2001年7月後半の日記

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2001年7月16日

まず最初に。
今朝はちゃんとメールチェックが出来たのですが、昼頃からサーバー(CA−TV)がダウンして、ひょっとするとその間に来たメールすべて無くなってしまっている可能性があります。 こちらから送った分は再送信したのですが、もし7月16日に僕宛にメールを送った方はお手数ですが、再送付お願い致します。(おかしいと思って自分当てに打ったメールが届かない)
こんな事故は初めてで、もしメールがなくなって出てこなかった場合、特に仕事の場合の損害とかどうなってしまうんですかね。

さて、
今朝メールをチェックしたら、何と小学校の同窓生からメールが届いていました。 それも僕のHPを偶然見つけたとか。
僕がこのHPをやっている理由の一つに、昔の同窓生と連絡が取れたらというのがあるのですが、彼が僕のHPを見つけた理由というのが振るっています。

僕の小学校時代の同窓生達の中に、ニューヨーク在住のJAZZ歌手というのがいます。(といっても日本から送ってもらった、とても古い同窓生名簿にそう書いてあるだけでよく知らない)
今日メールをくれた「T」君も、その歌手「大久保真理」のことをネットで検索していて、その時に我々の行っていた小学校のHPがあるのを知り、そこから僕がオーストラリアからHPを発信しているのを知ったということらしい。

イヤー本当に、こうやってインターネットやっていたり、HPやっていて良かったです。
日本から何万キロも離れていても、簡単に連絡が取れるようになる。
彼から来たメールを読んでいて、突然40年以上も前の事が走馬灯のようによみがえって来ました。
小学校時代バイオリンをやっていた彼は、卒業間近の頃に教室で皆のために演奏をしてくれた。
その時のシーンはくっきりと覚えています。
一緒に早慶戦を観戦に行ったのも、またそこで彼の父上がスピーチをされたという思い出もよみがえってきた。

彼からのメールでは、(10年前に亡くなられた)父上が今度野球の殿堂入りされることになって、彼が今度のオールスター戦のときに代わりに表彰を受けに行くとか。(この理由は良く知らない)
う〜ん、もっと聞きたい事が山ほどあるので、すぐに返事を打ちました。
(このメールちゃんと届いていればよいが)
小学校の担任の先生の事、他の同窓生の事などなど。

そのうちネット同窓会など、ブロードバンドが発達すればどんどんできるようになるのではと期待しています。


2001年7月17日

昨日のサーバーダウンのトラブルは、結局直ったのですが、トラブル中に自分宛てに出した試験送信メールが何と本日友人から来たメールの後に届いた。
なぜか出した日にち(時間)順に届いていない。 何か良く分からない事が多いです。

さて昨日の日記でチョット触れた、同窓生の父上が野球殿堂入りという事について、浦島太郎の僕は理由が良くわからないというような失礼な事を書いてしまった。
同窓生「武田洋平君」から本日FAX頂いたので、父上「故武田孟氏」について少し書かせてもらいます。
野球殿堂入りするくらいだから公人という事で、洋平君も許してくれるでしょう。

武田孟
(たけだつとむ)
大学野球の普及、発展に尽力し、日米大学野球を創設した明大総長。
とあります。
1958〜64年は全日本大学野球連盟の会長も努められたとの事。
1964年に日本学生野球協会会長になられその後20年間もの長きにわたって学生野球の普及、発展に努力した。

元スター選手ではない人が野球殿堂入りするというのは、すごい事なのではないか。
どれほど野球に対する情熱が素晴らしかったかが分かりますな。

僕もそのお陰で小学校時代、洋平君に誘われて観戦に連れて行ってもらったものです。
実は僕の祖父も明治大学出身で、物心ついた時にはその祖父に連れられて明治神宮球場に行っていた。
最初の野球観戦の思い出は、神宮の外野(席が無く芝生だけだった。今もそうかもしれないが)で寝転びながら。

今度のオールスター戦では洋平君が父上に代わって表彰を受けるそうです。
オーストラリアでは見る事が出来ないのが残念です。
洋平君は東海大学の助教授で国際関係論やロシア東欧史を専門にされていて、NHKのテレビにも出演されているようです。

もう洋平君とは40年も会っていないのだと、昨日メールをもらった時に
いろいろ昔のことを考え始めた。
今度叔父の件で日本に帰る事があったら、是非会いたいと思います。


2001年7月18日

夕食は、今週の土曜日に日本に帰ることになった「I君」と。
久し振りにオーストラリアっぽいメニューを僕が作った。 
彼はいつもオーストラリアの肉は硬いと言っていたので、「オーストラリアにも軟らかい肉はあるのだ」と帰る前に一度味わってもらいたいという理由で、牛のヒレ(EYE FILLET)をオーブンでレアーに焼いて、1センチほどに切り分け、赤ワインとシャンピニオンのソースをかけたのを作った。(とりあえず箸で切れるほど軟らかい)
こういう料理は普段あまり作らない。 しかし家に友人などを呼んで一緒に飯を喰うという場合、こういう西洋系の料理というのはとても適している。 日本料理などを作ろうものなら(もちろんメニューの内容にもよるが)誰かが犠牲にならなければならない。 つまり一緒にダイニングテーブルについて楽しく話をしながら料理をとるという行為は、このようなメニューの場合赤ワインソースは先に(大して時間もかからず)作っておけるし、肉はちょうど良い時間を見計らって、オーブンに入れて焼いておけば良いわけで、気を揉まずにゆっくり話をしながら夕食が進行するわけで。

その点日本食は多くの場合、奥さんという犠牲者がいて旦那がお客と楽しく酒を飲みながら語らっている時に、台所では額に汗を浮かべながら、すべての料理がちょうど良い温度で食べる事が出来るようにあたふたしていて、ゆっくり会話に参加する事ができないっていう状況あります。

オーストラリアの女性が、そんなポジションを好むわけは無く、そういう意味で西欧料理はぴったりなメニューが比較的多いというか。
今晩のメニューなら包丁を持って流し台の前に立っている時間は、実質30分くらいではないか。

さて、その夕食に招待した「I君」ですが、彼と知り合ったのは、たった2年ほど前だが一緒にレースに出場したり、大いに遊びに付き合ってもらいました。
彼が帰ってしまったらもう僕はレースに出る機会も減ってしまうでしょう。 昔は一人ですべてやっていたのですが、彼と知り合ってから色々手伝ったり手伝ってもらったりしていたら、昔にはもう戻れないというか、戦闘力が違うというか。歳もとってしまったし。

(こういう別れは)
ロンドン時代から、せっかく仲良くなって付き合いが始まっても、色々な事情で日本へ帰国、つまり別れる事になるというのをいやって言うほど経験してきた。(ほとんどがビザの問題だったが)
もう痛みに鈍感になってしまった。
ロンドン時代は、僕のように永住ビザを持っているのが少なかったので、4年、5年と住み続けるうちに一人欠け二人欠けと、友人たちが次々と帰国して行き、子供の頃公園で皆で遊んでいたら、夕方になり一人帰り二人帰り、自分だけが一人公園に残されているような、そんな感じがしたもんです。
別に僕も日本に帰りたいというので、そういう感情が生まれたわけではないのでしょうが。 もっと皆で楽しく遊んでいたいのに遊び相手が皆帰ってしまったような。
面白いもので、その時代仲良くしていた人たちは、日本に帰ってからも(ほとんどが東京に住んでいる)付き合いが続いているかというと、全く逆で、日本に帰ってしまうと皆生活が変わってしまうようで、ほとんど交流が無くなってしまうようです。

それは学生が卒業していくのと同じようなものか。 卒業後は皆バラバラになるし、僕は留年(落第)して、そのまま学校に残っていて新しく入ってきた学生たちとはあまり交流が生まれないような。

何かこういう風に書いていると、読まれる方は僕が落ち込んでいるように感じられるかもしれませんが、全くそんな事はない。
逆に何も感じなっていく自分が、年取っている証拠かなと不安になる事はある。

夕食を終えた後、話に花が咲いていたら、RYAN BRISCOE のパパ、JEFFから電話が入った。
イタリアのレースで優勝した事などなど。
また日本のファンの方に連絡したが(言葉が通じないので)通訳を頼まれた。 彼の(RYAN)HPは英語だけなので、日本語を入れたらと言ってある。 僕が書いても良いのですが、僕のように日本を永年離れている、日本語メタメタのオヤジが書いたら、イメージ悪くなってしまうし。
また最近の日本語風に書かないと、20歳前のドライバーが喋っているように表現できない。
「今度のレースは、絶対にリベンジだっ。 ポールポジションから優勝をゲットだ!」なんて、とても僕には書けない。
彼は2週間後のマルボロマスターズ(F−3、日本の佐藤琢磨も出る)にも出場決まったとの事で、皆をあっと言わせて欲しい。
ただしいつもF−3乗っている訳ではないので、良いマシーンに乗れるかどうかが鍵だと思います。

最後に彼のHPアドレス書いておきます。
www.ryanbriscoe.com
です宜しく。


2001年7月20日(19日含む)

昨日の日記はサボってしまった。 チョット時間が有ると、LINUXいぢっているので。
いけませんな、悪い癖です。

先日、日本に帰る友人と夕食を取っていたときに出た話題。
彼はまだ30代前半でシングル。 日本に帰って伴侶を見つける場合という話題から。
彼は日本で(当然日本人の)彼女を見つける場合怖いと言う。
その理由は、日本にいる女性は知り合う前に何やってたか分からないからって言う。
その話題になったのは、やはりこちらに住む僕の幼馴染(中学から大学まで一緒だった)が先月日本に一月ほど行っていたときの経験から。

その幼馴染についてもう少し書きます。
彼はオーストラリアに1970年に来た。 その後オーストラリア人と結婚して今は子供二人います。(上の息子は今年大学)
彼はずっとレストランを経営していたのですが、昨年の終わりにビジネスを売ってリタイアー。 毎日ゴルフ三昧の生活。
店を売ってリタイアーする5年程前から、彼は日本に帰りたいって言い出した。
僕から見ると男の更年期というか、望郷の念が急に起きたり、何か突然ホームシックみたいな症状で。
年とると生まれたところに戻りたいって言う感情が突然湧いてきたりってやつです。
僕自身の場合は全くそんなのが起きない。(親まで来てしまって、今や僕の今の環境は日本にいるみたいになってしまってるからかも)

で彼、今回帰った時に将来日本に戻るという計画もにらみながら旧友にあったり、実家で生活したりしていたらしい。
ところが、彼の旧友たちと会っていると全くペースが違うというか。
すっかりオーストラリアのペースになってしまって、浦島太郎状態の彼には、ビックリする事が多かったようです。
その一つが、援助交際。
まあ彼の旧友達(悪友だけかもしれませんが)、興味ある事といえば
「ゴルフと、飲みに行く事と、若い彼女」の事しかないという。

「会うやつ会うやつ皆(彼の表現では)メカケ持ってるんだよね。 びっくりしたというか、もう何かついて行けないっていう感じがして」 

彼は日本の援助交際ってのを知らない。 僕も日本に住んでいないので、よく知らないのですが、この援助交際というのは中学生くらいの女の子からいるっていう。
すごい国ですよね日本って。 どうしてそんなになってしまったんだろう。 そんなにブランド物とか欲しいんだろうか。
オーストラリアでもそういうようなことをやるのが全くいないとは言わないが、ほとんどが昔のメカケタイプで、子供も作って一生その人の妾になるっていうのならごく少数いるが。
日本の場合、物質欲が先にあってそれを満たすためにそういうことやって、適当な歳になったら若いのと(つまり援助交際相手より若い)結婚して、奥さんに納まってしまうっていう。

オーストラリアで、麻薬患者で、ヘロイン代が欲しいから体売ってるとか、生活が苦しくて(学生でも)一時凌ぎでどうしても体売ってしまう娼婦タイプもいるにはいるが、絶対数は桁違いだと思う。
日本でも援助交際してるっていうような女性はごく一部だとは思いたいが。
オーストラリア人に、ブランド物欲しいからそういうことやるって言っても多分理解できない。

で、僕の幼馴染は日本に帰る熱がすっかり冷めてしまい、今度帰る事になった友人は、日本での生活に不安をおぼえてるという訳です。

謎の国日本!


2001年7月21日

昨日は、LINUX煮詰まってしまっていたので、映画に行きました。
(これが結局良かったのかLINUXもうまく行ってます。 後述)
見てきた映画は、MOULIN ROUGE (ムーランルージュ)。
楽しい映画でした。 それ以上でもそれ以下でもない。 しかし、頭を切り替えるのはぴったりの映画だった。
楽しい、楽しい、単純明快のミュージカル。 中で使われる曲もバラエティーがあって、僕らの歳にはすべてよく分かる。

オーストラリアでは5月からやっていて、全く予備知識無しで見始めたら、やたらオーストラリアの俳優が出てくる。
男優ユアンマクレガー以外ほとんど全員オーストラリア人ではないか。
監督のバズラーマン以下、ニコールキッドマン、カイリーミノーグ、他は日本ではまず誰も知らない俳優たちですが、結構良いのが多いです。

20世紀フォックスの作品という事は親方はニュースコーポレーションで、ニュースはルパートマードックというオーストラリア人がオーナーだからかと思って見始めたら、なんとこれオーストラリア作品なんです。

いまやハリウッド映画だろうが、オーストラリアの映画だろうが見分けがつかなくなって来てます。
ハリウッド映画でもシドニーのFOXスタジオ(うちのすぐそばです)で作ってるし。
このムーランルージュって名前(赤い風車)子供の時によく聞いた。 
浅草にもムーランルージュって確かあったような。(エノケンとか出ていたらしい)
この映画は19世紀末頃のお話。 先ほども書いたように単純なラブストーリー。 その時代のムーランルージュの踊り子というのは高級娼婦も兼ねていたのだろうか?なんて考えながら見てました。

驚いたのは、ユアンマクレガーもニコールキドマンも本当に歌っているという事。 結構ちゃんと歌えてしまうんですね。
出てくる脇役たちも、女房には顔なじみのばかりで、僕でも知ってる顔が結構ありました。
特にダンサー役のキャロルオコーナーは昨年見に行ったミュージカル「シカゴ」の主役、素晴らしかったです。 でもこの映画の中では彼女の踊りの素晴らしさが見える場面が少なかった。
で、このキャロルオコーナーの出ていたミュージカル「シカゴ」については、面白い思い出が。

ぼくが毎日愛犬のハナちゃんを連れて公園に散歩に行くのは知っていると思いますが、そこでいつも会うやはり犬を連れて散歩に来るカップルがいたのです。
毎日のように会っていたので、軽く挨拶はしていたのですが、ある時そのカップルの女性の方が、「シカゴはいつ見に行くんですか?」って、突拍子も無く聞いてきたのです。(その日、彼は来てなかった)
「エッ?何でそんな事聞くんだろう」ビックリしてると、実はこないだ奥さん(僕の女房)と話していたら、「シカゴ」見に行くっておっしゃってたから、って言うんです。
「実は私の亭主はその芝居に出てるんですが、昨日から風邪をひいてしまって、せっかく知り合い(僕達の事です)が見に行くなら、是非亭主を見てもらいたいと思っていたのだが、急に倒れてしまって数日間は舞台に立てそうに無いから、あなたたちの行く日を確かめたくなって」って言うんです。
全くそんな事知らない僕はあっけに取られながらも、「彼女の亭主?」でもあの人がミュージカルに出てる? 人は見掛けによらないとは言いますが、舞台俳優なんて全く想像だにできないようなタイプ。
僕はその彼女と話しながら「出てるって言っても、どうせ通行人かなんかじゃないか」とか(失礼な事)思いながら聞いていました。

で、僕らが行く日はその週の終わりだといったら、「それまでにはケツひっぱたいても出るようにさせるわ」と彼女言って立ち去っていきました。

さて当日見に行って、始まってもなかなか彼らしいのが出てこない、やっと主役が出てきて「えっ!ひょっとするとあれ彼じゃない?」 よく見れば似てるが、しかし違うようでもある。 女房も半信半疑で見ていると彼が歌いだしたその声は紛れもなく彼。 上述のキャロルオコーナーと彼は主演だったんです!
普段のあの風采の上がらないサラリーマンルックは何なんだろう。 確かに背は高いが、かけてる眼鏡もほんと真面目いっぽうで何の変哲もないサラリーマン風。
まさに普段は普通の新聞記者やってるスーパーマンみたい。
いや〜、楽しかったです。(この驚きも芝居も)
この芝居とても評判が良く、ロンドンに移って上演される事になり、彼も主役を続ける事になったといって、その年の終わり英国に発って行きまた。

今ごろ彼はレスタースクエァーあたりの劇場で頑張っているのではないかと思います。

話はすっかりそれてしまいましたが、このムーランルージュ日本では今年の12月封切りとか、よければ是非見てください。
www.foxjapan.com の中の映画のページの、これから上映予定の中に入っています。 さっき見てきた。 それにしてもフォックスのHPすごい凝ってますな。 中を全部見るには、フラッシュは要るはメデイアプレーヤーは最新版が必要だは、リアルタイムプレーヤもダウンロードしなければならないし。 僕はリアルタイムプレーヤー持ってないし入れたくないので(他のPCには入ってるんですが)全部は見えなかったです。

さてこの映画見終わった後、頭すっきりで、煮詰まっていた頭もほどけて、LINUXのサーバー構築第一歩が無事始まりました。
もっとも、僕の行くPC屋のオニーチャン(最近は僕のLINUXの師匠)でさえ、REDHATのバージョン7.1とSAMBAの組み合わせではかなり苦しんでいるらしく、ついにWEBMINという、ADMINISTRATION ツールを使う事にしたので、それをフォローしたんですけどね、僕も。


2001年7月22日

久し振りに雨が降ってる日曜日。 それもシトシトとオーストラリアの雨ではないみたいに。
昨晩は思いっきり早く寝てしまった。 日本に友人が帰るというので昨日の朝空港に送りに行ったのですが、6時に起きる予定が5時頃に目が覚めてしまった。
年寄りの証拠か。 その分夕食後に猛烈に眠くなって。
そういえば最近夢をめったに見ません。 昔は夢ばかり見ていたのに。 寝る前に見たい夢まで自分にリクエストして寝る特技も持っていたし、当然その夜に終わらなかったストーリーは翌晩また見ることが出来た。

ストーリーも、ものすごく複雑で、楽しいものばかり。 いつも女房が僕の寝顔を見るとニヤーって笑っていると言ってました。 (他人が見ると気持ち悪いでしょうな) いやな夢は見たことがない。 たとえ強盗が夜中に入った夢でも、思いっきり(金属バットか何かで)逆襲して、気分が晴れ晴れするほど、強盗殴っていたりして。 当然警察に突き出して、ヒーローになったり。
若い時は、もう絶対に近づく事も出来ないような憧れの女性と、知り合ってしまい、「素晴らしい関係」が始まるなんていうストーリーの夢も。 
知り合うプロセスにしても、どうしてこんなストーリーを夢の中で(自分が)考えられるのだろうというほど、凝っていて現実味があった。
だから朝起きたりした途端に、夢だと分かって、ものすごくがっかりするというか、起きたくないっていう気がする。
だから次の日にリクエストでまた続きを見る。(続きを見る確立は50%行かないくらいなのですが)

こういうのを本当のネアカ(寝アカ)っていうのではないかと。
(いや脳天気って言うほうが正確かもしれないが。)

先日ウインブルドンの決勝でイワニセビッチが優勝しましたが、5セット目のマッチポイントを何度もダブルフォルトなどでなかなか物に出来ず、やっと勝ったシーンを見て(今まで彼は3度も決勝で敗れている)彼の顔が喜びでくしゃくしゃになり、コートに嬉しさのあまり倒れこんだあのシーン。

直後のインタビューで彼は「これは夢かもしれない、明日朝起きたら勝っててなかったと知るなんていやだ! もしこれが夢なら、ずっと起きたくない!」って言っているのを聞いて、いかに、彼がウインブルドンに勝ちたかったかを知って、我がラフターが優勝を逃してしまったのも忘れて、祝福したくなってしまいました。 
想像を絶するほどの人が駆けつけた彼の母国への凱旋シーンの写真を新聞で見て、余計そう思った。
母国に帰った彼はそこでのインタビューでも、勝って以来ずっと寝てない、寝て起きたらこれは夢だったんだって分かるのが怖いからと言っていました。

僕だったら、もし優勝が夢だったとしても必死で次の日も続きを見てるでしょう。

夢の話はもっともっと書きたい事あるんですけど、今日はこのくらいで。
そうそう、オーストラリアの友人が、最近出版した本で夢にまつわるストーリーを書いていました、これについても書かなきゃ。


2001年7月23日

今日から女房は冬休みがあけてまた学校へ。
僕は、もと勤めていた事務所に遊びに(いやちょっとしたお助けかな)行って来ました。
その事務所に勤めている「アキコ」さんが、最近購入したPCと格闘しているので。
何が格闘の原因かというと、中古で買ったコンパックの「プリサリオ」デスクトップ型PCには英語のウインドウズ98が入っていた。
中古でもかなり程度も良いし値段も安かったので、購入を決めたらしいのだが、こういうメーカー製PCを買う場合とても注意が必要です。
そのまま英語のウインドウズを使い続けている分にはそれほど苦労は必要無いのですが、彼女が目論んでいた、中をすっかりフォーマットして、英語版を捨ててしまい、日本語版を入れるっていう作業はかなり手間がかかるのです。

そういう意味でも僕は自作機(自分で作らなくても信用のおけるPC屋さんに、自分の予算や希望を言って組んでもらう)をお勧めしてます。
何が一番違うっていうと、メーカー製って(DELLは違うが)一枚のCDに、OSのウインドウズも、また各種ドライバーも入ったのが付いてくるわけですが、それがほとんどリカバリーディスクという事で、中を開いてもどこに自分の欲しいドライバーが入っているかなんて分からない仕組みになっている。(ほとんど圧縮されているし)
勝手にコピーして他の人が、必要なウインドウズやドライバーだけ他のマシーンに入れてしまえるのを防ぐためかもしれないが。

マザーボード関係にしても、オーディオにしても、箱を開けて中を見て、それぞれのメーカーを調べて、そこのメーカーのHP行って、ドライバーをD/Lしてくるという作業が必要というか。
あ、すいませんまたPCの話題を書き始めてしまった。
突然終わりにします。 あんまり面白くないから。 ただしもし中古を買うのなら、くれぐれもその点をおぼえておいた方がよろしいかと。

さて、本日昼過ぎに母の主治医から電話が入り、先日おこなった検査の結果が出たが、やはりおかしいので精密検査(肛門から内視鏡を入れる)が必要との事。
それも早い方が良いので、本日その説明と、専門医への紹介状を書くからすぐに来るようにとの事。
で、行ったところやはりいまだに便に血が混じってるとの事。 本人はオーストラリアに帰ってきてからとても調子を取り戻して、なんとも無いと言っていますが、ここは精密検査が必要なようです。
明日にでもすぐ電話をして予約を入れなければなりません。 
この内視鏡は、麻酔を使うのでほとんど気が付かないうちに終わってしまうのですが、母の場合、麻酔に弱いので心配です。 
一昨年に、ヘリコバクターピロリキンの検査を受けたときに麻酔が強すぎたのか、数日具合が悪く吐き続けていたので。

まあ出血はそれほど多くは無いので、大丈夫だろうとは思います。
ただの痔だったら笑ってしまいますが。
わが両親ともオーストラリアに移ってきたおかげで、非常に元気で、何度も書いていますが父などはオーストラリアに来ていなかったらとっくにこの世にいないはずです。


2001年7月24日

LINUXと格闘している僕の日記を見て、日本にいる「A.O君」から、メールいただきました。
彼がオーストラリアに来たのはもう軽く10年以上前になるのではないかと思います。(イヤ〜月日の経つのは、、、)
昔僕がやっていた仕事で、彼がワーキングホリデーで来た時にお世話した事があるのですが、もう彼も36歳。
今彼はNTTドコモで、ソフトの開発の仕事をしているとか。 
そういえば彼は当時からPC詳しかったと(確かその方面の勉強をしていた?)記憶がよみがえって来ました。
何か僕のためにLINUXの本送ってくれるって。 イヤー嬉しいです。

その彼のメールに、(真夏の日本にぴったりの)「蚊連草」という植物の事が書いてあった。 なんでも窓際に置くと、蚊が寄ってこないゼラニウム系のらしい。 早速そばにいる親に聞いたが、「カレンソウ?」って、全く知らない。 
僕も是非欲しくなりました。 何しろうちの庭には蚊が結構発生するので。 オーストラリアでも売っているんだろうか。

彼のメールを読んでいると、日本の夏を象徴する、夏祭りや花火大会のことが書いてあった。
読んでいて子供時代を思い出してしまった。 彼にも書いた事を書いてみます。

僕が育ったところは多摩川に近く、毎年夏には花火大会が行われていた。 オーストラリアの花火と違って、(今の日本は知らないが)昼間から景気付けの音だけの花火をやっていて、朝からワクワクしていたものです。 
昼間からやるこの音だけの花火は、中に小さな紙製の落下傘(パラシュート)が仕込まれていて、たまに風に乗ってうちの方にも飛んでくるので、まだ小学年低学年だった僕は、欲しくて欲しくて、近所を駆けずり回って落下傘を探したものです。

我が家は運良くその多摩川の花火が真正面に見える高台にあったので、花火大会がある時には父の会社関係の人や、友人たちが見に来たものです。
2階に皆集まって、母は客のために駆けずり回って、酒や料理を作ったり運んだり。(1階から) 今考えると、母はろくに花火見たり食事を楽しんだりは出来なかったのではないか。
典型的な日本の母をしていたんだなと。 多くの客のために、当時の小さな冷蔵庫では間に合わず、台所の下の糠床のそばに、樽を置いて一杯氷仕込んで、飲み物などを用意していたものです。
その樽に入った大好きだったカルピスと共に、母が鼻に汗を浮かべながら、1階と2階を行き来していた情景が目に浮かんできます。

昼間落下傘を追いかけて駆けずり回っていた僕は、夜もふけ、終盤の大玉(と言ったか)の頃はすっかりウトウトしていて、母に起こされながら見たものです。

花火大会の日は僕にとって、本当にエキサイティングな長い長い一日だった。


2001年7月25日

まず最初に、警戒注意報を!。
今この日記を見に来ている方は当然、コンピューターで見てるわけですが(携帯については後述)今オーストラリアでは、コンピューターウイルス
「W32.SirCam.Worm@mm」 が、猛威を振るっています。
僕自身今までウイルス付きのメールは一度しかもらったことなく、僕の使っているノートンが、開く前に知らせてくれたので被害は無かった。
だから、コンピュータウイルスって聞いても、脅威も感じないし、アンチウイルス入ってるからって心配してなかったのです。

ところが昨日例のPC屋行ったら、いつもと雰囲気違うんです。 結構お客も来てるし、忙しそうに出たり入ったりしている。
帰ってきたと思うと、電話が入るとまたアタフタと出かけて行く。
聞くと、ウイルスにお客が次から次へとやられているらしい。
皆さん!ここが大事なんですが、いくらアンチウイルス入っていても、OUTLOOK(アウトルック)使ってると、メール開かなくても感染してしまうようです。
僕はある理由があって運良くOUTLOOK(アウトルックエクスプレスではないので念のため)使ってないので、少しは安心なのですが。

で、僕は万が一ウイルスにやられてもフォーマットし直せば良いとたかをくくってたんです。
ところが何とウイルスによっては、マザーボードとか壊してしまう場合もあるんですね!。
壊れる確率は、ウイルスによって違うらしいけど、今回は20台に1台入ってしまうようです。 たまたまその1台が運び込まれていて、最初はハードディスクの完全フォーマットやってたんですが、ダメなんです。
で、ハードディスクを新しいのに代えてやり直したらまだダメ。
こりゃーマザーボードも換えなきゃダメだなとか言ってるんですよ。

僕は見ていてもうビックリ。 だって、マザーボードまで換えるって、ほとんどPCパーって言う事ですから。
このウイルスは英語のメールについてきますから(スペイン語もある)日本ではそれほど猛威は振るわないとは思いますが、僕にとって驚いたのはウイルスチェックが入っていても防げないってことです。
皆さんも是非気をつけてください。

さて、今日本の福岡で水泳の世界選手権が開かれてますよね。 オーストラリアの選手が大活躍なので、女房も娘もテレビの実況を見てます。
ところで、開会式の時に演奏された色んな音楽に混じって、なぜかウエディングマーチが入っていたらしい。
オーストラリアから行った記者や選手たちは、なぜその曲が演奏されたか分からず、「何で?」って、こちらの新聞に出ていた。
その曲が演奏された特別な理由があって、たまたまオーストラリアの記者たちが知らなかっただけなのか。
オーストラリア人の反応は、日本人はその曲の意味分からずにただ景気の良い音楽っていう事で適当に選んで演奏したんではないかって言ってますけど。 

どなたか理由を知っている方、教えてください。
この世界選手権で、大活躍のオーストラリアの選手がイアン.ソープです。 さっきも200mでオランダのバンデンフーゲンバンドに勝って、ついにシドニーオリンピックの恨みを晴らした。(世界新記録で)
このソープ君シドニーでは400mとこの200m金メダルガチガチと言われていて、400mしか取れなかった(リレーは別)。
それにしても彼の名前、もし女性の選手だったらソープ嬢になるんですかね。 大体彼の名前「イヤ〜ン、ソープ」って聞こえる。

本日は変な日でした。 朝、母の大腸検査のアポを取ったりしていたら、今度はオヤジが便所から出てこなくなって、どうもおかしいって母が呼びに来た。 行ってみると、どうも便が止まらないとか言っている。
父は便秘気味で座薬を使ったらしいのだが、どうもいつもと違う。
慌てて、大人用のオムツを買いに行った。 ついにオヤジもオムツの世話になるような歳に(状態)になってしまったのか。
心配の種がまた一つ増えそうです。

今この日記アップしようとしたら、横でやってる日本からの世界選手権の女子自由形800mリレーで、オーストラリアが優勝して、オーストラリアのテレビ局の祝福インタビューを受けていたら、突然オーストラリアが失格になった。 なんと勝った後にオーストラリアの選手喜んで、プールに飛び込んだのが違反だったとか。 何とまだ一番の最後の選手が泳いでいたから。 2位のアメリカもタッチの失格で、5位の日本が3位になってました。 いやビックリ。


2001年7月26日

昨日書いた、SIRCAMウイルスの続きですが、FBIまで被害が出てるらしい。 ノートン(シマンテク)のサイトに行くと、そのウイルスを駆除するツールが無料で提供されてますから、感染していたら行ってみるべきでしょう。 今朝になって仕事関係からメールが来て、(SIRCAMとは別の)ウイルスにやられてしまったとの事で、彼女のメーリングリストには僕も入っているから、「ニューマイクロソフトドキュメント」と言うタイトルのメールが来たら開けずに捨ててくれとの事。

それにしてもウイルスを作る側は、簡単に怪しまれたり、捨てられないタイトルを色々考えるようです。 
女性に縁の無い歳になってしまったオジサンには「I LOVE YOU」なんていうタイトルのウイルス付きメール来たら、もうそれだけで怪しいって分かっちゃいますけど、仕事関係の差出人から、マイクロソフトのドキュメント付きって言うタイトルで来たら、やっぱり開けてしまうかも知れない。
多分アウトルックエクスプレス使ってる分には、ノートンがウォーニング出してくれるとは思うのですが。

さて昨日こちらに住む幼馴染と話していたら(そう同窓生です)歯の話になった。 僕は異常に歯が丈夫で、歯医者殺しと言われているのですが、女房にしてもこの幼馴染にしても、結構歯医者の世話になっている。歯医者の治療代は日本ほど「ひどく」なくても、やはり金がかかるものです。
で、なんで僕が頑丈なのかですが、女房の分析では僕が育った家に井戸があってそこの水で育ったからではないかと言うのです。 
その水に偶然フッ素が含まれていたのではないかと。
どうやら成長期の歯に与える環境で、年取ってからかなり差が出てくると言うのです。

ちなみに、うちの娘はロンドンで生まれたのですが、すでにイギリスでは水道水に(そういう目的のために)フッ素を混ぜていたので、そういう水で育ったから今も、将来も歯が丈夫なはずだと。
もちろんフッ素入りの水が無敵ではないのですが、確かに効果は認めざるを得ないようです。
オーストラリアでは1970年代になってやっとフッ素を使い始めたらしいのですが、当時随分反対があったそうです。
しかし、それ以来虫歯にかかる児童は減っているとか。

それより前に育った女房の年代は、そういう恩恵に浴さなかったために、もともと遺伝で歯が強くない家系でもあり、しょっちゅう歯を磨いて気をつけているのにもかかわらず、いまだに虫歯になったりします。

もちろん人によって(唾液の分泌量とか、色々な要素があるようですが)違いはありますが、水道水にフッ素を混ぜると言うのは子供には効果があるようです。
日本ではフッ素を使ってるのでしょうか?
しかし、最近各家庭に、水道水の浄化装置というのか、フィルターをつける家が増えています。 高級なフィルターほど、このフッ素取ってしまうんではないかと思うのです。

実は今日行ったサーカスの事書こうと思っていたのですが、明日にします。 何かメチャクチャ眠くって、チョット風邪ぎみかもしれない。


2001年7月27日

サーカスが街にやって来た。

数ヶ月も前の事、女房が「サーカスの切符取るんだけど、あんたも行く?」って聞くんです。
「サーカス? う〜どうしようかな」って、あまり乗り気の無い返事をしてると、「このサーカス、象とかライオンとか出るようなサーカスじゃないのよ。」って言うので、行こうかなって答えておいたのが実は、昨晩だったのです。

CIRQUE DU SOLEIL (シルク ドゥ ソレイユ)
太陽のサーカス。


世間知らずの僕は、このサーカス日本でもとても有名だって知らなかった。
全く何も知らずに、期待も何もなく出かけたので、はっきり言って「ビックリしました」。
こういう形のサーカスは、なるほどあって不思議はない訳です。
しかし、こういうオペラのような一つのテーマに沿って進むサーカス(と呼ぶべきか?)の、特に昨晩の出し物「ALEGRIA」(アレグリア。 日本語では、歓喜とでも?)のせいか、ファンタジーの世界に引き込まれてしまった。
出演者たち、中でもとりわけ、「醜いOLD BIRD」(年老いた鳥たち=貴族たち?)等も、その幻想的な世界に引きずり込むのにぴったりのものです。

今日、この名前で(Cirque Du Soleil)  で、検索したら日本のサイトも一杯出てきて、日本にも沢山のファンはいるし、テレビのコマーシャルにも出てるらしい。(テレビコマーシャルとはさすが典型的な日本!)
すっかり他の出し物も見てみたくなってしまいました。
日本にいる皆さんも機会があったら是非一度見てみてください。 
日本へは2年に一度くらい公演に出かけてるらしい。 オーストラリアに来たのも2年ぶりとか。 前の出し物は、「SALTINBANCO」これは、日本で昨年の暮れやったようです。
でも日本で見に行ったら高いんだろうな。 こっちでもサーカスにしては割と高かったから。(価値はじゅうぶんあったと思うが)
(オーストラリアで映画の料金って、8ドルくらいから。 たった、500円以下で新作が見えてしまう国です。)

僕はこういう出し物が特に好きなので、このサーカス団が「オズの魔法使い」もアレンジしてやったら、素晴らしいものができるのではないかって思うのですが。
その意見には女房は(彼女もオズ大好きなので)「オズだけは色んな人がいじって欲しくない」って言ってます。
僕は子供の時にオズの魔法使い見ていなかったのが、いまだに残念でしょうがない。
確か、僕が生まれる前の映画だから見ることが出来なかったのか。
僕が「オズ」を見たのは、1973年に初めてオーストラリアに遊びに来ている時だった。
女房の友人であるオーストラリアの有名な映画評論家、デイビッド.ストラトンと一緒に見た。 と言うか彼に連れて行かれた。 
この映画にもすっかり魅せられ、今まで見た映画の「僕のトップ10」に入った。
映画の後、ダブルベイにあるカフェーで、夜遅くまでこの映画についての話の花が咲いた事が、ついこないだのように、、、、。


 

2001年7月29日

昨日は日記サボってしまった。 毎日毎日、日本の梅雨のように雨が降ってるシドニーです。
こんなに続いているのも久し振り。 太陽が出ないので結構寒いし、気分も憂鬱になってしまいそう。
毎年の事なのですが、寒いよ〜って、日本の友人に言うと、羨ましがられる。 日本は暑いですからね。

雨ばかり降ってるので、路面は濡れてスリップしやすくなっている。
一昨日の金曜の朝、家から車で出ようとしたら、近所にある学校の登校時間にぶつかってしまい、どんどん車が途切れなく来て、なかなか出られない。
少しずつ自分の車の鼻先を出して、どうにか車が止まってくれて、さあ出ようとしたらその止まってくれた車に、後ろから走ってきた車が追突!
追突された車は押されて僕の車の方に滑ったのですが、間一髪で僕の車には当たらなかった。

とにかくうちの前は皆スピードを出すので、最近は学校区間と言う事で登校下校の時間帯だけ、時速40キロ制限されてる。
それにもかかわらず、「馬鹿が」結構居るんですよね。
もちろん朝の出勤時間なので、あせって飛ばす人もいるんでしょうが。

せっかく僕のために止まってくれた車が被害に遭うっていうのも後味悪いもんですよね。
もし追突した車が、任意保険に入っていなかったりして、追突された車も任意保険(の全損)に入っていない場合、オーストラリアでは本当に修理費を相手からもらうのに苦労します。
もっとひどいのは、相手が保険に入っていても貰えない場合がある。

これは実際の経験です。
もう10年以上も前の事なのですが、僕は女房の車で、郵便局に行っていた。 ちゃんと1時間駐車のところに停めて、郵便局に入って日本に小荷物を送る手続きをしていたら、「がっしゃーン」と言う大きな音が。
中にいた僕も、また交通事故だなと思っていたら、なんと停めておいた女房の車だった。 中には当時まだ10歳位だった娘も乗っていたのだが、幸い怪我は無い。 信号を良く見ていなかった「馬鹿」が赤信号に止まりきれずに、急ブレーキで車がスピン、駐車していた女房の車に突っ込んだわけです。 押された女房の車は、その前に駐車していた車に突っ込む形になって2台が被害に遭った。

結構大きな事故だったので、僕が警察を呼ぶ前に誰が呼んだかすぐに来た。
その時その事故を起こしたドライバーは何と言ったか。 
何と「偶然信号で止まろうとしたらブレーキが壊れた」って、現場に来た警察官に言ったのです。
この場合、警察官はすぐにその車両を押さえて本当にブレーキ装置がその直前に壊れたかなどと言う検証はやらなかった。
怪我人が出たとかなら別だが、それでなくても金の無いオーストラリアの警察、レッカー車で車を差し押さえて、ブレーキ装置を詳しく検証などしないのです。

で、結論を書くと、事故を起こした車と、女房の車は(偶然同じ会社の)任意保険に入っていた。 ところが女房の車の前に置いてあって、女房の車に押される形で被害に遭った車は、強制保険しか入っていなかった。
で、何とその車は結局補償(修理などの)を一切受けられなかったのです。
どうしてだと思いますか? 
女房の車は全損保険に入っているので、相手がどうであろうと修理費が出る。 ところが保険に入っていない車の持ち主は、事故を起こした車の保険会社に対して自分で請求しなければならない。 
ところが請求したら、その保険会社は、警察の調書を盾にとって、この事故は偶発的におきた事故だから、(つまり直前に偶然ブレーキ装置が壊れたと言う)補償の義務は無い、もし不服なら法廷で争うしかないと、言ったのです。

実は、その被害者は郵便局の隣の店で働いてる人のもので、事故後も何度か話す機会があって知ったのですが、全く何の落ち度も無い、ちゃんと駐車できるところに停めておいた車が被害に遭っているのに、そのようなメチャクチャな理由で、結局補償は出なかったのです。

その保険会社はNRMAって言います。 そうオーストラリアでは最も良心的なと思われている保険会社(日本のJAFのような業務も兼ねている)でさえ、そのような詭弁を使うと知った時、なるほどオーストラリアではよっぽどのボロ車を運転しているのは別にして、任意保険に入っていないという事はこういうリスクがあるのだと知って、高額な保険から逃げられなくなった。
だいたい、その事故を起こした車は確かにブレーキが壊れたと言っても納得するような古いボロ車だったのですが、思うに信号を見落として、前の車に突っ込んだりして、車が大破してしまった場合、そういう「嘘」をつくと、補償や違反など総てから逃れられるというテクニックなんだと。

結構そういう意味ではヤバイ国です。


2001年7月30日

母を連れて、大腸の検査へ。 検査自体はたいした事ないのですが、3日前から食事制限が始まって、前日からは水分以外全く摂れない。
下剤も二回に分けて飲んで、腸の中を空にします。
当日は一応全身麻酔を受けるのですが、昨年ヘリコバクターピロリ菌の検査を受けた時(いわゆる胃カメラ)第一回目は全く問題なかったのですが、2回目の時に使った麻酔薬が体に合わなかったのか、かなり苦しんだのです。
検査の後一週間も寝込んで吐き続けた。
で、今回はその事を検査前に麻酔医に伝えたところ、今までのカルテを調べて、母に会わない麻酔薬の種類を特定してくれた。
その麻酔薬はこちらでは日常的に使う種類のもので、今回僕が麻酔医にその事を言わなかったら今回も使っていたようです。
恐ろしい。 
麻酔というのは使い方によっては結構危ないものですから、日本では胃カメラでも局部麻酔をちょコット使うくらいで、全身麻酔は使わないらしい。
全身麻酔を使うと言う事は、専門の麻酔医が付き添わなければならないので、当然費用もかさむ。 だから日本では(国民健康保険の場合)できる限り局部麻酔で切り抜けようとするのかもしれない。

さて、検査の結果は癌も無く、ポリープも無く、何と(と言うか想像通りと言うか)腸内部に数箇所の痔が出来ていました。
だから出血が続いていた事が分かったのですが、とにかくそれも治りかけているようで、大事ではなくて良かったです。
母はとても気が弱いというか、気が小さいのでチョットでも出血したりすると、この世の終わりのごとく反応してしまい、食欲は無くなるは元気は無くなるは、精神的にどんどん自分を追い込んでしまい、どんどん悪化させてしまうという、癖があるのです

いまさら「もっと気持ちを強く持って」なんて言っても手遅れな年齢ですがこういう性格はもっと歳とって弱ってきた時に非常に危ない性格である事は確かです。 困ったものです。

さて今回の半日入院の総ての医療費は(任意医療保険にも入っているので)全くの無料でした。
日本で、超音波検査を受けただけで(国民保険使えなかったから)3万円6千円も取られた事を考えると、日本でこの検査を受けずに帰ってきて正解だったと思います。
ちなみにオーストラリアでは超音波検査も無料です。


2001年7月31日

今朝新聞を見ていたら、IT関係の記事でこちらのブロードバンド、ADSL接続のトラブルの事が出ていました。
僕は今CA−TV(ケーブルテレビ)常時接続なのですが、こちらでも始まっていたADSLには大いに気になるところです。
僕が、あまりにブチブチ切れるダイアルアップ接続に嫌気が差して、すでに両親が日本のNHKを見るために引き込んでいる、ケーブルテレビの接続を使って、ブロードバンド接続にしたのはつい最近の事なのです。

最初のうちはあまりの速さに目を見張っていたのですが、思っていた以上に不具合、特に今までのダイヤルアップ接続時には経験をした事も無い問題が結構出ています。
不具合が出るたびに、ADSLにすればよかったのではないかと、気になっていました。
それは、ちょうどCA−TV接続を申し込んだ直後に自分の地域でもADSLサービスも始まっていると知って、驚いた事をおぼえています。
何に驚いたかと言うと、PCを趣味のように使っている自分でさえ、そういうサービスが始まっている事さえ知らされていない、つまり全く宣伝がされてないということです。

すでにCA−TV接続を申し込んでしまっていて、手遅れだと思っていたのですが、本日の新聞を見て、こちらのADSL(テルストラ)がもうメチャクチャにひどい事を知り、何かほっとしてます。
今300人以上の使用者が共同で裁判を始めようとしているらしい。
特に個人経営のビジネスで使っているところは、あまりのサービスの悪さと、信頼性の低さに損害賠償を訴えるようです。
つまり技術的に自信が無いから、あまり宣伝をしなかったのかなとも受け取れます。

日本ではインターネットの普及が非常に遅れていましたが、政府の後押しや、最近のブロードバンド接続のブームで、すぐにでも(普及率)オーストラリアを追い越してしまうでしょう。
多分皆さんご存知だと思いますが、ブロードバンドの普及率は韓国が世界でダントツの1位で(57%)、2位のアメリカ(15%)さえ大きく引き離しています。 アメリカの後に香港やシンガポールなどが10%前後で続き、ヨーロッパ諸国は5〜10%との事です。
しかし日本では、ヤフージャパンが全国制覇を目指してメチャクチャ安く速い(8Mb)ADSLサービスを始めようとしているようで、すぐにヨーロッパ諸国並になるのではないかと思います。
このヤフーBB、本当に羨ましいです。 オーストラリアにも入ってくれば良いのに。 

オーストラリアのADSLはサーバーダウンとかすると12時間も回復しなかったり、接続時にトラブル(朝PC立ち上げて、いざ接続しようとすると、繋がらない事が多く、ものすごく手間取るとか)の嵐のようです。

実は今僕が使っている、CA−TV接続にしても、なるべく経費を安く上げるためか、使ってるサーバーマシーンの設定で、キャッシュのクリアーを全然行わない事があり、自分のHPを確認のために見に行っても(すでにアップしたのに)数日前の日記が表示されてしまい、自分のPCでいくらキャッシュのクリアーをやっても、見えない時がある。
昨晩は、なぜか国内のサイトは早く見えるのだが、海外(日本のサイトなど)を見に行くとまるで昔のダイアルアップ接続の超混雑時のように、一つのページ(重くないページでも)開くのにえんえんと待っている状態。
また、夜の9時前後など混み合う時間帯の速度が極端に遅くなる。

まだまだこの辺のテクノロジーは、開発の余地が一杯ありそうです。
もし日本のヤフーBBのようなサービスで、本当にそれほどのスピードが出るなら、またそれが進化していったら、インターネットで映画でもテレビ番組でも総て(同時に、つまりバッファー不足無しに)見えるようになるのではないかと思うのです。

僕のように海外に住む日本人にとって、そういう期待は一杯有るのですが、今の状況は夜明け前というか、不具合が多すぎますな。


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