいくらも歳が違わない。
でも目の輝きからして違うんですな。
子供の時から興味がある事をそのまま極めて来た人間の持つ「目の輝き」です。
僕は彼の「料理の内容」からどのくらい凄いシェフかと言うのはまだ判断しかねています。
まだまだ30歳前だし。
しかしもう日本にまで名が知られていて、銀座に「アフタヌーンティー・ベイカー・アンド・ダイナー(B&Dというのか?)」のメニューまで彼が担当しているとの事なので、非常に興味深いです。
今度日本に帰った時には是非行ってみたいと思っています。
わが娘もこの番組のお陰で料理に興味持つだけでなく、そこに登場する若者達の失敗から多くを学んでいるようです。
2003年8月25日
昨日(日曜日)4回目のアーチェリーのレッスンに行ったら、はんぱでない強風が吹き続けまともに練習にならないほど。
僕の行く練習場が風通しの素晴らしく良いところだからかと思ったら、なんとシドニー中被害が出るほど強風が吹いていたようです。
夕方になっても吹き止まず、立ち木が倒れて死者まで出る始末。
停電もいたるところで起き、14万世帯が停電の被害を受けたとか。
僕も心配でPCの電源を落としていました。
さて、その日曜日のディナーに母が友人を招待すると言うので、土曜日に久し振りにシドニーフィッシュマーケットに出掛けました。
広い敷地の中にせり市場以外には、せいぜい10ちょっと程の小売店があるだけなので、全体を写真に収める事が難しく、その一部だけを下につけました。
で、ビックリしたのがペリカンです。
何か最近この「ペリカン軍団」がフィッシュマーケットを縄張りにし始めたようです。
最後に僕がマーケットに行ったのがいつだったか覚えていませんが、このようにマーケットのど真ん中を、我が物顔でペリカンが歩いているなんて事はありませんでした。
フィッシュマーケットに来ている観光客が写真を撮っているので、ペリカンがたまたま遊びに来たのかと思っていた。
ところがこのペリカン、何とずうずうしくも店の中にまで入っていって、魚盗んでいるんですよね。
僕も思わず吹き出してしまったが、観光客も大喜びで写真を撮っていたら、フィッシュマーケットのガードマンが来て、追い払い始めた。
僕は魚の一つや二つ盗まれたって良いのに、何でガードマンが追い払わなければならないのかとガッカリして見ていたら、何とこのペリカン君、思いっきり高そうなマグロの刺身用の大きな切り身をくわえて行ってしまった。
いやはやビックリ。 で、逃げていった方に行ったらなんと10羽以上がたむろしているんですよね。
まさに「ペリカン軍団」、どうりでガードマンが追いかけているわけだわと。
それにしてもペリカンってひょうきんで可愛いもんです。
フィッシュマーケットには娘もついて来たのですが、その後ノースにある盆栽専門のナーサリーに行きたいと言う。
聞いてみるとそのナーサリーは「テリーヒルスTerrey Hills」にあるという。
土曜日の夜に友人の誕生パーティーに招待されていて、バースデープレゼントに「盆栽」を贈りたいからと言う。
なんか年齢に似合わないようなプレゼントだなとは思うが「日本の盆栽」だというのに興味を持って一緒に出掛けました。
到着してみたらなんとそこは今から14〜5年程前に来た事があったのを思い出しました。
盆栽の好きだった父がオーストラリアでも盆栽を扱っている園芸場(と言ったっけ?)があるというので母と3人で来た事があったのです。
母は来た事を全く思い出せませんでしたが。
我が娘は4年程前にあるところで日本人の女性による盆栽の作り方の実演を見て以来ずっと興味を持っていたと言う。
で、「実演」をしたその日本人の女性がそこの園芸を経営している「メグミさん」だったのです。(僕と同年代か)
本日話をしたら僕が最初に訪れた14〜5年ほど前はまだ開園して間もない頃だったとの事。
その変貌振りに僕も最初はすぐに判らなかったほど。
周りも大きく拓けて、ぜんぜん違っている。 その上何とその園芸場にはレストラン(経営は別らしいが)も隣接していて、中には日本庭園風になっている。
そのレストランが大盛況でこれまたビックリ。 メニューも結構充実していて、味もなかなかでした。(それなりに安くは無いが)
レストランの庭園は日本風なのですが、建物はインドネシア(バリ)にある高級リゾート風で、中で遅い昼食を取っていたら突然バリにホリデーに行っていた頃にワープしてしまいました。
それほどオーストラリアらしくないです。
郊外へドライブがてら、パスポート無しの「日帰り外国旅行」の気分を満喫するには「超オススメ」です。
上の右側がシドニーフィッシュマーケットの一部。 その写真の左側がセリ市場の一部です。
左はそのペリカン、あまりの大きさになんか鳥類って感じがしない。

上の写真は盆栽を売っている園芸場に隣接する日本庭園とそのレストラン。 レストランはバリ風なのですが、庭園は日本風です。
こんな郊外のブッシュの中に高級レストランがあるのが不思議です。
Bonsai Art Pty Ltd
18 Myoora Road, Terry Hills 2084 NSW
2003年8月26日
娘から(昨日の朝)電話があり、腹が痛くて起きられないと言う。
土曜日にフィッシュマーケットに行った(昨日の日記に書いた)時に食べた生牡蠣かもしくは、そのフィッシュマーケットで購入した「ゆで海老」を日曜日に食べたからかもしれないと言う。
僕は即座にそれは最近シドニーで流行のウイルス性感冒のせいだと言ったのですが、「ただ腹が痛いだけ」だと言う。
わが娘はいつまでたっても子供で、痛くて自分で車を運転して行けないから医者に連れて行ってくれと言う。
すぐに娘の家の近くのGP(ゼネラル・プラクティショナー「一般医」)に連れて行ったのですが、胃薬をくれて「もう少し様子を見るように」と言われたとか。
しかし調子が良くないので帰りは我が家に連れて来て、寝かせていたのですが寒気もすると言うのでこれは絶対に感冒に違いない。
先月だったかの日記に、僕も似たようなのにかかり、感冒とは知らなかったので、あまりに腹の調子の悪さに、胃カメラの検査を受けようかと考えたほどと書きましたが、まさに娘もこれにやられているのは確実。
それにしても娘が行ったこのGP(女医さんだったとか)、この手のウイルス性疾患がシドニーで流行っているのを知らないのだろうか。
全くその辺の事には触れなかったそうですが、「バルク・ビリング」専門のGPにはかなりいい加減なのが多いのも事実。
「バルク・ビリング」とは政府が国民健康保険適用として医者に支払う「額」内で診察するシステム(もう少し正確な表現方法があるはずですがお許しを)で、具体的には患者が診察を受けた後に国の発行するメディケアカード(国民健康保険カード)を提出してサインを入れるだけで、診察料は払う必要の無いシステム。
昔はこのバルク・ビリング・システムを取る医者が多かったのですが、インフレで国から出る金額だけでは苦しくなる医者が増え、最近は医者の定める診察料を患者が払い、そのレシートをメディケアーのオフィスに提出して差額分を国から還付を受けると言うシステムが増えています。
例えば僕が行く池亀先生の場合一回の診察料は(15分単位の場合)40ドルで、患者が支払い国が払う約23ドルの還付を受けます。
つまりその差額17ドルが患者の負担と言う事です。
このメディケアーの事務所は数が少なく(僕はボンダイジャンクションのに行きます)常に長い列が出来ていて、非常に煩わしいと常に感じています。
で、いまだバルク・ビリングを続けているところは「患者の数をこなして」いるわけで当然一人あたりの診察時間も限られてしまうだけでなく、予約なども受け付けないので、混んでいると患者は1時間待ちなんてのはしょっちゅうです。
娘はいちいちメディケアーの事務所に還付を受けに行く(平日のみ)時間も無いので、こういうバルクビリングのところに行くようですが、残念ながらこういうところは、そこに所属する医者を自分(患者)がなかなか指定できず、当たり外れが非常に大きいです。
娘を見たその医者も、もうすこし様子を見ておかしければ超音波の検査をなんて言っていたそうで、シドニーで流行っているこの胃の痛くなる感冒を知らないのだろうかと唖然としてしまった。
もちろん診断には先入観念を持つのは良くないのですが、娘のように最初はのどが痛くて、そのうち腹が痛くなり寒気もするなんてこの時期それ以外考えられないのに、超音波で医の検査をなんて言う医者は何ともと思ってしまう。
娘にそんな所はもう行くの止めなさいと言ったのだが、良い医者もいるしという。
こういうバルク・ビリングのシステムを取るところの欠点ですな。
さて話は(全く)変わって、僕の大好きなモータースポーツのF-1の話。
今年のF-1は近年に無くもうメチャクチャ面白いです。
僕の応援する「ファン・パブロ・モントーヤ」がひょっとすると今年のチャンピオンに、なんて可能性が出てきたためもありますが。
日曜日のハンガリア・グランプリの表彰台を見ていて、つくづく新しい時代が始まろうとしているって実感させられました。
そこには常勝「マイケル・シューマッハ」の姿は無く、優勝したのはスペインの若干22歳のドライバー「フェルナンド・アロンソ」。
お立ち台の左(つまり2位)にはフィンランドの「キミ・ライコネン」、右には3位のコロンビアの「モントーヤ」という、いわば若手が占めているシーンを見て、感慨深かったです。
特にアロンソは王者「シューマッハー」を周回遅れにしてしまったのですが、そのシーンはシューマッハーの好きでない僕にもなんかショックでした。
22歳のアロンソはF-1最年少優勝だそうで、何年戦っても一度もお立ち台の真中に立てずに引退していったドライバーが多い中、やはり運命も感じますな。
これで今年は残り3戦、いまだポイントリーダーを続けるシュマッハーが72点、2位のモントーヤが71点、そしてキミ・ライコネンが70点なんて、まさに誰かが描いたドラマの筋書きのよう。
それも最終戦は日本GPなんて、もう今からワクワクしてしまいます。
一応僕の予想を書くと、シューマッハーが今年もチャンプを取るのではと思っています。 是非モントーヤに取ってもらいたいのですが。
これだけ熾烈な戦いになってくると、最後は経験が物を言うように感じて、常勝チーム、フェラーリが来るのではと思っていますが、しかしこれはタイヤ次第だと思います。
ここ数戦はBSのタイヤで苦労しているのですが、やはりBSの地元、日本GPで手をこまねいているとは思えませんので。
2003年8月27日
昨日外出から帰ってきた女房が、何だか良くわからないがご近所の庭に車が刺さっていると言う。
「???」何を言ってるのか良く判らないが、とりあえず出てみるとほぼ向かいの家の庭にカローラクラスの車がケツを持ち上げていると言うか、ゴミ箱の上に乗っかってるんですよね。
女房の言っている事が判らないはずで、実際に見てもすぐにどうしてこんな事になってしまったのか理解できなかった。
(上の写真はクリックすると大きくなります)。
しかし車の下敷きになっているゴミ箱の倒れ方から見ると道路から庭に車が飛び込んで来たのではなく、バックで飛び出して来たようです。
また塀とガレージのゲートを突き破っております。
まあ一般道路での事故ではないので警察も来ていませんが、修理のレッカー車はすでに到着しているが車の半分は宙に浮いているし、先の方は門扉に絡まっているしで、簡単に引き出せないよう。
この事故を見て昔アメリカで(確かアウディだったか)突然車がバックギアに入れたら暴走してガレージの壁を突き破り、怪我をしたというので賠償を要求する裁判が有った事を思い出してしまいました。
最近はこの手の事故の話を聞かないのは、実際にブレーキペダルを踏んでいる状態でないとギアーをリバース(バック)に入れられない構造になっている車が増えているからではないかと思います。
その当時のアメリカでの事故について、「車の欠陥」だとする報道には僕は非常に懐疑的で、自分のミスを誰かに押し付けているのではないかと感じていました。
つまりブレーキペダルを踏んでいないとバックギアに入らないと言うのは、アクセルを踏んだままバックギアーに入るのを防ぐわけで、つまりそのよう暴走はアクセルとブレーキペダルの踏み間違いで起きていたのではないかと。
確かに昔の車は今ほどエンジン・マネージメントシステムのコンピュータコントロールが進んでいなかったから、エンジン始動直後のまだアイドリングが高い状態でオートマのギアを入れたら動き出す事はあるのですが、しかしガレージの壁を突き破るほどの急発進をするほど回転が高いはずは無く、99%は人為的なミスだと思っていました。
今日の日記につけたこの写真の事故にしても確実に人為的なミスなのですが、昔だったら突然車がバックしてしまったなんて持ち主は言っていたかもしれません。
何しろ今から20年位前はオートマがまだ少数派で、そのような事故が(本当にあったのかは判らないが)有るらしいなんて噂のために、日本に住む我が妹のように、絶対にオートマは怖くて乗れないなんて信じ切って、いまだにギアー(マニュアル)車を乗っている人間がいます。
確かに我が妹は変わり者なのかもしれませんが、乗っている車がトヨタの「マーク・ツー(とか言うらしいが良く知らない日本名なので)」で最後に買った時には、セールスマンに「もう今後はギアー付きのマーク・ツーは特別注文でも入手困難になると思います」と釘を刺されたそうです。
50歳を超えるオバサンがマーク・ツーのマニュアル車を運転すると言うのは非常に珍しいとかで、妹の息子は「おまえの母親元暴走族?」なんて言われているそうです。
それにしても、そこまで頑なにオートマ車は怖いなんて信じきっている妹も妹で、もう一生オートマは乗れないと言うのですから不思議では有ります。
しかし、もし今日の日記のこの写真を妹が見たら「やっぱり私の考えは間違っていなかった」なんて胸を張るでしょうな。
2003年8月28日
テレビのデジタル地上波放送の事は何度も書いていますが、STB(セット・トップ・ボックス)などの機器の不安定さは、ひょっとするとコンピューター以上ではないかと。
という書き出しで、またまた今日はデジタル放送に関する事を書きます。
問題が出ていない時には、もうアナログには絶対に戻れないと感じさせてくれるほどの素晴らしい画面を提供してくれるのですが、やはり「デジタル」というものの「ネイチャー」なのか、アナログ時代では考えられないような問題が出るものです。
その上、日本の大手電機メーカー製ではない製品は目も当てられないほどの不安定さで、アナログからデジタルへの切り替えをお勧め出来る時代はまだまだ先のようです。
先週もSTBの一つが不調になってしまいました。
リモコンでチャンネルを変えようとするのだが、反応しなかったり全く別の動作をしてします。
今までのアナログ時代なら、これはタダ単に電池が弱くなっているといった感じで、新しいのと入れ替えれば済むのですが、デジタルではこうは簡単に行ってくれない。
リモコンのボタンを押しても反応しないので、強く押し続けると全く違う反応を示したり。
で、デジタル放送のウエブフォーラム(Digital Broadcasting
Australia DBA
の中にある)に参加して色々調べていると、どうやらこのリモコンのデザインからしてまともではない。
リモコンをちゃんと機能させるには発信部分を補ってやる必要がある。 つまりアルミフォイルなどの反射率の高いマテリアルで周りを囲み正確なメッセージを出す必要があるとの事。
僕もそのようにやってみると確かに格段に正確に反応するようになった。
これなどは一つの例ですが、こんな馬鹿な事でもしないとちゃんと機能しないなんて1960年代のアナログテレビより酷いでしょ。
我が家にあるもう一台のSTB(HDD内臓タイプ)にしても僕が購入してからすでに4回もファームウエアー更新があって、確かにバグは減っているのだがそのファームウエアーをメーカーのホームページから落として来て、PCで開きRS232ケーブル(ナルモデムケーブルともいう)でSTBと接続してアップデートしてやるなんて、この機器を購入したユーザーのうちいったい何パーセントの人がやっているのだろうかと考えてしまう。
TEAK(ティアック)のSTBのようにインターネットと接続できるタイプも売り出され、ファームウエアーのアップデートはユーザーの知らないうちに自動的に更新されるという時代はすぐそこまで来ているはずなんですけど、何しろ日本国内のデジタル放送がまだまだという為に、歩みは非常に鈍いようです。
で、昨年の12月に購入したDGTECというブランドのハイビジョン・デジタルチューナーが昨晩どうにもこうにも機嫌が悪くなって、色々やってみたが「ラチ」が開かないので本日購入しちゃところに持って行ったら、懇意にしている店員がいて不具合の内容も全く聞かずにいきなりショウルームに積んである箱を僕に渡して「ハイ」。
やっぱりオーストラリアというか、それとも不具合がわんさと出ているので、もう慣れっこになってしまっているのか。
僕は「機械マゾ人間」だから良いが、オーストラリアでデジタル放送を見ようと考えている方は絶対に今年の暮れまで待った方が良いでしょう。
(ソニーやパナなどが軒並み自社ブランドのSTBを発表する予定ですので)
と、書き終わったらまたまた換えてもらったDGTECのSTBが不調。
今度は音声がちゃんと出たり出なかったり。
これも色々調べていたら、デコードの機能がちゃんと働いていないような。
デジタル放送というのは、当然音声もデジタルで送られて来ます。
しかしまだどこの放送局も試験的に色々試しているのか、そのデジタル音声のフォーマットも各局バラバラ。
現在オーストラリアの放送局では、MPEG1、 MPEG2、 AC-3 の3種類が各放送局の好みで使われていて、チャンネルを切り替える度に音量(ボリューム)が変わったりするだけでなく、同じ放送局のままでも録音時の形式の違いかとても音量が安定しません。
もちろんアナログの時代から番組を見ていて、コマーシャルに切り替わるといきなり音量が不快に感じるほど上がるって事を経験された方はいると思いますが、それに似たような事が起きるだけでなく、チャンネルを切り替える度に認識しなかったりして、音量が極端に下がったりと。
100%その能力を発揮している時には、テレビ放送なのに5.1チャンネルのサラウンドサウンドで映画を鑑賞できたりと、本当に素晴らしいテクノロジーなのですが、まだまだ本格的運用には時間が掛かるようです。
2003年8月29日
まずはじめに。
本日の日記を書こうと、ファイルを開けたら何と、最新日記のページ(このページです)が壊れてしまっていました。
いやはや慌てました。 というのも僕のホームページのバックアップは定期的に行っていますが毎日ではなく、もし他のファイルなども壊れてしまっていたら、随分面倒になるので。
しかし今のところ問題が出ているのは「最新日記のページ」だけの様なので、インターネットで自分のホームページを見に行って、昨日書いた日記をコピーしてどうにか免れました。
もし他に異変に気が付かれた方がいましたら是非お教えください。
さて、良い天気の続いているシドニーですが、本日は我が家の墓が完成の予定の日で、ウエイブリー霊園に出掛けていきました。
完成の予定と書いたのは、洋風の墓の場合土葬の場合も有るが納骨は完成前にしなければならないので、ほぼ60%程できたところで、納骨して残りを本日中に仕上げるはずだったのです。
ところが、やはりここはオーストラリアというか、すんなりと物事が運ばないというか、納骨をしヘッドストーンを最終的に立たせる前に、スラブを乗せようとしたらなんと10センチ以上も短いのです。
つまり加工の段階で切り間違って届いたようなのです。
短いとこのスラブが蓋の役目をしないので、全く使い物になりません。
結局一旦納骨したのに、また取り出してそのスラブ(蓋のような部分)を造りなおすということになりました。
またまた数週間かかってしまうと思います。
制作途中の墓。 左の写真をご覧になると判ると思いますが、蓋の部分はまだちゃんと載っていません。
右の写真でオジさんが、「さあこれからその蓋を押して」というところで、しかし何と寸法が足りなかった事が発覚。
彼らも唖然! すぐに石材加工場に携帯から電話を入れ、確認したらやはりそこが寸法を間違えていたとか。
遠くに右側に海が見えると思いますが、見晴らし最高の海辺の霊園です。
上の写真の墓石屋さんは「親子」で息子の「イアン」はワーキングホリデーで日本に行った経験が有ります。
ですから墓石に日本語を刻むのも全く問題なかったです。
そんなわけで本日の日記には完成後の写真は載せることが出来ませんでした。
また写真を載せたいと思います。
では皆様良い週末を。