2003年9月後半の日記
by tom tanabe マグパイへ戻る
2003年9月16日
最近はすっかり「アーチェリー」にハマってしまっていると書きました。
一旦凝りだすと止まらなくなるのが僕の悪い性格。
肩のリハビリ及び椎間板ヘルニアをこれ以上悪化させないために始めているのに、やり過ぎて肩には少々痛みが。
困ったもんです。
毎週日曜日午前中、週たった一回のレッスンでは満足できないので先生から練習用の弓を借りて来て、家で弦を引く練習を始めたのですが、引き過ぎてなんと折ってしまった。
一昨日の練習日に行って、練習を開始したら何か矢がちゃんと飛ばないというか、的の真中に当たらない。
矢が全て的の下の方に集まりだすので変だなと思いながらやっていたら(まだ練習開始して15分ほどでした)、矢を引くときに「カッキン」と妙な音がした。 変だなと思いながらそのまま弓を引き始めたらバリバリと言って、リムの部分が真中から折れえてしまった。
いやビックリしました。 全くの初心者なので折れる事なんか考えてもいなかったので、磨り減った弦が切れるのかと思っていたら、何と弓が簡単に折れちゃうんですね。
周りにいた先輩に聞いたら、やはりこのような練習用のは安物だし、長年使ってるはずだから折れたのではと言っていたのですが、実は僕は時間さえあれば毎日引いていたのでいわゆる「リム」の部分が疲労したのではないかと思います。 つまり金属疲労のような。
で、その日は結局僕に合った弓が無かったので、練習を切り上げた。
先生は来週の日曜日の練習には別のを用意してくるからと言ってくれたが、借りてくる弓が無い。
それよりもう3週間も前に(金を払って)注文した弓もいまだに届かない。
この弓の先生人は良いのだが、ものすごくアバウトな感じの人で、注文した時には2〜3週間は掛かると言ったのですが、その日に聞いたら「あ〜、君の注文した弓か。 さて後どのくらいかかるかな〜。 まあ2〜3週間後には来るでしょう」なんて言っておる。
注文した時からもう3週間経つのに、相変わらず「後2〜3週間」って言われても。 さすがオーストラリアでしょ。
で、しょうがないので練習用のセットを注文してあるのに、どこかに中古のがないかとネットで検索始めたのですが、これが全然無いんですよね〜。
さすが「超マイナースポーツ」、もちろんオーストラリアのアーチェリー協会のウエブサイトにも会員同士の売買のコーナーが有ると聞き見に行ったのですがこれといったのが無い。
で、もう一つ練習用に買ってしまおうと思ってシドニーにあるショップに出掛けたのですが、これまた僕が欲しいのは全て注文取り寄せになりますなんて言われてしまった。
と言うより、あまりにもマイナーなスポーツだからか、店は悲しくなるほど在庫を置いてないんですな。
で、注文したらやはり8週間前後なんて言われてしまった。
ところでまことに偶然なのですが僕が今回入会した地元のアーチェリークラブ、「Sydney
Bow Men」というのですが、ここを仕切っている人は女房の同僚の旦那さんでした。
いや〜紹介された時にどこかで見たことがあるな〜と思ってはいたのですが。
で、家に持ち帰って練習する用の弓も無い状態を相談すると、良い弓のセットを買ったらと言われたのですが、これもオーストラリアにはほとんど在庫が無くて、やっとサウス・オーストラリア州の店にたった一つあるのをネットで見つけました。
やはりネットは便利と言うか。
と、ここまで書いて、アーチェリーに興味の無い人には随分つまらない事を書いているなと気が付きました。
そのうち僕の趣味のページの中には「アーチェリー」のページが出現するのは必死のようです。
さて注文しようと思っている弓は韓国製です。
今やオリンピックや世界大会で上位を占める選手が使っているのはほとんどがこのSAMICK(サミック・スポーツ)というメーカーのようです。
僕はアーチェリーの歴史は知らないが、ヤマハがアーチェリーを止めてしまった今、このメーカーは世界をリードしているようです。
そうそう僕が興味の有るのはリカーブ・ボウというカテゴリーでオリンピックの種目の一つになっていますが、何か最近はコンパウンド・ボウというのが若い人達に人気が有るようです。
理由は映画「ランボー」にこの弓が出てきたためとか。
競技会目指して頑張らねば。(僕の年齢ではセニアのカテゴリーになるのだそうです)
2003年9月17日
名古屋で事務所が爆破されたらしい。
こちらの新聞にもその事務所の窓が爆破で飛び散るの写真が掲載されておりました。
宅急便の委託を受けたが支払いが滞っていたとか何とか。
インターネットでこの事件についての記事を見たら、なんだか犯行の起きた日に全額払ったと会社側は言ってるとか。
犯行が起きた日に全額支払われたってのがどうもよくわかりません。
ただこれほどの事件になってしまう背景には、やはり日本社会の「ストレス」というのが関係しているような気が。
つまり「ストレス社会」→「キレやすくなる」という図式で。
ストレスといえば、昨晩こちらのテレビ局(SBS)で日本の「ひきこもり」についてのドキュメンタリー番組をやっていました。
オーストラリアのテレビ局がこの番組を制作するために日本に出掛け、日本で通訳を雇って実際に取材をして。
で、家族によっては「世間体は悪い」が、日本で放送されないのならということで取材を受け入れていたようです。
僕は自分自身が「老人性引きこもり症」にかかっていると思っています。
「老人性引きこもり症」なんて言葉があるのかどうか知りませんが、僕の場合は「外に出ても面白くない」の一語に尽きるかな。
つまり家にいてPCの前に座って外の世界を覗いていたり、体を動かしたければ庭に出てガーデニングをしたり、テニスをやったり(最近は)アーチェリーをしたり。
混雑したところに出るのは非常にしんどいし、特に交通が渋滞しているとイライラしてくる。
空いた郊外のワインディングロードを飛ばすのならまだしも、街の渋滞の中は運転しててもちっとも楽しくない。
家から出なくともほとんどの用が足せてしまう。
仕事(日本に石を輸出)でさえ、今やFaxとインターネットで99%用が足せてしまう。
1%は日本に送る前の石(塊)をコンテナーに搬入する前に確認し、シッピングマークを打つ時に、シドニー郊外に出掛けるだけ。
だから出掛ける必要が無いと、なるべく出掛けない。
あ、そうそう日本の「ひきこもり」というのは、自分の部屋から出てこないらしい。
これは僕と違う点。 僕は庭に出たり近所を散歩したりは好きです。
で、何を言いたいかというと、僕は家にいてもちっともストレス溜まらないどころか快適に感じてしまう。
逆に我が母も女房も一日中家から出ないとすぐにストレスが溜まってしまう。 僕にとってはこれは不思議でならない。
母など、自分で車を運転しないから、僕が連れて行かない限りバスに乗って出掛けるのですが、行く目的や場所が無い場合は当然出掛ける必要がなく家に居ることになる。
すると2日も経つともう「ストレス」だと言う。
まるで僕と反対。 母の場合はしょっちゅう友人達が迎えに来て手芸の稽古などに出掛けているので、家にいる時くらい植物や花に水をやったり、落ち葉を掃いたりいくらでも体に良い「仕事」が有るのですが、それはやりたくないという。
で、この日本の「ひきこもり」ですが昨晩の番組でも言っていたように「日本だけの現象」なんです。
これがものすごく大事なポイント。
日本には「金縛り」というのが有ります。 で、欧米ではこの「金縛り」という言葉自体存在しない。
で、当然のごとく「金縛り」を体験する人などいない。
それと「ひきこもり」全く同じなんですな。
つまり欧米には「ひきこもり」というボキャブラリーが無い、つまり「ひきこもり」になる子がいないんです。
(番組でも「HIKIKOMORI」と言っていた)
余談ですが、まだ僕がロンドンにいる時に、「金縛り」をイギリス人に説明しようとして、まだ英語の下手だった僕は「金」は鉄等のメタル系等、そして縛るは「タイ(Tie)」いやこの場合は「ボンデージか」ってそこまで考えて、メタル・ボンデージじゃものすごい「誤解」が生じる事になると、慌ててその直訳は口に出さず。(笑) とにかく英語には無いッ!!!
つまり、日本にあれほど「ひきこもり」が存在するというのは、「ひきこもり」という言葉の影響力が非常に強いのではないか。
「金縛り」と同じように「自己暗示」。
学校に行くのが嫌だ、学校に行ったら苛められた、または成績が良くない、など等の理由で他の人に会いたくない、で似たような悩みがある子供は「ひきこもり」をするという情報(パターン?)がすでに頭に入っているから画一的に、自分もその「ひきこもり症状」と同じパターンに入っていってしまうというのか。
オーストラリアの中高校生だって「苛め」や「成績問題」いくらでも有ります。 学校に行きたくないと言い出すような子供もいるはず。
しかしそれが「ひきこもり」には繋がって行かない。
で、そのドキュメンタリー番組では「ひきこもり」を始めると、部屋からほとんど出ない、出ても夜中とか家族のいない時、風呂もろくに入らない等など説明していましたが、家から出ないというのは実はその家族が世間体を考えて出さないように仕向けているのではないかと。
つまり人に会いたくなければ、真夜中に出掛けられる(ほとんどのひきこもりは朝まで起きてるみたいだし)わけで、家の中ではものすごく家族が腫れ物に触るような接っしかただし(この番組に登場したすべての家族が同じ)ただただ甘やかしているのでは。
つまり臭い物には蓋、カウンセラーを呼んだり、精神科の医者に行ったりは「世間体」があるからとにかく自分の部屋から出てこない限り「我慢してしまう」家族の態度というか。
このような問題を抱えるようになった原因が家族にもある(例えば受験勉強でものすごく家族がプレッシャーをかけてなった例など)から家族が甘やかすとも考えますが、しかし部屋から出てこなければ飯は食べさせない、用意もしてやらない、自分の部屋で一人で食べさせない、勝手に冷蔵庫を開けて食べる事が出来ないようにする、などの手段を家族が取ったら、彼らは部屋から出てこなくなって「餓死」するのでしょうか?
絶対にそんな事は無いはず。 または飯をよこさないからと「暴れる」のでしょうか?
そこの家の父親はそんな事で息子が暴れたら、自分が怪我をしてでも抑えつける勇気が無いのでしょうか?
それなら女子のひきこもりでも父親は抑えられない?
と、ここまで書いて、はて?昨晩の番組では「ひきこもり」は皆男子だった事に気が付いた。
もちろん女子のひきこもりもいるはずだがひょっとして割合は男子の方が圧倒的に多いのでは?
とにかく昨晩の番組を見ながら女房と二人で「何で飯を用意してやるんだ」って不思議でならなかったです。
そしてこれも日本人の典型というか、このような精神的な問題を抱えていてもまさにステレオタイプというか、「金縛り」と同じように「ひきこもり」という語彙に引きずられて「ひきこもり方が」ものすごく画一的、オリジナリティーが全然無い。 皆似たり寄ったりのひきこもっている時の「行動内容」
日本は確かにストレスの高さでは世界のトップクラスかもしれないが、別に他の国にはストレスが無い訳でもなく、しかし日本にしか存在しない「ひきこもり」。
「金縛り」といい、不思議の国日本です。
2003年9月18日
昨日の日記に「ひきこもり」や「金縛り」の事を書いたら、僕の日記を読んで下さっている方からの反響が結構有って、ちょっとビックリしています。
実はそのドキュメンタリ番組について、もう少し書きたい事も有ったのですが、書くのを忘れていた。
それについて少々。
その番組では日本の若者が「ひきこもり」になる原因として、「受験地獄」も取り上げていて、ある小学生の受験塾の合宿のシーンを見せていました。
それは中学受験のために、(多分夏休み中)子供達が合宿所に泊り込んで、勉強をしている風景なのですが、毎日毎日朝から晩まで勉強をし、その日学んだ事をその日の終わりに試験を受ける。
そしてその試験の結果で一定のレベルまで達しないと、もう一度最初から勉強しなおして、再試験を受ける。 点数取れるまで何度でも再試験を受ける。
合格した子供達は、合宿所内の就寝室に行って寝る事が出来るが点数を取れない子供は、何度も何度も再試験を受ける。
映像を見ていると、50人くらいいる子供達が半分になり、四分の一くらいに減り(つまり寝に帰ってよい)、5人くらいになり、最後の一人がもう数え切れないほどの再試験を受けて合格するのが、夜中の1時を回っている。
で、翌朝その子達は7時頃にたたき起こされ、また勉強を始めるというシーン。 オーストラリア人のインタビュアーはその教室で子供達と一緒に最後に残った生徒に付き合って収録し、また翌日朝から取材を始めながら「僕は試験を受けず、ただ見ているだけでも疲れきってしまった」と言うのですが、さすがに僕もこれを見ていて「ぞっと」してしまった。
日本の受験地獄についてはかねがね聞いてはいたが、浦島太郎の僕には実際に見るのは今回がはじめて。
受験戦争というのか、僕のように戦後の第一次ベイビー・ブーマーにとってはその洗礼を受けた最初の世代だと思うが、ここまで酷くなってしまっているのかと。
女房などは「完全に狂っている、非人道的でさえある」と言うのですが、このような事が日本ではあたりまえと言うか、別段驚くような事ではないのかしらと僕も迷うところ。
で、実はオーストラリアでも(ここまで酷くは無いが)似たような道を歩もうとしているのだそうです。
女房曰く「オーストラリアもこんな風になる前に何か手を打たなければと、オーストラリアの文部省は考えている」のだそうです。
まあこの番組で見せていたのは、特に厳しい塾(合宿)を選んで取材したのではないかとも思うが。
で、当然「落ちこぼれ」も出てくるし、親などの期待がストレスになって「登校拒否」から「ひきこもり」に繋がるということをこの番組は見せたかったのだとは思うがしかし僕はこれをスポーツの世界に置き換えてみたら、ものすごく似ている部分があることに気が付く。
例えばわが娘がやっていたテニスの例を見ても、上の合宿塾で鍛えられている子供と同じ年齢、つまり12歳くらいではすでにトーナメントに出ているわけで、毎日のように厳しい練習を受けている子などはいるわけです。
だいたい6歳くらいからラケットを持たされ、8歳から試合に出てなんて別段珍しくない。
そうやって毎日鍛えられている子供の中から最終的にはプロになって、それで充分食えるようになっていくのは一握りもいないわけです。
わが娘の同期を見ても、2〜3人はプロになったけれども、オーストラリアの女子テニスはぱっとしないというか、現在世界ランキングトップ100に一人入っているかいないかという調子。
朝早く起きて練習をし、学校が終わってからまた夜まで(ナイターというか)コートで玉を追いかけて、子供達は世界チャンピオンを目指していても、たった「一握り」いやそれ以下の選手しか夢が実現しないというのも判っている。
試合に出て負けて、良い成績を収められずに「ひきこもり」になったなんて聞いた事無い。 多分これは日本でもスポーツの場合は「ひきこもり」は無いのではないかと。
ではなぜ勉強だとこういう事が起きるのか。 皆一流の学校を目指していて全員が希望通りの学校に入れるはずと思っているのでしょうか。
そして目指した学校に入れなかった事が「それほど強いストレス」になるというのが問題なのでは。
試験の結果次第では夜中まで寝室に行かせてもらえない生徒と、我が甥のように一流水泳選手を目指して(10代の頃です)毎日朝4時半に起きてプールに行って泳いでいた厳しい訓練とは大して違いは無いと思っているのですが。(一年のうち300日以上は朝4時半に起きていました)
なにしろこの甥、朝起きるのが辛い時には、寝る前にパジャマの下に水泳パンツを穿いて寝ていましたから。
つまりまだ日が明ける前の暗いうちから起きなければならないので、着替えの時間さえもったいないと。
このレベルになってくると、水泳が楽しいとか好きだからやっているというのを超えているわけで、当然ストレスにもなっていたはずですが。
10年前には家庭教師はいても、塾(大学受験のです)はその存在さえ無かったオーストラリアですが、ここ数年はその塾が大変な盛況で、オーストラリアの文部省は、これに対して大きな危機感を抱いているそうです。
その対策として、大学入学試験という意味合いを持つ「HSC」の試験の内容を、塾では教えるのに限界があるような試験方法へ切り替える事も検討しているとか。
そんな事が出来るのかどうか僕にははなはだ疑問ですし、その場合は一握りの財力に余裕のある家の子供は家庭教師を雇ってしまうわけで、もっと不公平に繋がる可能性も有る。
つまり「詰め込み教育(塾などの)」では差が出ないような試験方法が有るのなら、これは素晴らしい事であると思うのですが。
オーストラリアのドキュメンタリー番組を見た女房の友人達(オーストラリア人達)の感想は、じつはその「ひきこもり」の子供より、小学生の塾の合宿のシーンの方がよっぽどショックだったようです。
2003年9月19日
アーチェリー(洋弓)にハマっていると最近の日記に書いていますが、昨日欲しかった「弓」をオーダーしました。
と、書き出すとまた洋弓の事を延々と書くのではと思われるかもしれませんが、このオーダーを通して実感した「日本の不思議」について書きます
僕がカートのレースをやっていた時にも同じような経験をしたのですが、日本製を日本で購入しようとすると、海外で買うより高いという不思議です。
これは悪名高い日本の複雑な流通機構など多くの理由が有るのは知っています。
しかし、この日本の流通機構や商習慣を分析する事によって、日本の経済問題の原因が見えてくるのではないかと思います。
まず、
オーストラリアに住んでいる僕がオーストラリアで日本の製品を購入する場合、普通ならオーストラリアでの値段の方が高いと考えます。
日本からの輸送コストは当然のこと、製品によっては関税(輸入税)が無くとも、オーストラリアには10%という消費税があります。
それらを考慮してもあまりにも日本で買うより安い日本製品が多い事に驚かされます。
カートのレースの時のヤマハのエンジンもそうでした。 そういう特殊な物だけでなく、例えば有名な日本のメーカーの眼鏡のレンズなども日本より安かったと思います。
今回洋弓とそれに付属する物を一式揃えるにあたり、インターネットをフルに活用し随分安く手に入れる事が出来ました。(正確には来週月曜日に届くのだが)
その付属品の中に「サイト」と呼ばれる物があります。
インターネットのサイトではなく「Sight」と書きます。 他の日本語で言うと「照準器」かな。 つまり的に向かって矢を射る時に覗くものです。 ピストルやライフルなどにも原則的に似たような物がついています。
僕は全くの素人なので弓には少々高級品をと思ったのですが、まさかこの「サイト」がそれほど高額とは知りませんでした。
もちろん安いものは何千円というのもいくらでもあるのですが、的の中心に命中させる大事な付属品の筆頭のようで、これはドイツ製と日本製が有名だと判った。
で、僕は日本製を購入しようと色々インターネットで検索したのだが、オーストラリア国内では在庫を持っているところが一軒も無かった。
弓はもう注文するというのに、その「サイト」が手に入らなければ使えないので、これを制作する日本の本社に直接電話をかけてみました。
僕がオーストラリアから電話をしている事、オーストラリアには在庫が無く、注文しても入手までに数ヶ月と言われてしまっている事等を説明の上、直接オーストラリアに送ってもらえないかと頼んだのです。
このメーカーは日本国内では通信販売もしているので、オーストラリアまで送れないかと。 もちろん日本にいる僕の親戚にその会社に直接行って購入し、オーストラリアに送ってもらう方法もある。
しかしそれをやるととんでもなく高いものになってしまうのです。
つまり日本での消費税はかかるは、オーストラリアへの郵送代、また送った時に例えプレゼントと書いても消費税を払わされる可能性も有る。
電話に出た担当者はとても丁重で親切だったのですが、僕が日本の値段の事を言ったら、「ご存知のように日本国内というのは特殊でして、海外に出す値段と違いが有りますので」と単刀直入に言われてしまった。
で、彼は続けて「海外にお住まいですよね、それならインターネットで、アメリカの「L」などにアクセスして取り寄せられたら、日本で買われるよりうんと安いと思います」と。
僕も当然イギリスのサイト等も見て日本国内の値段との差に驚いてはいたのです。
国内で24000円の製品がアメリカのサイトで見ると120ドルくらいで出ている。 日本円で約14000円ほど。 つまり日本価格の60%を切ってしまっているのです。 もちろんそのアメリカの店の投売りではなくイギリスでも大体似たような価格で買える。
(その上、アメリカの値段14000円には消費税込みで、日本の24000円には日本の消費税がプラスされるのです!!!)
その担当者は「そういうことが当たり前になっている」ような口ぶり。
そしていくらネットで検索しようが日本にはその製品を安く売っているインターネット販売の店など見つけられない。
日本にいる人はこのような事を「おかしい」と思わないのでしょうか?
逆に、日本の流通機構が「まとも」で、海外のが「おかしい」と思っている日本人もひょっとするといるのかもしれない。
しかしこれだけインターネットが発達すると、製品の価格の差が瞬時に見えてしまうわけで、誰でも世界で一番安いところから手に入れる事が出来る。
このような時代になりつつあるのにもかかわらず、依然として「あたりまえ」のごとく日本値段が存在してるっていうのが、不思議に感じないのでしょうか。
日本には日本の商習慣があるのだから、価格差があっても当たり前と考えても良いが、しかしそういう考えがいつまで続ける事が出来るのやら。
と、ここまで「日本値段や日本人用値段」について書いていたら、昔僕がサーファーズパラダイス(クイーンズランド)に行った時に経験した事を思い出しました。
今から10年も前の事ですが、健在だった父と不動産物件の用事で行き、友人の「K君」に世話になった。
お礼に彼と奥さんを日本レストランに招待した時の事です。
彼の奥さんはオーストラリア人で日本語は出来ません。
僕と父、K君と彼の奥さんの4人で席について、メニューを見ていた。
K君の奥さんだけは日本語が読めないので、英語のメニューを頼んだ。
普通オーストラリアに有る日本レストランでは、メニューは日本語と英語両方で書かれているか、英語だけのところというのが多く、日本語だけのメニューというのは珍しいなと思っていた。
やはりここはサーファーズパラダイス、日本からの新婚さんなど主に観光客を主に相手にしている店が多いからだと想像した。
で、僕は英語だけで書かれているメニューを見ていると「おかしな」事に気が付いた。 英語だけのメニューと日本語だけのメニュー、両方とも写真入で説明や値段が書いてある。
ところが同じメニューなのに英語のメニューの方が値段が安いんです。
オーストラリア人向け料理の内容を少々変えて、安めに値段を設定してあるなら判らないでもないが、全く同じ写真が載せられている。
すぐに僕は「旅行者相手に日本人値段を付けていると」判ったのだが、僕は旅行者ではない。
少々頭にきたので、そのメニューを持ってきた若いウエートレスに説明を求めた。 彼女は「しどろもどろ」になり、「少々お待ちください」と言って、マネージャーのところに相談に行った。
マネージャーがすぐに出てきたので同じ質問をすると、「当店はオーストラリア人のお客様にも日本食をもっと知って頂くために値段設定を少々低めに設定しております。 もしお客様が英語のメニューの方で注文されるのでしたら、その方の金額でサービスさせていただきます」なんて、平然と説明したのです。
それを聞いて僕は「唖然」としてしまった。 と言うのもその英語のメニューに出ている値段が特別安いわけでもなく、ただただ日本からの観光客に「ぼって」儲けようというのが「ミエミエ」の上、日本人値段とオーストラリア人値段は差があるものだ、というように堂々としている。
つまり日本人が同じ日本人だから安くしてあげると言うのではなく、もっと取ってしまうのが当たり前のごとく。
逆にこれが中華レストランだったら、同じ中国人同士は安くして、オーストラリア人や中国人ではない者(日本人の僕も含む)からは普通に取る。
例えば中華街のあるレストランは、中国人にはお茶代は請求しなかったり(オーダーを取る時にウエイターがさっと「免茶」と書く)、ご飯(ライス)は無料でつけてあげたりするが、日本人の僕にはしないなんて何回か経験してます。
日本価格、日本人価格。
本当に不思議の国「日本」ですな。
2003年9月22日
本日月曜日の夜は7週間前から始めた抽象画の教室の最後の日。
7週間と言っても、週に月曜日の夜だけなので、たいして多くを学べるわけではないが、少なくとも抽象画作品を見る眼が随分と変化したと思います。 そういう意味ではこの教室に通って本当に良かったと思います。
抽象画って、何が描いてあるのか良く判らない、大体どっちが上だか下だかもよく判らない、なんて思ってたのですがいや〜自分で勉強してみると随分違う面が見え始めて面白いもんです。
さてこの教室、今晩が最後だと言うので、皆それぞれワインやおつまみを持ち寄って、お喋りしながらリラックスした雰囲気で、終わりました。
で、今日は絵を描くのは早めに終えてその後は打ち上げパーティーだというので、僕は「思いっきり」適当に描いてたら、何か自分の作品らしくないのが出来て、僕自身はあまりピンと来ないのですが、えらく誉められてしまい僕の頭の中は「????」という状態でした。
ただ単に今日が最後のレッスンだから「お世辞」で言っているのだと思ってたら、その僕の絵を生徒の作品として宣伝(?)に使いたいから、写真を撮らせてくれと先生が言うのです。
「マジか?」と思ったのですが、先生は僕の電話番号を教えてくれと言うし、先生もメールアドレスまで書いて寄越すので、本気のようです。
この絵については「恥ずかしながら」明日の日記でお見せします。
今日はもう疲れ果てているので、今からデジカメ引っ張り出して撮影し、編集するという作業をやる気がありません。
本当は車の雑誌「カー・グラフィック」のことを書くつもりだったのですが、明日にします。
ではお休みなさい。
2003年9月23日
どうにも急に忙しくなり、今週の日記はまともに書けそうにありません。
2002〜2003年度の個人及び法人税の申告手続きを新しい税理士のところで今週の木曜日にやるのをすっかり忘れていて、今ごろになって慌てて用意をしている始末。
そこで昨日の日記にちょっと触れた僕の書いた画を下につけて今週の日記は終わりにしようと思ったのですが、どうにもデジカメで撮った画が実物と違うんですよね。
なんか色の出具合(発色と言うのか)が実際に見るより薄くて印象が随分と変わってしまう。
その上、さかさまにしたり横にしても随分と印象が変わるもので、これはこれで嬉しい誤算でもあるのですが、とにかく皆様に胸を張ってお見せするほどの物でもないのですが一応下につけます。
まだ完成まで70%なのですが、時間をかけて手を入れていくつもりです。
同じ画を上下逆にしたり立てにしてみました。
感じが変わるもんです。
あ、これは昔出かけたタートルアイランド(フィージーの一部)の思い出の風景を元にしました。
昨日の題材が「思い出に残る風景」だったので。
上記のようなサムネイルで見るとそれほど変わって見えませんが、実際いは立てと横では随分印象が換わって見えます。
それと画を撮影する時に立てかけた場所が悪く、失敗しました。
2003年9月24日
都合により、今週一杯日記はお休みいたします。
体調が悪いわけではなく、急に税金申告などで忙しくなったためです。
では皆様良い週末を。
2003年9月29日
最近「ランダアバウト」の事で面白い記事を読みました。
日本にいる方のために「ラウンドアバウト(Round-About
)」とは何かをまず説明します。
簡単にいうと、信号機の代わりに四つ角などの交差点で、進入してくる車の優先順位をつけることによって、交通整理する機能を持つものです。
交差点のど真ん中に丸いコンクリート製の出っ張りを設置し、交差点に入ってくる車は直進で抜ける場合にもその出っ張り(つまり障害物と言っても良い)を避けて通らなければなりません。
その出っ張り(非常に変な表現です。もっと適切な名前があるのではないかと)の回りを車は時計回りに動くわけです。
つまり交差点に入ろうとする車の運転手は、直進、左折、右折にかかわらず右から(すでにこのランドアバウトに入っている)車が来ていないか注意をしなければなりません。
この時計回りのランドアバウトでは右側優先の決まりになっていますから、譲らなければならないのです。
逆にもしあなたがこのランドバウトに入ろうとした時に右には車は無く、左の道からあなたと同時にこのランドバウトに入ろうとする車がある場合は、あなたが優先順位を持ちますから、先にランドアバウトに入る権利を持ちます。
何かここまでの説明、非常判りづらいかもしれませんが。
さて僕が初めてこのランドバウトを見たのは英国に行った時が最初で、しかし実際に1974年にロンドンに住み始めマイカーを持つまでは、大して気にとめませんでした。
特に当時のイギリスにあったランドバウトは大きな4差路や5差路にあり真中に設置された丸い出っ張りも、大きな物で場所によっては花などが沢山植えられて、花壇のようになっている物もありました。
幹線道路のようなところにもこれが有って、なぜ信号機を使わずにランドバウトなのかと不思議に思う事もありましたが、これはまだ電気式信号機が無い時代に考え出された物だからであろうと想像しました。
実はここが非常に大事な点なのです。
つまりここ10年ほど(イギリスは知りませんが)シドニーではこのランドアバウトがやたら建設されて、「こんなところにも」とビックリするほど狭い四つ角にも設置されているのです。
そしてその数は増えるばかり。 このランドアバウトには大きな「長所」があります。
まず電気式信号機をつける必要が無い。
電源の確保から信号機の設置や保守など経費的にも大きな差が有ります。
また夜中などで全く車が来ないのに、信号機が赤のために停車して青に変わるのをずっと待たされる必要も無くとても合理的である。
そしてこれは短所でもあるのですが、狭い道などではランドアバウトのお陰で「スピードバンプ」の役割もあるわけです。
「スピードバンプ」とは車速を規制する目的で、路面をへこませたり、出っ張らせたりして、そこを必要以上のスピードで通過しようとする車に大きな衝撃を与えたりするものです。
多分日本でも駐車場の中などにはこのアイデアが使われているのではないかともいます。
このスピードバンプも最近は随分と増えています。
さて、今日の話題はこのランドアバウト(及びスピードバンプ)の弊害に付いて書かれていたのです。
その一つが、このようなものを設置する事で逆に近くに住む住民が迷惑を被るという物です。
確かに信号機が無くなって、夜中に必要が無いのに停まる車は無くなったが、しかしランドアバウトのために進入時にはブレーキを踏み、また出る時には加速するために、信号機で青で通過する車よりよっぽど騒音を出す。 また排気ガスやブレーキの粉なども余計に排出されるというものです。
特に大型のトラックなどは、小さなランドアバウトでは半分突起物を乗り上げなければ通れないような場合があり、ブレーキの音や加速のためのエンジンノイズも加わって、非常に迷惑になる場合があるようです。
そして最も迷惑を受けているのが消防自動車なのだそうです。
消防自動車は当然図体もでかく、その上火災現場に向かう場合は出来る限り速度を上げて行かなければならないのに、このランドバウトのお陰でいちいち急ブレーキを踏み、またはしご車などの場合は荷重が大きいためにうんと速度を落として障害物を乗り上げないように走らないと非常に危険なのだそうです。
人命が時間であらそわれる時に、このようなランドアバウトやスピードバンプが連続で繋がるような地域は本当に到着が遅れてしまうようなのです。
実は僕はロンドンで初めて経験した時からこのような疑問は持っていたので、シドニーでどんどん作られていくのを見ていて、多過ぎるのではないかと心配していたほどです。
小さな交差点で信号機を設置出来ないなら、どちらかに一時停止の標識をつけるか、直進右折左折にかかわらず右側優先を取れば良いのではないかと。
ランドアバウトやスピードバンプを設置する事により、実は車のサスペンション(特にショックアブソーバー)の寿命に大きく影響しますし、また常に減速と加速を繰り返す事により、ガソリンの消費は必要以上に増えるし、当然排気ガスも増える、ブレーキバッドも減ってブレーキダストは撒き散らされる。
実は公害の元にもなっているのです。
確かに交差点の大事故は減ったかもしれませんが、しかしランドアバウトの進入優先度を忘れてランドバウト内での衝突事故は結構見るしで。 もう少しクレバーなデザインがあれば良いのですが。
日本にはまだ有りませんよね? もう出来てるのかな?
2003年9月30日
日曜日(オーストラリア時間では月曜日)に行われたF1-USグランプリの結果には本当にがっかりで、昨日の日記にもその事について書く気を失わせされてしまいました。
モータースポーツ関係のウエブサイトにも全く見に行く気も起きていませんでした。
丸一日経ってどうにか書く気が起きたので本日はその事を。
先々月だったかの日記に書いた僕の予想通り、やはりマイケル・シュウマッハーが今年のチャンプの座を99.9%手にする結果になってしまったわけですが、モントーヤに期待を寄せていた僕にとっては、がっかりで声も出ませんでした。
あまりにも彼には不運が重なったためです。
「リタイヤ以外」の考えられるすべての不幸がレース中に起きたといっても過言ではないでしょう。
まずはスタート。 せっかくマイケル(7番手)よりも良い予選タイムで4番手のグリッド・ポジションを得ながら、シグナルが青に変わってのスタートは、なぜかみるみるポジションを落としてしまったのです。
これは彼の乗るウイリアムスのマシーンが今年何度か起こした「不具合」に違いないと思います。
イタリアン・グランプリ(だったか)では、同じマシーンに乗るラルフ・シュウマッハーと2台揃ってスタートで出遅れた事も有ります。
スタート直後には7番手まで落ち、逆に7番手のマイケルは4番手にという何ともスタートした途端に「イライラ」させてくれる展開。
そこからの追い上げに期待して見ていたら、数周もしないうちになぜか「ペース」の上がらず次々と抜かれるバリチェロのマシーンに行く手を阻まれる。
そして無理に抜こうとして接触しまい、バリチェロはリタイア。 これが原因で後になってペナルティーを取られ、「ドライブ・スルー・ペナルティー」で大きく後退。
そして第一回目のピットストップ、なんと給油装置が満足に働かずピットストップに15秒以上かかってしまった。
普通のピットストップは9秒前後ですから、6秒以上失ったわけですが、F-1の世界で6秒はかなりのダメージ。
で、途中から雨が本格的に降り出して、雨ではどうしようもないミシェランのレイン・タイヤ、ブリジストンタイヤを履くマイケルに何と周回遅れにされてしまい、もうここで彼の今年のレースは終わったも同じでした。
バりチェロとの接触はともかく、すべてのトラブルが彼自身のせいではなかったのですから、見ている僕も本当に腹が立ったものです。
最終戦鈴鹿はマイケルが1ポイントでも取れば(8位以内)ライコネンが優勝してもマイケルのチャンプが決まるわけですから、「レースへの興味」から言っても、本当にがっかりでした。
モントーヤには来年こそチャンプになってもらいたいと言いたいところですが、しかし残念ながらこのウイリアムスというティームはどうやらラルフに御執心のようで、常にモントーヤよりも優遇されているので、これも僕には腹立たしい。
その証拠にモントーヤは来年一杯で契約が終わるのだが、ラルフは先行き3年も契約を更新したとか。
それなら早くモントーヤ放出してやれば良いのに(マクラーレンに行く?)、それもしない。
エンジンがBMWだからドイツ人(ラルフ)を優遇するという話は、信憑性が有るようですが、それが本当ならティーム・オーナーであるフランク・ウイリアムスも随分堕落したものだと感じます。
何しろ昔、ホンダがウイリアムスにエンジン供給の契約交渉で、中嶋選手を乗せるのを条件にしたら「もっと良い選手を乗せたいから」という一徹な頑固さで結局ホンダエンジンを得られず、ティーム成績は不振の数年を経験せざるを得なかったほどのオヤジだったのに。
誰が見てもラルフよりモントーヤのほうがポテンシャルは高いのに。
話はUS-GPに戻りますが、それにしてもブリジストンのレインタイヤ(雨用レーシングタイヤ)ってなんであんなに速いんですかね。
僕がカートをやっている時代、カートの用のレインタイヤも他を圧倒していたものです。
永年培ってきたノウハウがブリジストンには蓄積されているのでしょう。 ミシェラン(モントーヤが使用したタイヤ)は全く歯が立ちませんでした。
カート時代、ブリジストンのレインタイヤが素晴らしい秘密は、使われているコンパウンド(ゴムの材質)に起因し、特にそのコンパウンドのための材質(ゴムに混ぜる化学物質)が非常に危険で人体に影響を与えるほどの物であるので、製造にかかわる作業員も防毒マスクをしているなんて話を聞いた事があります。
結局今回のレースの結果を決めたのはタイヤがすべてでした。
ミシェランと大接戦の今年のレースでしたから、これは大きかったと思います。
とりあえずブリジストンさんオメデトウ。
後は最終戦の鈴鹿で、モントーヤに素晴らしい走りを日本の観客に見せてほしいと思います。