2003年7月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2003年7月16日
オーストラリア博物館で催されている「秦の始皇帝」の墓からの出土品(兵馬俑坑というのかな)の展示が7月20日に終わってしまうので、行ってきました。
日本ではすでに数年前展示されていると思いますが、これはぜひ見たいと思っていたのですが、ぐずぐずしていたらもうすぐ終わってしまうところだった。
思ったほどの展示数ではなかったが、大いに堪能しました。
素焼きの兵士や馬も有名ですが、僕は金、銀、ブロンズ製の物に興味がありました。
面白いのは当時(2200年位前)は金よりも鉄の方が貴重でラグジャリーなアイテムだったという事。
またそれらのものに刻まれている「文字」がほとんど読めるという事。
たった100年前くらいの物でも専門家でないと解読不明な日本語(草書体)よりもよっぽど読みやすい。
字という本来の意味が生きているのではないかと。
それにしてもあの時代にあれだけの墓を建設するというのは実に多くの国民の犠牲を払ったのでしょう。
たった一人の人間のために、強制的に労働に駆り出され、命を落とす人も多かったと思います。
「今の時代はその点」と思いかけて、「はて?待てよ」と。
アメリカ大統領のために(親の代からとにかくフセインへの執念というか)イラクに駆り出されて、命を落とした兵士や国民は犠牲という点ではあまり変わりが無いのではと考えたのですが、間違ってますか?
さて話は変わって、
先日の日記に書いた「激安DVDプレーヤー」、たった99ドル(今のレートで8000円を切る)好調に働いています。
で、このプレーヤーと前から我が家にあるパナソニックのプレーヤーもMP3が聴けるので、持っているCDをMP3に変換してCDに焼いてみました。
CD一枚にアルバムが軽く10枚分以上入るので、自分の好きなのをチョイスしておけば、その一枚で半日近く連続で聴く事が出来る。
ロック、ジャズ、クラシックとカテゴリー別に分け、CD一枚に出来る限り詰め込んで、でプレイ状態にしておけば、いちいちCDを取り替える必要も無い。
また近い将来オーストラリアで販売されるカーステレオはMP3も再生できるはずなので、特に便利と手持ちのCDをMP3変換を始めたのです。
じつは随分前に(2年以上前だったか)IO−DATAという日本のメーカーがキーホルダーのように小さなMP3プレーヤーを知り合いが販売していたので購入したのですが、中のメモリーは限られているし、CDからMP3に変換するソフトも50曲までしか出来ず、それ以上使いたい場合はネット上でライセンスを購入する(正式版と言うのか)必要があったのでしらけて、引出しのどこかで眠ったままになっていて、すっかりMP3のことは考えていなかったのです。
大体日本のメーカーは(主にS○NY?)MP3などが普及するとコピーばかりになって音楽業界に大打撃だとばかり、MP3を再生できる製品には力を入れていなかった。
で、確か韓国のメーカーだったか、どんどん開発に力を入れ世界的に普及し始めたのです。
もちろんCDと比べると音質は劣るかもしれないが、BGMとして流している分には十分です。
日本で売っているDVDプレーヤーやカーステレオにはもうほとんどこのMP3再生機能はついていると思うので、皆さんも自分でMP3にしている人は多いのではないかと考えます。
ですから今から書くことはたった一週間の僕の経験なので、間違いがかなりあるかと思いますので、ぜひ指摘して欲しいと思います。
つまり今日書くことは、経験者の指摘をいただきたく書いています。
と言うのも今試行錯誤の連続なのです。
まずCDからMP3に変換するソフトですが、僕はネット上で無料で落とせるフリーウエアーを使いました。
まずここから間違っているのかもしれません。 つまり無料だからダメで金ちゃんと払ったソフトなら良いのかと言う事です。
今現在の一番のトラブルは我が家にある2台のDVDプレーヤーとの相性というのか、Aというソフトで作ったMP3はパナソニックで聴けるのですが、S社のほうではメタメタなのです。
最初その理由はこのS社(上記のS○nyでは有りません念のため)のたった99ドルの超安物DVDプレーヤーだからダメなのかと思った。
ところが偶然違うBというソフトで焼いたら今度は全く逆の事が起きたのです。
つまりパナソニックではメタメタで、S社のではバッチリ聞けるわけです。
そこでこれは相性が原因ではないかと考え始めたのです。
上記のAというソフトは日本人が製作したCD2WAV32というCDからWAVに吸い出すソフトに「午後のこ〜だ」というエンコーダを組み合わせたものです。
で、もう一つはAlbert L Faber
という人が製作した「CDex」というリッパーに同梱の「Lame MP3」というエンコーダを組み合わせたものです。
これを簡単に「B」というソフトとして表現します。
で、Aはパナと相性バッチリで全曲失敗なしに聴けます。
ところがパナにBのソフトでMP3にしたものを再生させると、音飛びは激しいしまるでレコードの針がしょっちゅう飛ぶように、まともに聞けません。
で、このBで作ったMP3をS社のDVDにかけると、100%問題なく聴けます。 またAで作ったのをSにかけるとなぜか場合にもよりますが50%くらいは認識しなかったり、もっと酷い時には10曲中9曲は認識せずプレーさえ出来ません。
しかしS社のほうで相性の悪いAで作った中でなんとか再生可能な曲を聞くと、音質はすごく良く、相性の良いB(これは全部間違いなく聴けるが)のよりずっと音が良いのです。
で、2台のためにいちいちソフトを分けてMP3に変換するというのもなんだかと思い、BのリッパーにAで使った「午後のこ〜だ」というエンコーダを組み合わせてみたのですが、しかしこれもどっちつかず、うまくいかないんですよね。
一応上記の二つのソフトはフリーウエアーとしてはかなり有名ですが、やはり無料のものは限界があるのか。
人によっては、メディア(つまり違うメーカーのブランクCD)を変えてみるのも手だというが上記のように今のところ変えても結果は上記のごとくAとBとで全く同じ結果になる。
またオンザフライでCDから直接MP3に変換せずに、いったんWAVに落としてからエンコーダでMP3にというアドバイスもあったのでやってみたが同じ結果に。
どうなっているんでしょうな。 これで次に買う車についてくる(はずの)カーステレオでまた相性があって、またまた違うソフト(AとB以外というか)を使用しないと認識しないとなると大いにしらけてしまいます。
皆さんの中で、解決策をご存知の方は教えていただければ幸いです。
2003年7月17日
数日前に届いた電力会社からの請求書を見て、ビックリしてしまいました。
と同時に最近のオーストラリアでのコーポレート・プラクティス(企業のビジネス手法)に大いに不快感を感じています。
思うにこれは1980年代に始まったアメリカ式ビジネスの悪影響だと考えています。
いくつかの例を挙げて説明します。
まずはNRMAについて。 日本のJAF(日本自動車連盟)という組織が現在どういう形態をとっているのか分かりませんが、オーストラリアにも似た組織NRMAというのがあります。
最近の車は故障が少なくなったので有り難味は減っていますが、元々は会員同士が金を出し合って組織をつくり、ロードサイドでの故障の修理から始まって、保険業務まで自動車に関するほとんどを手がけています。
1980年代に始まった民営化や自由化の影響でいつの間にかこのNRMAも本来の形態から利益追求型の株式会社に変身してしまったのです。
民営化当初は永く会員を続けている僕には相応の株が送られて来て、喜んでいました。
ところが先週に来た年会費の請求書を見てがっかりしてしまったのです。NRMAおまえまでもかと。
その請求書には「おめでとうございます、この度あなたは特別な会員としてたった10ドルアップで、より多くの特典を受けることになりました」とある。
で、よく読んでみると別に特典でもなんでもなく、故障をしてレッカーを頼む場合に今までなら最寄のNRMAの営業所から2キロまでの場所は無料なのが8キロまでになるというようなもので、これは得だと思わせる物は何も入っていないのです。
僕の車がいつ故障するか分からないような状態なら、考えても良いがこの23年間一度も頼んだことが無い僕にとっては、我が家に車は一台だけでないし、支払額がどんどん膨らむの嫌なので断ろうとした。
で、電話をかけて断り、今まで通りの請求書を送るように頼んだ。
普通このような請求書は銀行自動引き落としとか、郵送でも額が少ないので良く調べもせずに払ってしまっている人が多いと思います。
何が問題かと言うと、本来なら「こういう特典の年会費コースも出来ましたが興味ありますか」と聞いて来て消費者に選ばせるべきなのに、いきなり頼んでもいないのにその高い方のコースに僕が入っていて請求してきているのです。
永年会員をやっているから今までより安くなりましたというので安い請求額が来ているのならともかく、前より額が増えているのに。
これって一種の詐欺ではないかとさえ考えます。
さて、一昨日来た電力会社の請求書には「あなたの口座から毎月の24日に530ドルを毎月引き落とすことになりました」とある。
まずこの額で驚いた。 今までは3ヶ月毎(四半期というのか)の使用料の請求書が来ていたのですが大体800ドル程でした。 つまり月額に直すと約270ドル弱ほど。
ところがこの請求書の月額530ドルということは、3ヶ月で1600ドルにもなる。(約倍)
あれっと思ってその請求書を良く見てみました。
じつはオーストラリアでは電力会社の民営化が行われた結果、今は消費者がいくつかある供給会社を選んで契約できるようになった。
我が家にも何社か売り込みに、直接来たりダイレクトメールを送ってきたりしていたのは昨年の後半の事。
僕はどこも金額的には大して変わらないだろうとそのままにしておいた。
ところがこの電力会社は意識的に1年間に渡って毎月の引き落とし額を三分の一にまで減らし、そのまま一年経った今月になって、いきなり不足分が約2900ドルだと言ってきた。
つまり我が家の使用量から言えば毎月260〜270ドル程を引き落としていなければならなかったのに、一ヶ月あたりたった80ドルほどしか落としていなかったのです。
ですから当然1年が経過してみると不足分が出てくる。
で、どういう風に姑息かと言うといきなり2900ドルを払うのは大変でしょうから、今後一年に使用すると見込まれる(見積もり)3400ドルと今の不足分を合計してそれを12ヶ月で割った530ドルをこれから毎月払ってくださいと言う。
ではなぜ2900ドルの未払いが起こるほど今までの毎月の引き落とし額をそんなに減らしていたのかと言う質問には「変ですね」とその電話の担当者は言うだけで答えられない。
これは「わざと」そういう額にしておけば一年の終わりに高額の未払いが発生する。 家によってはそんな額をいきなり払えと言われても困る家もあるはず。
で、それならわが社と契約(何と3年契約とのこと)して月払いにしてあげると言う、なんとも巧妙なと言うか詐欺的なやり方なのです。
つまり3年間縛っている間は他の電力会社と料金の比較などさせないと言うことなのでしょう。
電力会社などの基幹産業のビジネス態度からしてこうなってしまっているのかと、大いに嘆いております。
日本の事情は知りませんが、オーストラリアに住んでいる方は請求書などは細かい字まで注意して読み、よく検討しないと必ず損をします。
今回の電力会社の件は結局僕は「未払い分は即刻全て払いますからそれだけの請求書を送ってください。
そして今まで通り3ヶ月毎にメーターを読みに来て3ヶ月毎に請求してくださいと言った。
そして他の供給会社との料金を比較して一番得だと思うところと契約しますと。
そしたら何と!!!いきなり「少々お持ちください」と係りが変わって、「料金交渉係」というのが電話口に現れた。
つまり「交渉次第で」今請求されている額よりも安くすると言うのです。
これには僕もあきれ果てて笑い出してしまった。
電力供給などという分野でも民営化をした場合にこのような不具合が出てくるんですね。
僕は必ずしも民営化に反対ではないが、3ヶ月毎に(まあ一年毎でも良いが)その都度各社の料金を調べてなんて面倒くさくってやっていられないでしょ。
そこがじつは相手の思う壺と言うか、注意深くない人ほど損をする仕組みになってしまっているのです。
今や車の任意保険なんてその最たるもので、毎年各保険会社に電話をして掛け料の比較をするのが面倒なので、僕は最近ブローカーを雇ってお願いしています。
しかしガス料金から電力なんてものまでブローカーに頼むような「嫌な時代」が来るような気がして、本当にがっかりしております。
このような事はPCの世界でも当然のごとく起きていて、明日はその件を書いてみます。
同じコンピューターを買うのでもものすごく値段が変わってくるということを。
2003年7月18日
昨日の日記を書いた後も最近の企業の姿勢について考えていました。
鉄道や電力などの基幹産業が国営(官営)があたりまえの時代には、親方日の丸というのか、効率の悪い赤字垂れ流しの経営を続けているという批判があった。 赤字以外にもお客をお客とも考えないような従業員の姿勢など等。
で、民営化の波が世界中で吹き荒れて、当然良い面も沢山有るのだが資本主義の宿命なのか消費者にとっては非常に不愉快な(昨日の日記にも書いたような)経験をする機会も増えていくと思います。
僕のようにしたたかな人間ならそのような「トリック」にも割と簡単に気がつくのですが、これからの高齢化を迎えてお年寄りが損をするようなシステムというようなものは排除されていくべきだと思います。
一番良い例が、昨年に送られて来た電力会社の契約書で、僕の年齢ではまず字が小さすぎて読めません。
老眼鏡をかけて書類の隅々まで舐めるように読まないと思わぬ落とし穴が有るような事自体が、完全に狂っていると思うのです。
「一攫千金のオイシイ投資の話に乗って契約書にサインを」ってのなら分かるが、誰でも平等、つまり同じ料金で供給を受けていた電力なんてのまでいちいち疑心暗鬼になって契約書の裏まで読まなければならない時代なんて悲しいですな。
だいたい民営化になる前は電力なら一つしかないのだから、契約書の存在すら必要なかったわけです。
ところが今のシドニーのように4〜5社も電力供給会社があって、それぞれに料金が違うという状況では、注意深く行動しないと同じ電気を使っていても多めに払わされてしまう可能性が有るのですから。
A社の電気の方がB社のより断然「綺麗」なんてわけ無いのですから。
もし我が母のような高齢者が一人住まいしていて、今回のような経験をしたら「なんだかよく分からないが」で、なんのも疑いも抱かず黙々と言われるままの料金(料率)を払い続けているでしょう。
これって非常に「卑怯な」やり方だと思うのです。
悪ガキが繁華街で同じような年齢の子供から財布をひったくるのと、体の不自由な人や老人から財布をひったくるのは、犯罪としたら同じはずだが、「卑怯」という意味では違うでしょ。
将来「資本主義」が崩壊するとしたら、貧富の差の拡大(勝ち組み負け組みの両極化)と、このような民営化による利益崇拝主義の行き過ぎでしょうな。
民主主義でなく、「企(業)主主義」または「官主主義」も進むでしょうし。
電力のことから昨日と本日の日記を書いているのですが、それに比べたらPCの値段なんてのは取るに足らない事ですが、昨日PCについて書くと予告したので一応書き加えておきます。
じつは最近のメーカー製コンピューターを色々見ていたら気がついたのですが、メーカーによってはOS(例えばウインドウズXP)のCDどころか、リカバリーCDさえ付けずに販売しているところが結構増えているようです。
先日のシドニー・モーニング・ヘラルド紙のIT欄に読者からの質問が出ていました。
この読者は○ューレット・○ッカード社製のノート型パソコンで、どうも不具合が多いので、OSを再インストールしようとした。
で、OS(ウインドウズXP)のCDどころか、リカバリーCDも付いていない事に気がついた。 メーカーに電話をすると、リカバリーするならハードディスクの別パーティションにすでに入っているOSのイメージを使うか、新たにリカバリーディスクを購入する必要があると言われた。
ハードディスクがまだ動いているうちは良いが、パソコンのパーツの中でも最も壊れる可能性の高いハードディスクが壊れてしまったら、保障期間を過ぎてしまっていたら、リカバリーCDかOSのCDを新たに購入しなければならない事に気がついたのです。
で、まだハードディスクが元気な内に自分でリカバリーCDを作れないのかという質問だったのです。
そこでヘラルド紙の記者はメーカーである○ッカード社に問い合わせたら、生産コストを下げるためにCDは付けていないと返答を得たので、今時CDなんてたった3〜40セントも出せば買える時代に、いくら生産コストを下げるためと言っても、と食い下がったら、それならそのOSの供給もとのM$社に言ってくださいと、電話を切られてしまったのだそうです。
で、僕はこれはひょっとするとそのたった30〜40セントのCDを付けるための余分なコストが惜しいのではなく、CD無しで売る場合にはM$社はそのパソコンのメーカーに普通よりも安くOSを出しているのではないか。
つまりのそのうちの何割かはハードディスクが壊れるだろうから、消費者はまたOSを買わなければならない、つまり二度オイシイ思いが出来るのもすっかり計算済みだからではないかと。
で、そのようなPCにはあまり詳しくない消費者は、多分壊れたハードディスクを買う羽目になった時にも「OEMバージョンのXP」の存在すら知らずに小売店で高いフルバージョンのOSのCDを購入するのでしょう。
ちなみに女房の同級生もPCをずっと98を使っていたのだが、先日アップグレードしたいと小売店でウインドウズXPを買って来た。
ところが彼女はほとんど時を同じにしてハードディスクとメモリーも買ったのです。(インストールなどは近所人に高い金まで払ってやってもらっていた)
そのようなパーツを買う場合は当然「OEM」バージョンを購入する権利があるのに。
何百ドルもどぶに捨てたも同然なのです。
ほとんどの人達がこの「OEM」についても知らないなんて、僕には随分不公平だなと感じるのです。
フルバージョンもOEMバージョンも使用するには全く違いは有りません。
額は確か半額くらいだったかと。
知らない人が損をする仕組みがあたりまえのごとく蔓延しているのです。
2003年7月21日
今日は肉のお話。
僕は赤身の肉、つまり牛肉(ビーフ)をほとんど食べなくなって久しい。 オーストラリア人にとっても、白身の肉の方がコレステロールが少ないイメージや、嗜好の多様化で魚介類等他の食材に人気が高まり、牛肉の消費自体も大分減っているようです。
別に僕はコレステロールを気にして牛肉を食べないわけではなく、何しろあの硬いオーストラリア製のステーキなんて顎が痛くなってしまうと言ったら少々オーバーかもしれないが、美味いと思ったことが無かったから食べる量が少なかった。
で、今月の初めにあるところから「スキヤキ、しゃぶしゃぶ」用の薄切りの牛肉を頂いて、オーストラリアにも日本と変わらない肉があることを知った。
もちろんオーストラリアから日本へ「オージービーフ」として輸出しているのは知っていたが、それはほとんどシチュー用や挽肉用の肉なのだろうと思っていた。
で、そうか今やオーストラリアだけでなく米国でも和牛のような育て方をしている柔らかい肉が人気を集めだし(特に米国はオーストラリアよりも10年も以上も早くから)ているのだから、地元に住んでいる僕らがオーストラリア産の美味しい牛肉を買えない方が「おかしい」考え出した。
で、今月の第一週の土曜にダーリングハーバー前の広場で催されている直産青空市に出かけた。
その時に購入した「WGYU Beef 和牛肉」の話はすでに日記で書いたのですが、味の報告を書くのを忘れておりました。
と言うのも、とっても美味しかったのならすぐに書いていたのでしょうが、全く期待したほどではなかったからです。
買った肉はサーロインで見た目は日本で売っているような「霜降り肉」、随分期待したのですが、ぜんぜん違うんですよね。
値段は1キロ36ドルだったか、これは100グラム日本円で280円くらいになり、そんな金額の肉なら美味い訳は無いと日本にいる方は考えるでしょう。
しかしオーストラリア人が普段食べる牛肉の値段と比較したら1キロ36ドルはものすごく高い方である。
で、なんでこの肉が美味く感じなかったのか。 それは、とにかく硬かったからが最大の原因だと思います。 肉の味自体はそれほどがっかりしたわけではありません。
で、この肉に付いて来たチラシを読んでいたら、「ホルモン剤や抗生物質剤を一切使わず、牧草で育てている」と書かれているのです。
和牛と言うのはてっきり穀物類の飼料を何百日も食べさせ続けてあのように肥らすと思っていたので、僕は良く分からなくなった。
だからあのように肉が硬かったのだろうかと。
ところが本当に偶然なのですが先週テレビでアメリカ製作の「ビーフ」についてのドキュメンタリー番組をやったのですが、これがものすごくショッキングな話でした。
上でも書いたように米国では日本の牛肉の影響なのか、大分前からこの穀物飼料育成(グレイン・フェッドという)を行うところが増えているのだそうです。
ところがこの穀物飼料というのは牛本来の食い物ではないのですな。 つまり牧草や乾燥草を食べている分には牛の反芻(はんすう)で何度も噛み自然な消化が行われる。
牛は反芻によって7度だったかの消化を行う。
ところがこの穀類と言うのは反芻が起きないのだそうです。
で、牛の胃に非常に負担が起きる。
また自然の牧草を食べた後の糞と、穀物漬けの糞は臭いも色もぜんぜん違うのだそうです。
確かに馬糞とか牛の糞って臭いことは臭いけど、何かすぐ自然に戻っちゃうって感じでしょ。
ところが穀類のは色はどす黒いし臭いしまるで人間や犬のウンコみたいなのだそうです。
この番組では軽飛行機でそれらの牧場の上を飛んでいくと、自然で育てている牧場と穀類で育てている牧場ではテレビの画面でもはっきり分かるほど、地面の色が違って、穀類の方は全体に黒くて、(山火事の後みたいに)すぐわかってしまうんですよね。
で、そういう穀類の糞の中にはより多くのバクテリアが住んでいるのだそうです。
そのために牛は病気になりやすいので上記の抗生物質剤を余計に使うようになると。 また早く肥らせるためにホルモン剤まで投与しているのですな。
そしてとても興味深いのは、牛というのは反芻を繰り返すということで精神的安定を得ているのだそうです。
つまり一日中かなりの時間口を「モグモグ」していることが、安心感を与えるというか。
これは鶏にも似たようなことが言えるという。
ブロイラーのように目の前に飼料が積んであるのと、広い庭でミミズなどを探しているのでは精神的に随分違うのだそうです。
目の前に人工飼料が積んであるとすぐ腹一杯になり、他にやることが無いから喧嘩を始めて傷つけあったりするのだそうです。
しかし美味しいミミズなどを自然の中で探していると、そちらに時間を取られ喧嘩してる時間がないということらしい。
日本で大問題になった「O-157」ですが、じつはアメリカでも大きな問題になっているようです。(そのためにこのドキュメンタリー番組が作られたようですが)
ご存知のようにO-157というバクテリアは牛の胃に棲んでいるものなのです。
で、アメリカの有名ハンバーガーチェーン「ジャックインザボックス」でハンバーガーを食べた人がこのO−157に次々にやられ、何人かの子供の命まで奪ってしまった。
調査が行われた結果、現在のアメリカの食肉検査(肉の衛生検査)が全く現代に適応しておらず、ずさんな管理が行われているのが第一の問題。
次にバクテリアの増加も関係があるようです。
そして特にハンバーガーで問題が起きた理由の一つが、食肉産業の構造にも関係があるとの事。
つまりアメリカでは食肉を扱う会社のうち大手の4社がアメリカ全土の消費の約80%を抑えている。
で、そのような規模になると生産するハンバーガー用挽肉でも想像を絶するような大規模の挽肉(ひきにく)機を使用し、一回に入れる肉の量も牛「1000頭分」なんて規模なのです。
ですからその1000頭の中には、アメリカ産の牛だけでなく世界中からの輸入肉が使われ、管理が徹底できない。
つまり使用する肉の中には牛の胃の中に住む「0−157」が管理が悪く肉に付着している場合もある。
で、それが他の1000頭分の肉と一緒に挽肉になってしっかり混ざってしまうのですから、汚染されたハンバーガーは何十万個、いや何百万個かになってしまうのです。
ですからその「ジャックインザボックス」の食中毒の時にもアメリカ中で被害が出たのですな。
その事だけでも、チェーン店で出す大量生産のハンバーガーを食べる気が無くなってしまうのですが、それ以上に驚いた事がある。
その生産工程をこの番組は見せていて、ものすごい量の脂肪付きの肉を使っているのです。
その番組のレポーターが「そんなに脂肪の多い肉を使うのか」と聞くとそのラインで働いている職員は「ハンバーガーは40%から50%の脂肪が入るから味が良くなるんだ」ってさも当然のごとく答えているのです。
いや〜、これじゃあアメリカでは心臓病が大きな問題になるはずだわと。
この番組を見た後に「美味い肉を探して」っていう気が少々後退してしまいました。
そしてもっと不思議なのはこの0−157。
最近になってこのバクテリアが牛の胃の中に住み始めたわけではなく、昔からいたバクテリアである。
また食品管理だって昔の方が良かったとも思えない。 つまり人間にはもっと抵抗力があったのに、近年どんどん落ちているのではないかと。
抵抗力といえば、オーストラリアの羊は食肉として中近東に輸出されているのですが、中近東では自分達の屠殺手法を取らなければ食べない。 つまりオーストラリアで肉にしてパックに詰めて送るわけには行かないので全てコンテナ船に生きたまま積んで送る。
ところが永い船旅で何割かが航海中に死んでしまう。
これはずっといたし方の無い物だと考えられていた。 ところがこれも何と穀物の飼料に関係していたのですな。
つまり航海中には簡単に餌を与えるために全て穀物系の飼料を与えていた。 ところがこの飼料を食うと糞はバクテリアが多いし、また「げっぷ」の中のメタンガスもすごく増えるのだそうです。
ですから牧場ではなく船内でそのメタンガスと、バクテリアの多い糞に囲まれて弱り、羊が多く死んでしまうのだと分かって、近年牧草を船に積んで行くようにしたら、死亡率がうんと下がったのだそうです。
このような事を考えていると、環境ホルモンではないけれどよっぽど気をつけないと牛に与える薬剤のつけが、それを食べる我々にゆくゆくは回ってくるような気がします。
2003年7月22日
安いDVDプレーヤーにもMP3を再生できると知って、色々ネット上からフリーソフトをダウンロードしMP3に変換していると書きました。
ところが自分で作ったMP3ファイル(音楽)はA社のDVDプレーヤーで読める(再生できる)のに、B社のでは全く読めなかったり、かろうじて再生できても、音飛びが酷くまともに聞けないなど、いろいろ試行錯誤を繰り返していると書きました。
凝りだすとしつこい僕の性分なので、かなりの数のソフト(リッパーと、エンコーダー)を組み合わせてやっているうちに面白い事に気が付きました。
こんな事はすでにMP3を楽しんでいる方には当たり前のことで、何をいまさらと言われるかもしれませんが、書いてみます。
まずなぜ音楽CDによって成功したり成功しなかったりが出るのかが不思議だった。 最初はネット上で無料でダウンロードできるソフトの仕様と、DVDプレーヤーの相性の問題かと思った。
また使用するブランク・メディア(CD-R)によっても違いが出るのかもしれないと思っていた。
また女房のと僕の2台のPCを使用して試しているために、読み込むCDROMドライブの性能の差もあるのではないかと考えていました。
ところがそれぞれのソフトの設定(最初はデフォルトの設定で始めていたのですが)でも改善することがだんだんと分かってきたので、ではいったい出来上がったMP3ファイル(つまり曲)がどの程度の大きさ(メガバイトで表す)なら、両方のプレーヤーで問題無く聞けるようになるのかという実験を始めた。
つまりCD上で3分の音楽を設定次第で出来上がったMP3ファイルが2メガバイトでも10メガバイト以上でも自由自在なのです。
これは出来上がったMP3ファイルをPCで聴いても意味が無いので、CD−RWドライブでCDに焼いて、それぞれのプレーヤーにかけて聴いてみるという作業です。
ある程度まで音質を上げていくと当然一曲あたりのサイズ(バイト数)は上がるのですが、あまり上げ過ぎてもMP3の意味が無くなってしまう。 両方のプレーヤーで問題無く聴け、なおかつ普通のCDとさして変わらない音質が聴けるサイズを模索して、大体これくらいの設定ならと目安がついた。
で、安心して次から次へと、その設定で焼いてみたのですが、まだ駄目な曲、というよりもアルバム全部(CD)があることに気が付いた。
CDが汚れていたのかとか、またまた迷い始めているうちに気がついたんですなこれが。
つまり昔のアナログ・レコードと違って元のCD自体に大きな差があるんですな。 つまりCDは1枚あたり大体700〜800メガバイトくらいでしょ。
ところが売っているCDは1枚あたりに入っているのが10曲のアルバムもあれば、20曲近く、はたまたビートルズの「1」なんてCDは27曲も入っている。
という事は、そうなんです最初から一曲あたりうんとサイズの小さい(中身の薄い)CD−DAファイルにしてるのですな。
だからどのCDも同じ圧縮率を使ってMP3に変換していくと、一曲当たり2メガバイトを切るような曲が出てきてしまう。
僕のようにアナログの時代に育った人間にはレコードの溝の長さで音楽の長さは決まるのだからLPの中に10曲入りでも20曲入りでも音質は同じはずだと考えてしまっていたのです。
ところが今やデジタル時代、一枚のCDに10曲しか入れない場合は思いっきり大きな(中身の濃いい)CD−DAファイルにして焼けるが(製作し)、どうしても30曲近く入れたいという場合は質より量ということで、一曲当たりは薄くしているようなのです。
この事はあくまでも僕の想像なので、確認しようとインターネットで調べようとしたのだが、その事に触れているページがいまだに見つからない。 「WAVE/Wav」 ファイルなんかの事は沢山出ているのですが、このCD−DAファイルと言うのは一般にシロウトがいじらないためか、あまり出ていません。
で、僕の想像ではCDをそのまま(つまりCD−DAファイルのまま)プレーヤーで再生して曲の素晴らしさを堪能したい場合は(特にクラッシクなど)一枚のCDにメチャクチャ沢山の曲が入っている(もちろん曲の長さも関係する)のはそのまま再生しても音に厚みが無いのかもしれない。
いや実際に人間の耳なんかではその差は判らないのかも知れない。
今回はMP3へ変換する時に「VBRバリアブル・ビット・レート」を使用して色々設定を変えたのですが、その話は長くなるのでまたの機会に。
それにしても日本でDVDプレーヤーを買った人でMP3を楽しんでいる人ってどのくらいいるんでしょうかね。
今のところPCを使わずとも、DVDプレーヤーがMP3に変換してくれるなんてのは売っているのだろうか?
僕の予想ではテレビのデジタル化に伴い、一台にチューナーとDVD−RWプレーヤーとHDDが一緒に入っていて、テレビ、DVD映画、音楽それにインターネットができる機能付きのが必ず出てくると思っています。
世のデジタル化には興味尽きないです。
2003年7月23日
随分日本を離れているので「今の日本」については良く分からないことが多く、ある程度想像で書くことも多いので間違った事を書く場合があるかと思います。
特にオーストラリアと比較するような場合、「今のオーストラリア」と僕が日本に住んでいた頃の「日本」とを比較してしまっている場合があるかもしれません。
さて何で「いきなり」こんな事を書くかというと、今日はオーストラリアでの「ショッピング」について書いてみたいと思うからです。
オーストラリアの毎日の生活の中で「ショッピング」についてオーストラリアの消費者の考え方が随分日本と違うと感じる事があります。
それは買った物が気に入らなかった場合、ビックリするほど簡単に返品させるということです。
店側も返品の理由など聞かない所も多い。 何も悪いところが無いのに使ってみたら気に入らなかった場合でも平気で返品して返金をしてもらう人も結構いるようです。
さすがに僕はそれはできません。 なぜなら気に入らなかった物を買う判断をしたのは自分だからです。 だから自分の間違いは自分の責任だと考えているからです。
しかし電化製品のような物で100%機能していない(つまり壊れている)ような場合は、絶対に妥協はしません。
2〜3自分の経験を書いてみます。
一番最近の例では昨日のIKEA。 オーストラリアでは「アイキア」と呼ぶこの本家はスエーデンのチェーン店。 販売しているのは家具(ホーム用品、オフィス用品問わず)などから始まって、台所用品や室内装飾品などなどかなりの種類を取り揃えている店です。
我が家の近くにもこのチェーンの一軒が有り(モアパーク)昨年にデスクの上に置くランプを購入しました。
結構デザインが好きで、その上値段も割安なので気に入って使っていました。
購入当初からスイッチ(下の写真にある円盤型の台のすぐ上です)のあたりが長時間使用していると熱くなっていたのですが、これはこのランプが直流12Vの電球を使っているために、中に入っているAC−DCコンバーターが発熱してある程度熱くなるものだろうと思っていて気にしてなかったのです。
ところがある日同じランプを別の場所で見る機会があって、その部分を触ったらちっとも熱くないのです。
「あれっ」と思いよく調べたらどうやら僕のは中で多少ショートしているのではないかと考えた。
で、このまま使っていたら寿命が短いだろうし、危険ではないかと取り替えてもらう事にした。 しかし昨年のいつ買ったかも覚えていないし、ましてや領収書などありません。
偶然カードで買っていたのでカード会社から送られてきていた明細はありますが、買った商品の明細までは出ていない。
それも昨年の8月とある。 もうほぼ一年経っているんですよね。
しかしそれしか購入した証明が無いので、それを持って出かけて行ったら、係りのオネーさんは、「これは領収書ではないからその金額の中にこのランプが含まれているかどうか判らないので返金は出来ない。 しかしこのランプと同じ額の商品券をお渡しする事なら出来ます」という。
いや僕は取り替えてもらうだけで充分だからと言って新しいのを貰って来た。 もう本当に簡単に替えてくれた。 一年近く使っているのに。
こちらが理由(過熱する)を言うまで質問さえして来なかった。
先月にも似たような事がありました。 娘が住み始めた家で使うために子機付きのコードレスフォーンを買ったのが3ヶ月ほど前の事。
娘が我が家に電話をしてくると、なぜか雑音が入る時と、入らない時が有る事に気がついた。
女房も娘も僕が言うまで全く気がつかなかった。
で、どこか電話線の接触でも悪いのかと思っていたのですが、調べてみると親機の方では雑音は乗らず、子機の方だけで出る事が判った。
娘から電話を受ける我々には親機でかけて来ているか、子機を使ってるか判らないでしょ。
で、娘に買ったところに行って事情を話せと言っておいた。 聴き取り難いほどの酷い雑音ではないからと娘はいつまでたっても行かない。
しょうがないので女房に言って購入したデパートに持って行ったら、もう何にも聞かずに新しいのと交換してくれようとした。
ところがその商品がちょうどその時に品切れで無かった。 なぜ品切れかというと、そのデパートはその時にセールをやっていて、娘が買った時よりも安く(299ドル→220ドルだったか)したために飛ぶように売れてしまっていた。
交換する商品が無いから返金しますという。 しかし女房はお金を返してもらわなくても同じ物で雑音の入らないものなら良いと言った。
するとその店員は、今$299ドルを返金してもらって、まだ在庫のあるシティーの本店に行って220ドルで買えば得でしょうなんて言ったそうです。
僕はその話を聞いて何とも人の良い親切な店員だと思うと同時に、経営者に取っては困っちゃうのではないかと心配さえしてしまった。
もう一つの話。
前の日記にオーストラリアの地上波がデジタル放送を始めたと書きました。 その日記に、なぜか日本の大手メーカーがこのデジタル放送用のチューナー(セット・トップ・ボックス STBという)の販売が遅れオーストラリアで購入できるそれらの機器は全く僕には聞いたことの無いメーカーのものばかりだと書きました。
で、元々デジタル系のこのような機器は、コンピューターのようにフリーズしたり、不具合が多く出る。
これはある程度は致し方ないと僕は思っている。 つまりまだまだ開発途上の分野で、ましてや日本のメーカーが遅れを取ってしまっているので、より安定した製品が市場に無い。
で、僕がたまに見に行くオーストラリアのデジタル放送のウエブフォーラムでメンバーの書き込みを読んでいると、かなりの人がこのPCと同じように安定の悪い機器について文句を言っている。
で、その文句を言っているほとんどの人が、保証の切れるギリギリまで使って返品するつもりだと言う。
そしてその頃には(今年の後半です)もっと安定した日本製が出るだろうからそれを返金してもらった金で購入すると言う。
そんな事が簡単に出来てしまうのだろうかと僕は半信半疑だったのですが、我が家にあるそのSTBの調子が悪くなった時に販売店に持って行った。 我が家にはもう一台あるので、修理に出しても不自由ではないので店に置いてくるつもりで出かけていったのですが、店はレシートを見ただけで、さっと新しいボックスを出し交換してくれた。
あまりにもあっけなく交換してくれるので、これは返金でもすぐに出来てしまうのではないかと。
こんな消費者が強い国で商売をやっていて、利益を出して生き残っていくような企業はものすごく強いはずで、そんなのが日本に進出していったら日本の企業に取っては脅威になるでしょうな。
なんたって買って穿いてみたが気に入らなかった「下着のパンツ」でも交換してくれちゃう、いや正確には「交換させてしまう」消費者のいる国で生き残っていくのですから。
日本という単一民族で構成された国では「売り手」も「買い手」も「日本の常識」という範囲で行動しているから「良い意味でも悪い意味」でもぬるま湯に浸かっていると言うか。
欧米のスーパーが日本に本格的に進出したら、日本のスーパーにとっては大脅威でしょうな。(だから日本のお役人は妙な規制を多く作るようですが)
さて、これが取り替えてもらった、スエーデンの「IKEA」というメーカーのランプ。
このランプのデザイナーは「Phlippe Stephant」。
デザイン名(商品名)は「FARJA」
値段はA$99ドル(日本円で7800円くらい)。
当然のごとくMade in China です。
この小さい写真をクリックすると大きくなります。 熱くなる(触れないほど)部分は下の円盤型の台のすぐ上にあるスイッチの回りです。
ちょっとこのスイッチ見難いですが、黒い机と壁の白の境界線のあたりの細い小さな棒状のものです。
2003年7月24日
数ヶ月前の日記にオーストラリアにある「日系の銀行」の事を書きました。 不況の影響で日本の銀行はどこもリストラや経費削減、営業縮小しているようです。
この銀行も業務縮小に伴い、オーストラリア政府から与えられた市中銀行の免許を返還する事にした。
そのため個人向けの預貯金は(市中銀行の業務範囲なので)もう出来なくなるから、口座解約して欲しいという知らせが来て、僕もそこにいくらかの預金があったので、オーストラリアの銀行に移したのです。
ところがまたその銀行から知らせが来た。 個人口座はこないだ解約したのだがと読んでみると、まだ残っている僕の法人口座についてでした。
免許返還に伴いオーストラリアの銀行ではなくなり、日本本社の子会社(支店)となるので、オーストラリアの銀行法が適応されなくなるという、で、その件について承諾書にサインして送り返して欲しいとある。
良く読んでみると、もし倒産等の非常事態が起きた場合、これまでのようにオーストラリア政府の保証適用範囲から外れるので、日本の本社が保証はするが、債務などはオーストラリア内の財産の範囲で、などと書かれている。
つまりオーストラリアの銀行ではなくなってしまうが、法人口座けだけはまだ面倒見ることが出来る。 しかし万が一の事があっても(ここはオーストラリアだが)オーストラリア政府の保証はつきませんよという事です。
何しろこの銀行はシティ(船着場サーキュラー・キーのそば)で車の駐車も非常に難しいし、他に最寄の支店などは一切無くたった一軒だけ。
非常に不便だし、オヤジが他界してからほとんどこの口座は使用していなかったので、オーストラリア政府の保証も切れるというこの機会に、法人口座も解約する事にして昨日でかけて行きました。
僕の車はステーションワゴンで結構シティの中でも駐車できる所はあるのですが、この銀行のビルのある船着場近辺はまず置けない。
で、どうしてもこの銀行に出かけなければならない場合は、女房と出かけて僕が銀行で用を足している間、車でその回りをぐるぐる回ってもらう事になる。
11時前に着いて僕は窓口で解約する旨を伝えた。 窓口係りには一切日本人はいません。
口座は普通と小切手口座の二つ。 額もたいしたことはありません。 で、最初に「口座解約申請書」に書き込めと言われた。
オーストラリアの市中銀行と違って窓口といっても、ここはビルの26階で、僕以外にお客はゼロ。
カウンタの向こうでは現地人が何人も働いている。
すぐに解約申請書を書き終えて提出。 窓口の女性(アフリカ系)はとても気立ては良いのですが、とにかく何をやるにもものすごくスロー。
これは今まで何度も来ているので、今回「口座解約」だから「嫌味」でわざとスローというわけではない。
さて申請書を出してから僕はカウンターで中の様子を見ていた。
他に一切お客は来ないので、僕のために動いているはず。 カウンターの向こうのデスクには何人も現地人が働いている。
こんなに暇なのになんでこんなに人がいるのだろうと思いながら見ていた。
「その時に見た光景と経験」は、いかに今の日本の銀行が「ダメ」になっていっているかを象徴するような出来事でした。
まず解約してもらうので、口座に有る全額を銀行小切手にしてくれるように頼んだ。 ところがその窓口の女性を見ていると何かうろうろしていて他の部屋まで出かけてい行ったりする。
どうやら銀行小切手の置いてある金庫(?)のカギを持っていない、もしくは二人がカギを持っていてその二つのカギが無いと金庫が開かないのか。
10分ほど経過したら中国系と思われる男性の行員がコーヒーカップを片手に自分のデスクに戻って来た。
どうやら「こやつ」がカギを持っていたようです。 ところが「こやつ」、アフリカ系の窓口係が待っているのが判っているのに、帰って来てからも隣の机の女性行員となにやら笑談している。
昼に今日は何を食べるのというような感じのげらげら笑いながら話している。 横でそのアフリカは話が終わるのをじっと待っている。
やっと笑談が終わり、「そやつ」とアフリカは金庫の方へ向かった。
出て来た時には銀行小切手を持って出てきた。
さてその銀行小切手に残高を書き込む係り(別の行員)がまたなにやら話をしている。
アフリカはその間になにやら計算をしている。 やっと小切手に金額が打ち込まれたので、さあアフリカがカウンターで立って待っている僕のところに持ってくるかと思いきや、今度はその小切手を持って別の行員のところへ。
どうやら上司のサインが必要らしい。 その上司はずっとモニターを睨んでいて、アフリカが置いていった小切手にすぐにサインをしない。
やっとサインをしたので、さあ来るぞと期待したらまたそのアフリカは違うデスクへ行ってサインをもらっている。
それも終わって、いよいよと思ったら、なぜかまたアフリカは自分のデスクへ座ってしまった。
何をやっているのだと僕は頭に来たのと、立っているのも億劫なので、そばのソファーに移動。
しかしそこからも全てが見える。 なぜ来ないのだろうと見ていたら、どうやら口座解約申請書に書き込んだ僕のサインと台帳にある僕のサインを照らし合わせる作業をやっていなかったらしい。
またまたその台帳を取りに行く係りがいないらしい。 またまたアフリカは待っている。
じつはそのアフリカは僕の顔どころか名前まで記憶していて、その日窓口に立った時もそのアフリカが来て「ハローミスタータナベ」といっているので、僕が本人である事は承知している、つまり僕が本人かどうか照らし合わせるのは、ただ決まりを守ってやっているだけ。
やっとその係りがどこからか帰って来てサインを確認。
結局、僕にその銀行小切手が渡されたのは最初に窓口に立ってから45分が経過していました。
そのアフリカは「大変お待たせしました」と言ったが、もうこれはオーストラリアの市中銀行と比較したら常識外の時間です。
もちろん長蛇の列が出来てるオーストラリアの市中銀行で待たされるというのとは訳が違う。
僕が行ってから帰るまで結局お客は僕一人だった。 今回は口座解約だから余計時間が掛かったと思われる方もいるかもしれませんが、じつは今までも銀行小切手を依頼するといつも似たような時間が掛かっていたのです。
一度などちょうど12時過ぎて行ってしまいサインしなければならない上司が昼飯に出かけていて帰って来るまで待たされた事があります。
オーストラリアの市中銀行で小切手を依頼したら、上記の小切手製作処理をたった一人かまたは多くとも2人、長くとも3〜5分でやってくれます。
つまりオーストラリアの銀行にも上記のコーヒーカップ片手にどっか行ってしまってなんて行員はいくらでもいるんです。
だからそんな行員でも処理が進むようなシステムが出来ている。
ところが日系の銀行はそのような行員を想定せずに、そのまま日本のシステムを押し付けている。
だから行員全員が日本人ならまだマシなのですが、その旧態依然とした超日本的お役人事務処理システムをそのままに、コーヒーカップ片手(上記)のオーストラリア人を使うから結果はもう見えているでしょ。
日本が景気の良い時代に海外に進出していった企業が今回の銀行のように生き残れない理由が見えるでしょ。
もう完全に日本の銀行は死んでるんですよね。
その日系銀行で働いている人間の処理能力が低いのではなく、日本のお役人業務とウリ二つの業務処理方法がそのまま生き残っているんです。
お客様無視の。
で、これが前時代的だということすら判っていない。 不況だから業務縮小って事よりも、もっと基本的な大きな間違いがある事すら判っていない。
本当に「末期的」ですな。 海外での経験が日系銀行の中でもダントツに多い「この銀行」でさえこの調子なのですから。
「日本」よ大丈夫か、おいっ!
2003年7月25日
素晴らしい冬晴れの金曜日。 本日は久し振りに「例の彼女930」を引っ張り出して、マッコーリーにある「Vince
Barclay」さんのテニスアカデミーへ。
僕のHPの中のリンクにもあるこの「テニス・アカデミー」、わが娘がジュニア選手の頃に大変お世話になったところ。
ヴィンスさんと奥さんの友子さんに会うのも、本当に久し振り。
じつは我が家のコートがもうボロボロになってしまい、今度は管理の簡単な「ハード・コート」をと考えて友子さんに相談したら、偶然彼らのアカデミーのコートも同じハード・コートにしたというので、見せてもらいに行ったのです。
日本からのテニス留学の子供達も沢山いて(そうか日本は夏休み中だったのだ)とても賑やか。
久し振りの再会に話が弾んだのですが、僕のHPの話になって、昨日の日記に書いてある「銀行」は「○京○菱でしょ? 私も似たような経験したので」との事。
そうなんですよね、やっぱり僕以外にも同じような経験している人はいるんです。
と、ここまで書いていたら日本の同窓生からも「銀行」についてのメールが。 どうやら日本でも似たような経験をしているようです。
1980年代のバブル期、世界トップ10の銀行ランキングのほとんどを日本の銀行が占めている時期がありました。
じつはトップ10(というかランキング)の判定の基準というのがなんとも実情に合わず、ただ預金保有高という見かけのサイズで決めていたようなのですが、とりあえず「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という驕りが出来上がって、旧態依然の日本銀行システムがそのまま生き残ってしまったのではないか。
世界トップランキングを独占した当時のやり方が(そのやり方のためにトップ独占できたのではないのに)今の時代にそぐわないなんて、考えたくも無い、いや疑問さえ抱かないのでしょう。
日本の銀行がトップ10をほぼ独占した時期に、日本人よりも動きの悪い行員を抱えながら立ち直る(巻き返す)努力は、そのシステム自体の改善など多くの大改造が行われたはずで、これは日産がルノーの参加に入ったのと非常に似ていると思います。
つまり日本車は性能も良く売れていて、もっと強い体力があるはずだった(というか作れるはずだった)のに、ものの見事に崩れてしまったのは、硬直化したシステム(多くの意味を含む)のためだったのは明白で、その日本車に押され、挽回を図った欧米のカーメーカーには、そこで働く労働者に日本人労働者のような高いレベルを期待できなかったからこそ、それを補うシステム(合理化)を構築していったわけで、それが今の日本の銀行と銀行員にそっくり置き換わるでしょ。
つまり日本(経済)の諸悪の根源は、じつは経営者側なんですよね。
もう完全に世界の現実が見えてないのが多すぎるようです。
今回その日系銀行との取引が完全に終わって(個人法人両方の口座で解約したので)、ほっとしています。
さて、本日は「牛肉」のお話を書こうと思っていたのですが、来週に必ず書きます。
写真入で書こうと思ったのですが、配達が明日(土曜日)の午後になるというので、間に合わないのです。
今日お会いした友子さんもそうですが、最近オーストラリアに住む方から僕のHPを見たとメールをいただく事が多いので、最近やっと見つけた「日本人のお肉の販売業の方」のことを是非書かねばと。
何しろ彼にいただいたお肉は、ほぼ日本で手に入れる肉と変わりが無い上に、値段的にも非常にリーズナブルなので、少々彼の事を書いてシドニー在住の日本人や和牛大好きオージーにも広めようかなと思っているので。
日本から僕のHPへアクセス下さってる方には申し訳ないですが。
いやひょっとすると日本では個人輸入でオーストラリアから肉を買えるのかも知れませんが。
2003年7月28日
お肉の話を書く前に、
先週の木、金曜日と「日系銀行」についての不満を書いたのですが、少々書き忘れたことが。
イギリス、オーストラリアと海外生活30年も経つと、現地のペースにすっかり染まってしまうものですが、相変わらず馴染めない習慣も多少あるものです。
これは自分がやっぱり日本人だと「自覚」させられる部分でもあります。
その一つが先週の木曜日金曜日(24&25日)の日記に書いた、いくらお客が待っていたとしても、人が話しているのに割り込むというのは非常に「失礼」と考える、欧米の習慣です。
具体的には、(出来れば上の木、金曜日の日記を参照下さい)窓口の女性「アフリカ」が同僚が帰ってくるのを待っていたシーンです。
銀行小切手帳の入っている金庫のカギを持っているのに、席をはずし「コーヒーカップ」片手に帰って来たその同僚は、席に戻ってきても隣の席の同僚と「笑談」している。
そやつの横に「アフリカ」は立ち、その「笑談」の終わるのを黙って待っている。
お客の僕がずっと待っていたのに、そのアフリカは「コーヒーカップ男」にお客さんが待ってるからとその笑談を遮る事も無く、終わるのを待っている。
欧米では「他の人が会話をしている時に割り込むのは非常に失礼、マナーに反する」という考え方があります。
もちろんこれは日本でも場合によっては「失礼な行為」であるのには違いが無い。
しかし僕はロンドンに住み始めたころ、その習慣が想像以上に強い事に驚いたものです。
当時僕は服飾や生地の買い付けをしていたのですが、お客の僕がメーカーなどに「買い付け」のために行って、(当然セールスは僕が何度も買い付けに行っているから商売で入って来たとは知っているはず)セールスの私用の電話や、仲間同士の世間話が終わるまで黙って待ち続ける時には、常に頭から「湯気」を出していたものです。
こちらが急ぐので仲間同士の笑談を遮ろうとしても、中には堂々と「少々お待ちください」と言ってまたその笑談を続け、僕は待たされ続けるなんて事は日常茶飯事でした。
もちろん全てがそうであったわけではなく、中にはまるで日本の商人のようにモミ手をしながら、食事中でも口を「もぐもぐ」させながら対応に出てくるタイプ(主にユダヤ系でした。)もいました。
僕は欧米で現地の企業に就職した経験が無いので、ある程度想像で書く部分もありますが、このお客に対する姿勢というよりも、「他人の会話に割り込む、もしくは自分の用件を優先させる」事に、日本の考え方と随分違いが有るのだと思います。
もし会社の同僚同士が「私用」の会話を仕事中にしていて、同じ地位の同僚は自分の用件(仕事に関する)のためにその会話に割って入るのだろうか。
では会話中の二人が上司だったらどうなのだろう。 または逆に割って入るのが上司だったら。
僕はひょっとすると割って入ろうとするのが上司の場合でさえ、上司はその会話(私用の)が終わるのを待つのではないかと思う。
これは職場での話だけでなく、例えばパーティーで二人が熱心に話している。 そこへ他のゲストがその「話題」に参加するのではなく、自分の用件のために、その二人の会話を中断させるというのは「非常に失礼」である。 これは僕も当たり前だと思います。
しかし、じつは日本(人)の場合は習慣の違いか、「せっかち」なのか、パーティーの席などでも平気で割って入る。
先日もあるパーティーで僕は日本人の男性と話していた。(僕と同年代)
で、ある件について質問をしたら彼はすぐに思い出せずに、ちょっと離れたところでオーストラリア人の男性と笑談していた彼の奥さんにいきなり「ねえ、何々は、、、」と言って割って入り、自分の知りたい事を聞き始めた。
このように仕事ではなくパーティーの席で、いくら自分の女房だからといって、他の人と楽しく話しているのに、いきなり中断させてしまうのは非常にマナーが悪い。
中断させられたそのオーストラリア人は不愉快な感じを受けたはず。
しかしこれが仕事上の事となると、随分話は違うはずなのだが、どうやら欧米式は「同じ」なのかもしれない。
お客の僕は銀行のカウンターで、そのカギを持ったままどこかへ行ってしまったやつのために待たされ続け、やっとコーヒーカップ片手に帰って来たと思ったらまた横の同僚と笑談してるような場合は、その窓口の女性「アフリカ」は「お客さんが待っているから」と言って、その私用の話を中断させるべきであると思うのですが、そうはいかないんですよね。
過去に何度か「お客様は神様ではない国」と書きましたが、これも一つの理由でもあります。
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さて、先週の金曜日の日記にも書いた、「和牛肉」の事です。
母があるところからいただいた「スキヤキ。シャブシャブ肉」が美味しかったので、是非もっと欲しいと思ったのだが、なぜか簡単に見つけることが出来なかった。 仕方ないのでオージーの肉屋やダーリングハーバーカジノの前で開かれる生産者直送青空市等で「WAGYU」といって売られている物を色々試したりしていた。
どれもイマイチで、オーストラリアに住む僕が、オーストラリアで生産される「美味しい牛肉」を簡単に入手できないというのが不思議だった。
運良く偶然僕の友人が連絡先を知っていたので早速連絡を取ってみた。
それは日本人がやっているミート・サプライヤーというのか、レストランなどに「肉」を卸しているところでした。
すぐに色々注文してみたら、前に母が友人からいただいたのと同じ物でした。
同時に僕はインターネットでオーストラリア産の和牛についても調べていて、知らなかった事も多く、非常に興味深い内容であります。
さて、下に添付したのが、土曜日に届いたお肉。
「スキヤキ、シャブシャブ用」とサーロインステーキ用の(1.3キロ)塊を並べて撮影してみました。
スキヤキ用は撮影時に半分凍っていたのでえらく白く見えます。
またサーロインの方は真空パックに入っているので、ちょっと見難いかもしれません。
今回の肉は「霜降り度」というか「刺(さし)」がかなり多くて、オーストラリア人は二の足を踏んでしまうかもしれません。
まあオーストラリアの「和牛」の基準でも、「刺」が多いほど高級とされているようですが、僕はもうちょっと「刺」少ないのを今後はお願いしようかなと思っています。
この肉を販売している人の話でも「牛肉の美味いというのは脂の味で決まる」との事。
まだサーロインの方は食べていないので、結果は報告いたします。
またシドニー在住の方で「和牛」を食べたいとお考えの方は、僕宛にメールください。
ご紹介いたします。 (肉の種類によってはかなりお安いです)
(マブパイの表紙のページに僕へのメルアドはあります)
右の手前、スキヤキ用は400グラムのパックに入れてもらってます。
左のステーキ用は1.3キロのカタマリ。
2003年7月29日
冬晴れの素晴らしい日が続きているのですが、朝夕の冷え込みはかなり厳しくなってきました。
と、書くと真夏の暑さに茹だっている方には「羨ましい」のかもしれませんが、僕は寒いのが苦手。
さて、今日は日本で小学生の女の子が4人誘拐の事について。
じつは、もっと前に書こうと思っていたのですが他の事を書いていたら少々古臭い話になってしまいましたが。
僕が参加しているあるMLの書き込みで、小学生(のような年齢)の売春は別に日本だけではない、というような話があった。
最初この誘拐のニュースを知った時に、僕は日本に住んでいるわけではないので、情報が限られていて、てっきりその小学生達は誘拐されたのだと思っていたのだが、どうやら違うようである。
で、確かにオーストラリアでもそのような年齢で「体を売る」(つまりこれが売春というのなら)のはいるかもしれない。
「売春が違法ではないオーストラリアでは」と書くと、日本にいる人には誤解を与えるかもしれない。
つまりオーストラリアは風俗天国で12歳くらいの年齢のでもゴロゴロいるのではないかと。
じつは逆なんですよね。
つまり法律で認められているからこそ、未成年を置いていたり、認められていない地区で客引き行為をしたりは摘発の対象になりやすい。
例えば娼館を経営している者は、他の同業者(つまり競争相手)が違法な行為をしたら大きな顔で、警察に通報できるでしょ。
最初から売春が違法だったら、競争相手の事なんて通報できるわけ無い。
そのような事も摘発しやすい(されやすい)理由の一つ。
で、オーストラリアでは摘発が怖いから、未成年などの違法行為をするところは、バレやすい現地のオーストラリア人の若い娘を使うよりも、東南アジアから連れて来るようで、先日もタイからの女性を置いているところが摘発されて大々的に報道されていた。
そもそもこの年代で「体を売る」、つまり性行為の代償として金銭を受け取るというのは「色々な理由」があると思う。
開発途上国などで、貧困ゆえに親に売られるのも多いはずです。
で、もしオーストラリアのこの年代の娘で売春行為をするとしたら、ほとんどが麻薬の中毒で「ヤク」を買うかね欲しさにそのような行為に走ってしまうという者に限られると思います。
男の子の場合はヤク買うかね欲しさに「車上アラシ」やヒッタクリ、はたまた空き巣などの窃盗行為、そして男に体を売る男娼か。
で、日本はどうやら「ブランド品」欲しさの行為だという。
麻薬を買う金欲しさの場合は、禁断症状が出てもう必死で金を手に入れるための行為である。
また東南アジアの一部の国々のように、娘が体を売らなければ極貧ゆえ一家が路頭に迷うという切羽詰った場合もあるだろう。
ファッション屋をやっていた僕が見ても、「ブランド品」欲しさに体を売るというのは本当に理解に苦しむ。
「ヤク」を買うためと、ブランド品を買うためとどっちがどうだとは言わないが、僕は「ブランド品」のために体を売る方が何か悲しい。
「ブランド品」を持たないと「禁断症状」が出てしまうのだろうか。
いやこんな嫌味な言い方をすべきではない。
つまり日本では「性行為」そのものの捕らえ方が違うのでしょうな。
つまり日本という国は「外国の風潮」というのを(言葉の違いから)一旦「メディア」などのフィルターを通して伝わるために、「外国ではこうだ」というような「思いっきり勘違い」がまかり通ってしまい、その間違った情報の上に「既成の事実」のように、マスコミが自分の都合の良い情報を垂れ流した結果、なんと日本は世界で最も「尻軽女」の多い国になってしまったと僕は思っています。
つまり外国でも「カジュアル・セックス」は当たり前だと信じ込んでいる。
いや外国はもっとすごいとさえ思っている。
いつの間にか日本が一番簡単にシロウト娘とできてしまう国になってしまっているというのさえ気がついていない。
公娼制度があるような国の方がよっぽどすごいのだと勘違いしていたり。
未成年で、セックスに興味が有るから親に内緒で性行為をするというのならオーストラリアにも一杯いると思う。 でもそれはお金を得るという行為とは繋がらない。
つまり売春ではない。
ここまで書いていい加減うんざりしてきました。
う〜ん、日本はいったいどこへ行ってしまうのだろう。
残りは明日へ。
2003年7月30日
昨日の日記に少女売春の事を書きました。
それを書いた理由の一つに、日本のいわゆる「知識人」と言われる人達の発言があります。
例えば欧米に旅行で行った程度の経験しかないのに、「欧米ではそんな事は、、、、」という発言。
「日本人」というのは他人からどう見られているのかが気になって仕方が無い人が「大勢」いるのか、このような「論法」は結構説得力があったりします。
つまり個人単位だと「他人の目」だし、国単位だと外国が日本をどう見ているのかを非常に気にするというか。
多分そういう意味では「日本(つまり日本人)」は世界で最も世間体を気にする国(国民)だと思います。
湾岸戦争や今回のイラク戦争でも、「日本は何も協力しないと、他の国から笑われるから」というような議論がえらく影響力を持つんですよね。
僕はイギリス、オーストラリアと1974年以来約30年近く海外に在住しているわけですが、例えば「オーストラリア人は」なんて一纏めにして議論をするほど自分が本当にオーストラリアやオーストラリア人が判っているのだろうか、と常に不安である。
半分も判っていないかもしれない。 しかしたまに見る日本のテレビ番組で、政治家や知識人といわれる人が「欧米では」とか「オーストラリアでは」なんて、さも「知ったかぶり」で議論を展開されると、大いにシラケテしまいます。
「オーストラリアでは街中でタバコを吸っている女性は、ほとんどがその筋(つまり売春婦と言いたいらしい)のだと理解して間違いない」、なんて日本で言っている有名人がいるらしい。
その「有名人」が誰とは言わないが、こないだもオーストラリアに「日本人相手のトークショー」をするために、日本の航空会社のスポンサーで来ていたのは知っていました。
そこで彼は(もう何度も彼はオーストラリアに来ているはず)オーストラリアが「公娼制度」だと知って驚いた、そして街中でタバコを吸っている女性はその筋の仕事をする、、、という話を日本(の公演)で言いふらしているそうです。
これは昨日の日記にも書いた、言語(英語と日本語)という「バリア」が有るために、ろくにオーストラリアも知らない知識人やタレントという人達が日本で外国ではと言って「適当」な事を垂れ流しても、バレ無いのでしょう。
これが諸悪の根源でもあるかもしれない。
つまり、世論をコントロールする手段にはぴったりのシチュエーションですから。
ですからたまに日本に帰って日本の友人と話していても、「外国ではこうなのでは」というような突拍子も無い質問を受ける事がある。
だいたい「オーストラリア」と一纏めでさえ危険なのに、「外国では」なんて最初から無理があるわけです。
自分の目で見て確かめるのが一番。 何も海外に住めといっているのでは有りません。
「アブナイ知識人」達が垂れ流す情報を鵜呑みにしないのが一番。
外国に出かけなくても、海外製作のドキュメンタリー映画やテレビ番組を(字幕付きで)見るだけでも、よっぽど正確な情報が得られるのではないかと。
それと外国が日本をどう見ているのかなんて事は気にしない事です。 日本は日本、外国は外国なんです。
そうそう街中で「タバコを吸っている女性は、、、」の件、僕はそれを見て思わず笑ってしまった。
というのもオーストラリアは禁煙が非常に進んでいるために、まずオフィスの中でタバコは吸えない。
そのオフィスの全員が喫煙者で吸っても誰もかまわない場合でも吸えない事が多い。
昔僕が働いていたボンダイジャンクションにあるオフィス(そうもう10年も前の事なのですが)で、僕の同僚達はどうしても外にタバコを吸いに出られないから事務所内の一室に集まって吸っていた。
しかし常にビルのマネージメントの会社から注意が来ていた。
このビルは全館禁煙である事。 そしてそれを無視してタバコを吸われると、中のエアコンシステムに連動している煙探知機が誤作動を起こすとのこと。
つまり全館禁煙なら些細な煙探知でも警報装置が作動できるようにセットできる。
だからオフィス内では絶対にタバコを吸わないようにとの事。
ですからどうしてもタバコを止められない人達は、わざわざオフィスから往来に出て来てタバコを吸っているわけです。
シティーの中心地などへ行くとビルの外の通りで2〜3人のOL達がぼ〜っと立ってタバコを吸っている光景は良く見るのですが、これが全員娼婦ならこりゃ〜オーストラリアは風俗天国なのではないかと。
いやもちろん冗談ですが、そんな馬鹿な事を言っている日本の知識人はひょっとしたらオーストラリア滞在中、本気でそう思って見ていた可能性も有るわけで。
「やれやれ」ですな。
2003年7月31日
最近このページでは僕の近況を書いてないですな。
何か「銀行への文句」とか、少々「うるさいオヤヂの日記風」になっている気がしないでもない。
一応「僕の日記」なのでたまには自分自身の事を少々。
まず肩の痛み。 いわゆる40肩というのか50肩と言うのか。 これを英語ではフローズンショルダー(凍りついた肩か)と言います。
日本風に40’sショルダーとか50’s
ショルダーでも通じない事は無いかも。
僕の場合昨年の9月頃からづっと続いていたのですが、まさにある日(これはちょっとオーバーかな。 ある週かもしれない)を境に劇的に回復を始め、今や腕を上げることも出来るようになったし、テニスのラケットも振り回せる(まだプレーはしてない)ほどになりました。
腕立て伏せも出来るしで、「世の中バラ色」に見えるほど、嬉しくてしょうがないです。
経験した人ならわかるけど、ちょっと動かしても痛く、寝返りをうっただけでも痛みで寝がさめてしまう状態が10ヶ月も続くと、かなりイライラも溜まるもんです。
それにしてもこの肩の痛みは僕のような年代の人の多くが経験するようですが、何なんでしょうかね?
そして、こんなに痛みが永く続いていたのにある日を境に急に回復するって、この肩の関節の構造に急に興味が湧いてきました。
母の友人の娘さん(と言っても僕と同年代)の場合なんか2年近くも痛みが続いて、いつまでたっても回復しないのでとうとう先々週に切開手術を受けてしまった。
一週間も病院に入院する羽目になってお見舞いに行ったのだが、痛み自体は僕と大して変わらなかったようです。
ですから2年も続かなければ手術を受ける必要など無かったとは思うのですが。
そうそう、昨年は肩の痛みが出る前に椎間板ヘルニアもやってしまったのですが、それはいまだに尾を引いています。
大分良くはなっているのだが、まだ20%ほど残っていると言うか、長時間座っていると右足ふくらはぎ(の外側)の一部が引っ張られる痛みは残っています。
椎間板ヘルニアと言うと皆腰を悪くして、腰の痛みと思われるようですが、飛び出してしまった椎間板が脊髄から足に繋がる神経を圧迫しているわけで、痛みはほとんど(僕の場合は)右足に集中しています。
最初は右足の親指など痛みを通り越して完全に感覚麻痺してしまい、その足の親指を動かす事すら出来なかった。
その痺れも減り、今は指を動かす事も出来るし、注意していればかなりの時間モニターの前に座っていられるのでかなり楽になってきました。 ただし座る姿勢には大変気を使っていてずっとオーストラリア製のランバーサポートをいすにくくりつけて使用しています。
さて肩の痛みが無くなって来たと喜んでいたら、最近どうも胃がおかしい。 前にヘリコバクター・ピロリ菌の事を何度も書いていますが、それに苦しんでいた頃に症状が似ている。
また菌が舞い戻ってしまったのかと2週間ほど我慢していたのですが、主治医の「池亀先生」のところへ。
また胃カメラを飲む必要があるかなと心配していたのです。
しかしアポの取れた今週の月曜日にはかなり良くなっていて、症状を説明したらどうやら今シドニーでは風邪から来るのどの痛みや胃の痛みがはやっているらしい。
先生曰く「今週も何人か胃が調子悪いので胃カメラでも、、」と言って来た患者さんがいるとの事。
風邪から来ている場合は2〜3週間ほどで回復するのでもう少し様子を見てからと言う事になり、ついでに六ヶ月もやっていなかった血液検査をお願いした。
僕くらいの年齢になると1年に2度は血液検査をやるべきだと思っているので。
この結果はまだ出ていないのですが、その日一緒について来た母も血圧測ってもらったら何と200を超えてるんですよね。
これには僕も先生もビックリ。 母は先生から高血圧用の薬は処方してもらっているのに、飲まないんですよね。
何度言っても聞く耳を持たないと言うか、血圧は高めの方が「しゃきっ」として気分が良いなんて訳のわからない理由で飲まない。
困ったもので、強制的に飲めと言っても聞かないのでどうしたものかと。
その上母は思いっきり脂濃い食べ物だ大好物で、脂の滴る先日の日記に書いた「サーロイン・ステーキ」でも僕と同じ大きさのをぺろりと食べて、「ま〜美味しいこれなら毎日でも食べられるわね〜」なんて80歳を超えたバアサンが言うので、恐ろしいです。
今のところ毎朝一人で散歩にも出ているようだし、血圧以外は心配は無いんですけどね。
と久し振りに我が家の近況を書いてみました。