ワーキングホリデーって?
僕は、1984年から1994年まで、シドニーでワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアに来る若い人たちの面倒を見る仕事をしていました。
いったい何人の人たちとの出会いがあったか、正確な数はわかりませんが1000人は超えていると思います。
そこには色々なドラマがあり、忘れられない思い出で一杯です。
No1
僕がこの仕事を始めた当時(1984年)ワーキングホリデーという制度も、またオーストラリアという国も日本ではマイナーな存在でした。
ですから今振り返ってみると、その当時にこの制度を使って来た若い人たちと
、ここ数年、来る人たちの質が違ってきているかもしれません。
どちらの方が質が高いのか、というような話ではありません。
今ほどオーストラリアが日本で知られてない時代に、この国を選だこと。
ましてや外国に短期旅行ではなく、1年は住んで働くような経験をしに行くということ自体かなりの決断が必要だったと思います。
当時は僕も日本を出てちょうど10年目、ロンドンから移って来て4年ほど経っていました。
それまで全く違う分野の仕事をしていて、日本を出てからほとんど日本人と接触することが少なかった僕には、毎月毎月日本から着いたばかりの若い人たちに接すると、同じ日本人同士なのに、全く違う
国の人たちに会っているような、不思議な新鮮さを感じたものです。
日本から来るといっても、それぞれ出身地も違います。 中には東京や大阪のような大都市にさえ、一度も行った事の無いというような、地方出身の人も珍しくありませんでした。
日本にいるときに、外国人にほとんど接触したことが無いどころか、
見た事さえ無いというような人が、いきなりオーストラリアに来るのですからいろんな楽しい思い出には事欠きませんでした。
たとえその人が大都市出身であろうと、ほとんどの人たちが多かれ少なかれカルチャーショックを経験します。 それこそが最も意義のあることなのです。
日本という単一民族の国で育ってきた人たちにとっては、海外に出て初めて自分の国を知るのです。 客観的に日本や日本人を見ることが出来るように なるのです。
なんか抽象的なことばかり書いてしまいました、次回は色々な事件(楽しかった事も含めて)を通して具体的に当時の思い出を書きたいと 思います。
続く
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2005年2月28日の日記書きましたように昔のままになっているページを見直しております。
で、このページですが↑で書いているように「色々な事件を通して当時の思い出を、、、」って全く更新してなかったんですよね。
しかしご存知のように僕の日記に書いてあるわけです。
そのうち整理してワーキングホリデー関連に関連して書いた分はこちらに移すようにしたいと思います)
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*このページを見た当時ワーホリで来た皆さん、色んな思い出をぜひ お便りください。
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