2004年11月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2004年11月16日
先日の日記(2004年11月9日)に最高裁判所の判事が酒酔い運転で事故を起こした顛末を書きました。
その日記を書いた時点では、保管されているはずの「血液」が行方不明だったのですが、事態は思わぬ展開になってきました。
何と!!!その行方不明になっていた「血液サンプル」はその判事が持っていたのです。 ????でしょ。
酒酔い運転の時にはサンプルを二つ採取し、一つは病院から警察へ、もう一つは本人に渡される事になっています。
本人に渡されるのは、裁判での判決に不服(酒は飲んでいなかった、もしくは飲んでいても血中のアルコール濃度の検査の結果に納得が行かない場合など)の場合、自分で保管しておいた血液を再検査してもらい検査の整合性を問えるためです。
しかし本人に渡された血液は冷蔵庫などにちゃんと保管しなければ、腐敗などが進み、再検査を受けられる状態ではなくなってしまいます。
ところが保管方法をどうしようと本人の自由なので、今回のように警察が持つべきサンプルがなくなってしまった場合、自分のも腐らせてしまえば結局証拠がなくなってしまい、誰が見ても酔払い運転だったのが「無罪」になってしまう可能性も有ったのです。
で、今回は警察が判事の持っているサンプルを再検査をしたいと申し入れた。 出す義務は無いが協力をお願いしたのです。
しかし判事はすぐに提出を拒んで時間引き延ばし作戦に出た。
法律では判事は提出の義務は無いからだとか自分の弁護士と相談してみるとか言い訳を言っておりました。
しかし最高裁判所の判事という地位から、腐らせるまで提出を拒むようなミエミエの行動が取れるのだろうか、僕は興味深く見守っていた。
その上、なぜもう一つのサンプルが忽然と消えてしまったのかも大いに興味が有った。
ところが、昨日になって「両方の血液サンプル」とも判事が持っていたと本人が「白状」したんですよね。
いや〜、これにはビックリ。
では彼が自分で病院から盗んだんだろうか。 それとも病院内部の者が彼に渡したのだろうか。
本人は酔っていたから間違って二つ持って来たとか、良く憶えていないとか言っているらしい。
当時病院側ではサンプルはカギ付きのロッカーに入れたと発表していた。 ところが病院側は昨日の判事の発表を受けて、ロッカーに入れたかどうかははっきりしないと言い出した。
全く怪しいでしょこの辺も。
とにかく随分長い間皆がサンプル紛失で騒いでいる時に、この判事平然と隠していたんですよね。
しかしそのまま隠し通して結局無罪になれるかというと、ここまで事態が公になり、自分のサンプルも腐った頃に出して無罪を主張しても、誰も信用しないでしょ。
信用しないどころか、そんな判事に裁かれる国民もたまったものではないでしょ。
で、とうとう判事は「白状」して、判事の職を退き「アルコール依存症」のリハビリのために入院すると言い出した。
これを聞いて僕はもっと腹が立ってしまった。
リハビリに入るという事は、昨日や今日アル中になっていたわけではないでしょ。
ということは今までアル中のボケた頭で下した判決を受けていた人間がいるはず。
そして、今回の酒酔い運転事故が無ければ、定年までずっとアル中で適切な判決が下せないまま裁判を行っていた可能性は充分ある。
もし僕が過去に、判事に不利な判決を受けていたら、絶対に不服として裁判のやり直しを申請すると思う。
それにしても今回の一連の事件を見ていると、多分誰かがたれこんだんでしょうね。
ひょっとしたら事故現場に居合わせた人間かもしれない。
事故現場は判事の自宅のすぐそばだったから現場に居合わせた人間は事故を起こしたのは誰だか知っていた。
で、警察も来て病院に連れて行ったのも皆知っているのに、その後「判事が飲酒運転で」なんてニュースが伝わってこない。
こりゃー判事だからもみ消したのではないかと疑う人間もいたはず。
そういうたれこみが無ければ、いくら事件当時判事が酒臭くとも警察も証拠が無い、サンプルを紛失してしまったという失態も公にしたくないからそのままになっていただろうと想像されます。
2004年11月17日
本日の日記はお休み致します。
2004年11月18日
昨晩観ていたテレビ番組「PANEL」に、「生き延びるために」自らの腕を切り落としたロッククライマー、「Aron
Ralston
」が出ていて、そのインタビューの内容があまりにも「強烈」だったので、少々書いてみます。
http://www.skysoft.co.jp/Newskysoft/GetTitleDetail.asp?UserID=23228853&ISBN=0743492811
僕は彼の名前を覚えていたわけでもなく、そのような事故があったというのも「なんとなく」憶えている程度だったのですが、アメリカからゲストとしてこのトークショウに出演した彼の話を聞いていて、思わず「すごい」と絶句してしまった。
多分日本でも報道されたと思いますし、ニュースになっているとは思うのですが、事故の内容を簡単に説明します。
コロラドの山奥でロッククライミングを楽しんでいたアロンは、つかんだ岩壁の一部が剥がれ、彼の右腕(手首関節のちょっと上)の上に落石します。
運の悪い事に、彼の右腕はその落石と岩壁の割れ目の間に挟まれて押し潰されてしまいます。 落石した「岩」自体はそれほど大きくないのですが岸壁の隙間にすっぽりと入ってしまい、挟まれている手を引っこ抜こうともがいたり、その石を持ち上げようとしてもびくともしません。(400キロの重量と同じ強さで挟まれていたそうです)
ただ一人でロッククライミングをしていたのでこの事故に気が付く人はおらず、そのままの状態で数日が過ぎていきます。
持参していた食料や水も底を尽き、死を覚悟をした彼は持参していたヴィデオカメラで自らの姿を撮影し、死後発見された時のために事故の状況や遺言も残します。
しかし彼はどうしても生き延びるには自分の腕を岩から切り離すしかないと判断します。
運良く生きているうちに誰かが見つけても、その手は押しつぶされ腐敗も始まっているので諦めるしかないという判断のようです。
そして、持っていた小型ナイフで自らの腕を切り落としたのです。
「切り落とした」と書くと、いかにも鋭利な刃物でスパッと切ったように思われるかもしれませんが、じつはその小型ナイフは、岩をなんとか動かそうとしたり、ナイフでその岩を削り砕こうとしたり、散々使ったのでもうほとんど「刃」が切れなくなっていたそうです。
押しても引いても皮膚が全く切れない。
ですから切り落とそうとしたがうまくいかない。
何とかならないかと、思いっきり腕に付き立てたのだそうです。
すると、ナイフが何とか腕に刺さったので、そこを突破口に「肉」の部分を崩していったそうです。
しかし肉の部分は何とかなったが、骨はもはやこのナイフで歯が立たない。
そこで彼は自分の体を捩って骨を折る事にしたのです。
ご存知のように腕には太い骨が二本有るわけですが、その挟まれている部分を支点に、無理やり折ったわけです。
ここまで聞いていても、痛みで失神してしまいそうですが、とにかく生き延びたいという執念で痛みもほとんど覚えていなかったそうです。
そして自分でも不思議なほど冷静に行動したそうです。
とうとう5日目にやっと体が岩から離れた時には「やった!」という最高の嬉しさを味わったとか。
右手を失ってしまったなんて考えてもいない。
そしてもっと凄いのが、その右手のない状態で、つまり片腕だけでロープを使って自力で絶壁を何十メートルも下山し、その上9キロ以上も歩いて救助されたのです。
結局事故から6日が経っていたそうです。
昨日の番組に出演した彼の右手にはペンチのような金具がついておりました。
事故の内容を淡々と話す彼には感動すら覚えてしまった。
彼はその事故の顛末を「A rock and a hard place」という本にしたため、今回オーストラリアにはその出版キャンペーンで訪れているようです。
皆さんはこのような状況の時に冷静に判断できますか?
僕だったら思いっきりパニック状態に陥り、体力を消耗し尽くして死んでしまってるかもしれませんな。
う〜ん、昨晩の彼の話は本当に強烈でした。
残念ながら彼のこの本は日本では翻訳されていないようです。
2004年11月19日
もう何年にも渡って日本のテレビ番組をヴィデオテープに録画して送ってくださる方がいます。
母のように英語の番組は全くチンプンカンプン、衛星放送で観る番組はNHKだけという環境では、いくら感謝しても足りないほど。
さてその送って頂いているヴィデオ・テープが、先月からDVDに変わりました。
DVDプレーヤーで録画した日本のテレビ番組を見たのは今回が初めてなのですが、「ああ、これでまた古いテクノロジーが終わっていく」という一種の感動を憶えました。
円盤型のLPレコードからミュージックCDに変わった時と同じように、どんどんアナログの製品が世の中から消えていこうとしています。
もちろんDVDは映画鑑賞などでとっくに普及していて、別に目新しい物ではないのですが、自分で「焼いたDVD」を観るというのがひとしおなんですよね。
たった4.7ギガしかないDVDに長時間の番組が録画されているのですが、想像以上に画質も良いです。
で、我が家にもDVDプレーヤーはあるのですが、来週からケーブルテレビのプロバイダーを変更する事にしたのにともない、録画可能なDVDレコーダーを家電販売店に下調べに出かけました。
自分ではその方面の知識は多少は持ち合わせているつもりだったのですが、これが想像以上に複雑なんですよね。
ヴィデオテープの時代が終わりつつあるのは間違いないのだが、さてではそれに代わる次が何なのかがはっきりしない。
DVDなのかHDD(ハードディスクドライブ)なのか。
はたまたDVDならDVD−RAMなのか、DVD Rなのか。
Rでも+と−があって結局最終的にどっちが勝つのかも僕には良く判らない。(どうも−Rの方が普及が進んでいるようにも思える)
はたまた今買ってしまってもすぐにダブル・レイヤーになってしまうのか、いやブルー・レイが取って代わるのか。
メーカー同士の熾烈な競争に消費者が巻き込まれているようにも見える。
昔のベータ対VHSのヴィデオ戦争のように。
例えば我が家にはプラズマと一緒に購入したパナソニックのDVDプレーヤーがある。
で、日本から今度送っていただいたDVDは「−R」なので、運良くそのパナのプレーヤーで鑑賞する事が出来る。
しかしソニーなど数社は+Rのも販売している。
結局どっちを買っておけば良いのか。 両方焼けるというのは思った以上に少ないんですよね。
またDVD-RAMというのもパナソニック系軍団では結構見かけるがソニーなどは頑として、見向きもしない。
その上、HDDとDVDレコーダーが一緒になっているのが有って、これはこれで無難ではないかと思うのだが、どの程度の容量のHDDが装備されていたら充分なのか。
なぜ今回購入を考えているかというと、今まで我が家ではオプタスというプラバイダーでケーブルテレビを観ていたのだが、いつまでたってもデジタル化しない。
ライバルのFOXがすでにデジタル化していてシェアー拡大を狙って、今月一杯は設置料無料だというので、今回切り替える事にした。
で、デジタルで画質が良くなるのだから今までのようなヴィデオテープで録画するよりも、DVDかHDDでデジタル録画に切り替えようと考えたわけです。
まあもう少し時間をかけて機種を選ぼうとは思っていますが、迷い出したらきりがないようにも思えます。
さて話は変わって、最近僕のお気に入りのカフェを紹介します。
場所はボンダイジャンクション。
いつも行くPC屋「ジョン」の店の斜め前。
PC屋の隣に有った「ルルちゃん」の店が無くなってしまってから、僕には行きつけの店が無かったのですが、たまたまこの店で買ったベーグルが美味しかったので次々と他の種類のパンを試したのですが、特にここの「ライ・ブレッド」に大いにハマっております。 というのもこのライブレッドの中に使われている「CARAWAY(キャラウェー)」という地中海地方産のせり科の実の香りが美味しさを一段と引き立てているというか。
このカフェーは「トム」という息子と彼の母2人で切り盛りしているのですが、ケーキやペイストリーだけでなく、彼らの出身地「チェコ」の料理もかなりバラエティー豊富で大いに楽しませてもらっています。
店の名前が「Heart
of Europe」ってあまりぱっとしない名前なんですけど、味は素朴なオフクロの味ってところでしょうか。
右の写真を見てお分かりのように本来は甘味が主なんですけど、僕は最近ここで昼食を取る事が多いです。
お皿を運んでるのが息子の「トム」で、キッチンには彼の母親と姉(?)さんが働いております。
トムのたてるカフェラテやカプチーノの泡のきめの細かさはちょっと凄いです。
では皆様良い週末を。
2004年11月22日
最近の日本のニュースを見ていると「オレオレ詐欺」っての、多いですよね〜。 もう感心してしまうほど。
何なんでしょうこの現象は。 はっきり言ってオーストラリアでこのような詐欺事件ってまず聞いたことないですよね。
どうしてこれほどまでに簡単に騙されてしまうんですかね〜、不思議でしょうがないです。
騙されて何百万円もの現金を銀行に振込んでしまうらしいが、いくら気が動転していたって一応確かめるんじゃないかと思うのですが。
この手の詐欺事件をネットのニュースではじめて見た時には、
たしか被害者は高齢者が多いようでした。
つまり、孫のふりをした犯人が祖父母を騙すというような事だと思っていた。
確かに最近頭の動きが大分怪しくなってきた我が母のような年齢なら、騙されてしまうのも納得できるのですが、しかしその前に我が母は銀行振込さえ自分でできないので、かえって安心かもしれないと思ったり。
ところが昨日のニュースを見ていたら、医者の息子を装った犯人が泣きながら「医療ミスをしてしまった」と母親に電話をかけ500万円もの金を騙し取ってしまったらしい。
で、その母親の年齢というのがまだ60歳と出ている。
僕と大して変わらない年齢で、こうも易々と騙せるものだろうか。
自分の息子(つまり医者)が医療ミスをしたのを慌ててもみ消す金ということだったらしいが、それほど慌てて金を振り込まなければならないということ自体おかしい。
この息子しょっちゅう医療ミスやってるんだろうか。
それより何より、電話をかけてきたのが自分の息子かどうか判りそうなものですが、母親が聞き間違えるほど「演技(いやこの場合は声色か)」がうまいんでしょうか。
もし僕の娘を装う人間が事故(例えば交通事故)を起こしてしまったと電話をかけてきて、相手に払うから金を振り込んでくれと言っても僕の本当の娘かどうかはすぐに分かると思います。
自分の子供ですよ。
金を振り込んでしまった母親はまだ60歳とか書いてあったが、まだボケるほどの年齢ではないと思うのですが。
だいたい犯人はこの息子の声色や喋り方とかめちゃくちゃ練習して母親を騙したのかもしれないが、それなら犯人はこの被害者に割と近い人間なのかもしれないが。
それにしても、こんなに簡単に騙される人が日本には随分といるようで、被害額も何億円じゃきかない単位になっているらしい。
やはり日本は皆金持ちなんでしょうね。(つまりすぐに下ろせる大金を預金している人間が多い)
と、この日記を書いていたら僕がボンダイジャンクションに住んでいた頃のお隣さんから電話がかかってきた。
ミセス・フィーニーといって年齢は65歳くらいか、未亡人のようで警察官の息子と二人で暮らしている。
僕はまだその隣の家を所有していて賃貸に出しているので、共有の垣根の修理などでたまに彼女から電話がかかってくる。
今日は何かと思ったら、これから夏なので玄関のドアを開けっ放しにすることも多いが、防犯のためにスクリーンドアをつけませんかと言う。
スクリーンドアとは風を通すために玄関などのドアを開けっ放しにしている時に、もう一枚カギのかかる網戸のようなものの事です。
で、なんでいきなりと思ったら彼女の家に空き巣が入ったという。
彼女が玄関のドアを開けたまま二階にちょっと上がっていた時に空き巣が入り、置いてあった財布を盗んだらしい。
すぐに彼女は気がつかず、隣人が道に落ちている財布を見つけて調べたらクレジットカードなどからミセスフィーニーのものだと分かって届けてくれた。
中に入っていた金は抜き取られていたのだが、その時初めて彼女は空き巣に入られたことを知った。
で、この隣人は空き巣が入った当日に見慣れない女がミセスフィーニーの家から出てくるのも見たので、それが犯人に違いないという事になった。
数週間後たまたまミセスフィーニーがその財布を見つけてくれた隣人(道を隔てた斜め前の家の奥さん)と道で立ち話をしていたら、その女が何とその奥さんの家に入っていくのが見えた。
すぐに彼女達は「同じ空き巣が」また来たと、二人で捕まえに行くとその女は平然として「今急に便意をもよおしてしまい、トイレを借りられないかと頼みに入ったが誰もいないのでどうしようかと迷っていた」と言い張り、止めるのも聞かずそのまま出て行ってしまったらしい。
すぐに警察に電話をしてもオーストラリアのこと結局間に合わず、とり逃してしまった。
で、じつはこの時にミセス・フィーニーとその隣人の奥さんは、その女にミセスフィーニーの財布を盗んだのもおまえだろうとは言わなかった。
だからこの空き巣は「トイレを借りたい」という言い訳が通ったと思っていたらしい。
普通ならすんでのところで捕まるような状況だったので、同じ地区にはこの女は戻ってこないはずでしょ。
ところがところが、2週間後にこの奥さん、車で帰宅途中にまたこの女を見かけたんです。 それも自宅からたった500メートルも離れていないところで。 で、車から注意して見ていたら、この女また玄関が開けっ放しの家につかつかと入っていった。
彼女は「今度こそ」とすぐに携帯で警察に電話入れた。
しかし警察が到着する前にこの女は「仕事」を済ませて、出てきてしまった。
そこで彼女は携帯電話で警察と連絡をとりながら彼女を尾行した。
すぐに警察が到着し、めでたく御用となったとの事だが、この女すごい数の空き巣をしていたらしい。
もうまったく悪びれた様子も無く、平然と同じ地区で犯行を繰り返していたらしい。
まだ20代後半で麻薬患者でもないらしい。
そう、麻薬患者がかたっぱしから同じ地区で空き巣をするというのはよくあるのですが、この女は犯行の動機が麻薬の金欲しさでもないらしい。
オーストラリアでは長年平和だったのか、いまだ玄関のドアーを開けっ放している家って多いんですよね。(カナダも似ていると言われたことがあります)
ボンダイジャンクションなどはその典型なのだが、残念ながらウエストフィールドの巨大ショッピングセンターなどができるに及んで、再開発が急ピッチで進み、昔のボンダイジャンクションの雰囲気が少しずつ崩れ、犯罪も増加していくんでしょうね。
残念ではあります。
2004年11月23日
先週の土曜日に女房がパディングトンのカフェーに突然行こうと言い出したので「なぜ」と聞くと評判が良いらしいから一度行ってみたいとか言う。
このオックスフォードストリートからちょっと路地を入ったところにあるカフェーに入って行ったらなぜか娘がいる。
そうか女房は土曜日だし娘もいっしょにと呼んだのだと思ったら、なぜか娘はエプロンをつけている。
「?????」
「ん?、何やってるの?」と聞くと女房と二人で笑いをこらえながら「ここで働いている」と言う。
「え〜?? 医学研究所でのフルタイムの仕事をやっているのに、なぜ?」と聞くと「お金を貯めたいから週末だけここでアルバイトをやることにしようかと」なんて言うんですよね。
確かに医学研究所の給料というのはやっている内容から考えても少ないのは知っているが、それだけでは食えないってほどではないと思っていたが、よっぽど普段の生活で倹約をしないからではないかと聞いたら、「ロンドンに住みに行きたいから」なんて、いきなり言い出した。
これには僕はちょっぴり驚いて、女房のほうを見るとすでに知っている様子。
確かに最近仲の良い友人がロンドンに住みに行くことになったと言う話は聞いていた。
その仲の良い友人というのは一人ではなく、偶然もう一人の友人もほぼ同時期にロンドンに長期行くと言う。
その上、今の家にいっしょに住んでいるとても仲の良いシェアーメートの「シモーン」も来年ロンドンに住みに行くのだと言う。
シモーンの場合は不倫の相手がロンドンにいて、結局彼が離婚することになったので、「はれて」一緒に住むために行くとか。
このような偶然が重なって、娘は自分も行きたいと思い始めたようです。
その話を聞いてなんだか自分の若い時に似ているな〜と心の中で思いながら娘の話を聞いていた。
僕が何度かロンドンを訪れるうちに住みたくなり、引っ越したのが1974年。(26歳)
やはり仲の良かった友人達がロンドンに住みに行くと言うのが、ひとつのきっかけではありました。
その丸30年後の2004年に今度は娘がロンドンに住みに行きたいと言い出した。
そして娘の年齢も同じ26歳。
行く条件は全く違うんですけど、考え方は似たようなもの。
つまり今の生活とは全く違う経験をしたい、というのが基本になっているようです。
今の医学研究所での癌(正確には癌の治療薬の人体に及ぼす影響の)研究の仕事は娘にとっては生きがいにはなっていないよう。
娘の場合はイギリスで生まれたために英国パスポートも所持しているので、労働許可などの心配も無い。
しかし一昨年買ってやった家はどうするのだろう。
まだ僕にローンが残っているのに。
僕としても自分の経験を考えると行かせてやりたい気がする。
反対する気は毛頭無い。 しかし何の当ても無くロンドンでちゃんと食っていけるのだろうかという心配は当然あります。
26歳にもなってフルタイムの仕事を捨ててまでロンドンに行ったが、食うに困ると資金援助なんて頼んできたって面倒を見る気は無い。
日本を出てから親に頼った経験は全く無い自分の若い時を考えても、娘を成長させるためにも財政的な援助は考えていない。
もうひとつ心配なのは我が女房。
女房と娘はえらく仲が良く、娘がここを出て独立してからも週に一度は会っているという状態で、女房にとってはなんか生きがいの一部になっているようにも見える。
ロンドンに行ってしまったら寂しがるだろうなと。
今のところ具体的にいつ行くとかではないようですが、いったいどうなるやら。
2004年11月24日
毎週水曜日は弓のお稽古で遠くまで出かけるので、帰宅してから日記を書くエネルギーが残っていないと言うか。
考えてみると先週の水曜日(17日)の日記もお休みしてしまってるんですよね。
今日は母のことを書こうと思ったのですが、一日屋外で射っていたらもう頭はボ〜っとなってしまうし、やはり歳を感じますな。
そんなわけで明日の日記に改めて書きます。
2004年11月25日
昨日の日記でちょっと触れた母のこと。
じつは母が突然日本に住みに帰ると言い出したのです。
我が母は今年81歳、おかげさまで体のほうはとてもしっかりしていて、日本オーストラリア間の往復など一人で年に何度もこなしているのですが、残念ながら「頭」の方が大分怪しくなってきて、色々トラブルが出るようになってきていました。
もうかなりな高齢なので老人性痴呆というよりもむしろある程度物忘れなどが酷くなるのは致し方ないことだと僕も承知しています。
しかしその物忘れにかかわる問題でも、老人性ボケの特徴(?)である「被害妄想」まで出てくるようになった。
「指輪が無くなった」のを僕の女房が盗んだと本気で考えたりし、それを日本にいる僕の妹に話したりする。
女房と母の折り合いが悪いわkではなく、喧嘩など一度もしたことが無いほどなのにそんなことを考える。
妹は「そんな事あるわけ無いから、自分でどこかにしまったのを忘れているだけでしょ。 そんな事言ったら彼女に失礼よ」と注意したらしいが、頑として「盗んだ」と思っていた。
ところがやはりと言うか、妹が日本に置いてある母の荷物を整理していたら「その指輪」が出てきた。
そう日本に持って帰ったのをすっかり忘れていたのです。
で、その事を注意したら平然とした顔で「あらそうだったかしら」ってなもんで、謝るでもない。
似たような問題はしょっちゅう起こしていたのですが、やはり人を泥棒呼ばわりしていて「あらそうだった」では済まない時もあり、何度か注意するようになった。
で、注意されると「うるさい」としか思わないようで、ガタガタ言われるなら日本に帰った方がよっぽどすっきりすると突然帰ると言い出したのです。
どうせこれも数ヶ月たてば忘れてしまうだろうと思っていたら、何とすでに養老院に申し込んである言う。
これには我々一同唖然としてしまい、かなりショックでした。
じつは母は、我が妹(つまり母の娘)とも折り合いが悪く、日本に帰るといっても妹のところには絶対に行きたくないと言っているわけで、どうやら生まれ故郷の山口県にある養老院に入ると決めているらしい。
この養老院は来年の4月に完成する新築だとかで、昨年日本に帰った時に叔父からその施設の話を聞き、入りたいと考えたらしい。
つまり結構前からそこに入るって決めてたんですよね。
一昨年他界した僕の父が癌の告知を受けたとき、やはり日本に帰りたいと言い出した。
その時は英語が得意でない父が日本語の通じない病院に入院したくないというのが主な理由だったと思う。
英語日本語にかかわらず病院へ入院ってのは誰でもしたくは無いものだが。
まあ確かに「日本人」だから往生する時は「畳の上で」って気持ちもあったかと思う。
結局自宅療養をすることになり、この家で最期を看取ったわけですが、母の場合は事情が随分と違うのだがこれも一種の「回帰願望」なのだろうか。
それにしても最近の母を見ているととにかく「じっとしていられない」、というボケ特有の症状も出ている。
一週間のうちほぼ4日はお稽古や友人達との外出で忙しくすごしているのに、空いた日でも全く一日もじっとしておれず、当ても無くバスに乗って出かけていく。
ボンダイジャンクションあたりをブラブラしていると「気が治まる」のか。
そんなわけで、どうやら養老院に入るという事はなんか目新しい経験になり毎日色々な人と会って時間が潰せると思っているふしがある。
妹や叔父達ともこの件で相談したが、「好きなようにさせたらよい」と言う結論に達したのです。
で、来年4月に母は日本に帰るということになった。
一昨日の日記にも書いたように娘はロンドンに住みに行きたいと言うし、母は日本に帰るというし、女房と二人だけの生活になるわけで、そうなるとこの家をもてあましてしまうので、本気で売却の手配をしようと早速動き出しました。
慌てて売るわけではないので、妥当な値がつかなければ少々待っても良いとは思っているのですが。
2005年は久しぶりに僕らにとって大きな変化がおきる年になりそうです。
2004年11月26日
カラッと晴れた初夏のシドニー、暑過ぎず素晴らしい天気でシドニーに住んでて良かったと思わせてくれる一日。
朝例によって母を連れて陶芸教室へ。
母を下ろしたあと、チャッツウッドへ女房と二人で買い物に。
チャッツウッドはハーバーブリッジをはさんで北側にあるので、母を送っていった時などについでに行くことが多いのですが、中国人パワー恐るべしというか、漢字の看板(つまり中華系)の店が相変わらず増えています。
女房が贔屓にしている洋服の生地や手芸品を扱う「TESUTTI(テスッティ」」という店はチャッツウッド・プラザという比較的小規模なショッピングセンターの中にあるのだが、この店いがいすべて中華系なんですよね。
僕は手芸の店には興味が無いので女房が買い物を済ます間、そのショッピングセンターの中のホイヤーで他の店をブラブラ見ていたのだが、もう笑っちゃうほどすべて中華系。
レストラン、医者、美容室、ヴィデオショップ、家電販売店、マッサージ、携帯電話専門店、スーパーなどなど店員もほとんど中国人で、まるで香港にでもいるような趣。
なぜ中国人たちがチャッツウッドに集中し始めたのか、理由は良くわからないが、治安が比較的良いからか。
そう言えばこのショッピングセンターの中に入っていたゲームソフトなどを専門に扱う店がなくなってしまった。
じつは経営者は渡辺さんというかたで、これまた非常に不思議な人でした。
初めて会った時に名刺をもらったら「渡辺」とあるので日本人だと思ったのだが、どうも日本語が日本人のそれではないように聞こえる。
で、たまたま彼が他の店の店員と話しているのを聞いたら「中国語」でぺらぺらと話している。
どうやら彼は中国語の方が得意そうなので、中国生まれかもしれない。
だから中華系の店がびっしり詰まっているこのショッピングセッターに店を出したのかもしれない。
その彼の店が突如としてどこかへ行ってしまい、今は中国系ハーブなどを扱う漢方薬の店になってしまっていました。
ゲームソフトは一時期より売れないんでしょうか。
女房が買い物を済ませた後、今晩の夕食のためにローストダックと焼き豚を購入。
その隣のやはり中国人経営のパン屋でお昼用に、ジャパニーズレイズンバンというわけのわからない名前のパンを購入。
「日本風ぶどうパン」ってな意味なんでしょうが、食べてみてもどこが日本風なのかいまいち不明。
ほかにも「ホッカイドウ・バン(北海道パン)」というもっと意味不明のパンも有って、おかしくなってしまうんですけどね。
これは想像だが、「日本風」とか日本名をお菓子やパンの名前に使うと、(中国人のお客)にはなんか説得力があるのかも。
さて、昨日の日記に母のことを書いたら何通か老人のボケについてメールをいただいた。
似たような経験のある方や、また励ましの意味のあるメールなどで、ありがたいことでは有ります。
高齢化とともに頭はどんどんと幼児化が進むようで、その大きな差は子供は間違いを犯したら教えれば習得するのだが老人の場合はいくら教えても注意してももう学習能力は残っていないから、おぼえないしいやもっと酷くなる一方。
だから完全に諦めて何でも「ハイハイ」と言って尻拭いをしておくほか手が無い。
幼児化といえば、僕も子供の頃は一日やる事が無いと、もう「つまらない」とぐずぐず言っていたもの。
夏休みも後半に入ると毎日毎日やることが無く、それかといって親が毎日海などに遊びに連れて行ってくれるわけではないので、本当に暇を持て余すというか、一日がすごく長く感じたもの。
どうも母を見ているとそれと全く同じなんですね。
母の場合友人も多く、ほかの老人と比較してもしょっちゅう出かけている方だと思うのですが、それでも一日何もすることが無い日には「つまらない。 気が狂いそうに暇だ」と言う。
テレビを見るなり、読書をするなり、編物でもしたらと言うのだが、すぐに飽きてしまうらしい。
ですから本日の陶芸教室にしても自分の手で焼き物を作りたいという趣味で行っているのではなく、ただただ時間が潰せるからのようです。
しかしまだまだ肉体的には健康でそのように出かけることができる間が花なのかもしれませんが。
やはり歳を取った時には長年続けてきた趣味が有るというのは非常に貴重かもしれませんね。
では皆様良い週末を。
2004年11月29日
いや〜暑かったです昨日は。
すっかり真夏の陽気で気温もどんどん上昇し、クラブの練習会ではあまりの暑さに午前中で練習を切り上げる始末。
37度だったとか。 やはり炎天下に弓を射るというのはきついですな。
さて先週にケーブルテレビのFOXTEL(フォックス)がアンテナの設置にやってきました。
じつは最初に申し込んだらケーブルは地下を通すということになり、ベトナム人のオニーチャンが二人でやってきたのが半月ほど前。
地下は無理だと申し込んだ時に言っておいたのに、「セールス」のオネーさん達は技術的なことは全く判らず「オプタスのケーブルからの乗り換えのお客様なら、そのケーブルを使いますので全く問題ありません」と自信たっぷりに言われた。(全くのデタラメでした)
申し込みの電話をしたのは女房だったので、僕はその会話を横で聞いていて「無理無理」と言ったのだが相手にされなかった。
FOXTELの下請け会社が送ったベトナム出身の若いオニーちゃん達が我が家に来ては見たものの「案の定」無理だと言うことになった。
「オプタスのケーブルを使える」とセールスのオネーさんが言っていたと女房が言うと、そのオニーサン達「そんなわけ無いのに全く!」と苦笑いしている始末。
FOXTELの場合地下を通っている電話線と同じ施設を使うのは知っていたのだが、じつは我が家には道から入ってくるパイプが一本しかなく、その太さが足りないので今使っている電話線で目一杯、新たにテレビ用のケーブルは通せないのです。
何しろオーストラリアでは工事人の技術が低くて信用できない。
だから僕は工事の度に立ち会ってきたので、どの位の太さのパイプが我が家に入って来ているか知っている。
いやもっと正確に言うと、その太い電話線(10回線分の電話線)を引いた時にパイプの中を通したのは僕なのです。
電話局のオニーちゃんが四苦八苦していて諦めかけているほどてこずっていたので僕が縁の下に入って通してやった。
さて、結局地下は無理だと言うことになったのだが、すでにもとのケーブルテレビ会社オプタスはキャンセルしてある。
テレビっ子の女房はどうしてもテニスの試合(今年最後の大きな大会マスターズ・カップ)を見たいのに、地下は無理ならサテライトにしましょうと言われても、これがまた何時付けに来るかわからない状態。
FOXTELとしては地下を通す場合の方が工賃も安いしサテライト用の丸いアンテナも必要ないので、儲かるとみえて地下の工事ばかり優先しているのか、サテライトの方はすぐに付けに来れないと言う。
女房は何度も電話でプッシュした結果2週間後と言うことになった。
それでも最初にFOXTELに加入申し込みをしてからすでに一ヶ月以上が経過していました。
先週そのサテライト用の丸いアンテナを設置に来たのは今度は「チリ」出身のオニーちゃんでした。
さすがオーストラリアでしょ、ベトナムの次はチリです。
で、これまたすごく若くてそれほど経験無さそう。
こりゃ〜ちゃんと立ち会ってないととんでもないところにつけてしまうのではと、その日は女房に任せて外出する予定だったのを変更して立ち会うことに。
で、結論から書くと「案の定」と言うか、もう間違いだらけ。
最初にどこにアンテナ付けましょうかと言うので、ここに付けられるなら目立たないし良いからと頼んだら、彼は磁石を取り出して「ここならちゃんと受信できます」と早速アンテナ用に家の壁にドリルで穴を開け始めた。
ところがアンテナを取り付けて受信テスト用のメーターで測ってみると十分な電波を受信できない。
「あれ〜おかしいな」と言いながら彼は角度が悪いかもしれないと言いながらその横にまたドリルで壁に穴を開け付け直した。
ところがそこもちゃんと受信できてないんですよね。
家の壁に穴をあける前にちゃんと受信できるかどうか確認してから始めるはずなのに、もうどんどん穴だけあけちゃう。
で、今度は別のところにしようとまたまた穴を開けようとするので僕はいささかむっとして、「ちゃんと電波を確認してから設置場所を決め穴を開けるべきじゃないのか。 僕が手でアンテナを持って方向を探ってやるから、電波状況をメーターで測れ」と言って、やたら穴をあけるのを止めさせた。
結局家の壁のあっちこっちに何箇所もドリルで穴を開けてしまい、最終的には最初に設置しようとしたところから随分離れたところに設置された。
全く経験が無いのか、最初の場所が無理だと全く分からなかった模様。
こういう工事のオニーちゃん達というのはサブコンタクラクターと言って、下請けの下請け、つまり孫請けの会社の仕事を個人的に請け負っているようなものなので、「若い、経験の少ない、しかし安く請け負っている」ようなのばかりが来るんですよね。
結局何とかサテライト用アンテナは設置され番組が観えるようになったのだが、大変失望してしまうことに。
なぜなら、せっかくのデジタル放送を期待してオプタスから乗り換えたのに何とデジタル地上波放送はチャンネル9とSBSしかまだやってないってその時になって初めてそのオニーさんに教えられたのです。
じつは我が家の場合、今使っているテレビ用アンテナの受信状況が良くないので、雨が強く降ったりすると地上波デジタルの画面が崩れる。
ですから有線にしたら気象状況に関係なく地上波デジタル放送も観えるというのが乗り換えの理由の一つだったのに、チャンネル7や10、ABCもFOXTELでは観えないんなんて、アンテナ付けてから言われたって。
これにはビックリ。
女房は申し込んだ時になぜそれを言わなかったのだとまたまたFOXTELに文句の電話をかけておりましたが事すでに遅し。
オーストラリアに住む方でFOXTELのデジタルに乗り換えようと考えている方はこの辺をご理解の上加入申し込みされるべきだと思います。
その昔電話局が新しい電話線を敷きに来た時も、前のケーブルテレビ会社オプタスが来た時にも、そして今回も、いや〜経験不足の間違いだらけ。
僕がオーストラリアに住みに来た当時の方がよっぽどましだったんですけどね。
若い国、そして移民系を安くこき使うというのがあたりまえになっているオーストラリアではこのような経験はしょっちゅうですが、酷さが加速しているよな気が。
2004年11月30日
相変わらず暑い日が続いています。 シドニー郊外では摂氏42度を記録したとか。
この分では水不足も加速するでしょうな。
さて本日は排泄の話を書きます。
食事中もしくは今から食事をとる方は気分を害されるかもしれませんので、ご注意意のほどを。
排泄と書きましたがじつは小便の話です。
僕は非常に小便が近いのですがこれは体質か膀胱の大きさが人より小さいのではないかと考えたことも有るのですが、どうやらコーヒーなど利尿作用のある食べ物や飲み物の影響に人より敏感な体質のようです。
コーヒーやコーラを飲んだ後は膀胱にそれほど溜まっていなくとも、とにかくトイレに行きたくなる。
最近は僕の胃に前癌細胞が見つかり、長年の胃炎でできた潰瘍も一向に減らないので、医者に動物性脂肪の多い食べ物や、なるべくカフェイン系の飲み物は控えるようにと言われています。
しかしカフェーに行って、いつもミネラルウォーターやジュースでは本当に味気ないので、コーヒーは度が過ぎないように飲んでしまう。
ところがやはりすぐにトイレに行きたくなる。
で、最近陽気が良いので庭に出て弓の練習をすることがことが多いのですが、トイレに行きたくなった時にいちいち家の中に入り用を足すのが面倒くさくなって、最近僕は庭の木陰で用を足すようになった。
そう、いわゆる「立ちション」というやつです。
もちろん誰にも見えない位置なんですけど、これがまことに「気持ちがよろしい」のですな。
我が家に来てくれる庭師のオジサンが、レモンの木には小便が良いと言ったような記憶もあるので、そのレモンの木の周りが多いんですけど。
最近の日本の家庭ではどうだか知らないが、オーストラリアの家では便器で男子専用の便器ってほとんど見ません。
つまり男子も便座を上げて立って小をするか、または女性のように座って小をすることになる。
どの程度の割合で立ってする人と便座に座ってする人がいるのかは興味のあるところだが、僕は自宅では必ず座ってする。
理由は「飛び散る」のを最小にするため。
男子用の便器ならもともと立って用を足すために設計されているので、高さもあって問題ないのだが便座トイレってすごく下の方にあるわけで、そこにめがけて用を足しても落差が大きいからどうしても飛び散ると思うんですよね。
でも「男が女みたいに座って小便ができるかっ」て、絶対に座ってしない人もいますよね。
我が父などのように身長も160センチも無いほど背が低かったのですが絶対に座ってしなかったようで、その上高齢だったので、もう的を外す事が多かったのか、便器の周りがいつも汚れると母が良くこぼしておりました。
しかし父は死ぬまで絶対に「座って小はしない派」でした。
さて、わざわざ家の中に入って来て用を足すよりもと、庭でするようになった僕は久しぶりに「立って」用を足す気持ちの良さを思い出したのです。
そう男は絶対に立って用を足す方が気分が良いのです。
これは男の膀胱の位置などにも関係があると思う。
つまり座ってやるより、立ってする方が最後の一滴まで出すと言う目的に「より自然」なのではないかと。
重力の法則か、いや男性と女性では膀胱の位置と出口の位置に差があるのではないかと。
つまり女性の方が膀胱の位置より出口が下にある。 だから便座に座っていても最後の一滴まで出やすい。
もう少し詳しく書くと、いくら立って小をしても、たまにズボンの形というかチャック(ジッパー)を最後まで下ろした位置が普通より高い、つまり必要な位置までチャンクが下りない場合にもどうも放尿感がいまいちであると感じた事はありませんか。
そういう場合は仕方が無いのでズボンのベルトも緩め、ボタンも外し充分ズボンを下ろしてから放尿を始める場合もある。 とにかく立って用を足す方が気分が良いのはやまやまだが、男性用便器が無い場合、立ったままだと下にある便器めがけてちゃんと放尿をするのは気を使うんですよね。
すっかり病みつきになってしまった庭での「立ちション」、考えてみると今の水不足にもちょうど良い。
ご存知のように人間が使う生活用水で最も無駄にするのが水洗用の水で、僕のように一日に何度も行く人間は大変な水を無駄にしているともいえる。 その上肥料になるのならもう文句無い。
飛び散って便器や床を汚す心配もせず最後の一滴まで青空を見ながらって快感に近いです。
こんな事を書いていたら太宰治の「斜陽」の中で主人公の母親が庭で用を足すシーンを思い出してしまった。
そうそう、英国のロンドンタワー(タワーオブロンドン)に行った時に、見学ツアーで話を聞いていたら、昔はみなトイレは外でしていて、何と大便まで外でするのでロンドンタワーの中は非常に臭かったというのも思い出してしまいました。
いえ、絶対に「大」はやる気は有りませんが、これも気分がいいんだろうか?
明日もこのトイレの話の続きを書いてみます。
続く。